悪役令嬢に転生したと気付いたら、咄嗟に婚約者の記憶を失くしたフリをしてしまった。

ねーさん

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 学園は十五歳になる年に入学し、四年間学び十八歳で卒業する。貴族の令息令嬢は幼い頃より家庭教師に学び学園へ入学するが、貴族でない者は家の都合により五歳から十歳には初等教育校へ入学し、数年間字や計算などを学ぶ。初等学校で成績の良かった者は更に中等学校へ進学する事もあり、そこでの成績優秀者やお金のある商家の子供などが学園へと入学する。
 全寮制で、いかに高位の貴族でも侍女や侍女、メイドなどを伴う事はできない決まりだ。それはもちろん王族でも。
 今思えば、侯爵家の令嬢なのに寮に入っても着替えとかお風呂とか掃除とかお茶を淹れるとか、自分でやるのがあまり苦にならなかったのは、私が転生者で元々日本の庶民だったからなのかも。

 転生前…所謂前世?の事はそんなに思い出せないけど、日本人で、読書が趣味な女性で、若くして亡くなったんだという事は何となく感覚的にわかる。
 ここが「夢幻むげんの薔薇をあなたへ」という前世で読んだ小説の世界なのは確信的にわかっている。
 そもそも、自然界に「青い薔薇」というのは存在しない。それは薔薇は青色の色素を持たないから。
 人工交配では青に近い薔薇を作るのが精一杯で、バイオテクノロジーの発達などで完全に青い薔薇が作られたのは、私の前世でも西暦二千年を超えてからだったと思う。
 そんなゆめまぼろしの青い薔薇をこの世界で人工交配と品種改良で生み出すのがアレクシスなのだ。

「クリスティナ」
 ぼんやりと青い薔薇の事を考えていた私は、名前を呼ばれてハッとした。
「大丈夫?頭打った所痛いの?」
 私の顔を覗き込んでいたのは、キャロル・バルツァー子爵令嬢。学園を休んでいる私を見舞いに来てくれた私の友人。
 濃茶の髪に緑の瞳のキャロルは、王子の婚約者であるクリスティナの取り巻きたちとはまた違う、何でも話せる…親友って、言ってもいいのかな?ちょっと照れるけど、そんな感じの友達だ。
「大丈夫よ。ちょっと考え事してただけ」
「そ?なら良かった」
 テーブルを挟んだ向い側から身を乗り出すようにして私の顔を覗き込んでいたキャロルは安心してソファに座り直す。
「それにしてもここが小説の世界、ねぇ…」
 キャロルは興味津々の視線を私に向けた。
 お見舞いに来てくれたキャロルにドキドキしながらが私が前世で読んだ小説の世界だと話した。そしてそのあらすじも。
「私はその小説には出て来ないのよね?」
「ええ。クリスティナの周りで出て来るのはフローラ虐めに加担した取り巻き令嬢くらいよ。婚約破棄された後の場面でお父様がちょっと出たくらいで、お兄様やキャロルは全然」
 私は首を横に振る。
「そっか。まあ主人公がフローラなら、私たちは本筋に絡まないものね。じゃあ婚約破棄された後のクリスティナがどうなったのかは?」
「うーん、サラッと『修道院で一生を過ごした』って書かれてた気がする」
 何しろクリスティナは悪役令嬢、主人公の敵、当て馬。本筋から外れて退場すれば、読者としては適度に不幸になってくれて溜飲を下げた後はどうでもいい存在なので、よく覚えていないのだ。
「……私ね、クリスティナ」
「ん?」
「クリスティナがフローラに嫌がらせしたりするの、私は加担しなかったけど、止めもしなかったわ。それはクリスティナがアレクシス殿下を本当に好きなのを知ってたから」
「うん…」
「でも婚約破棄されて修道院で一生過ごすなんて知ってしまった今は、止めれば良かったと後悔してるわ」
「キャロル…」

 その時、部屋の扉がノックされた。
 返事をすると、私付きの侍女のミリーが物凄く顔を強張らせて入って来る。
 ミリーは私より三つ歳上の子爵家の令嬢で、行儀見習いとして十年くらい前からエイデン侯爵家に仕えている。侍女としてのキャリアも長いし、何かあってもこんな表情に出す事は今までなかったけど…
「ミリー?」
「クリスティナお嬢様にお客様です。応接室でお待ちですのでお召し替えを」
 硬い声。緊張してる?
「どなた?」
 確かに今部屋着だからお客様の前に出るなら着替えなきゃいけないけど、一応私は今、階段から落ちて頭を打って療養中なんだから、会えないって断る事もできる筈。なのにミリーの様子ではお断りはできないって感じだわ。
 お客様って一体…?
「イライアス王太子殿下がお忍びでお越しです」
 ミリーはそう言って軽く頭を下げると、着替えのドレスを選びに衣装部屋の方へ歩き出した。
 ……へ?
「「イライアス王太子殿下?」」
 私とキャロルは同時に呟くと、顔を見合わせる。
 そして
「「えええええ!?」」
 と同時に悲鳴を上げた。



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