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「本日より学園に復帰する事になりました。アレクシス殿下にはご心配とご迷惑をお掛けしまして大変申し訳ありません」
私が頭を下げると、アレクシスは訝し気に眉を顰めた。
ここは学園の園芸部の部室だ。
部室といっても物置を兼ねていて、壁際の棚には肥料や農薬が置いてあり、反対側の壁際には鍬やスコップ、移植ごてなどの道具類が置いてある。床には花の苗や、袋に入った土、未使用の鉢やプランター、バケツにジョウロなどなどが所狭しと置かれている。
部室の奥の窓際には大き目の机が一つと椅子が二脚があり、その椅子の一つにアレクシスは座っていた。
机は部員たちが休憩をしたり、観察記録を書いたり、アレクシスの交配の研究の時に使われたりしていて、フローラとアレクシスが二人でここで語らっている事もよくあった。
何度も突撃して邪魔してやりたいと思ったけど、私がこの部屋に入るのは今日が初めて。
フローラが現れるまでのアレクシスと仲が良かった時でも、部室へは入らなかった。
私はアレクシスの婚約者ではあっても園芸部員ではないので、自分なりのケジメだったのだ。
体調を尋ねられたので、もう大丈夫だと話す。と、そこで会話が途切れた。
「それでは、失礼いたします」
私が頭を下げると、アレクシスは驚いたように目を見開く。
今までの私を思えば、そりゃアッサリ退出しようとするのは意外でしょうけど、私だって「夢幻」と前世の庶民感覚を思い出してからは前みたいに傍若無人な振る舞いはできないんだよね……いくら好きでも。
それにイライアス殿下の件もあるし。
部室の入口の扉のノブに手を伸ばした処で、後ろからアレクシスの声がした。
「クリスティナ」
「はい」
振り向くと、アレクシスが眉を寄せて何かを逡巡するように一度俯いてから、また顔を上げる。
「…婚約者なのに、見舞いもせずに済まなかった」
結局私は一週間学園を休んでエイデン侯爵家に戻っていたけど、そういえばアレクシスからはお見舞いも、お手紙もなかったわ。
でもそれは私が嫌われてるからで、そんなものなくて当然だと思ってたから何とも思わなかったな。
「そっか、お見舞い…婚約者なんだもん普通はあって当然なのよね…」
小声で呟いたけど、アレクシスの耳にはちゃんと届いたらしく、ますます眉間の皺が深くなった。
「そうか…俺と婚約している事、忘れたままなのか…」
アレクシスはフローラが好きなのに、何でそんな苦々しい表情をするんだろう?
ああ、でもここでイライアス殿下に言われた「記憶喪失のフリ」よ、フリ。
「あの…思い出せなくて申し訳ありません」
アレクシス殿下がハッとして、私を見る。
「いや、こちらこそ済まない。それで今日はどうして俺に挨拶を?誰かにそうしろと言われたのかな?」
「婚約者なのだから学園復帰のご挨拶を、と父と兄から。殿下を探していたら側近の方がここへ入る許可をくださいました」
「ああ、ユージーンか。それにしても、クリスティナは頑なにこの部室へは入らなかったんだが…今は平気なのかな?」
「平気…とは?」
「ここは、ホラお世辞には綺麗とは言い難い環境だろう?だからクリスティナは入るのを嫌がっていたんだ」
アレクシスが苦笑いしながら周りを見回す。
───違う!
そんな理由じゃないわ!
そう言い掛けて、私は言葉をグッと飲み込んだ。
記憶喪失の私が過去の行動の理由を説明なんてできる訳ない。
でも……そうかぁ…私なりのケジメってアレクシスにはちっとも伝わってなかったのかぁ。
「ここにある物は園芸部の活動に必要な物ですもの。嫌ではありません。…きっと以前の私もそうです。何か他に理由があったのかも知れませんね」
汚いから嫌とかそんな理由じゃなかった事を、どうにか少しでもアレクシスに伝えたくて、微笑みながらそう言う。
アレクシスは何かを考えているようだった。
部室を出ると、廊下の壁にもたれて立っていたユージーンが姿勢を直して私に向かって礼をする。
「…泣いていらっしゃるのですか?」
顔を上げたユージーンは私を見て言った。
「何で私が泣くんです?」
アレクシスがあんな風に思ってたと知って、フローラと会う前は仲が良かったと思ってたのは私だけだったのかも、と、泣きそうな気持ちではある。でも泣いてないわ。
「それは失礼しました」
ユージーンが胸に手を当てて恭しく礼をする。
私な悪役令嬢らしく、フンッと顔を背けて歩き出した。
「本日より学園に復帰する事になりました。アレクシス殿下にはご心配とご迷惑をお掛けしまして大変申し訳ありません」
私が頭を下げると、アレクシスは訝し気に眉を顰めた。
ここは学園の園芸部の部室だ。
部室といっても物置を兼ねていて、壁際の棚には肥料や農薬が置いてあり、反対側の壁際には鍬やスコップ、移植ごてなどの道具類が置いてある。床には花の苗や、袋に入った土、未使用の鉢やプランター、バケツにジョウロなどなどが所狭しと置かれている。
部室の奥の窓際には大き目の机が一つと椅子が二脚があり、その椅子の一つにアレクシスは座っていた。
机は部員たちが休憩をしたり、観察記録を書いたり、アレクシスの交配の研究の時に使われたりしていて、フローラとアレクシスが二人でここで語らっている事もよくあった。
何度も突撃して邪魔してやりたいと思ったけど、私がこの部屋に入るのは今日が初めて。
フローラが現れるまでのアレクシスと仲が良かった時でも、部室へは入らなかった。
私はアレクシスの婚約者ではあっても園芸部員ではないので、自分なりのケジメだったのだ。
体調を尋ねられたので、もう大丈夫だと話す。と、そこで会話が途切れた。
「それでは、失礼いたします」
私が頭を下げると、アレクシスは驚いたように目を見開く。
今までの私を思えば、そりゃアッサリ退出しようとするのは意外でしょうけど、私だって「夢幻」と前世の庶民感覚を思い出してからは前みたいに傍若無人な振る舞いはできないんだよね……いくら好きでも。
それにイライアス殿下の件もあるし。
部室の入口の扉のノブに手を伸ばした処で、後ろからアレクシスの声がした。
「クリスティナ」
「はい」
振り向くと、アレクシスが眉を寄せて何かを逡巡するように一度俯いてから、また顔を上げる。
「…婚約者なのに、見舞いもせずに済まなかった」
結局私は一週間学園を休んでエイデン侯爵家に戻っていたけど、そういえばアレクシスからはお見舞いも、お手紙もなかったわ。
でもそれは私が嫌われてるからで、そんなものなくて当然だと思ってたから何とも思わなかったな。
「そっか、お見舞い…婚約者なんだもん普通はあって当然なのよね…」
小声で呟いたけど、アレクシスの耳にはちゃんと届いたらしく、ますます眉間の皺が深くなった。
「そうか…俺と婚約している事、忘れたままなのか…」
アレクシスはフローラが好きなのに、何でそんな苦々しい表情をするんだろう?
ああ、でもここでイライアス殿下に言われた「記憶喪失のフリ」よ、フリ。
「あの…思い出せなくて申し訳ありません」
アレクシス殿下がハッとして、私を見る。
「いや、こちらこそ済まない。それで今日はどうして俺に挨拶を?誰かにそうしろと言われたのかな?」
「婚約者なのだから学園復帰のご挨拶を、と父と兄から。殿下を探していたら側近の方がここへ入る許可をくださいました」
「ああ、ユージーンか。それにしても、クリスティナは頑なにこの部室へは入らなかったんだが…今は平気なのかな?」
「平気…とは?」
「ここは、ホラお世辞には綺麗とは言い難い環境だろう?だからクリスティナは入るのを嫌がっていたんだ」
アレクシスが苦笑いしながら周りを見回す。
───違う!
そんな理由じゃないわ!
そう言い掛けて、私は言葉をグッと飲み込んだ。
記憶喪失の私が過去の行動の理由を説明なんてできる訳ない。
でも……そうかぁ…私なりのケジメってアレクシスにはちっとも伝わってなかったのかぁ。
「ここにある物は園芸部の活動に必要な物ですもの。嫌ではありません。…きっと以前の私もそうです。何か他に理由があったのかも知れませんね」
汚いから嫌とかそんな理由じゃなかった事を、どうにか少しでもアレクシスに伝えたくて、微笑みながらそう言う。
アレクシスは何かを考えているようだった。
部室を出ると、廊下の壁にもたれて立っていたユージーンが姿勢を直して私に向かって礼をする。
「…泣いていらっしゃるのですか?」
顔を上げたユージーンは私を見て言った。
「何で私が泣くんです?」
アレクシスがあんな風に思ってたと知って、フローラと会う前は仲が良かったと思ってたのは私だけだったのかも、と、泣きそうな気持ちではある。でも泣いてないわ。
「それは失礼しました」
ユージーンが胸に手を当てて恭しく礼をする。
私な悪役令嬢らしく、フンッと顔を背けて歩き出した。
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