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慶長二十一年
最上騒動②
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井伊直孝は、南町奉行所の島田利正を最上屋敷に派遣させ、次いで徳川家光に面会を求めた。
「最上家親の死に不審のことがありまして、山形から何名かを呼び寄せたいと思います」
これが問題になるとしても、仮にならないとしても最上家の家督継承という点で家光の介入が必要となる話である。
「余は何をすればよい?」
「現在、奉行所の力も借りて、死因などを調査しております。場合によっては詰問などをしていただくことになるかもしれません」
「これまでのように単純な挨拶だけとはいかないということだな」
「はい。その通りでございます」
「相分かった。調査もするのだろうが、ひとまず最上家の家督はどうなるのだ?」
「はい。家親が亡くなった以上、その息子の義俊が引き継ぐことが順当であります。ただし、義俊は12歳で最上家のような広大な領地を任せるには不安があります。南の上杉家や東の伊達家に後見をさせる必要があるかもしれません。ただ、これは毒殺の下手人が分からない一番穏当な場合でございます」
「下手人がおる場合はどうなる?」
「下手人がいた場合はもちろん斬首のうえで、最上家内部の人物であれば、山形は没収となります。そのうえで義俊にはどこかの領地を与えて名前の存続だけは許すという形になるかと。無論、義俊が父の殺害に関わっていたとなれば話は全く変わりますが」
「つまり、最上家を取り潰す可能性が高いわけじゃな?」
「最上家親は、大御所様が認められた最上家の当主でございます。それを殺害したとなりますと、当然、徳川に対する反逆行為。許すわけには参りませぬ」
「相分かった。詳細が分かれば報告してくれい」
「ははっ」
家光への報告が終わり、部屋で島田利正の報告を待つ。
その報告は夕方から夜になろうかという頃にもたらされた。
「最上家の屋敷の居住者について全員聞き取りなどを行いました」
「うむ。どうであった?」
「現状、これはというものは出てきておりません。茶屋の者に全員面通しもさせてみましたが、屋敷にいる中で、当日、最上様に出された菓子を勧めた者はいないということでした」
「…ということは、すぐに江戸を離れたということか」
「もちろん、どこかに隠れている可能性もありますので、ご指示があれば引き続き調査いたします」
「そうしてくれ」
島田利正の報告を受けて、直孝は江戸に召喚すべき者の選定にあたる。
(最上義俊に山野辺義忠は当然として、義光の残りの息子も呼ぶべきであろうな…)
井伊直孝が悩んでいる頃には、山形にも情報が伝わりつつあった。
「殿が亡くなられて、しかも毒を盛られたらしい」
という話に、山形城内は大混乱に陥る。
「これは、余程のことがない限り、最上家が山形から追い出されかねない話ですぞ…」
山野辺義忠が青ざめた顔で、義俊に語る。
「だ、だ、誰がそのようなことを? 山野辺殿、その方がやったのではないか?」
松根光広が義忠を睨みつける。
「考えてみれば、最初に鮭延殿からの重病という手紙を受け取っておったからのう。その方がやったと考えるのが自然ではなかろうか?」
「何を馬鹿なことを言われるのだ。もし、それがしが本当に殿に危害を加えるつもりだったならば、江戸ではなく山形におる時を狙うわ」
「むっ…」
更に情報が伝わり、死んだ状況が明らかとなってくると、義忠は更に強気になる。
「猿楽場で悶死されたということであるが、そのような目立つ場所で暗殺などをすることがあるだろうか? まあ、ここでそんなことを語っていても仕方ないであろう。このままであればそれがしも義俊殿も、松根殿も江戸で申し開きをすることになるのだろうし…」
「江戸で…」
「うむ。今の状況ならわしと松根殿とが仲良く打ち首となり、二人揃って千住あたりに晒されることになるかもしれぬ、な。当然、最上家も改易で、義俊殿のみがどこかに捨扶持を与えられるといったところであろう」
「……」
「その上で改めて申す。わしは殿に対して思うところがあったことは間違いない。しかし、今回の件に関しては全くあずかり知らぬところ。わしが下手人であるかのように言われても困る」
「真か?」
「繰り返しになるが、殿に何かあった場合、最初に疑われるのが自分であることはわしも良く分かっておるし、首尾よく殿を暗殺すれば家督が期待できる立場でもあることも理解しておる。そのような立場であるのだから、暗殺するならもっと万全の形で狙うに決まっておろう。手の届きにくい江戸で目立つ形で暗殺して発覚したとあっては何にもならぬではないか」
「それはまあ…」
松根光広は苦虫を噛み潰したような顔になる。すなわち、義忠の言に真理を認めたらしい。
「と言っても、江戸で信じてもらえるかは分からぬのであるが…」
義忠が付け加えるように言ったこともまた事実である。
「とすると、楯岡、鮭延の両人であろうか…」
「お家のためにというのなら、わしと同じ理由で何故に江戸でそのようなことをするのかということになると思う。ただ、あの二人のいずれかが個人的に殿に対して恨みがあった可能性はあるかもしれん」
「徳川家は信じてくれるだろうか?」
光広のすがるような物言いに対して、義忠は「無理だろう」とばかりに肩をすくめる。
「それならば、わしらの喧嘩両成敗を狙って義直や光隆が仕掛けたとでも申す方がまだ可能性があるかもしれん」
「…そうか!」
義光の五男上野山義直と六男大山光隆もまた、最上領内で城主として君臨していた。
五男と六男という立場ゆえに本来なら家督とは縁遠い立場であるが、家親と義忠が共倒れになった場合、可能性がないわけではない。
「その場合でも当主を親族が狙ったということになるゆえ、結局取り潰しは必至であろうが…、わしと松根殿の首が並ぶ事態は避けられるかもしれぬな」
「ひ、ひとまず二人に聞いてみよう」
松根光広は早速、義光の下の子供二人を山形へと呼び出した。
翌日、呼び出された義直と光隆は松根光広と山野辺義忠から話を聞いて、揃って仰天した。
「私が殿を殺したですと? そんなことするはずがありません」
「…うむ。ただ」
と、光広と義忠が、状況の不自然さを話す。
「ということで、殿をわざわざ江戸で暗殺するという理由がわしにはない。となると、わしに着せたい誰かがやったと考えるのが自然ということになる」
「…確かに少しでも疑われれば、お家取り潰しですからね…。だからといって、兄上に着せるために私達がやったというのも暴論ではありませんか?」
「ちょっと待ってもらえませんか?」
義直の発言を受けて、光隆が割って入る。
「兄上の言葉を聞いて思い至りましたが、当家は疑われればお家取り潰しにある状況というのは、他でも知れ渡っていたことではないでしょうか?」
「どういうことだ?」
「父上と兄上(嫡男の義康)が争っていたことから始まりまして、最上家内部で問題が起きているということは広く知れ渡っていたところです。となると、最上家を取り潰すために近隣大名が陰謀を仕掛けてきたと考えることもできるのではないですか?」
「そういえば、殿が亡くなったところには何故か幕閣の井伊殿が同席していたという」
義忠の言葉に光広が頷いた。ゆえに井伊直孝が調査の最前線にいるのだということは江戸からの情報で明らかすぎるほど明らかになっていることである。
「江戸でどれだけ猿楽が開かれているのかは分かりませんが、最上の当主と井伊の当主が居合わせるというのはおかしいのでは?」
光広の顔が歪む。
「大山殿の申す通りだ…。今、殿を暗殺して一番利益を得るのは、最上家の人間ではない。徳川の方だ」
「こらこら、松根殿。滅多なことを申されてはいかん」
「しかし、山野辺殿。事実であろう? そうでなければ、山野辺殿がもっとも怪しいということになるのだぞ?」
「それはそうでござるが…」
「皆様方、事は最上家の存亡にかかわるところ。ここは一致団結して、徳川に対してしっかりと物を申すべきではないか?」
松根光広の力強い物言いに、義直と光隆が頷き、義忠も。
「うむ…。とにかく、最上が一致団結して事に当たることは賛成だ」
と同意する。
一族四人はそれぞれ固く手を重ね合い、徳川と相対することを誓うのであった。
「最上家親の死に不審のことがありまして、山形から何名かを呼び寄せたいと思います」
これが問題になるとしても、仮にならないとしても最上家の家督継承という点で家光の介入が必要となる話である。
「余は何をすればよい?」
「現在、奉行所の力も借りて、死因などを調査しております。場合によっては詰問などをしていただくことになるかもしれません」
「これまでのように単純な挨拶だけとはいかないということだな」
「はい。その通りでございます」
「相分かった。調査もするのだろうが、ひとまず最上家の家督はどうなるのだ?」
「はい。家親が亡くなった以上、その息子の義俊が引き継ぐことが順当であります。ただし、義俊は12歳で最上家のような広大な領地を任せるには不安があります。南の上杉家や東の伊達家に後見をさせる必要があるかもしれません。ただ、これは毒殺の下手人が分からない一番穏当な場合でございます」
「下手人がおる場合はどうなる?」
「下手人がいた場合はもちろん斬首のうえで、最上家内部の人物であれば、山形は没収となります。そのうえで義俊にはどこかの領地を与えて名前の存続だけは許すという形になるかと。無論、義俊が父の殺害に関わっていたとなれば話は全く変わりますが」
「つまり、最上家を取り潰す可能性が高いわけじゃな?」
「最上家親は、大御所様が認められた最上家の当主でございます。それを殺害したとなりますと、当然、徳川に対する反逆行為。許すわけには参りませぬ」
「相分かった。詳細が分かれば報告してくれい」
「ははっ」
家光への報告が終わり、部屋で島田利正の報告を待つ。
その報告は夕方から夜になろうかという頃にもたらされた。
「最上家の屋敷の居住者について全員聞き取りなどを行いました」
「うむ。どうであった?」
「現状、これはというものは出てきておりません。茶屋の者に全員面通しもさせてみましたが、屋敷にいる中で、当日、最上様に出された菓子を勧めた者はいないということでした」
「…ということは、すぐに江戸を離れたということか」
「もちろん、どこかに隠れている可能性もありますので、ご指示があれば引き続き調査いたします」
「そうしてくれ」
島田利正の報告を受けて、直孝は江戸に召喚すべき者の選定にあたる。
(最上義俊に山野辺義忠は当然として、義光の残りの息子も呼ぶべきであろうな…)
井伊直孝が悩んでいる頃には、山形にも情報が伝わりつつあった。
「殿が亡くなられて、しかも毒を盛られたらしい」
という話に、山形城内は大混乱に陥る。
「これは、余程のことがない限り、最上家が山形から追い出されかねない話ですぞ…」
山野辺義忠が青ざめた顔で、義俊に語る。
「だ、だ、誰がそのようなことを? 山野辺殿、その方がやったのではないか?」
松根光広が義忠を睨みつける。
「考えてみれば、最初に鮭延殿からの重病という手紙を受け取っておったからのう。その方がやったと考えるのが自然ではなかろうか?」
「何を馬鹿なことを言われるのだ。もし、それがしが本当に殿に危害を加えるつもりだったならば、江戸ではなく山形におる時を狙うわ」
「むっ…」
更に情報が伝わり、死んだ状況が明らかとなってくると、義忠は更に強気になる。
「猿楽場で悶死されたということであるが、そのような目立つ場所で暗殺などをすることがあるだろうか? まあ、ここでそんなことを語っていても仕方ないであろう。このままであればそれがしも義俊殿も、松根殿も江戸で申し開きをすることになるのだろうし…」
「江戸で…」
「うむ。今の状況ならわしと松根殿とが仲良く打ち首となり、二人揃って千住あたりに晒されることになるかもしれぬ、な。当然、最上家も改易で、義俊殿のみがどこかに捨扶持を与えられるといったところであろう」
「……」
「その上で改めて申す。わしは殿に対して思うところがあったことは間違いない。しかし、今回の件に関しては全くあずかり知らぬところ。わしが下手人であるかのように言われても困る」
「真か?」
「繰り返しになるが、殿に何かあった場合、最初に疑われるのが自分であることはわしも良く分かっておるし、首尾よく殿を暗殺すれば家督が期待できる立場でもあることも理解しておる。そのような立場であるのだから、暗殺するならもっと万全の形で狙うに決まっておろう。手の届きにくい江戸で目立つ形で暗殺して発覚したとあっては何にもならぬではないか」
「それはまあ…」
松根光広は苦虫を噛み潰したような顔になる。すなわち、義忠の言に真理を認めたらしい。
「と言っても、江戸で信じてもらえるかは分からぬのであるが…」
義忠が付け加えるように言ったこともまた事実である。
「とすると、楯岡、鮭延の両人であろうか…」
「お家のためにというのなら、わしと同じ理由で何故に江戸でそのようなことをするのかということになると思う。ただ、あの二人のいずれかが個人的に殿に対して恨みがあった可能性はあるかもしれん」
「徳川家は信じてくれるだろうか?」
光広のすがるような物言いに対して、義忠は「無理だろう」とばかりに肩をすくめる。
「それならば、わしらの喧嘩両成敗を狙って義直や光隆が仕掛けたとでも申す方がまだ可能性があるかもしれん」
「…そうか!」
義光の五男上野山義直と六男大山光隆もまた、最上領内で城主として君臨していた。
五男と六男という立場ゆえに本来なら家督とは縁遠い立場であるが、家親と義忠が共倒れになった場合、可能性がないわけではない。
「その場合でも当主を親族が狙ったということになるゆえ、結局取り潰しは必至であろうが…、わしと松根殿の首が並ぶ事態は避けられるかもしれぬな」
「ひ、ひとまず二人に聞いてみよう」
松根光広は早速、義光の下の子供二人を山形へと呼び出した。
翌日、呼び出された義直と光隆は松根光広と山野辺義忠から話を聞いて、揃って仰天した。
「私が殿を殺したですと? そんなことするはずがありません」
「…うむ。ただ」
と、光広と義忠が、状況の不自然さを話す。
「ということで、殿をわざわざ江戸で暗殺するという理由がわしにはない。となると、わしに着せたい誰かがやったと考えるのが自然ということになる」
「…確かに少しでも疑われれば、お家取り潰しですからね…。だからといって、兄上に着せるために私達がやったというのも暴論ではありませんか?」
「ちょっと待ってもらえませんか?」
義直の発言を受けて、光隆が割って入る。
「兄上の言葉を聞いて思い至りましたが、当家は疑われればお家取り潰しにある状況というのは、他でも知れ渡っていたことではないでしょうか?」
「どういうことだ?」
「父上と兄上(嫡男の義康)が争っていたことから始まりまして、最上家内部で問題が起きているということは広く知れ渡っていたところです。となると、最上家を取り潰すために近隣大名が陰謀を仕掛けてきたと考えることもできるのではないですか?」
「そういえば、殿が亡くなったところには何故か幕閣の井伊殿が同席していたという」
義忠の言葉に光広が頷いた。ゆえに井伊直孝が調査の最前線にいるのだということは江戸からの情報で明らかすぎるほど明らかになっていることである。
「江戸でどれだけ猿楽が開かれているのかは分かりませんが、最上の当主と井伊の当主が居合わせるというのはおかしいのでは?」
光広の顔が歪む。
「大山殿の申す通りだ…。今、殿を暗殺して一番利益を得るのは、最上家の人間ではない。徳川の方だ」
「こらこら、松根殿。滅多なことを申されてはいかん」
「しかし、山野辺殿。事実であろう? そうでなければ、山野辺殿がもっとも怪しいということになるのだぞ?」
「それはそうでござるが…」
「皆様方、事は最上家の存亡にかかわるところ。ここは一致団結して、徳川に対してしっかりと物を申すべきではないか?」
松根光広の力強い物言いに、義直と光隆が頷き、義忠も。
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