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慶長二十一年
海峡を隔てて
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上杉主従からの書状を受け取り、伊達政宗が唸る。
「なるほど…。最上にとっての公正な仲介、のう…」
政宗はその足で井伊直孝の部屋へと向かう。
話を聞いて、直孝の表情も浮かない。
「前田家のやり方は、豊臣政権内での徳川家のやり方と似ておる。露骨な敵対行動を取らないが、徳川に対する不満や徳川家の下でうまくいかなさそうなところを捕まえて、取り込もうとするやり口が」
「不満を表沙汰にさせないようにするには、それ以外を力で抑え込むしかないわけですが、そうなると毛利がいるし、豊臣もまだ完全に服従すると決まったわけではありませんからな」
「うむ。少なくとも上杉主従が危惧するような形に持ち込むことは徳川としては受け入れられぬ。ただ、早急に運ぶのはもっと良くない」
二人は話をし、ひとまず九州から立花宗茂を呼び戻すという形で決着をし、九州へと早馬を送ることとなった。
と同時に、最上家には「再調査をするので沙汰を待つべし」という書状を送り、即時の決着はつけない形で進めることとした。
九州の問題が片付いたこともあり、松平忠直は慶長21年の正月を福岡城で迎えていた。軍勢の準備はしているが、兵糧その他の問題もあり、動くとするならば春以降という方針を立て、作戦を練っていたところでの江戸からの要請である。
「ふむ…、最上家の背後に上総介や前田がのう。というより、上総介は前田についたのか」
「越後から奥州に一気に攻め寄せられるとなりますと、最上家の問題、中々厄介なものになりそうですな」
「うむ、直孝の言い分も、毛利より先に奥州を何とかしないとまずいといった様子だ。立花殿に江戸に至急戻ってもらいたいと」
「毛利が九州に攻めてくる可能性は低いですし、当面九州は守りを固めれば立花殿と真田殿を派遣しても大丈夫なのでは?」
松平信綱の言葉に忠直も頷く。
「直孝もそう言っておる。わしらも守るくらいはできるだろうと。ということで、東に西にと大変であるが、行ってきてもらえぬか?」
「承知いたしました」
かくして立花宗茂と真田幸村は供の者数人を伴い、東へと向かった。
しばらく、待機路線をとる予定であった福岡であるが、そこに突如として。
「島津様が福岡に入りたいと申しておりますが…」
島津家久が福岡へと入ってきた。
「一体何をしに来たのだ?」
いぶかしむように、広間へと向かえる。
「どうも越前様、お久しぶりでござる」
「久しぶりであるな。本日はいかがした? まさか、徳川との和睦を取りやめにしたとでも申しに来たのではないだろうな?」
家久は一笑に付す。
「いやいや、風の噂に奥州の方で問題が起きていると聞きまして。それで、九州の方から誰か回すのではないかと聞きましてやってきました」
(…本当に油断も隙もない奴よのう…)
少しでも状況が有利となれば、何かしら仕掛けてくる男という印象がある。従って、隠せるものなら隠したいという気持ちもあったが。
(とはいえ、この男に対しては弱気になるより強気なところを見せた方がいいのかもしれん)
忠直はそう感じたので、大笑いをする。
「さすがに耳が早いのう。いや、ちょうど真田殿と立花殿に出て行ってもらった次第でござる」
家久もつられたのか、大笑いをする。
「やはりそうでございましたか」
一転して、真剣な顔つきになる。
「それならば、今は好機でございますぞ」
「…好機とな?」
「その情報をそのまま毛利に流せば、毛利はどうなると思います?」
「それは、好機ということで攻め寄せてくるのではないか?」
「しかし、毛利は主力を東に差し向けているのですぞ」
「あ、そうか。それならば攻めてこないのではないか?」
「これだけの好機なのにですか?」
「…何が言いたい?」
「周防長門にいる毛利軍の兵士の立場になってみた場合、どうでしょうか?」
「うむ? …まあ、せっかくの好機なのに勿体ないと思うかもしれぬな」
「では、そこに『毛利の弱腰なことよ』と言われたとなっては?」
「ふむ…」
忠直も家久の言いたいことが読めてきた。
「つまり、わしらが挑発をすれば、毛利の足並みを乱すことができるということか」
周防や長門を守っている毛利軍はそれほどの兵力はいないはずである。しかし、九州側がそれ以上に少ない兵力しかおらず、簡単に攻め落とせるかもしれないとなると彼らも欲をもつであろう。特に毛利軍は連戦連勝で進んできただけに、「あの程度の九州兵ならば勝てる」と考える公算が高い。それで攻撃をさせて、防御側の利を生かして勝利できた場合、毛利への打撃は小さくない。
「左様でございます。現在、他家が徳川の足並みを揃えることを乱そうとしておりますが、たまにはこちらからそうしたことをしてみてもいいのではありませんか?」
「確かにそうじゃ。しかし、何故そんなことを勧めてくる?」
「島津は徳川の忠実な家臣でございますれば、少しでも主家が戦果をあげられるのであれば全力をあげて協力するまでのことでございます」
(よう言うわ…)
忠直は内心で呆れかえるが、しかし。
(とはいえ、島津としてみると毛利との戦線で手柄を立てて更に所領を有したいという気持ちはあるのだろう。逆に、毛利側につくことで徳川を追い落とせば、それもまた所領が増える理由とはなるが…)
それは毛利が九州戦線で勝利することが前提であり、現時点での毛利家の配置では九州に攻勢をかけられるとは思えない。
(毛利が九州に積極的に攻勢をかけぬ以上、島津は徳川の下で武勲を立てたいと考えているわけだな。なるほど…)
島津家久の行動原理のようなものが見えてきて、忠直は面白くなる。
「分かった。信綱と相談のうえでどうしたらいいか具体的に考えてもらえるか? 効果がありそうであれば、黒田殿や細川殿にも打診してみるゆえ」
九州から関門海峡を隔てた場所にある雄山城。
ここには毛利秀元が3000ほどの兵を率いて滞在していた。
秀元は先の戦いでは毛利秀就や吉川広正らとともに西宮付近をさまよっており、結果としては勝利に貢献した。しかし、その過程での優柔不断な行動に対して吉川広家らの怒るところは甚だしく、「武士にあるまじき振る舞い」として三人とも謝罪文を書かされたうえで、東への攻撃役からはことごとく外されてしまい、西の国境近くにある下関の防衛を任されていた。
そこに九州側の動向がもたらされる。
「島津が再び反乱の兆しがあるということで、今回は小倉の細川忠興が城を出たそうです」
「何?」
「現在、小倉には2000程度の兵しか残っていないとか」
「たった2000?」
「と申しましても、我ら雄山にも3000しかおりませんが」
「馬鹿を申すな。その気になれば5000程度はすぐに集まる。たったの2000か…」
毛利輝元や吉川広家からは「守備に専念して動かないように」という指示を重ねて受けてはいる。
「わしが攻撃に出ないものだから、相手になめられておるのではないか?」
「まあ、そうなっても仕方がないところではありますが…」
「……」
配下の物言いに一瞬顔をしかめる秀元であったが、実際、戦が苦手だということは理解している。
「よし、ならばこうしようではないか」
翌日。
小倉城の細川忠興が海の向こう側からの情報を受け取った。
「何々、毛利秀元は戦下手にして、城の中で常に震えておるとのこと。2000の兵力など到底打ち破れる自信がないようで、500くらいまで減らさないと攻撃はしてこない模様」
書状を丸めて、息を吐いた。
「うーむ、挑発する相手が悪かったということか…」
「なるほど…。最上にとっての公正な仲介、のう…」
政宗はその足で井伊直孝の部屋へと向かう。
話を聞いて、直孝の表情も浮かない。
「前田家のやり方は、豊臣政権内での徳川家のやり方と似ておる。露骨な敵対行動を取らないが、徳川に対する不満や徳川家の下でうまくいかなさそうなところを捕まえて、取り込もうとするやり口が」
「不満を表沙汰にさせないようにするには、それ以外を力で抑え込むしかないわけですが、そうなると毛利がいるし、豊臣もまだ完全に服従すると決まったわけではありませんからな」
「うむ。少なくとも上杉主従が危惧するような形に持ち込むことは徳川としては受け入れられぬ。ただ、早急に運ぶのはもっと良くない」
二人は話をし、ひとまず九州から立花宗茂を呼び戻すという形で決着をし、九州へと早馬を送ることとなった。
と同時に、最上家には「再調査をするので沙汰を待つべし」という書状を送り、即時の決着はつけない形で進めることとした。
九州の問題が片付いたこともあり、松平忠直は慶長21年の正月を福岡城で迎えていた。軍勢の準備はしているが、兵糧その他の問題もあり、動くとするならば春以降という方針を立て、作戦を練っていたところでの江戸からの要請である。
「ふむ…、最上家の背後に上総介や前田がのう。というより、上総介は前田についたのか」
「越後から奥州に一気に攻め寄せられるとなりますと、最上家の問題、中々厄介なものになりそうですな」
「うむ、直孝の言い分も、毛利より先に奥州を何とかしないとまずいといった様子だ。立花殿に江戸に至急戻ってもらいたいと」
「毛利が九州に攻めてくる可能性は低いですし、当面九州は守りを固めれば立花殿と真田殿を派遣しても大丈夫なのでは?」
松平信綱の言葉に忠直も頷く。
「直孝もそう言っておる。わしらも守るくらいはできるだろうと。ということで、東に西にと大変であるが、行ってきてもらえぬか?」
「承知いたしました」
かくして立花宗茂と真田幸村は供の者数人を伴い、東へと向かった。
しばらく、待機路線をとる予定であった福岡であるが、そこに突如として。
「島津様が福岡に入りたいと申しておりますが…」
島津家久が福岡へと入ってきた。
「一体何をしに来たのだ?」
いぶかしむように、広間へと向かえる。
「どうも越前様、お久しぶりでござる」
「久しぶりであるな。本日はいかがした? まさか、徳川との和睦を取りやめにしたとでも申しに来たのではないだろうな?」
家久は一笑に付す。
「いやいや、風の噂に奥州の方で問題が起きていると聞きまして。それで、九州の方から誰か回すのではないかと聞きましてやってきました」
(…本当に油断も隙もない奴よのう…)
少しでも状況が有利となれば、何かしら仕掛けてくる男という印象がある。従って、隠せるものなら隠したいという気持ちもあったが。
(とはいえ、この男に対しては弱気になるより強気なところを見せた方がいいのかもしれん)
忠直はそう感じたので、大笑いをする。
「さすがに耳が早いのう。いや、ちょうど真田殿と立花殿に出て行ってもらった次第でござる」
家久もつられたのか、大笑いをする。
「やはりそうでございましたか」
一転して、真剣な顔つきになる。
「それならば、今は好機でございますぞ」
「…好機とな?」
「その情報をそのまま毛利に流せば、毛利はどうなると思います?」
「それは、好機ということで攻め寄せてくるのではないか?」
「しかし、毛利は主力を東に差し向けているのですぞ」
「あ、そうか。それならば攻めてこないのではないか?」
「これだけの好機なのにですか?」
「…何が言いたい?」
「周防長門にいる毛利軍の兵士の立場になってみた場合、どうでしょうか?」
「うむ? …まあ、せっかくの好機なのに勿体ないと思うかもしれぬな」
「では、そこに『毛利の弱腰なことよ』と言われたとなっては?」
「ふむ…」
忠直も家久の言いたいことが読めてきた。
「つまり、わしらが挑発をすれば、毛利の足並みを乱すことができるということか」
周防や長門を守っている毛利軍はそれほどの兵力はいないはずである。しかし、九州側がそれ以上に少ない兵力しかおらず、簡単に攻め落とせるかもしれないとなると彼らも欲をもつであろう。特に毛利軍は連戦連勝で進んできただけに、「あの程度の九州兵ならば勝てる」と考える公算が高い。それで攻撃をさせて、防御側の利を生かして勝利できた場合、毛利への打撃は小さくない。
「左様でございます。現在、他家が徳川の足並みを揃えることを乱そうとしておりますが、たまにはこちらからそうしたことをしてみてもいいのではありませんか?」
「確かにそうじゃ。しかし、何故そんなことを勧めてくる?」
「島津は徳川の忠実な家臣でございますれば、少しでも主家が戦果をあげられるのであれば全力をあげて協力するまでのことでございます」
(よう言うわ…)
忠直は内心で呆れかえるが、しかし。
(とはいえ、島津としてみると毛利との戦線で手柄を立てて更に所領を有したいという気持ちはあるのだろう。逆に、毛利側につくことで徳川を追い落とせば、それもまた所領が増える理由とはなるが…)
それは毛利が九州戦線で勝利することが前提であり、現時点での毛利家の配置では九州に攻勢をかけられるとは思えない。
(毛利が九州に積極的に攻勢をかけぬ以上、島津は徳川の下で武勲を立てたいと考えているわけだな。なるほど…)
島津家久の行動原理のようなものが見えてきて、忠直は面白くなる。
「分かった。信綱と相談のうえでどうしたらいいか具体的に考えてもらえるか? 効果がありそうであれば、黒田殿や細川殿にも打診してみるゆえ」
九州から関門海峡を隔てた場所にある雄山城。
ここには毛利秀元が3000ほどの兵を率いて滞在していた。
秀元は先の戦いでは毛利秀就や吉川広正らとともに西宮付近をさまよっており、結果としては勝利に貢献した。しかし、その過程での優柔不断な行動に対して吉川広家らの怒るところは甚だしく、「武士にあるまじき振る舞い」として三人とも謝罪文を書かされたうえで、東への攻撃役からはことごとく外されてしまい、西の国境近くにある下関の防衛を任されていた。
そこに九州側の動向がもたらされる。
「島津が再び反乱の兆しがあるということで、今回は小倉の細川忠興が城を出たそうです」
「何?」
「現在、小倉には2000程度の兵しか残っていないとか」
「たった2000?」
「と申しましても、我ら雄山にも3000しかおりませんが」
「馬鹿を申すな。その気になれば5000程度はすぐに集まる。たったの2000か…」
毛利輝元や吉川広家からは「守備に専念して動かないように」という指示を重ねて受けてはいる。
「わしが攻撃に出ないものだから、相手になめられておるのではないか?」
「まあ、そうなっても仕方がないところではありますが…」
「……」
配下の物言いに一瞬顔をしかめる秀元であったが、実際、戦が苦手だということは理解している。
「よし、ならばこうしようではないか」
翌日。
小倉城の細川忠興が海の向こう側からの情報を受け取った。
「何々、毛利秀元は戦下手にして、城の中で常に震えておるとのこと。2000の兵力など到底打ち破れる自信がないようで、500くらいまで減らさないと攻撃はしてこない模様」
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