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「アレクシスの記憶がないというのは本当なのか?」
応接室のソファに足を組んで座るイライアス王太子殿下。
アレクシスより赤みのある紫色の髪を後ろで縛り、それよりさらに赤みの強い紫の瞳が胡乱気に私を見る。
この国の王族は漏れなく紫色の髪と瞳を持っている。赤寄り青寄りや濃い薄いの違いや、子供の頃は違う色の場合もあるが、成長するにつれ紫系の色なる。つまり「紫」は「王族の証し」でもあるのだ。
「……」
本当じゃないけど、王太子殿下の前で「嘘でした」なんて言えない……でもこれ以上王族へ嘘を吐けない……
冷や汗を掻きながらも、何も言えない私を見て、イライアス殿下が足を組み替えた。
「クリスティナ・エイデン、俺はアレクシスをお前と結婚させたい」
「…はい?」
私が首を傾げると、イライアス殿下は組んだ足に肘を乗せて私を見る。
ひえぇ。イライアス殿下も美形で、整いすぎた顔と鋭い視線の圧が強い。
「アレクシスは国民人気が高いだろう?」
「はい」
「だから、普通に侯爵家の令嬢と結婚し、普通に臣籍降下して、俺の臣下として変に目立たずにいてもらいたいんだ」
「はい…?」
「間違っても元平民の男爵令嬢などと結婚してはならない」
「……」
「身分差に負けず愛を貫く、そういう話が大衆は好きだろう?」
「そう…ですね」
フンッと息を吐いて口角を上げるイライアス殿下。
口角上がってても笑ってる訳じゃないから余計怖い…
「そんな話でアレクシスの好感度をこれ以上上げる訳にはいかない。だからお前のやった事は愚行だ」
殿下はビシッと腿に乗せた手で私を指差した。
心の中でたじろぐ私に殿下は続けて言う。
「いいか?そもそもあの男爵令嬢、あの女を虐めてどうする。あの女を庇ったり慰めたり、アレクシスとの距離は縮まる一方だっただろう?」
うっ。それはその通り。
「アレクシスの庇護欲を煽ったんだお前は。それにお前の評価も落ちた。第三者にとってお前は『身分を振り翳し弱者を貶める悪女』だ」
「……」
それもその通り。周りからは文字通り悪役令嬢だと思われてるだろう。
私が黙っていると、イライアス殿下はソファにもたれて目を眇めた。
「記憶喪失は嘘だな?」
「!」
見透かすような低い声で言われて、思わずビクッと身体が震える。
「アレクシスに関する全てを忘れているなら、今の俺の話は何の事を言っているのか理解できない筈だ。なのにお前は図星を刺された表情じゃないか」
「……」
顔に出てた!
私は思わず両頬を手で覆って俯いた。
「ほら今も。お前…そんなに態度と顔に出ていて生き馬の目を抜く社交界でやっていけるのか?」
眉を顰めて呆れたような心配なような複雑な表情で顎をさするイライアス殿下。
そうよね。
以前の私はもっと貴族令嬢らしくポーカーフェイスができてた。今は前世の庶民感覚のせいで色々顔に出ちゃってるんだと思う。
でもこのままなら私、婚約破棄されて修道院行きだから社交界へ出る事はないんだよね…
「……殿下の仰る通り、記憶喪失は嘘なんです。申し訳ありません」
私はソファから立ち上がり、イライアス殿下へ腰をほば直角に曲げて頭を下げる。
「王族の方を謀る行い、深くお詫び申し上げます」
イライアス殿下が顎に手を当てたまま、じっと私の方を見ている気配を感じた。
しばらく沈黙した後、殿下がふっと息を吐く。
「今の俺の行動は『お忍び』だ。だから俺はエイデン侯爵家を訪れていないし、クリスティナとも会っていない。だからお前が嘘を吐いていた事も知り得ないし、罰する事もない」
そう言いながら片手を払うように動かす。頭を上げろという意味だ。
「ありがとうございます!」
一度頭を上げてから、また勢いよく下げて、上げた。
「だが」
イライアス殿下がニッコリと笑う。
「……え?」
こ、怖い。笑顔が怖い。
「お前には俺の言う事を聞いてもらう」
言う事聞けって、一体…ど、どんな無理難題を!?
「先程も言ったように、俺はアレクシスをお前と結婚させたい」
「でも…私はもうアレクシス殿下に嫌われています」
イライアス殿下は立ったままの私を見上げる。
赤紫色の瞳が鈍く光った気がした。
「もしアレクシスがあの男爵令嬢を選ぶなら……」
言葉は最後まで発されなかった。
けど。
私は知っている。
イライアス殿下が駆け落ちしたアレクシスに刺客を放つ事を。
「私は、何をすれば……?」
そう問うと、イライアス殿下が初めての心からの笑顔を見せて言った。
「アレクシスの前では記憶喪失のフリをしていろ」
「アレクシスの記憶がないというのは本当なのか?」
応接室のソファに足を組んで座るイライアス王太子殿下。
アレクシスより赤みのある紫色の髪を後ろで縛り、それよりさらに赤みの強い紫の瞳が胡乱気に私を見る。
この国の王族は漏れなく紫色の髪と瞳を持っている。赤寄り青寄りや濃い薄いの違いや、子供の頃は違う色の場合もあるが、成長するにつれ紫系の色なる。つまり「紫」は「王族の証し」でもあるのだ。
「……」
本当じゃないけど、王太子殿下の前で「嘘でした」なんて言えない……でもこれ以上王族へ嘘を吐けない……
冷や汗を掻きながらも、何も言えない私を見て、イライアス殿下が足を組み替えた。
「クリスティナ・エイデン、俺はアレクシスをお前と結婚させたい」
「…はい?」
私が首を傾げると、イライアス殿下は組んだ足に肘を乗せて私を見る。
ひえぇ。イライアス殿下も美形で、整いすぎた顔と鋭い視線の圧が強い。
「アレクシスは国民人気が高いだろう?」
「はい」
「だから、普通に侯爵家の令嬢と結婚し、普通に臣籍降下して、俺の臣下として変に目立たずにいてもらいたいんだ」
「はい…?」
「間違っても元平民の男爵令嬢などと結婚してはならない」
「……」
「身分差に負けず愛を貫く、そういう話が大衆は好きだろう?」
「そう…ですね」
フンッと息を吐いて口角を上げるイライアス殿下。
口角上がってても笑ってる訳じゃないから余計怖い…
「そんな話でアレクシスの好感度をこれ以上上げる訳にはいかない。だからお前のやった事は愚行だ」
殿下はビシッと腿に乗せた手で私を指差した。
心の中でたじろぐ私に殿下は続けて言う。
「いいか?そもそもあの男爵令嬢、あの女を虐めてどうする。あの女を庇ったり慰めたり、アレクシスとの距離は縮まる一方だっただろう?」
うっ。それはその通り。
「アレクシスの庇護欲を煽ったんだお前は。それにお前の評価も落ちた。第三者にとってお前は『身分を振り翳し弱者を貶める悪女』だ」
「……」
それもその通り。周りからは文字通り悪役令嬢だと思われてるだろう。
私が黙っていると、イライアス殿下はソファにもたれて目を眇めた。
「記憶喪失は嘘だな?」
「!」
見透かすような低い声で言われて、思わずビクッと身体が震える。
「アレクシスに関する全てを忘れているなら、今の俺の話は何の事を言っているのか理解できない筈だ。なのにお前は図星を刺された表情じゃないか」
「……」
顔に出てた!
私は思わず両頬を手で覆って俯いた。
「ほら今も。お前…そんなに態度と顔に出ていて生き馬の目を抜く社交界でやっていけるのか?」
眉を顰めて呆れたような心配なような複雑な表情で顎をさするイライアス殿下。
そうよね。
以前の私はもっと貴族令嬢らしくポーカーフェイスができてた。今は前世の庶民感覚のせいで色々顔に出ちゃってるんだと思う。
でもこのままなら私、婚約破棄されて修道院行きだから社交界へ出る事はないんだよね…
「……殿下の仰る通り、記憶喪失は嘘なんです。申し訳ありません」
私はソファから立ち上がり、イライアス殿下へ腰をほば直角に曲げて頭を下げる。
「王族の方を謀る行い、深くお詫び申し上げます」
イライアス殿下が顎に手を当てたまま、じっと私の方を見ている気配を感じた。
しばらく沈黙した後、殿下がふっと息を吐く。
「今の俺の行動は『お忍び』だ。だから俺はエイデン侯爵家を訪れていないし、クリスティナとも会っていない。だからお前が嘘を吐いていた事も知り得ないし、罰する事もない」
そう言いながら片手を払うように動かす。頭を上げろという意味だ。
「ありがとうございます!」
一度頭を上げてから、また勢いよく下げて、上げた。
「だが」
イライアス殿下がニッコリと笑う。
「……え?」
こ、怖い。笑顔が怖い。
「お前には俺の言う事を聞いてもらう」
言う事聞けって、一体…ど、どんな無理難題を!?
「先程も言ったように、俺はアレクシスをお前と結婚させたい」
「でも…私はもうアレクシス殿下に嫌われています」
イライアス殿下は立ったままの私を見上げる。
赤紫色の瞳が鈍く光った気がした。
「もしアレクシスがあの男爵令嬢を選ぶなら……」
言葉は最後まで発されなかった。
けど。
私は知っている。
イライアス殿下が駆け落ちしたアレクシスに刺客を放つ事を。
「私は、何をすれば……?」
そう問うと、イライアス殿下が初めての心からの笑顔を見せて言った。
「アレクシスの前では記憶喪失のフリをしていろ」
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