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戦国筑後川合戦
柳河始末①
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翌日。
松平忠直を先頭に一行は柳河へと向かった。
柳河城主・田中忠政にも、柳河の切支丹を代表する立場である長崎純景にも、もはや選択の余地はない。これまで通り徳川家大名とその城下町の人間という立場で徳川軍を迎え入れる。
柳河城に入った松平忠直は上座に案内され、その下に田中忠政がひれ伏している。
「田中筑後守」
「ははっ」
「おおまかのことは黒田殿、立花殿から聞いた。祖父の禁教令を無視して切支丹を保護していたというのは真のことであるな?」
「は、はい…」
「だが、そのことによって今回の一揆衆の中に柳河の者はほとんどおらなんだ。ということは、そちのやり方は時勢に適ったものではあったのだろう。祖父も亡きことであるし、このことについては九州郡代松平忠直の名前においてなかったこととみなす」
忠政が「えっ」と顔をあげる。
「引き続き徳川のために励んでもらいたい」
「ま、真でございますか?」
「何が真じゃ? 筑後守、そなたはわしがこんなところで冗談を言うような男と思うておるのか?」
「思いそうですよねぇ」
後ろにいる信綱が小声でつぶやいたのを聞きつけ、扇子で膝をぴしゃりと叩く。
「と、とんでもございません。切支丹を許していたことを責め立てられるかと思いましたので」
「祖父や前将軍なら、そうしていたかもしれぬ。しかし、今は事情も変わっておる。それぞれに事情があることはわしも分かっておるし、その事情を無視して徳川の都合ばかり押し付けるわけにもいかん。従って、禁教令についてはここまでじゃ。次に一揆について聞く」
「ははっ」
「そなたの対応が幸いして、柳河の切支丹はほとんど一揆に参加しなかったと聞く。一方で難事を避けるため、一揆衆に対して柳河の通行を自由に認めておったのは真であるな?」
「はい。何らの協力もしない場合、敵であるとみなされることとなりますし、そうなりますと切支丹同士で相争うやもしれませぬし、城内の切支丹が内応して完全に支配されることにもなりかねませんでしたので」
「…要はぎりぎりの決断であったと言うわけだな?」
「…少なくとも、それがしの手に負える事態ではございませんでした。一揆衆の者とも交渉をもちましたが、その中でそれがしが九州の切支丹王となり、切支丹と一揆をまとめてほしいというような話もございましたし…」
忠直もそれは初耳で、「おおっ」と声をあげる。
「九州の切支丹王か。そうなっておれば、打ち首は免れなかったな…」
「……」
「なっておらぬのであれば、特に問題はなかろう。ところで一つ、筑後守に頼みたいことがある」
「何でございましょうか?」
「うむ。今、別室に真田殿が控えているのだが、柳河の切支丹の代表と会わせてもらいたい。本当の頼み事はそこで真田殿の方から出されるはずだ」
「…かしこまりました」
「わしは一旦久留米に戻って長宗我部殿を迎えに行く。その間わしの名代は立花殿と信綱ということにしておいてほしい」
忠直はそういうと、すぐに立ち上がり、城の外へと向かっていく。
忠政は、忠直が広間から出て行ったのを確認すると、大きな溜息をついて脱力した。
ふと、顔をあげると立花宗茂と視線が合う。新旧の柳河城主であり、ほぼ確実に奪われると思っていた相手である。
「立花殿、そなた、納得しているのか?」
とはいえ、話がうますぎるという考えも忠政の中にはあった。一揆軍の指導者益田好次と交渉をもっていたことや、実現はしなかったものの、前日の戦いで徳川方の者が柳河に来た場合は応戦することにも承諾していたこともある。
「納得とは?」
「…以前、貴殿はこの柳河の領主であった。今回、戦果をもって返り咲きたいと思っておるのではないのか?」
「ふむ…」
「ふむ、と他人事のようであるな?」
「単純なことを申しましたら」
控えていた松平信綱が出てくる。
「現状、九州よりも奥州の方がより広大な地を取れる見込みは高いです。と申しますのも、会津の蒲生家や山形の最上家には問題が多々出ておりまして、早晩改易か領地削減となる見込みがございます。会津は棚倉にも近いですし、場合によっては会津60万石くらいを立花殿に与える可能性もありますね」
「そうであったか…」
「あと、立花殿は田中殿を厳しく処置することで島津が硬化することも嫌っておりました。ですので、田中殿に対しては強くは当たらないようにと越前様に働きかけておりました。ですので、本来なら田中殿は立花殿に感謝しなければならないのですよ」
「左様であったのか…」
「それがしは進言しただけでござる。それを受け入れたのは越前様でありますよ」
宗茂が振り返るように言う。
「ここ九州には、越前様ほど適任な方はおりませぬ」
「越前様が適任?」
忠政だけでなく、信綱も疑問を呈する。
「左様。例えば、ここに江戸にいる老中や大老などがいたとしましょう。あるいは井伊殿でもいいかもしれませぬな。彼らは徳川家の方針が全てでございますから、それこそ禁教令違反で田中殿を処分していたかもしれませぬ」
「…そうですね。そんなことはありえませぬが、私が越前様の立場にいたら、柳河の立場云々など関係なく、徳川の方針に逆らったということで処分しなければならなかったでしょうし」
松平信綱が頷き、田中忠政は「うーん」と唸っている。
「翻って越前様は徳川家の中では傍流に位置していたこともあり、色々不満も抱えておりました。もちろん、それでも徳川家に謀反をするつもりなどはないでしょうが、徳川宗家が絶対に正しいとは思っておりませぬ。この絶対に正しいと思っているわけでないことが重要なのでありまして、結局他の者もそうなのだろうということを越前様は分かっていらっしゃる。故に田中殿には田中殿の考えがあり、島津にも島津の立場があることも分かっていただけるわけです」
「絶対的に従わせる必要はなく、仕方ないから従おうくらいで良くて、それならこのくらいまででいいと」
「はい。そうでなければ今の九州を短期間で治めることは叶いませぬので、な。また、そういう考えだからこそ豊臣秀頼公を四国に連れ出そうという気にもなったのでしょうし」
「ですから、一揆衆と田中殿のやりとりの書状などを見ても、不問に処したわけですね?」
信綱の言葉に、忠政が「えっ」と声をあげる。信綱がニヤリと笑って一枚の書状を出した。
「昨日の夜に豊前兵―宗茂の指示で高良山を先に出て南に向かっていた兵士達―が生津城跡地を探していたら、置き捨てていた書状などが見つかりまして。何でも、徳川方の別動隊が柳河を向かったら、食い止めることになっていたのだとか?」
「……」
忠政は思わず顔を伏した。一体どうすればいいのか、見当もつかない。大量の冷や汗が浮き上がっているのが分かる。
「越前様がこう言っていましたよ。こちらが口先だけのつもりであっても、相手が資料を残すかもしれないとなると怖いのうと。以後、ご注意なされよ」
信綱が楽しそうに笑い、書状を忠政の方に差し出す。
「ああ、そうだ。早く真田殿を切支丹の代表の方に会わせていただかないと。別室で待たせきりでした。私も同行していいですかね? 真田殿が切支丹の代表に何を言うのか、楽しみです」
「ということです、田中殿。頼みましたぞ」
宗茂もそう言って立ち上がった。
「は、ははっ」
忠政は書状を懐中に収めて急いでついていく。
(これ以上不興を買ってしまったなら、わしは確実に打ち首か…)
そう思っていた。
久留米への途上、忠直は三度ほどくしゃみをした。
「…何じゃ。誰かが噂をしているのか…」
「柳河城で話題になっているのかもしれませんね」
長宗我部忠弥が笑いながら言う。
「だとすると、信綱あたりがいらぬことを言っておるのだろうなあ」
顔をしかめながらも、そのまま歩を進めた。
松平忠直を先頭に一行は柳河へと向かった。
柳河城主・田中忠政にも、柳河の切支丹を代表する立場である長崎純景にも、もはや選択の余地はない。これまで通り徳川家大名とその城下町の人間という立場で徳川軍を迎え入れる。
柳河城に入った松平忠直は上座に案内され、その下に田中忠政がひれ伏している。
「田中筑後守」
「ははっ」
「おおまかのことは黒田殿、立花殿から聞いた。祖父の禁教令を無視して切支丹を保護していたというのは真のことであるな?」
「は、はい…」
「だが、そのことによって今回の一揆衆の中に柳河の者はほとんどおらなんだ。ということは、そちのやり方は時勢に適ったものではあったのだろう。祖父も亡きことであるし、このことについては九州郡代松平忠直の名前においてなかったこととみなす」
忠政が「えっ」と顔をあげる。
「引き続き徳川のために励んでもらいたい」
「ま、真でございますか?」
「何が真じゃ? 筑後守、そなたはわしがこんなところで冗談を言うような男と思うておるのか?」
「思いそうですよねぇ」
後ろにいる信綱が小声でつぶやいたのを聞きつけ、扇子で膝をぴしゃりと叩く。
「と、とんでもございません。切支丹を許していたことを責め立てられるかと思いましたので」
「祖父や前将軍なら、そうしていたかもしれぬ。しかし、今は事情も変わっておる。それぞれに事情があることはわしも分かっておるし、その事情を無視して徳川の都合ばかり押し付けるわけにもいかん。従って、禁教令についてはここまでじゃ。次に一揆について聞く」
「ははっ」
「そなたの対応が幸いして、柳河の切支丹はほとんど一揆に参加しなかったと聞く。一方で難事を避けるため、一揆衆に対して柳河の通行を自由に認めておったのは真であるな?」
「はい。何らの協力もしない場合、敵であるとみなされることとなりますし、そうなりますと切支丹同士で相争うやもしれませぬし、城内の切支丹が内応して完全に支配されることにもなりかねませんでしたので」
「…要はぎりぎりの決断であったと言うわけだな?」
「…少なくとも、それがしの手に負える事態ではございませんでした。一揆衆の者とも交渉をもちましたが、その中でそれがしが九州の切支丹王となり、切支丹と一揆をまとめてほしいというような話もございましたし…」
忠直もそれは初耳で、「おおっ」と声をあげる。
「九州の切支丹王か。そうなっておれば、打ち首は免れなかったな…」
「……」
「なっておらぬのであれば、特に問題はなかろう。ところで一つ、筑後守に頼みたいことがある」
「何でございましょうか?」
「うむ。今、別室に真田殿が控えているのだが、柳河の切支丹の代表と会わせてもらいたい。本当の頼み事はそこで真田殿の方から出されるはずだ」
「…かしこまりました」
「わしは一旦久留米に戻って長宗我部殿を迎えに行く。その間わしの名代は立花殿と信綱ということにしておいてほしい」
忠直はそういうと、すぐに立ち上がり、城の外へと向かっていく。
忠政は、忠直が広間から出て行ったのを確認すると、大きな溜息をついて脱力した。
ふと、顔をあげると立花宗茂と視線が合う。新旧の柳河城主であり、ほぼ確実に奪われると思っていた相手である。
「立花殿、そなた、納得しているのか?」
とはいえ、話がうますぎるという考えも忠政の中にはあった。一揆軍の指導者益田好次と交渉をもっていたことや、実現はしなかったものの、前日の戦いで徳川方の者が柳河に来た場合は応戦することにも承諾していたこともある。
「納得とは?」
「…以前、貴殿はこの柳河の領主であった。今回、戦果をもって返り咲きたいと思っておるのではないのか?」
「ふむ…」
「ふむ、と他人事のようであるな?」
「単純なことを申しましたら」
控えていた松平信綱が出てくる。
「現状、九州よりも奥州の方がより広大な地を取れる見込みは高いです。と申しますのも、会津の蒲生家や山形の最上家には問題が多々出ておりまして、早晩改易か領地削減となる見込みがございます。会津は棚倉にも近いですし、場合によっては会津60万石くらいを立花殿に与える可能性もありますね」
「そうであったか…」
「あと、立花殿は田中殿を厳しく処置することで島津が硬化することも嫌っておりました。ですので、田中殿に対しては強くは当たらないようにと越前様に働きかけておりました。ですので、本来なら田中殿は立花殿に感謝しなければならないのですよ」
「左様であったのか…」
「それがしは進言しただけでござる。それを受け入れたのは越前様でありますよ」
宗茂が振り返るように言う。
「ここ九州には、越前様ほど適任な方はおりませぬ」
「越前様が適任?」
忠政だけでなく、信綱も疑問を呈する。
「左様。例えば、ここに江戸にいる老中や大老などがいたとしましょう。あるいは井伊殿でもいいかもしれませぬな。彼らは徳川家の方針が全てでございますから、それこそ禁教令違反で田中殿を処分していたかもしれませぬ」
「…そうですね。そんなことはありえませぬが、私が越前様の立場にいたら、柳河の立場云々など関係なく、徳川の方針に逆らったということで処分しなければならなかったでしょうし」
松平信綱が頷き、田中忠政は「うーん」と唸っている。
「翻って越前様は徳川家の中では傍流に位置していたこともあり、色々不満も抱えておりました。もちろん、それでも徳川家に謀反をするつもりなどはないでしょうが、徳川宗家が絶対に正しいとは思っておりませぬ。この絶対に正しいと思っているわけでないことが重要なのでありまして、結局他の者もそうなのだろうということを越前様は分かっていらっしゃる。故に田中殿には田中殿の考えがあり、島津にも島津の立場があることも分かっていただけるわけです」
「絶対的に従わせる必要はなく、仕方ないから従おうくらいで良くて、それならこのくらいまででいいと」
「はい。そうでなければ今の九州を短期間で治めることは叶いませぬので、な。また、そういう考えだからこそ豊臣秀頼公を四国に連れ出そうという気にもなったのでしょうし」
「ですから、一揆衆と田中殿のやりとりの書状などを見ても、不問に処したわけですね?」
信綱の言葉に、忠政が「えっ」と声をあげる。信綱がニヤリと笑って一枚の書状を出した。
「昨日の夜に豊前兵―宗茂の指示で高良山を先に出て南に向かっていた兵士達―が生津城跡地を探していたら、置き捨てていた書状などが見つかりまして。何でも、徳川方の別動隊が柳河を向かったら、食い止めることになっていたのだとか?」
「……」
忠政は思わず顔を伏した。一体どうすればいいのか、見当もつかない。大量の冷や汗が浮き上がっているのが分かる。
「越前様がこう言っていましたよ。こちらが口先だけのつもりであっても、相手が資料を残すかもしれないとなると怖いのうと。以後、ご注意なされよ」
信綱が楽しそうに笑い、書状を忠政の方に差し出す。
「ああ、そうだ。早く真田殿を切支丹の代表の方に会わせていただかないと。別室で待たせきりでした。私も同行していいですかね? 真田殿が切支丹の代表に何を言うのか、楽しみです」
「ということです、田中殿。頼みましたぞ」
宗茂もそう言って立ち上がった。
「は、ははっ」
忠政は書状を懐中に収めて急いでついていく。
(これ以上不興を買ってしまったなら、わしは確実に打ち首か…)
そう思っていた。
久留米への途上、忠直は三度ほどくしゃみをした。
「…何じゃ。誰かが噂をしているのか…」
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