戦国終わらず ~家康、夏の陣で討死~

川野遥

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慶長二十一年

秀頼の岐路

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 福岡を出た立花宗茂と真田幸村は、豊後から松山へと至る。

 加藤嘉明の管理の下、対毛利の最前線として豊臣秀頼も移動してきていた。当然、二人も秀頼に挨拶で訪れる。

「九州が一段落ついたと思ったら今度は奥州か。せわしないことよ」

 秀頼は二人を労うように声をかけ、次いで自嘲気味に笑う。

「これだけ皆、徳川の世に不満を抱いていたのに、何故に大坂の時には徳川に従っていたのであろう」

 二人は苦笑いを返すしかない。

「火急の用というわけでなければ、大坂と京に寄ってもらえぬか?」

「大坂と京でございますか?」

「うむ。聞くところによると毛利は因幡から但馬方面を狙うとのこと。その間に大坂にいる勝永に何かできないか確認したいということが一つ。ついでに、母上にも現状を知らせておかなければならないというのが二つ。あと、わしも無官が長いのでそろそろ官職に復帰しておきたいということがある。昔のようにはいかぬが金子などを寄付して官位をもらっておきたいということがある。その辺りのことじゃな」

「分かりました。それくらいであれば問題ないかと」

「うむ。それでは要請状などは修理に明日の朝までに書かせておくゆえ」

 秀頼は立ち上がった。

「せっかくである。道後の湯でも堪能せぬか?」



 日ノ本でも最も古い温泉の一つである道後温泉。

 温泉施設が建設されて商業化されるのはまだまだ先の話であるが、この時代でも多くの者が利用できるようにはなっていた。

「二人に尋ねたいのだが、仮に四国から攻めあがった場合、勝機はいかがであろうか?」

「毛利は水軍衆を再編していると申しますし、簡単には行かないと思います」

 立花宗茂が答える。

「もちろん、加藤殿がいるにはいるのですが、水軍衆自体の数となりますと」

「毛利の方が上か…」

「恐らくは」

「正直を申すとだ、ここ四国に来たことで人の上に立つということを少しは分かるようになった。ただ、松平越前殿と比較すると私は戦場で指揮をとったことはない。もちろん、幸村が再三要請したのを母上共々無視していたから自業自得ではあるのだが」

「…まあ、それは過去のことでございますので」

「それに戦場で指揮をとるということが秀頼様に必要とされていることでもありますまい」

「宗茂、どういうことだ?」

「確かに太閤様は、世にも稀なほど戦の勘所を理解されている御仁でございました。だからこそ、天下を制することができたとも言えますが、例えば前将軍様いかがでございましょう。お世辞にも戦がうまいという方ではございませんでした。しかし、前将軍様が日ノ本をほぼ掌握していたことは間違いないでしょう。それがしの考えでは、秀頼様には太閤様より前将軍様を目指した方がよいのではないかと思われます」

「前将軍か…」

「これから数十年もの間、再び戦国の時代になるということはありますまい。早いうちに収拾してくるとは思います。そうした時に必要になるのは戦で活躍する能力ではなく、次の安定した時代を作る能力でございましょう」

「なるほど。戦のみで築き上げた時代には限界があるということか…」

「そのためには、多くの者のことを知ることが重要でありましょう。武士はもちろん、農民、商人、工人、僧侶、切支丹、日ノ本には多くの者がおります。なるべく多くの者を知り、それぞれが考えていること、求めていることを知ることができれば、解決策も見えてくるのではないかと思います」

「ふうむ…」

「それがしなどは若い頃から武士のことばかり考えていたゆえ、こうしたことが分かる頃には既に年老いてしまっておりましたが。ハハハ」

「何を言う。まだまだ宗茂には頑張ってもらわぬと」

「さて、それがしは一足先に…」

 宗茂は温泉から出て行った。秀頼は幸村の方を向く。

「幸村、そなたは今後も松平越前と行動を共にするのか?」

「はっ。それがしも戦場でしか役に立たぬ者でありますゆえ、最も激しい戦場に出るのが有用であるかと」

「そうか…」

「先ほどの立花宗茂の話をどう思う?」

「さて。ただ、秀頼様が戦上手になる必要がないというのは同感でございます」

「お主も戦のことはいらぬと申すか…」

「もちろん、前将軍のように戦下手だと困りますが、戦が上手で自信をもって前に出てしまっても困るわけですからな。それがしが大御所を討ち取ることができたのは、大御所が前にいすぎたことにも原因があるわけですし。筑後川の合戦でも、立花殿は松平越前殿を後方に待機するように要請しておりましたからな」

「戦については二人の言う通りにしよう。とすると、誰か良き教師役はおらぬだろうか?」

「蜂須賀殿でよろしいのでは?」

「うむ。ただ、家政は、自分は息子に比べるとたいしたことがないと言って謙遜してしまうからのう。それでいて阿波守は徳島から出てこぬから会ったこともないし。もっとも、特にわしのことを避けているというわけでもないようで、病気がちであるということらしいのだが」

「それならば、秀頼様が徳島に向かって話を聞くのも手ではございましょう。城でふんぞり返るが主のやることでないことがお分かりになったからこそ、四国に来たのでありましょう」

「うむ…」

 秀頼は曖昧に頷く。その日、それ以上の質問が出されることはなかった。



 翌朝、宗茂と幸村は東に向かっていった。

 二人の姿が消えると、秀頼は福島正則と大野治長に問いかける。

「わしはどうあるべきなのかのう?」

「と申されますと?」

「うむ。わしはここからどこを目指すべきなのか。天下を目指すべきなのか、それとも、このままでよいと考えるべきなのか。このしばらくの間、ずっと考えていた。昨日、宗茂と幸村がいたものなので、少し意見も仰いだが…」

「……」

「わしも現状は分かっておる。このままであれば、豊臣の天下はありえぬ。ただ、それを目指すべきなのか、諦めるべきなのかとなると正直迷うところがあって、な」

 二人とも押し黙る。

「まあ、正直を申すと、今となっては自分のために、多くの者を引きずってしまいたいとは正直思っておらぬ。ただ、わしにそうした立場を望む者もおるのかもしれぬし…」

「それがしの正直なところを申しますれば…」

 福島正則が進み出る。

「亡き太閤様は、もちろん秀頼様の天下を望んではおられましたが、何よりも秀頼様が豊臣家を残してくれることを期待していたと思います。虎之助(加藤清正)もそうした考えを前提に動いておりましたし…」

「できうる限りの準備はしておくべきでしょうが、それ以上については運もあるかと思います。天下人にならなければならない、と考えられる必要はないのでは?」

 大野治長も少し考えてから答える。

「なるほど。考える必要はないが、もしもの時の準備はしておくべきということか」

「はい。その心構えでいましたら、豊臣家は安泰かと」

「確かにそうだ。よし、その心構えで行くとしよう。ひとまずはこの松山から四国をしっかりと固めないことにはな」

「その点でございますが」

「うむ?」

「四国は完全に固まったとまでは言えないかもしれませんが、九州よりは固まってきております。兵を出したとしても良いのではないかと」

「だが、昨晩立花宗茂が水軍衆の充実という点では毛利には劣るのではないかと申しておったが…」

「攻めるのは中国地方ばかりではありませぬ」

「とすると、どこを攻めるのだ?」

「大坂と徳島より兵を出し、淡路を攻めとりましょう」

「淡路か…」

 淡路島は池田家の支配下にあった。池田家が徳川家から毛利家に鞍替えをしたことに伴い、そのまま毛利方となっている。

「淡路を取れば瀬戸内の海路をかなり抑えることができますし、畿内と四国との行き来が容易になります。また、淡路は瀬戸内の東側にありますゆえ、もしも毛利が大挙して防衛軍を出した場合」

「逆に岡山や三原が手薄になる可能性がある。となると、毛利も淡路を全力では守れぬということか」

「はい」

「よし分かった。徳島に向かい、蜂須賀に話をしてこよう」

 昨日、蜂須賀至鎮と話をした方がいいのではないかと幸村から言われたことを思い出す。秀頼は勇んで準備を進めることとした。
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