戦国終わらず ~家康、夏の陣で討死~

川野遥

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北陸と江戸と

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 同じ夜、駿府城の伊達屋敷。

 伊達政宗が片倉重長だけでなく、伊達成実も呼び寄せて話をしていた。

「どうやら、わしも徳川時代を泳いでいるうちにすっかり染まってしまったらしい。以前ならば、こんな悠長なことはしておらんはずなのにのう」

 政宗がぼやくように言う。徳川後継の問題を巡って主導権を奪い、最終的に勝利した徳川家において実質的な管理人となる。そうした目論見は九州の状況や、毛利の予想外の進撃を受けて風前の灯とも言える状況にあった。

 ただ、そもそも、若い頃の自分ならばこんなに時間のかかることをしただろうか。政宗は宗茂らと別れた後から考えていた。取り潰されるかもしれないと思ったことは二度や三度ではない。常に天下を狙っての勝負を仕掛けてきた自分である。

(それだけ歳を取ったということか……)

 ということを政宗は痛感していた。

 だが、その失態は失態として理解しつつも、それで諦めるような政宗でもない。

「既に申したように、立花宗茂、井伊直孝との間で今後の徳川家全体の指針を改めて示す必要があるわけじゃが」

 今度は溜息をついた。

「おそらく、宗茂の目論見としては、中国はともかくとして、四国と九州には誰かしらかを派遣し、責任者とする方針であろう。鎌倉と六波羅、室町と鎌倉公方のようなものを想定しておるのだと思う」

「なるほど……。しかし、そのような責任者がおりますかな?」

 成実が首を傾げる。

「十中八九、松平忠直を推してくると考えておる」

「越前様ですか」

「わしも何度か話をした。粗暴な男という評判もあったが、はっきり言うとつかみどころのない男だ。しかし、立花宗茂や井伊直孝をはじめ、信用している者は多い。今、徳川家の中で総大将になれる者がおるとしたら、あやつしかおらぬ」

「そこまでですか……」

「ただ、それで松平忠直が本当に四国・九州を支配したら、徳川にはいいことであるが、伊達は今以上にはなれぬ」

「確かにそうですな。とすると、宇和島に秀宗様もおりますことですし、忠輝様を四国の担当としてねじこみますか?」

 成実の意見に、政宗はぽんと膝を打つ。

「それよ。そのためにおぬしの意見が聞きたい。はっきり申すと、忠輝殿では四国でも荷が重いかもしれぬ。であるから、派遣するとなると、頼りになる副官が必要だ」

「なるほど。それがしに忠輝殿を抑えきれるかということですか」

 政宗が頼りになる副官と言う以上、想定しているのは成実か重長であるが、戦場での経験となると当然成実が上であるし、忠輝に対して物を言えるという点でも年長の成実の方が適任であった。

「できるか?」

「殿がお任せになるのなら、やってみましょう」

「うむ。頼むぞ。さて、もう一つ確認したいことがあるのだが」

「何でございましょう」

「松平忠直との関係だ。本人には前将軍の娘・勝姫が嫁いでいる。その弟の忠昌にも浅野幸長の娘との縁談が進んでいる。故にその弟の直政に牟宇との縁談を進めてみようと考えているのだが」

 牟宇は政宗の二番目の娘で、現在八歳であった。一方の松平直政は忠直の三弟にあたり、現在一五歳。大坂の陣でも兄に従って戦功を立てていた。

「よろしいとは思います。しかし、忠輝殿がへそを曲げないですかな?」

「うむ。それはあるかもしれぬが、正直、それを差し置いても越前家との繋がりを持っておきたい」

「殿がそうお考えでしたら、私から言うことはございませぬ」

「では、仙台の方に連絡して準備をしてもらいたい」

「承知いたしました」



 翌日の夕方。駿府城の大広間にいつものように伊達政宗、立花宗茂、井伊直孝の三人が出揃った。

 直孝は昼前までは前日の酒が残っており、気分も優れていなかったが、昼過ぎに風呂に入り、さっぱりとした面持ちで座っている。

「さて、昨日のことでございますが、まずか立花殿から意見を伺いましょう」

 いつもの通り、政宗が仕切り、宗茂に意見を求める。

「はい。現状を改めて考えてみますと、既に中国は大半が毛利家の下に落ち、残る出雲などの地域も、直に毛利領になるものと思われます。九州は既に薩摩の島津が兵をあげており、肥前・肥後には切支丹一揆が勢力を広げております。四国は今のところ平穏ではございますが、毛利が四国に押し寄せてくる可能性がありますし、いつ何時、蜂須賀、加藤などが考えを変えるか分かりません」

 二人とも頷く。

「毛利についてはこれ以上の東進を防がなければなりませんが、それは大坂との同盟もありますので大丈夫でありましょう。また、現状中国地方に手出しすることは至難でございます。となりますれば、まずは四国・九州をしっかりと取り戻すことが肝要。ただ、この両方に言えることは、それぞれの大名がいるとはいえ、単独では大きな相手には敵することが難しいということがございます」

 これについても全く反対するところはない。

「そこで、四国と九州に徳川家から大名の上に立つものを派遣し、四国地方、九州地方の諸大名の力を合わせる形にすることが重要かと思います。それがしの想定としましては、伊予・上徳に松平上総介様の、筑前・大宰府に松平三河守様の拠点を置き、ここを中心に四国、九州を掌握して、最終的に毛利と豊臣、前田あたりを討ち果たしていくのがよろしいと思います」

(立花殿も同じ考えだったのか……)

 自分の考えに自信をもっていた直孝はまたも、ガッカリとなる。

「立花殿も同じ考えであったか」

 政宗の即答に、更に直孝は打ちひしがれる。

「わ、私も同じような考えを有しておりました……」

「問題があるとすれば、この策を取るならば、徳川家のこれまでの方針、江戸からの日ノ本掌握は諦めざるを得ないということがあります。また、九州、四国に大きな勢力をもつお二方と将軍様との関係が保証できないという問題もございます」

「しかし、将軍との関係については将来的な話であって、それを恐れて手をこまねいていたら、四国も九州も全く違う者達に支配されることになってしまう。徳川家の方針にしても今、変えなければ西国から徳川の勢力が一蹴されてしまい、結局絵に描いた餅になる」

「伊達殿の言う通りでございますが、井伊殿はいかが?」

「私も異論はございません」

 三人の意見が一致し、政宗が膝を打つ。

「よし。では、越前殿にまずは話をしてみたい。皆で参ろうか」

「ははっ」

 二人も承知し、すぐに出立の準備を始めた。



 その夜。

 松平忠直は、夕食を近くの茶店で食べ、屋敷へと戻ってきた。そのまま寝入るつもりであったが、入口の前に三人の見慣れた男が立っている。

(厄介なことになった……)

 伊達政宗、立花宗茂、井伊直孝の三人がいるとなれば、昨日の話がどうやら本当のことになったと理解せざるをえない。

「あ、越前様。戻られましたか」

 どこかに雲隠れしようかと思った瞬間、井伊直孝に気づかれる。残る二人もその声に反応する。

「越前様、今宵は伊達殿の屋敷で一献いかがでしょうか?」

「い、いや、わしはもう、茶店で腹ごしらえを済ませたゆえ」

「酒くらいは大丈夫でしょう」

「直孝、おまえ、急に酒に対する態度が変わっておらんか?」

 忠直は文句を言うが、結局、反対しきれずに伊達屋敷に連れて行かれた。

「それで、昨日も話していた件でございますが、九州に行ってもらうことに決まりました」

「左様か……」

「越前様が九州に行かれれば、島津も一揆も恐れることはないと思います」

「……そううまくいくかどうかは知らぬが、九州に行くことは承知した」

 不承不承、忠直は頷く。

「それでは、早速江戸に早馬を送り、家光様に知らせたうえで直々に命令してもらうことにしましょう」

「もう好きなようにしてくれ……。越前に寄るくらいの時間は貰えるだろうな?」

「はい。それはもう、色々引き継ぐこともあるでしょうし」

「越前の家族といいますと」

 直孝の後を政宗が継いだ。

「越前様の弟御はまだお相手がいないとお伺いしましたが」

「弟? 忠昌は浅野家との間で話が進んでおったはずだが、その下の直政にはまだないな」

「それがしの娘が現在八歳でございまして、相手を探しているところでございます。もし、よろしければ越前家にいかがでしょうか?」

「な、何?」

 九州行きは自分の言い出したことでもあるので、ある程度覚悟していた忠直であったが、弟の縁談については寝耳に水であった。

「わしの一存でそこまでは決められぬ。本人の意向も聞いてみぬことにはな」

 忠直は自然と直孝に視線を向けた。元々、伊達のことを警戒していた男である、伊達家と越前松平家との間に婚姻が成立していいのか、何か反対してくれよ、そう思うのであるが。

「おお、よろしいかもしれませぬなぁ」

(期待したわしが馬鹿だった…)

 徳川家の権威自体が揺らいでいる中においては、伊達がどうこうというのはひとまず置いておけるものらしい。

「……越前で、本人に話をしてみる」

 結局、こちらも三人に押し切られてしまうのであった。
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