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江戸と福岡
利常、大坂にて
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翌日、大坂城。
淀の方と大野治房がいる前に、前田利常が座っている。
「大坂の陣以降、中々お会いできなくて申し訳ございません」
「いいえ。こちらこそ、当主秀頼の不在、誠に申し訳ございません」
利常の挨拶に、淀の方が挨拶を返す。
「実を申しますと、豊臣家と徳川家が同盟をしているにもかかわらず、我々は徳川家から疑われているようでありまして、西の越前と東の高田に警戒されて中々動けない状況が続いておりました」
「それは我々も存じ上げておるが、此度、その状況の中で前田殿が大坂に来たというのはいかなることであろうか?」
「はい。我々は現在、前備前宰相宇喜多殿の赦免を徳川家にもちかけております。つきましては、豊臣家からその支援をしていただきたく思います」
前田利常はそう言って頭を下げる。
(それだけのために来たのか?)
毛利勝永が首を傾げた。
そんなことくらいなら、正直、手紙でも何とかなる話であろう。そもそも、秀頼のいない大坂に来て話をすること自体不毛である。
(そもそも、前田家の赦免願いを徳川家が聞くのだろうか? 豊臣家から話をさせるべきではなかったのだろうか?)
もちろん、勝永には利常が松平忠輝を通じて働きかけをしていることについては気づいていない。
「また、赦免が叶いました暁にはどうするかということも、秀頼公…失礼しました、大納言様に申し上げたていただきたく」
「分かりました」
淀の方と、大野治房も総じて承諾はしている。というより、承諾する以外選択肢のないような話である。宇喜多秀家が太閤からもっとも可愛がられた養子であることは誰もがよく知っているし、赦免を願うだけなら反対する理由はない。
「前田殿は宇喜多様を金沢に連れていきたいのでしょうか?」
治房が尋ねた。
「もちろん、第一には備前殿の意向によりますが、望まれるのならば」
(それでは金沢で決まりではないだろうか?)
秀家が赦免されたとしても、備前は遠戚の坂崎直盛が支配していて、とても行けるような状況ではない。となれば、妻の豪がいる金沢以外に身を寄せる場所はない。
(分からぬなぁ…。真田殿の意見を仰いでみたいところであるが…)
幸村は現在彦根で、井伊家の軍事指南役のような立場になっているから、行けないことはない。
(行ってみようかのう…。わしまで秀頼公の下を離れるのかと淀様の不興を買うかもしれないが)
淀の方との会見が終わると、利常は大坂城を退出した。
ふと後ろを見ると、明石全登の姿がある。
「久しいな、全登」
「はい」
「せっかくだ。少し付き合え」
利常の言葉に全登も頷き、馬に乗ってついてきた。
「どんな様子だ?」
「はい。平穏な状況でございますな」
「それは良かった」
「…金沢も平和だと伺っております」
「打って出る気はないのか、と言いたそうだな?」
「いえ、そういうわけでは」
「備前宰相が金沢に来れば、お主をはじめとして多くの宇喜多家臣が金沢に来ることになる。わしらのところには関ケ原の時の上杉家臣がいて、山形の最上の家臣も次第に来るようになってきた。そこに宇喜多の家臣も加わることになれば、相当なものだと思わぬか?」
「はい」
「あとな、蒲生家の家臣も加わることになりそうだ」
「何と。会津のですか?」
「まあ、蒲生に関しては、金沢に来るわけではないが、な。それに海外に出て行った日本人達も呼んできておる」
「しかし、海外に出て行った日本人達は、九州にも戻ってきていると聞いております」
利常は頷いた。もちろん、松平忠直や松平信綱の仕掛けで切支丹が対馬に残り、布教を認められたことで前田家への流れが途絶えているという事実はあった。
「徳川家が認めるとは思わなかったから、あれは中々に意外であった。今のところアユタヤは前田家寄りではあるが、これもそのうち変わってくるかもしれない。ただ…」
「ただ?」
「何か動くということは、反作用が出るものじゃ。それを生かすことでどうにかなる」
「反作用でございますか」
「もちろん、その気になれば飛騨から美濃・尾張くらいまでは攻めることはできよう。ただ、わしは欲張りかつ物惜しみでな。どうせなら、一度でほぼ全部取れるくらいにしたいのじゃ。中途半端なことのために金を使いたくはないのでのう」
利常の言葉に全登が笑みを浮かべた。
「かの前田利家公もそうでございましたな」
前田利家は自ら算盤を弾いて、家内の出費を管理していた話が残っており、その算盤は利家遺品の中に今も残されている。
「うむ。仮に動く機会がなかったとしても、前田家にはしっかりと力が残されているからのう。徳川か、毛利か、あるいは豊臣かも知れぬが、わしらを叩き潰して天下統一をするのは難しいことじゃ」
「承知いたしました。殿が赦免された暁には、私も金沢に参りますので、どうかお使いください」
「うむ、そう遠くないことゆえ、楽しみにしておれ」
利常は辺りを見回した。
誰かが自分と全登の会話を見ているのではないかと警戒したのであるが、特にそういうことはなさそうであった。
「殿!」
大坂での宿まで戻ってくると、先に戻っていたらしい珠が出てきた。
「おお、昨日はどうしたのだ?」
「申し訳ありません。姉と話していると、時間を忘れてしまいまして」
「いや、構わぬ。楽しめたのなら良かった。何か面白い話でもしてきたか?」
「そうですねぇ。大坂方にどういう人がいるかとか、逆に私も金沢にはこういう話がありますとか」
「ふむ…」
聞くのはともかく、金沢の内情を話すのはあまり芳しくないかもしれない、と一瞬思ったが。
(まあ、大事なことはそもそも珠の知らぬところで進めているし、あの女と側近では情報を生かすこともないだろうしな)
「あとは、秀頼様との間に中々子がなせないことをお悩みのようでした」
「ほう…」
「もしできないのなら、私達との間から養子を貰おうかという話も。考えてみれば、金沢にいる豪様も、太閤様の養女になられていましたものね」
「確かにそうであるな…ふむ」
利常は内心で算盤をはじく。
(秀頼の父も、子供をなすには苦労したし、ひょっとすると、そういう形で豊臣家を取り込むという方法もあるのか…。もちろん、期待しすぎると裏切られるかもしれないが)
「殿、どうかいたしましたか?」
「いや、何でもない」
「殿。私、今度は高田に行って忠輝殿にも会いに行きたいのですが、どうでしょうか?」
珠が無邪気に問いかけてきて、利常は頭をかく。
「あ、いや、松平上総はちょっと。それに、今から戻って高田に行っても上総介は江戸に行っているだろうし」
そもそもが、松平忠輝を堂々と江戸に行かせる口実としての、畿内訪問である。とはいえ、それをそのまま言うわけにもいかず、利常はしばし珠への言い訳に苦慮するのであった。
淀の方と大野治房がいる前に、前田利常が座っている。
「大坂の陣以降、中々お会いできなくて申し訳ございません」
「いいえ。こちらこそ、当主秀頼の不在、誠に申し訳ございません」
利常の挨拶に、淀の方が挨拶を返す。
「実を申しますと、豊臣家と徳川家が同盟をしているにもかかわらず、我々は徳川家から疑われているようでありまして、西の越前と東の高田に警戒されて中々動けない状況が続いておりました」
「それは我々も存じ上げておるが、此度、その状況の中で前田殿が大坂に来たというのはいかなることであろうか?」
「はい。我々は現在、前備前宰相宇喜多殿の赦免を徳川家にもちかけております。つきましては、豊臣家からその支援をしていただきたく思います」
前田利常はそう言って頭を下げる。
(それだけのために来たのか?)
毛利勝永が首を傾げた。
そんなことくらいなら、正直、手紙でも何とかなる話であろう。そもそも、秀頼のいない大坂に来て話をすること自体不毛である。
(そもそも、前田家の赦免願いを徳川家が聞くのだろうか? 豊臣家から話をさせるべきではなかったのだろうか?)
もちろん、勝永には利常が松平忠輝を通じて働きかけをしていることについては気づいていない。
「また、赦免が叶いました暁にはどうするかということも、秀頼公…失礼しました、大納言様に申し上げたていただきたく」
「分かりました」
淀の方と、大野治房も総じて承諾はしている。というより、承諾する以外選択肢のないような話である。宇喜多秀家が太閤からもっとも可愛がられた養子であることは誰もがよく知っているし、赦免を願うだけなら反対する理由はない。
「前田殿は宇喜多様を金沢に連れていきたいのでしょうか?」
治房が尋ねた。
「もちろん、第一には備前殿の意向によりますが、望まれるのならば」
(それでは金沢で決まりではないだろうか?)
秀家が赦免されたとしても、備前は遠戚の坂崎直盛が支配していて、とても行けるような状況ではない。となれば、妻の豪がいる金沢以外に身を寄せる場所はない。
(分からぬなぁ…。真田殿の意見を仰いでみたいところであるが…)
幸村は現在彦根で、井伊家の軍事指南役のような立場になっているから、行けないことはない。
(行ってみようかのう…。わしまで秀頼公の下を離れるのかと淀様の不興を買うかもしれないが)
淀の方との会見が終わると、利常は大坂城を退出した。
ふと後ろを見ると、明石全登の姿がある。
「久しいな、全登」
「はい」
「せっかくだ。少し付き合え」
利常の言葉に全登も頷き、馬に乗ってついてきた。
「どんな様子だ?」
「はい。平穏な状況でございますな」
「それは良かった」
「…金沢も平和だと伺っております」
「打って出る気はないのか、と言いたそうだな?」
「いえ、そういうわけでは」
「備前宰相が金沢に来れば、お主をはじめとして多くの宇喜多家臣が金沢に来ることになる。わしらのところには関ケ原の時の上杉家臣がいて、山形の最上の家臣も次第に来るようになってきた。そこに宇喜多の家臣も加わることになれば、相当なものだと思わぬか?」
「はい」
「あとな、蒲生家の家臣も加わることになりそうだ」
「何と。会津のですか?」
「まあ、蒲生に関しては、金沢に来るわけではないが、な。それに海外に出て行った日本人達も呼んできておる」
「しかし、海外に出て行った日本人達は、九州にも戻ってきていると聞いております」
利常は頷いた。もちろん、松平忠直や松平信綱の仕掛けで切支丹が対馬に残り、布教を認められたことで前田家への流れが途絶えているという事実はあった。
「徳川家が認めるとは思わなかったから、あれは中々に意外であった。今のところアユタヤは前田家寄りではあるが、これもそのうち変わってくるかもしれない。ただ…」
「ただ?」
「何か動くということは、反作用が出るものじゃ。それを生かすことでどうにかなる」
「反作用でございますか」
「もちろん、その気になれば飛騨から美濃・尾張くらいまでは攻めることはできよう。ただ、わしは欲張りかつ物惜しみでな。どうせなら、一度でほぼ全部取れるくらいにしたいのじゃ。中途半端なことのために金を使いたくはないのでのう」
利常の言葉に全登が笑みを浮かべた。
「かの前田利家公もそうでございましたな」
前田利家は自ら算盤を弾いて、家内の出費を管理していた話が残っており、その算盤は利家遺品の中に今も残されている。
「うむ。仮に動く機会がなかったとしても、前田家にはしっかりと力が残されているからのう。徳川か、毛利か、あるいは豊臣かも知れぬが、わしらを叩き潰して天下統一をするのは難しいことじゃ」
「承知いたしました。殿が赦免された暁には、私も金沢に参りますので、どうかお使いください」
「うむ、そう遠くないことゆえ、楽しみにしておれ」
利常は辺りを見回した。
誰かが自分と全登の会話を見ているのではないかと警戒したのであるが、特にそういうことはなさそうであった。
「殿!」
大坂での宿まで戻ってくると、先に戻っていたらしい珠が出てきた。
「おお、昨日はどうしたのだ?」
「申し訳ありません。姉と話していると、時間を忘れてしまいまして」
「いや、構わぬ。楽しめたのなら良かった。何か面白い話でもしてきたか?」
「そうですねぇ。大坂方にどういう人がいるかとか、逆に私も金沢にはこういう話がありますとか」
「ふむ…」
聞くのはともかく、金沢の内情を話すのはあまり芳しくないかもしれない、と一瞬思ったが。
(まあ、大事なことはそもそも珠の知らぬところで進めているし、あの女と側近では情報を生かすこともないだろうしな)
「あとは、秀頼様との間に中々子がなせないことをお悩みのようでした」
「ほう…」
「もしできないのなら、私達との間から養子を貰おうかという話も。考えてみれば、金沢にいる豪様も、太閤様の養女になられていましたものね」
「確かにそうであるな…ふむ」
利常は内心で算盤をはじく。
(秀頼の父も、子供をなすには苦労したし、ひょっとすると、そういう形で豊臣家を取り込むという方法もあるのか…。もちろん、期待しすぎると裏切られるかもしれないが)
「殿、どうかいたしましたか?」
「いや、何でもない」
「殿。私、今度は高田に行って忠輝殿にも会いに行きたいのですが、どうでしょうか?」
珠が無邪気に問いかけてきて、利常は頭をかく。
「あ、いや、松平上総はちょっと。それに、今から戻って高田に行っても上総介は江戸に行っているだろうし」
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