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戦国筑後川合戦
一揆軍、北へ
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9月。切支丹一揆軍の指導者益田好次は、柳河の北東にある生津城《なまつじょう》を根拠としていた。ここは戦国時代後期西牟田氏が根拠地としており、その後使用されなくなっていた城である。
廃棄された城であるため、防御力という点では頼りにはならないが、今の一揆軍は攻勢に出ているので気にするところはない。むしろ、街などに一揆軍がうろうろしていると、評判が悪くなってしまう。ここまでの進撃が農民などの情報提供にあることを理解している好次にとって、住民の不評を買うような行為は絶対に避けなければならないことであった。
「柳河の様子はどうなっている?」
「依然変わりはないようです」
好次が尋ねているのは、田中忠政の状況であった。
好次としては、田中忠政に切支丹大名として立ち上がってほしいのであるが、そこまでの決意はできていないようである。
そこには二つの理由があった。一つは当然ながら徳川家に対する義理である。忠政は切支丹に好意を有しているのは間違いないが、そのために徳川家との関係を全て解消するだけの覚悟はない。また、柳河領内でも切支丹でない者の多くは、一揆軍を良く思っていない。そうした者が、北の久留米にいる田中吉興の下へ集まっていることも忠政の決断に歯止めをかけていた。仮に忠政が離脱した場合、成り行きによっては吉興が田中家の当主となる可能性があったからである。
従って、好次としては久留米攻略をどうしても考えざるを得ない。久留米を確保すれば筑前への道も開けるし、田中家への強い一撃ともなる。一揆勢にとって一石二鳥となる場所、それが久留米であった。
勢力は肥後からやってきたものが3万ほどにまで膨れ上がっており、更に肥前からの応援が1万5千前後を見込める状況であった。
「筑前からの軍は15000程度であるという情報であるから、3倍。久留米に3千ほどいるとはいえ、倍以上の兵力はある。これだけの差があれば何とかなるだろうか」
と、計算をしているところに、江戸から松平忠直と真田幸村が九州に着いたという情報も入ってくる。
「真田幸村か…」
松平忠直については徳川一門であるということ以外ほとんど知らないが、真田幸村についてはもちろんよく知っていた。というよりも、今の日ノ本で真田幸村のことを知らない者はほとんどいないと言ってもいいであろう。
「立花宗茂に真田幸村の二人がいるというのは非常に厄介だな」
「熊本の島津軍に援護を求めるか?」
千束善右衛門が助言をする。
「兵糧の問題があるから年内は難しいと言っていたからのう」
「ルソンからの応援を待つか?」
「いつ来るか分からぬルソンからの応援を待つわけにもいくまい。まあ、最後の一押しは足りないものの柳河付近の住民も総じて協力的である。勝てぬまでも相手に被害を与えていけば最終的にはこちらが勝てる」
好次はそう判断し、善右衛門に伝える。
「わしらは久留米に向かって進軍すると、柳河のドン・ベルナルドに伝えてくれ」
「分かった」
一揆軍の本営が急に慌ただしく動き始めた。
その日のうちに、生津城からの使いが柳河城の長崎純景に派遣される。
「なるほど。相手に真田幸村がいるのか」
純景の表情が険しくなる。彼も当然、真田幸村がどれほど恐ろしいかということは理解していた。
「数では有利とはいえども、相手に真田・立花といるとなればペイトロらの手には余りそうです。少し違う角度から殿を突いてみますか」
独り言のように言い、純景は商家を出て、柳河城へと向かっていった。
「殿にお会いしたいのですが」
「ははっ」
要請をすると、忠政も色々迷っているのであろう。すぐに面会が許された。
「おお、純景。何でも徳川家からの応援が来たようであるな」
「はい。松平忠直と真田幸村が参ったようで」
「真田幸村というと、大御所を討ち取ったほどの者である。それほどの者が加わると一揆軍ではどうにもならぬのではないだろうか」
「その可能性はございます。しかし、その場合、殿はどうなるでしょう?」
「どうなるというと?」
「徳川軍には立花宗茂もついております。彼の者はかつてこの柳河城主であった者。もし、徳川家が勝った場合、立花家がこの柳河を望んだ場合どうなるでしょうか?」
「むっ…」
田中忠政は顔をしかめて唸った。
「田中家は肥後が陥落するのを黙って見ていただけ、こたびも徳川軍が迫るまで動きを見せておりませぬ。この時点で、田中家に対する徳川家の評価は相当ひどいものになるのではないかと」
「…ならばどうすればよい?」
「現在、島津が薩摩・大隅・日向・肥後を支配しております。我々一揆勢が肥前の半分あまりと天草を支配、殿が筑後を支配しております。つまり、九州は既に過半以上が徳川家以外の者が支配しています」
「うむ…。確かにそうではあるな…」
「とは申せど、いきなり寝返るというのも難しいことだろうと思います。そこで」
「そこで?」
「次の戦いで、恐らく徳川方の別動隊がこの柳河を狙うのではないかと思います。その部隊を足止めすればよろしいかと」
「足止めだと?」
「はい。足止めをして、その間に他の部隊が攻撃する様子を眺めていればよいのです」
「それでは、寝返るのとほとんど変わらぬではないか?」
「いいえ、足止めでございますので、言い訳はいくらでもつきます。切支丹軍の中を突破してきた味方部隊がいるはずがないとか、相手の挙動が怪しかったとか」
「…なるほどのう」
「こたびの戦いで一揆軍が勝てば、九州から徳川方の姿はなくなるでしょう。そうなれば筑前・筑後はおろか豊前・豊後も殿のものとなるでしょう」
「追加で加わるものはよい。わしはただ、この柳河は失いたくないのじゃ。いくら相手が立花宗茂であろうとも…」
すぐに長崎純景からの使いが生津の好次のもとに派遣される。
「なるほど。田中殿が柳河に近づく徳川勢を足止めすると約束してくれたのか」
「それでそこまで戦況が変わるものかな?」
千束善右衛門が不思議そうに首を傾げる。
「変わるとも。徳川家の部隊は装備という点は我々より遥かに上だし、機動力という点でも上だ。例えば蓮池方面から鍋島軍が、筑後川からだと高良山側から迂回して柳河を目指して攪乱してくる可能性がある。それを止めてくれるとなると、我々としては後背をほとんど気にしなくて良くなる」
「そういうものか」
「そういうものだ。これで久留米を攻めるのは大分楽になった。いや、そもそも久留米を落とす必要もなくなった」
「ああ、確かに野戦で徳川方に痛撃を与えれば、田中殿が我々に立つわけで、そうなると久留米城の田中吉興も我々の側に立つということか」
「…まあ、久留米にいる者の多くは我々切支丹に反対的な者であるから、久留米が下るかどうかまでは何ともいえん。しかし、田中殿が我々の側に立ってくれるのなら、久留米を置いてそのまま筑前に進軍しても良いからな」
「唐津の蘆塚にも知らせを出しておいた方がよいのではないか?」
「そうだな。佐賀の鍋島を脅かす動きをしてもらって、なるべく戦場には来られないようにしてもらいたいな」
好次は外の様子を眺める。夕刻の闇が広がってくるにつれて、誰ともなく賛美歌を歌う声が聞こえてくる。
「明日には久留米方面に向かうこととしよう。10月に入る頃が、徳川方との決戦だ」
「うむ」
好次の言葉に善右衛門が力強く頷いた。
唐津城は寺沢広高の居城であったが、この7月に一揆軍が猛攻を仕掛けると内通者が相次ぎ開城した。禁教令に不満をもつ隠れ切支丹が多かったことと、加藤清正が作った熊本城が一か月も持たずに陥落したという衝撃が大きかったのであろう。
指揮官の蘆塚忠右衛門は占領後、毎日のように唐津城から東の方を眺め、佐賀や福岡への道を眺めている。もちろん、ただ眺めているだけでなく、進軍のための方法を考えているのであった。
そんな忠右衛門のもとに好次からの手紙が届いた。
軍師役の森宗意軒が「何が書いてある?」と覗き込んでくる。
「うむ。柳河の田中忠政が消極的ではあるが、協力することになったらしい」
「それは重畳。数では圧倒しているから、柳河を落とされるなどといったことがない限り勝ちは濃厚であるから、これで更に勝率は高まったのではないかの?」
「ただ、相手には真田幸村や立花宗茂がおる」
「真田幸村は立花宗茂と言っても所詮は人間であろう。ここまでの状況であれば神でもない限りは戦況を覆すことはできぬ」
宗意軒の意気軒高な発言に、忠右衛門も笑う。
「そうだな。うむ、確かにその通りだ」
廃棄された城であるため、防御力という点では頼りにはならないが、今の一揆軍は攻勢に出ているので気にするところはない。むしろ、街などに一揆軍がうろうろしていると、評判が悪くなってしまう。ここまでの進撃が農民などの情報提供にあることを理解している好次にとって、住民の不評を買うような行為は絶対に避けなければならないことであった。
「柳河の様子はどうなっている?」
「依然変わりはないようです」
好次が尋ねているのは、田中忠政の状況であった。
好次としては、田中忠政に切支丹大名として立ち上がってほしいのであるが、そこまでの決意はできていないようである。
そこには二つの理由があった。一つは当然ながら徳川家に対する義理である。忠政は切支丹に好意を有しているのは間違いないが、そのために徳川家との関係を全て解消するだけの覚悟はない。また、柳河領内でも切支丹でない者の多くは、一揆軍を良く思っていない。そうした者が、北の久留米にいる田中吉興の下へ集まっていることも忠政の決断に歯止めをかけていた。仮に忠政が離脱した場合、成り行きによっては吉興が田中家の当主となる可能性があったからである。
従って、好次としては久留米攻略をどうしても考えざるを得ない。久留米を確保すれば筑前への道も開けるし、田中家への強い一撃ともなる。一揆勢にとって一石二鳥となる場所、それが久留米であった。
勢力は肥後からやってきたものが3万ほどにまで膨れ上がっており、更に肥前からの応援が1万5千前後を見込める状況であった。
「筑前からの軍は15000程度であるという情報であるから、3倍。久留米に3千ほどいるとはいえ、倍以上の兵力はある。これだけの差があれば何とかなるだろうか」
と、計算をしているところに、江戸から松平忠直と真田幸村が九州に着いたという情報も入ってくる。
「真田幸村か…」
松平忠直については徳川一門であるということ以外ほとんど知らないが、真田幸村についてはもちろんよく知っていた。というよりも、今の日ノ本で真田幸村のことを知らない者はほとんどいないと言ってもいいであろう。
「立花宗茂に真田幸村の二人がいるというのは非常に厄介だな」
「熊本の島津軍に援護を求めるか?」
千束善右衛門が助言をする。
「兵糧の問題があるから年内は難しいと言っていたからのう」
「ルソンからの応援を待つか?」
「いつ来るか分からぬルソンからの応援を待つわけにもいくまい。まあ、最後の一押しは足りないものの柳河付近の住民も総じて協力的である。勝てぬまでも相手に被害を与えていけば最終的にはこちらが勝てる」
好次はそう判断し、善右衛門に伝える。
「わしらは久留米に向かって進軍すると、柳河のドン・ベルナルドに伝えてくれ」
「分かった」
一揆軍の本営が急に慌ただしく動き始めた。
その日のうちに、生津城からの使いが柳河城の長崎純景に派遣される。
「なるほど。相手に真田幸村がいるのか」
純景の表情が険しくなる。彼も当然、真田幸村がどれほど恐ろしいかということは理解していた。
「数では有利とはいえども、相手に真田・立花といるとなればペイトロらの手には余りそうです。少し違う角度から殿を突いてみますか」
独り言のように言い、純景は商家を出て、柳河城へと向かっていった。
「殿にお会いしたいのですが」
「ははっ」
要請をすると、忠政も色々迷っているのであろう。すぐに面会が許された。
「おお、純景。何でも徳川家からの応援が来たようであるな」
「はい。松平忠直と真田幸村が参ったようで」
「真田幸村というと、大御所を討ち取ったほどの者である。それほどの者が加わると一揆軍ではどうにもならぬのではないだろうか」
「その可能性はございます。しかし、その場合、殿はどうなるでしょう?」
「どうなるというと?」
「徳川軍には立花宗茂もついております。彼の者はかつてこの柳河城主であった者。もし、徳川家が勝った場合、立花家がこの柳河を望んだ場合どうなるでしょうか?」
「むっ…」
田中忠政は顔をしかめて唸った。
「田中家は肥後が陥落するのを黙って見ていただけ、こたびも徳川軍が迫るまで動きを見せておりませぬ。この時点で、田中家に対する徳川家の評価は相当ひどいものになるのではないかと」
「…ならばどうすればよい?」
「現在、島津が薩摩・大隅・日向・肥後を支配しております。我々一揆勢が肥前の半分あまりと天草を支配、殿が筑後を支配しております。つまり、九州は既に過半以上が徳川家以外の者が支配しています」
「うむ…。確かにそうではあるな…」
「とは申せど、いきなり寝返るというのも難しいことだろうと思います。そこで」
「そこで?」
「次の戦いで、恐らく徳川方の別動隊がこの柳河を狙うのではないかと思います。その部隊を足止めすればよろしいかと」
「足止めだと?」
「はい。足止めをして、その間に他の部隊が攻撃する様子を眺めていればよいのです」
「それでは、寝返るのとほとんど変わらぬではないか?」
「いいえ、足止めでございますので、言い訳はいくらでもつきます。切支丹軍の中を突破してきた味方部隊がいるはずがないとか、相手の挙動が怪しかったとか」
「…なるほどのう」
「こたびの戦いで一揆軍が勝てば、九州から徳川方の姿はなくなるでしょう。そうなれば筑前・筑後はおろか豊前・豊後も殿のものとなるでしょう」
「追加で加わるものはよい。わしはただ、この柳河は失いたくないのじゃ。いくら相手が立花宗茂であろうとも…」
すぐに長崎純景からの使いが生津の好次のもとに派遣される。
「なるほど。田中殿が柳河に近づく徳川勢を足止めすると約束してくれたのか」
「それでそこまで戦況が変わるものかな?」
千束善右衛門が不思議そうに首を傾げる。
「変わるとも。徳川家の部隊は装備という点は我々より遥かに上だし、機動力という点でも上だ。例えば蓮池方面から鍋島軍が、筑後川からだと高良山側から迂回して柳河を目指して攪乱してくる可能性がある。それを止めてくれるとなると、我々としては後背をほとんど気にしなくて良くなる」
「そういうものか」
「そういうものだ。これで久留米を攻めるのは大分楽になった。いや、そもそも久留米を落とす必要もなくなった」
「ああ、確かに野戦で徳川方に痛撃を与えれば、田中殿が我々に立つわけで、そうなると久留米城の田中吉興も我々の側に立つということか」
「…まあ、久留米にいる者の多くは我々切支丹に反対的な者であるから、久留米が下るかどうかまでは何ともいえん。しかし、田中殿が我々の側に立ってくれるのなら、久留米を置いてそのまま筑前に進軍しても良いからな」
「唐津の蘆塚にも知らせを出しておいた方がよいのではないか?」
「そうだな。佐賀の鍋島を脅かす動きをしてもらって、なるべく戦場には来られないようにしてもらいたいな」
好次は外の様子を眺める。夕刻の闇が広がってくるにつれて、誰ともなく賛美歌を歌う声が聞こえてくる。
「明日には久留米方面に向かうこととしよう。10月に入る頃が、徳川方との決戦だ」
「うむ」
好次の言葉に善右衛門が力強く頷いた。
唐津城は寺沢広高の居城であったが、この7月に一揆軍が猛攻を仕掛けると内通者が相次ぎ開城した。禁教令に不満をもつ隠れ切支丹が多かったことと、加藤清正が作った熊本城が一か月も持たずに陥落したという衝撃が大きかったのであろう。
指揮官の蘆塚忠右衛門は占領後、毎日のように唐津城から東の方を眺め、佐賀や福岡への道を眺めている。もちろん、ただ眺めているだけでなく、進軍のための方法を考えているのであった。
そんな忠右衛門のもとに好次からの手紙が届いた。
軍師役の森宗意軒が「何が書いてある?」と覗き込んでくる。
「うむ。柳河の田中忠政が消極的ではあるが、協力することになったらしい」
「それは重畳。数では圧倒しているから、柳河を落とされるなどといったことがない限り勝ちは濃厚であるから、これで更に勝率は高まったのではないかの?」
「ただ、相手には真田幸村や立花宗茂がおる」
「真田幸村は立花宗茂と言っても所詮は人間であろう。ここまでの状況であれば神でもない限りは戦況を覆すことはできぬ」
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