戦国終わらず ~家康、夏の陣で討死~

川野遥

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白鷺と鶴と

姫路城へ

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 播磨・姫路城では、池田利隆が状況に右往左往していた。

 既に備前方面の話も聞いているし、播磨に毛利勝永と大野治房が攻め込んできていることも聞いている。

 当然、迎撃準備を整えるのであるが、反応は鈍い。

(昨年のこともあるからのう…)

 昨年、備前で捕虜となり、姫路城を開城した事実は残っている。兵士達の中には「今回も最終的には開城するのではないか」という思いがどうしても残る。

 また、前年開城せざるをえなくなった事情はまだ解消されていない。すなわち、領民の不信である。

(今回はただ姫路城まで迎え入れることになると、兵士達も領民も池田を見放すことになるかもしれない)

 それができない以上は、開城するしかないが、さすがにこの選択はありえない。仮にも二年前まで百万石近くを有し、姫路宰相とも呼ばれていた家が戦いらしい戦いもしないまま二度も開城したとなると、日ノ本中の笑いものとなる。

(とはいえ、家を残すという選択からすると…)

 備前方面、九州方面、山陰方面と徳川が総攻撃をかけてきているという話も聞いている。しかも、それが吉川広家の想定を超えるらしいということも感じていた。

(岡山城が早期に落ちれば持ちこたえられない可能性は高い)

 それでも戦い続けるとなると、池田家自体がなくなってしまうことになる。

(戦うしかないのだが、どこかの段階で降伏もしなければならない。厳しいことよ…)

 池田利隆は下を向き、自分の腹のあたりを眺めた。

(今度ばかりは腹を切るしかないだろう。それだけで何とかなればよいのだが…)

 溜息をついて、利隆は家臣に召集をかけた。



 大坂を出た毛利勝永、大野治房、浅野長晨の軍は障害のないままに尼崎までたどりついていた。目指す姫路までは二十里ほどである。

「かつて太閤・豊臣秀吉様はこの倍以上の距離を駆け抜けたという。準備していたとはいえ、途方もないことよ」

 大野治房が語り、毛利勝永が頷いて聞いているような余裕もあった。

「そろそろ池田領に本格的に入ることになるが、どうなるかのう」

 浅野長晨が視線を先の方に向ける。もちろん、姫路城の姿は見えるはずもないし、池田軍の姿もない。

「最後まで抵抗するつもりはないでしょうが、さりとて何もしないわけにはいかないという心境でしょう」

 毛利勝永が答えると、長晨も頷く。

「そうだろうな。今更徳川家に簡単に降ることはないだろうし」

「…そうですね」

 毛利勝永は鷹揚に頷いた。

 彼の考えは異なっている。池田家の事情は分かっているのはもちろんのこと。

(池田は九州・四国は江戸の徳川家とは違う認識をもっているはずだ。江戸には降れないだろうが、我ら四国勢には降れるはず)

 とはいえ、それを答えることはしない。

(浅野殿に、徳川が二つに分かれるかもしれないなどという話を、今、する必要はないだろうし…)

「去年のこともあるから、姫路に籠城しても色々厄介なことになりかねない。池田軍は出てくるのではないだろうか?」

 大野治房が六甲山系の方を眺め、独り言のようにつぶやいた。

「その可能性はあります。ただ、当面はのんびり進めばいいでしょう」

「のんびり?」

「はい。岡山が先に落ちれば、池田家は完全に孤立することになります。そうなれば、さすがに全面的に抵抗することはないでしょう」

「なるほど。そういうことか」

 治房も西の方に視線を向けた。

「となると、秀頼様に頑張っていただかなければ…」

「そうあってほしいものです。さて、もうしばらく行くと西宮につきますが…」

「うむ」

「ここで我々も18日くらい時間を使うこととしましょう」

「18日?」

「昨年、毛利秀元と秀就が18日以上、無為に待機していたようですので。そうすれば、池田家も自分の立場が分かるのではないかと思います。もちろん、その間、仮に池田家が打って出たなら反撃できるように準備もしておこうと思います」

 勝永の言葉に二人とも頷いた。

 かくして、大坂からの軍は進軍を大幅に緩めることになった。



 二日もすると、摂津からの軍の動きは姫路城に伝えられる。

「西宮で迎撃準備をしている?」

 利隆が首を傾げる。傍らにいる池田由之が口を開いた。

「相手は我々を恐れているのでしょうか?」

「そんなことはないだろう」

 利隆が呆れた顔で答える。

「毛利勝永や大野治房は内府様や前将軍様の十五万の軍勢を前にしても怯むことなく戦ったのだぞ。何で姫路にいるわしら一万程度を恐れるものか」

「…申し訳ありません。ということは、我々が打って出るしかないと考えているのでしょう」

「それは確かであるし、そうであるならば厄介ではあるが…」

 利隆はどうしても腑に落ちない。

(そんなに消極的なことをしなくとも、進軍できるのではないだろうか。これではまるで昨年の毛利隊のような…あっ)

 そこで閃くものがあった。

「そうか。そういうことか…」

「…は?」

「由之。出撃の準備をせよ」

「ははっ」

「ただ、全軍を揃える必要はない。三千ほどでよい」

「三千? 敵は二万を超えると聞きますが」

「三千でよい」

 利隆が再度指示を出す。そうなると、由之もそれ以上口答えをする理由はない。

「承知いたしました」

 頭を下げて、城下へと急ぐのであった。



「三千、揃いました」

 三刻後、池田由之が報告に来た。

「そうか。出羽、今回はお主に任せる」

「…承知いたしました。城兵に池田家の死にざまというものを」

「馬鹿を申すな。形だけ戦って、逃げ帰ってくればよいのじゃ」

「…は?」

「豊臣秀頼にとって、姫路はどうでもいいのじゃ。岡山を落とせば、姫路は勝手に落ちると思っている」

「確かに、岡山が落ちれば、我々は東西挟み撃ちになりますな」

「そういうことだ。毛利はわしらが勝手な動きをしないための監視人よ。逆に言うと毛利軍は無理に姫路を落とそうとはしないはずだ」

「ははあ、なるほど」

 由之にもどうやら飲めたようである。

「つまり、我々は姫路から動けない。毛利勝永らも動かない。その間に岡山を占領した軍が西に向かうというわけですな」

「そういうことだ。憎らしいことであるが、今回、徳川にはそれだけの準備があるということだ。であるから」

「我々は姫路城で最後まで頑張っているふりだけをしていればよいと。それで池田の面目が立つと。ただ、最初から籠城というわけにもいかないので、一度打って出て負けておいた方がいいということでございますな」

「そういうことだ。やってくれるな?」

「ははっ。お任せください」

 池田由之は頷いてすぐに城を出て行った。



 二日後、池田由之の率いる三千の軍が西宮で毛利勝永部隊と衝突した。

 しかし、池田軍は遠目から弓・鉄砲を射かけただけで、半刻もしないうちに撤退していく。

 毛利勝永も追撃することはない。

 その後、「病気にかかったこと」を理由に十日ほどを西宮で過ごし、姫路へと進軍を再開していった。
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