戦国終わらず ~家康、夏の陣で討死~

川野遥

文字の大きさ
132 / 155
白鷺と鶴と

山陰方面

しおりを挟む
 但馬の徳川義直軍もまた、鳥取を目指すべく豊岡を発っていた。

 立花宗茂、藤堂高虎に、竹野川で負けた面々もほとんどがついてきている。

「今度は毛利に一泡吹かせられそうじゃのう」

 竹野川での借りを返すことができると考えているのであろう、徳川義直は機嫌がいい。

「……」

 立花宗茂が無言でいるのを見て、けげんな顔をした。

「どうした?」

「あ、尾張様。いえ、少しだけ気になることがありまして…」

「気になること? 何だ?」

「いえ、たいしたことではないのですが…」

「何じゃ? 気になるのなら教えてほしいが」

「いえ、本当にたいしたことではないのです」

 宗茂はその場は愛想笑いで誤魔化した。



 夜、竹野の町で宿泊となると、藤堂高虎に疑問の程をぶつけた。

「この度の出兵は越前様の要請によるものじゃ。事実、大坂も四国も動き出している」

「それがどうかしたのか?」

 高虎は特に気にするような素振りはない。

「山陰の方を海から攻めるということについてはどうなっているのかと思ってのう」

「そう言われてみると…」

 備前と、山陰の赤碕あたりで毛利領を分断するという話は聞いている。しかし、但馬の徳川義直には西へ出兵してほしいという要請だけである。

 であると、包囲が完全に成立しない。

「いくら何でも九州から水軍を出すということはないと思うが…」

「いや、分からんぞ。島津や鍋島あたりならそれくらいの水軍があるかもしれぬ」

「うーむ、そうだろうか?」

「九州の面々は、松平忠直の忠実な配下であるからな。このまま行けば、彼らがもっとも優遇されることになるだろうし、多少張り切ることはあるだろう」

「なるほど。そうかもしれぬな」

 本当は納得できたわけではないが、宗茂は高虎に話を合わせる。

 それ以上詮索しても話は続かない。二人はその日はその場で分かれた。



 翌朝、宗茂が起きる頃に伝令が駆け込んできた。

「申し上げます。京極様が但馬の湊を使うため、通行を許可してほしいと要請してきております」

「何? 京極家が?」

 宗茂だけではない。義直も驚く。

「今の今まで、非協力的だった京極家が何故?」

「い、いかがいたしましょうか?」

 驚いている二人とは別に、伝令は京極家への対処を求める。

「…それはもちろん、わしが拒否する理由はないだろう」

 義直が答えるが、どこか不貞腐れたような顔もしていた。



 事は十日ほど前まで遡る。

 宮津城にいる京極高知はその時点では、動くつもりはなかった。しかし。

「福岡より、松平伊豆守様がお越しでございますが」

 という報告を受け、仰天する。

「福岡から? どうやって参ったのじゃ?」

 驚いて問いただすが、当然伝えに来たものに聞いても分かるはずがない。信じられないという思いをしながら、ひとまず通すことにした。

(もしかしたら、伊豆守を騙る偽物ではないだろうか?)

 面識がないので、本人であるかどうかは分からない。

 とはいえ、偽物だとしてもわざわざここに来る理由が分からない。

 程なく通されてきた若者を見て、その話しぶりを見て、高知は「どうやら本物らしい」と悟り、丁重に席を勧める。

「松平信綱と申します」

「京極高知じゃ。遠路はるばるよう来られた。差し仕えなければどのように参ったのか教えていただけないだろうか?」

「はい。海賊の船に乗って、毛利領を堂々と東に参りました」

「何? 海賊の船とな?」

「ええ。今後の日ノ本の運営のためには、海賊や外国との付き合い方も考えなければならないと考えておりますので」

「むむう…」

「それで早速、越前様からのご要請を申し上げたいのですが、よろしいでしょうか?」

「続けられよ」

「はい。京極様には隣国の忠高様と共に船を出し、赤碕へと向かっていただきたいのです」

「赤碕?」

 高知はまたも仰天した。

「どういうことだ? 但馬に徳川軍が二万程度はおるではないか。その者達に竹野から行かせた方が近いではないか」

「彼らはそのまま西に、鳥取に向かってもらいたいのです。鳥取に向かう軍がいて、その後ろから赤碕を狙う軍があるからこそ、毛利家への牽制になるのです」

「…それは、その通りであるが」

「それとも、京極家には毛利家に恩や義理でもあるのでしょうか?」

「いや、そういうことはないが…」

 京極高知は考える。彼の本音としては動きたくはない。できれば動かずに帰趨を見極めたい。それに水軍という点で京極家は毛利家に勝てるようなものは持っていない。

「松平殿の期待は有難いのだが、我が京極家が毛利軍に勝てるのかどうか…」

「ああ、それは気にしなくて大丈夫です」

 信綱が切って捨てるように言う。

「先ほども申し上げました通り、主戦は海賊に任せますので。京極殿は『松平越前の要請に応じて出した』というだけで大丈夫です」

「…何と?」

「要はですね」

 信綱がニッと口元をゆがめる。

「海賊を表に立たせて戦ったということにはしたくないのですよ。京極殿が船を出せば、海賊の手柄も京極殿のものになります。いい話だと思いませんか?」

「…何、海賊の手柄も、我々に…?」

 高知はそれを魅力的な話だとは考えなかった。

 むしろ、自分達に対する脅しと受け取った。

(意に沿わぬようであれば、宮津を海賊に襲わせることもできる、ということか?)

 毛利の領土を簡単に通過して、ここまで来たのである。その気になれば宮津や小浜を襲わせることもできるであろう。

(これ以上、引き延ばすこともできぬか)



 諦めた高知は、すぐに小浜の忠高に手紙をよこした。「海賊が支配下にいる」という言葉は効いたらしく、忠高からも程なく承諾の返事が届いた。

「それでは、これから出陣の準備に取り掛かりますので」

「その前に尾張様に、竹野湊を使いたいという書状を出してもらいたいのですが」

「何?」

 高知は目を見張った。

(そんなことくらい、自分でやってもよかろうに)

 人使いの荒い話である、と考えかけてはたと気づく。

(そうか…。これは、尾張家と越前家の駆け引きか。尾張家の言うことを聞かなかった京極が、越前の言うことなら聞くのだぞということを示したいのだ)

 同時に松平信綱が海賊を表に出さずに、京極家を立てたいと言った理由も見えてきた。

(海賊だけが暴れているとなると、色々角が立つ可能性がある。わしらがいることによって海賊共は協力者や道案内程度という名分が立つ。つまり)

 高知は内心でほくそ笑む。

(船を出すだけで、わしは松平越前に相当な恩を売ることになる。これは悪くない)

 頷いた高知、信綱に平伏した。

「承知いたしました。すぐにしたためてまいりますゆえ、少々お待ちください」

 京極家に風が吹いてきた。高知はそう考え始めていた。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

もし石田三成が島津義弘の意見に耳を傾けていたら

俣彦
歴史・時代
慶長5年9月14日。 赤坂に到着した徳川家康を狙うべく夜襲を提案する宇喜多秀家と島津義弘。 史実では、これを退けた石田三成でありましたが……。 もしここで彼らの意見に耳を傾けていたら……。

【架空戦記】狂気の空母「浅間丸」逆境戦記

糸冬
歴史・時代
開戦劈頭の真珠湾攻撃にて、日本海軍は第三次攻撃によって港湾施設と燃料タンクを破壊し、さらには米空母「エンタープライズ」を撃沈する上々の滑り出しを見せた。 それから半年が経った昭和十七年(一九四二年)六月。三菱長崎造船所第三ドックに、一隻のフネが傷ついた船体を横たえていた。 かつて、「太平洋の女王」と称された、海軍輸送船「浅間丸」である。 ドーリットル空襲によってディーゼル機関を損傷した「浅間丸」は、史実においては船体が旧式化したため凍結された計画を復活させ、特設航空母艦として蘇ろうとしていたのだった。 ※過去作「炎立つ真珠湾」と世界観を共有した内容となります。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

対ソ戦、準備せよ!

湖灯
歴史・時代
1940年、遂に欧州で第二次世界大戦がはじまります。 前作『対米戦、準備せよ!』で、中国での戦いを避けることができ、米国とも良好な経済関係を築くことに成功した日本にもやがて暗い影が押し寄せてきます。 未来の日本から来たという柳生、結城の2人によって1944年のサイパン戦後から1934年の日本に戻った大本営の特例を受けた柏原少佐は再びこの日本の危機を回避させることができるのでしょうか!? 小説家になろうでは、前作『対米戦、準備せよ!』のタイトルのまま先行配信中です!

対米戦、準備せよ!

湖灯
歴史・時代
大本営から特命を受けてサイパン島に視察に訪れた柏原総一郎大尉は、絶体絶命の危機に過去に移動する。 そして21世紀からタイムリーㇷ゚して過去の世界にやって来た、柳生義正と結城薫出会う。 3人は協力して悲惨な負け方をした太平洋戦争に勝つために様々な施策を試みる。 小説家になろうで、先行配信中!

四代目 豊臣秀勝

克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。 読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。 史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。 秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。 小牧長久手で秀吉は勝てるのか? 朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか? 朝鮮征伐は行われるのか? 秀頼は生まれるのか。 秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?

幻の十一代将軍・徳川家基、死せず。長谷川平蔵、田沼意知、蝦夷へ往く。

克全
歴史・時代
 西欧列強に不平等条約を強要され、内乱を誘発させられ、多くの富を収奪されたのが悔しい。  幕末の仮想戦記も考えましたが、徳川家基が健在で、田沼親子が権力を維持していれば、もっと余裕を持って、開国準備ができたと思う。  北海道・樺太・千島も日本の領地のままだっただろうし、多くの金銀が国外に流出することもなかったと思う。  清国と手を組むことも出来たかもしれないし、清国がロシアに強奪された、シベリアと沿海州を日本が手に入れる事が出来たかもしれない。  色々真剣に検討して、仮想の日本史を書いてみたい。 一橋治済の陰謀で毒を盛られた徳川家基であったが、奇跡的に一命をとりとめた。だが家基も父親の十代将軍:徳川家治も誰が毒を盛ったのかは分からなかった。家基は田沼意次を疑い、家治は疑心暗鬼に陥り田沼意次以外の家臣が信じられなくなった。そして歴史は大きく動くことになる。 印旛沼開拓は成功するのか? 蝦夷開拓は成功するのか? オロシャとは戦争になるのか? 蝦夷・千島・樺太の領有は徳川家になるのか? それともオロシャになるのか? 西洋帆船は導入されるのか? 幕府は開国に踏み切れるのか? アイヌとの関係はどうなるのか? 幕府を裏切り異国と手を結ぶ藩は現れるのか?

世界はあるべき姿へ戻される 第二次世界大戦if戦記

颯野秋乃
歴史・時代
1929年に起きた、世界を巻き込んだ大恐慌。世界の大国たちはそれからの脱却を目指し、躍起になっていた。第一次世界大戦の敗戦国となったドイツ第三帝国は多額の賠償金に加えて襲いかかる恐慌に国の存続の危機に陥っていた。援助の約束をしたアメリカは恐慌を理由に賠償金の支援を破棄。フランスは、自らを救うために支払いの延期は認めない姿勢を貫く。 ドイツ第三帝国は自らの存続のために、世界に隠しながら軍備の拡張に奔走することになる。 また、極東の国大日本帝国。関係の悪化の一途を辿る日米関係によって受ける経済的打撃に苦しんでいた。 その解決法として提案された大東亜共栄圏。東南アジア諸国及び中国を含めた大経済圏、生存圏の構築に力を注ごうとしていた。 この小説は、ドイツ第三帝国と大日本帝国の2視点で進んでいく。現代では有り得なかった様々なイフが含まれる。それを楽しんで貰えたらと思う。 またこの小説はいかなる思想を賛美、賞賛するものでは無い。 この小説は現代とは似て非なるもの。登場人物は史実には沿わないので悪しからず… 大日本帝国視点は都合上休止中です。気分により再開するらもしれません。 【重要】 不定期更新。超絶不定期更新です。

処理中です...