ヤンキー、悪役令嬢になる

山口三

文字の大きさ
3 / 42

3獄中のジュリエット

しおりを挟む

 ジュリエットは幽閉された暗い地下牢の冷たく硬いベッドの上に座っていた。

 夏だというのに空気は冷たくジメジメとしている。差し入れられた食事には暖かいスープが付いていたがもうすっかり冷めてしまっていた。 

 牢の鉄格子の間から大きなドブネズミが入って来て床に置かれたままになっているトレーの上のパンをかじり始めた。 

「全部お前にあげるわ。私はお腹が空いてないの」 

  ジュリエットの声にネズミは一瞬ピクリと耳を動かし警戒したがジュリエットが何もしないのを見てまたパンに噛り付いた。 

「どうしてこんな事になってしまったのかしら? 私がリンを妬んだから? 素直で明るくて太陽の様に美しいリンを?」 

 ジュリエットはそっとネズミに話しかけた。 

「わたくしはね、まだ10歳にも満たない頃から妃教育を受けてきたの。人前で笑う時は慎ましやかに微笑む程度にしなさいと言われていたのに、リンったら人前でも大きな口を開けて声をたてて笑うのよ。それはもうひまわりみたいに明るくね。わたくしは躾けられた通りにしたのに感情の乏しい冷たい女性と言われるようになってしまったわ」 

「まだまだあるのよ。リンは平民とも分け隔てなく仲良くなったわ。貴族達は同じアカデミーに入学してくる裕福な平民をあからさまに蔑んだのに、リンはそうではなかった。わたくしには理解できなかったわ。わたくしは公爵家の娘だもの、平民と対等に話してはいけないのよ。身分の高い人間としての威厳を保ちなさいと教わったのだから」 

 ネズミは相変わらずパンに夢中だ。 

「お前はよく食べるわね。そう、リンもそうだわ。好きな物を好きなだけ食べて幸せそうだった。わたくしはちょっと油断するとすぐ太ってしまうから食事制限は欠かせないの。大好きなスイーツもたまにしか口にできないのよ。今思えば色んな事を我慢していたフラストレーションがリンに向けられたのかもしれないわね」 

「だからちょっと憂さを晴らした事も確かにあったわ。わざと違う授業の教室を教えたり、毎月恒例の大規模なお茶会にリンだけを招待しなかったり、舞踏会のドレスコードを教えなかったり。取り巻きの子達がリンに嫌がらせをしても黙って見ているだけだった。そんな事をした罰かしら、リンが正式にゴードン様と婚約すると周囲の人間は手のひらを返したようにわたくしに冷たくなったの。国はわたくしに妃教育を受けさせた手前、仕方なく第2王子のライオネル様の婚約者に私を決めたわ。みんなは格下げになったと陰でわたくしをあざ笑った・・」 

 ジュリエットは大きく息を吐いた。

「わたくしが用意した毒。あれはね自分のカップに入れたのよ。ゴードン様の妃になるために生きてきたのにそれが叶わないなら生きていても仕方ないと思ったの。こうも考えたわ。もし目の前でわたくしが倒れたらゴードン様はわたくしを心配して・・関心を向けてくれるかもしれないと。もし生き残れたら側室でもいいからお傍に置いて欲しいとお願いしようと決めていたの」

 ジュリエットの頬から涙が流れ落ちた。それは固く握られた手の上にぽたぽたと落ちて行った。

「これで良かったのよ。側室になれない事も本当は分かっていたし。もう誰も私をあざ笑ったり、憐れんだり出来ないわ。ライオネル様だってお下がりの花嫁なんて嬉しくないでしょう。わたくしが居なくなってせいせいしてるでしょうね。だけど、どうして毒入りのお茶をリンが飲んだのか、ミナがどうしてあんな事を言ったのか分からないけれど、ミナは最後までわたくしの傍で友達として居てくれたから。わたくしにはそれがとても嬉しかったの。みんなが背を向けてもミナだけは・・」

 ジュリエットは突然笑い出した。「フフフ・・・ハハ・・アハハハハハハ!」 

「はぁ可笑しいわね。最後の最後にこんな風に笑うなんて。こうやって大きな声で笑うのってとても気持ちのいい事なのねぇ」

 ジュリエットはそのまま冷たいベッドに体を横たえた。

 地下牢獄に幽閉されたジュリエットは半年も満たないうちに衰弱死した。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】姉は聖女? ええ、でも私は白魔導士なので支援するぐらいしか取り柄がありません。

猫屋敷 むぎ
ファンタジー
誰もが憧れる勇者と最強の騎士が恋したのは聖女。それは私ではなく、姉でした。 復活した魔王に侯爵領を奪われ没落した私たち姉妹。そして、誰からも愛される姉アリシアは神の祝福を受け聖女となり、私セレナは支援魔法しか取り柄のない白魔導士のまま。 やがてヴァルミエール国王の王命により結成された勇者パーティは、 勇者、騎士、聖女、エルフの弓使い――そして“おまけ”の私。 過去の恋、未来の恋、そして政略婚に揺れ動く姉を見つめながら、ようやく私の役割を自覚し始めた頃――。 魔王城へと北上する魔王討伐軍と共に行動する勇者パーティは、 四人の魔将との邂逅、そして試練を迎え――。 輝く三人の恋と友情を“すぐ隣で見つめるだけ”の「聖女の妹」でしかなかった私が、 魔王討伐の旅路の中で、“本当の自分”を見つけていく――。 そんな、ちょっぴり切ない恋と友情と姉妹愛、そして私の成長の物語です。 ※「小説家になろう」にも掲載。(異世界転生・恋愛12位) ※ アルファポリス完結ファンタジー8位。応援ありがとうございます。

ヒロインしか愛さないはずの公爵様が、なぜか悪女の私を手放さない

魚谷
恋愛
伯爵令嬢イザベラは多くの男性と浮名を流す悪女。 そんな彼女に公爵家当主のジークベルトとの縁談が持ち上がった。 ジークベルトと対面した瞬間、前世の記憶がよみがえり、この世界が乙女ゲームであることを自覚する。 イザベラは、主要攻略キャラのジークベルトの裏の顔を知ってしまったがために、冒頭で殺されてしまうモブキャラ。 ゲーム知識を頼りに、どうにか冒頭死を回避したイザベラは最弱魔法と言われる付与魔法と前世の知識を頼りに便利グッズを発明し、離婚にそなえて資金を確保する。 いよいよジークベルトが、乙女ゲームのヒロインと出会う。 離婚を切り出されることを待っていたイザベラだったが、ジークベルトは平然としていて。 「どうして俺がお前以外の女を愛さなければならないんだ?」 予想外の溺愛が始まってしまう! (世界の平和のためにも)ヒロインに惚れてください、公爵様!!

【完結】 異世界に転生したと思ったら公爵令息の4番目の婚約者にされてしまいました。……はあ?

はくら(仮名)
恋愛
 ある日、リーゼロッテは前世の記憶と女神によって転生させられたことを思い出す。当初は困惑していた彼女だったが、とにかく普段通りの生活と学園への登校のために外に出ると、その通学路の途中で貴族のヴォクス家の令息に見初められてしまい婚約させられてしまう。そしてヴォクス家に連れられていってしまった彼女が聞かされたのは、自分が4番目の婚約者であるという事実だった。 ※本作は別ペンネームで『小説家になろう』にも掲載しています。

英雄の可愛い幼馴染は、彼の真っ黒な本性を知らない

百門一新
恋愛
男の子の恰好で走り回る元気な平民の少女、ティーゼには、見目麗しい完璧な幼馴染がいる。彼は幼少の頃、ティーゼが女の子だと知らず、怪我をしてしまった事で責任を感じている優しすぎる少し年上の幼馴染だ――と、ティーゼ自身はずっと思っていた。 幼馴染が半魔族の王を倒して、英雄として戻って来た。彼が旅に出て戻って来た目的も知らぬまま、ティーゼは心配症な幼馴染離れをしようと考えていたのだが、……ついでとばかりに引き受けた仕事の先で、彼女は、恋に悩む優しい魔王と、ちっとも優しくないその宰相に巻き込まれました。 ※「小説家になろう」「ベリーズカフェ」「ノベマ!」「カクヨム」にも掲載しています。

異世界に落ちて、溺愛されました。

恋愛
満月の月明かりの中、自宅への帰り道に、穴に落ちた私。 落ちた先は異世界。そこで、私を番と話す人に溺愛されました。

子供にしかモテない私が異世界転移したら、子連れイケメンに囲まれて逆ハーレム始まりました

もちもちのごはん
恋愛
地味で恋愛経験ゼロの29歳OL・春野こはるは、なぜか子供にだけ異常に懐かれる特異体質。ある日突然異世界に転移した彼女は、育児に手を焼くイケメンシングルファザーたちと出会う。泣き虫姫や暴れん坊、野生児たちに「おねえしゃん大好き!!」とモテモテなこはるに、彼らのパパたちも次第に惹かれはじめて……!? 逆ハーレム? ざまぁ? そんなの知らない!私はただ、子供たちと平和に暮らしたいだけなのに――!

辺境のスローライフを満喫したいのに、料理が絶品すぎて冷酷騎士団長に囲い込まれました

腐ったバナナ
恋愛
異世界に転移した元会社員のミサキは、現代の調味料と調理技術というチート能力を駆使し、辺境の森で誰にも邪魔されない静かなスローライフを送ることを目指していた。 しかし、彼女の作る絶品の料理の香りは、辺境を守る冷酷な「鉄血」騎士団長ガイウスを引き寄せてしまった。

【完結】家族に愛されなかった辺境伯の娘は、敵国の堅物公爵閣下に攫われ真実の愛を知る

水月音子
恋愛
辺境を守るティフマ城の城主の娘であるマリアーナは、戦の代償として隣国の敵将アルベルトにその身を差し出した。 婚約者である第四王子と、父親である城主が犯した国境侵犯という罪を、自分の命でもって償うためだ。 だが―― 「マリアーナ嬢を我が国に迎え入れ、現国王の甥である私、アルベルト・ルーベンソンの妻とする」 そう宣言されてマリアーナは隣国へと攫われる。 しかし、ルーベンソン公爵邸にて差し出された婚約契約書にある一文に疑念を覚える。 『婚約期間中あるいは婚姻後、子をもうけた場合、性別を問わず健康な子であれば、婚約もしくは結婚の継続の自由を委ねる』 さらには家庭教師から“精霊姫”の話を聞き、アルベルトの側近であるフランからも詳細を聞き出すと、自分の置かれた状況を理解する。 かつて自国が攫った“精霊姫”の血を継ぐマリアーナ。 そのマリアーナが子供を産めば、自分はもうこの国にとって必要ない存在のだ、と。 そうであれば、早く子を産んで身を引こう――。 そんなマリアーナの思いに気づかないアルベルトは、「婚約中に子を産み、自国へ戻りたい。結婚して公爵様の経歴に傷をつける必要はない」との彼女の言葉に激昂する。 アルベルトはアルベルトで、マリアーナの知らないところで実はずっと昔から、彼女を妻にすると決めていた。 ふたりは互いの立場からすれ違いつつも、少しずつ心を通わせていく。

処理中です...