戦国終わらず ~家康、夏の陣で討死~

川野遥

文字の大きさ
133 / 155
白鷺と鶴と

姫路城へ

しおりを挟む
 播磨・姫路城では、池田利隆が状況に右往左往していた。

 既に備前方面の話も聞いているし、播磨に毛利勝永と大野治房が攻め込んできていることも聞いている。

 当然、迎撃準備を整えるのであるが、反応は鈍い。

(昨年のこともあるからのう…)

 昨年、備前で捕虜となり、姫路城を開城した事実は残っている。兵士達の中には「今回も最終的には開城するのではないか」という思いがどうしても残る。

 また、前年開城せざるをえなくなった事情はまだ解消されていない。すなわち、領民の不信である。

(今回はただ姫路城まで迎え入れることになると、兵士達も領民も池田を見放すことになるかもしれない)

 それができない以上は、開城するしかないが、さすがにこの選択はありえない。仮にも二年前まで百万石近くを有し、姫路宰相とも呼ばれていた家が戦いらしい戦いもしないまま二度も開城したとなると、日ノ本中の笑いものとなる。

(とはいえ、家を残すという選択からすると…)

 備前方面、九州方面、山陰方面と徳川が総攻撃をかけてきているという話も聞いている。しかも、それが吉川広家の想定を超えるらしいということも感じていた。

(岡山城が早期に落ちれば持ちこたえられない可能性は高い)

 それでも戦い続けるとなると、池田家自体がなくなってしまうことになる。

(戦うしかないのだが、どこかの段階で降伏もしなければならない。厳しいことよ…)

 池田利隆は下を向き、自分の腹のあたりを眺めた。

(今度ばかりは腹を切るしかないだろう。それだけで何とかなればよいのだが…)

 溜息をついて、利隆は家臣に召集をかけた。



 大坂を出た毛利勝永、大野治房、浅野長晨の軍は障害のないままに尼崎までたどりついていた。目指す姫路までは二十里ほどである。

「かつて太閤・豊臣秀吉様はこの倍以上の距離を駆け抜けたという。準備していたとはいえ、途方もないことよ」

 大野治房が語り、毛利勝永が頷いて聞いているような余裕もあった。

「そろそろ池田領に本格的に入ることになるが、どうなるかのう」

 浅野長晨が視線を先の方に向ける。もちろん、姫路城の姿は見えるはずもないし、池田軍の姿もない。

「最後まで抵抗するつもりはないでしょうが、さりとて何もしないわけにはいかないという心境でしょう」

 毛利勝永が答えると、長晨も頷く。

「そうだろうな。今更徳川家に簡単に降ることはないだろうし」

「…そうですね」

 毛利勝永は鷹揚に頷いた。

 彼の考えは異なっている。池田家の事情は分かっているのはもちろんのこと。

(池田は九州・四国は江戸の徳川家とは違う認識をもっているはずだ。江戸には降れないだろうが、我ら四国勢には降れるはず)

 とはいえ、それを答えることはしない。

(浅野殿に、徳川が二つに分かれるかもしれないなどという話を、今、する必要はないだろうし…)

「去年のこともあるから、姫路に籠城しても色々厄介なことになりかねない。池田軍は出てくるのではないだろうか?」

 大野治房が六甲山系の方を眺め、独り言のようにつぶやいた。

「その可能性はあります。ただ、当面はのんびり進めばいいでしょう」

「のんびり?」

「はい。岡山が先に落ちれば、池田家は完全に孤立することになります。そうなれば、さすがに全面的に抵抗することはないでしょう」

「なるほど。そういうことか」

 治房も西の方に視線を向けた。

「となると、秀頼様に頑張っていただかなければ…」

「そうあってほしいものです。さて、もうしばらく行くと西宮につきますが…」

「うむ」

「ここで我々も18日くらい時間を使うこととしましょう」

「18日?」

「昨年、毛利秀元と秀就が18日以上、無為に待機していたようですので。そうすれば、池田家も自分の立場が分かるのではないかと思います。もちろん、その間、仮に池田家が打って出たなら反撃できるように準備もしておこうと思います」

 勝永の言葉に二人とも頷いた。

 かくして、大坂からの軍は進軍を大幅に緩めることになった。



 二日もすると、摂津からの軍の動きは姫路城に伝えられる。

「西宮で迎撃準備をしている?」

 利隆が首を傾げる。傍らにいる池田由之が口を開いた。

「相手は我々を恐れているのでしょうか?」

「そんなことはないだろう」

 利隆が呆れた顔で答える。

「毛利勝永や大野治房は内府様や前将軍様の十五万の軍勢を前にしても怯むことなく戦ったのだぞ。何で姫路にいるわしら一万程度を恐れるものか」

「…申し訳ありません。ということは、我々が打って出るしかないと考えているのでしょう」

「それは確かであるし、そうであるならば厄介ではあるが…」

 利隆はどうしても腑に落ちない。

(そんなに消極的なことをしなくとも、進軍できるのではないだろうか。これではまるで昨年の毛利隊のような…あっ)

 そこで閃くものがあった。

「そうか。そういうことか…」

「…は?」

「由之。出撃の準備をせよ」

「ははっ」

「ただ、全軍を揃える必要はない。三千ほどでよい」

「三千? 敵は二万を超えると聞きますが」

「三千でよい」

 利隆が再度指示を出す。そうなると、由之もそれ以上口答えをする理由はない。

「承知いたしました」

 頭を下げて、城下へと急ぐのであった。



「三千、揃いました」

 三刻後、池田由之が報告に来た。

「そうか。出羽、今回はお主に任せる」

「…承知いたしました。城兵に池田家の死にざまというものを」

「馬鹿を申すな。形だけ戦って、逃げ帰ってくればよいのじゃ」

「…は?」

「豊臣秀頼にとって、姫路はどうでもいいのじゃ。岡山を落とせば、姫路は勝手に落ちると思っている」

「確かに、岡山が落ちれば、我々は東西挟み撃ちになりますな」

「そういうことだ。毛利はわしらが勝手な動きをしないための監視人よ。逆に言うと毛利軍は無理に姫路を落とそうとはしないはずだ」

「ははあ、なるほど」

 由之にもどうやら飲めたようである。

「つまり、我々は姫路から動けない。毛利勝永らも動かない。その間に岡山を占領した軍が西に向かうというわけですな」

「そういうことだ。憎らしいことであるが、今回、徳川にはそれだけの準備があるということだ。であるから」

「我々は姫路城で最後まで頑張っているふりだけをしていればよいと。それで池田の面目が立つと。ただ、最初から籠城というわけにもいかないので、一度打って出て負けておいた方がいいということでございますな」

「そういうことだ。やってくれるな?」

「ははっ。お任せください」

 池田由之は頷いてすぐに城を出て行った。



 二日後、池田由之の率いる三千の軍が西宮で毛利勝永部隊と衝突した。

 しかし、池田軍は遠目から弓・鉄砲を射かけただけで、半刻もしないうちに撤退していく。

 毛利勝永も追撃することはない。

 その後、「病気にかかったこと」を理由に十日ほどを西宮で過ごし、姫路へと進軍を再開していった。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

もし石田三成が島津義弘の意見に耳を傾けていたら

俣彦
歴史・時代
慶長5年9月14日。 赤坂に到着した徳川家康を狙うべく夜襲を提案する宇喜多秀家と島津義弘。 史実では、これを退けた石田三成でありましたが……。 もしここで彼らの意見に耳を傾けていたら……。

【架空戦記】狂気の空母「浅間丸」逆境戦記

糸冬
歴史・時代
開戦劈頭の真珠湾攻撃にて、日本海軍は第三次攻撃によって港湾施設と燃料タンクを破壊し、さらには米空母「エンタープライズ」を撃沈する上々の滑り出しを見せた。 それから半年が経った昭和十七年(一九四二年)六月。三菱長崎造船所第三ドックに、一隻のフネが傷ついた船体を横たえていた。 かつて、「太平洋の女王」と称された、海軍輸送船「浅間丸」である。 ドーリットル空襲によってディーゼル機関を損傷した「浅間丸」は、史実においては船体が旧式化したため凍結された計画を復活させ、特設航空母艦として蘇ろうとしていたのだった。 ※過去作「炎立つ真珠湾」と世界観を共有した内容となります。

【戦国時代小説】 甲斐の虎•武田信玄と軍師•山本勘助

蔵屋
歴史・時代
 わたしは、以前、甲斐国を観光旅行したことがある。  何故、甲斐国なのか?  それは、日本を象徴する富士山があるからだ。     さて、今回のわたしが小説の題材にした『甲斐の虎•武田信玄と軍師•山本勘助』はこの甲斐国で殆どの戦国乱世の時代を生き抜いた。そして越後の雄•上杉謙信との死闘は武田信玄、山本勘助にとっては人生そのものであったことだろう。  そんな彼らにわたしはスポットライトを当て読者の皆さんに彼らの素顔を知って頂く為に物語として執筆したものである。  なお、この小説の執筆に当たり『甲陽軍鑑』を参考にしていることを申し述べておく。  それでは、わたしが執筆した小説を最後までお楽しみ下さい。  読者の皆さんの人生において、お役に立てれば幸いです。  

世界はあるべき姿へ戻される 第二次世界大戦if戦記

颯野秋乃
歴史・時代
1929年に起きた、世界を巻き込んだ大恐慌。世界の大国たちはそれからの脱却を目指し、躍起になっていた。第一次世界大戦の敗戦国となったドイツ第三帝国は多額の賠償金に加えて襲いかかる恐慌に国の存続の危機に陥っていた。援助の約束をしたアメリカは恐慌を理由に賠償金の支援を破棄。フランスは、自らを救うために支払いの延期は認めない姿勢を貫く。 ドイツ第三帝国は自らの存続のために、世界に隠しながら軍備の拡張に奔走することになる。 また、極東の国大日本帝国。関係の悪化の一途を辿る日米関係によって受ける経済的打撃に苦しんでいた。 その解決法として提案された大東亜共栄圏。東南アジア諸国及び中国を含めた大経済圏、生存圏の構築に力を注ごうとしていた。 この小説は、ドイツ第三帝国と大日本帝国の2視点で進んでいく。現代では有り得なかった様々なイフが含まれる。それを楽しんで貰えたらと思う。 またこの小説はいかなる思想を賛美、賞賛するものでは無い。 この小説は現代とは似て非なるもの。登場人物は史実には沿わないので悪しからず… 大日本帝国視点は都合上休止中です。気分により再開するらもしれません。 【重要】 不定期更新。超絶不定期更新です。

四代目 豊臣秀勝

克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。 読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。 史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。 秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。 小牧長久手で秀吉は勝てるのか? 朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか? 朝鮮征伐は行われるのか? 秀頼は生まれるのか。 秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?

【アラウコの叫び 】第2巻/16世紀の南米史

ヘロヘロデス
歴史・時代
【毎日07:20投稿】 動画制作などを視野に入れてる為、脚本として使いやすい様に、基本は会話形式で書いています。 1500年以降から300年に渡り繰り広げられた「アラウコ戦争」を題材にした物語です。 マプチェ族とスペイン勢力との激突だけでなく、 スペイン勢力内部での覇権争い、 そしてインカ帝国と複雑に様々な勢力が絡み合っていきます。 ※ 現地の友人からの情報や様々な文献を元に史実に基づいて描かれている部分もあれば、 フィクションも混在しています。 HPでは人物紹介や年表等、最新話を先行公開しています。 公式HP:アラウコの叫び youtubeチャンネル名:ヘロヘロデス insta:herohero_agency tiktok:herohero_agency

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

対米戦、準備せよ!

湖灯
歴史・時代
大本営から特命を受けてサイパン島に視察に訪れた柏原総一郎大尉は、絶体絶命の危機に過去に移動する。 そして21世紀からタイムリーㇷ゚して過去の世界にやって来た、柳生義正と結城薫出会う。 3人は協力して悲惨な負け方をした太平洋戦争に勝つために様々な施策を試みる。 小説家になろうで、先行配信中!

処理中です...