戦国終わらず ~家康、夏の陣で討死~

川野遥

文字の大きさ
153 / 155
エピローグ+あとがき

終話

しおりを挟む
 それから、二年。


 元和三年、二月。

「ふわぁぁぁ」

 伏見城を出て、松平忠直は大きくあくびをした。

「気楽ですねぇ。ご隠居様」

 笑って声をかけるのは、長宗我部忠弥である。

「今頃、城内では領地分けをどうするか右往左往しているでしょうに」

「知らん。二年前に言っただろう。わしは二年で降りると。ここから先は四代将軍の役目じゃ」

 忠直は伏見の町を歩く。

「いやいや、こんな感じで地面を歩くのは本当に久しぶりじゃ」

「これから、どうされるのですか?」

「うむ。どうしようかのう」

 投げ捨てたのは、至尊の地位と無限とも思わせる束縛。

 手にしたのは、完全なる自由と無限とも思われる時間。

「とりあえず、そこの酒場にでも行くとしようか」



 酒場に寄り酒を飲み、反物屋に寄り自分達の袖の素を確認する。忠直の楽しそうな様子に忠弥が楽し気に眺めていた。



 一刻ほどが過ぎた。

「ご隠居様、誰かを待っているのですか?」

 依然として伏見城内の店を散策している忠直に、けげんな顔をしている。

 忠直は「ばれてしまったか?」というような笑みで向き直った。

「どうしてそう思う?」

「この伏見に、いたくもないはずなのに無意味に時間を使っているように思えますので。あ、ひょっとしたら、今になって未練があって誰かが呼び戻しに来るのを待っているとか?」

「馬鹿なことを申すな。あんな堅苦しい場所は死んでもご免じゃ。待っている、というわけではないが…」

 と語った時、通りの向こうから一人の人物が歩いてくるのが見えた。忠弥がそれを認めて、「あっ」と声をあげる。

「来たか」

 忠直が声をかけた。

「参りました」

 と答えるのは、真田幸村。

「二年前の約定通り、この老臣も連れていってくだされ」

「もちろん待っていた。しかし、これでいいのか?」

 忠直は来てくれた嬉しさを隠さないが、それでも尚、腑に落ちない部分もある。

「祖父が怒るかもしれんぞ。自分の首の代償が、息子の五千石と本人の諸国漫遊の自由だけか、と」

「構いませんとも。息子は自分の力でより大きいものを得るべきでございます。内府殿には申し訳ございませんが、逆に我が 父昌幸は羨ましがると思います。『おまえは内府を討ったという名声を得て尚、果てしない自由を選ぶのか、と』」

 幸村の迷いない答えに、忠直も頷いた。

「左様であるか。納得のうえでなら、わしとしては大歓迎であるが」

「それで、ご隠居様はどこに向かわれるのですか?」

「む…。年下の忠弥ならともかく、真田殿にご隠居と言われると何やらくすぐったいものがあるな…。まずは祖父と叔父の墓参でもしようかと思う」

「それはようございます。それがしも、内府殿の墓参を改めてしたいとは思っておりました」

「そうか。紆余曲折あったが、祖父も真田殿が来れば悪い顔はしないであろう…うん?」

 不意に背後に気配を感じ、振り返った。


「何じゃ、上総か。わざわざ見送りに来てくれたのか?」

 松平忠輝とその妻五郎八が近づいてきていた。

 忠直の言葉に忠輝が笑う。

「馬鹿を申すな。おまえの見送りなどすると思うか?」

「…とすると、次の将軍に任命しなかった恨み言でも申しに来たのか?」

 忠直が身構えると、忠輝は大声で笑う。

「そんなものは全く期待しておらんわ。むしろ、任命された方が絶望的だ」

「…というと?」

「わしも五郎八も、一線を引いて、日ノ本中の切支丹を見て回りたいと思っていた。そこに前将軍が諸国漫遊をするかもしれないという話を聞いたとあっては、ついていかぬわけにはいかぬだろう」

「何!?」

 驚く忠直に、五郎八がにこやかに笑う。

「どうかよろしくお願いいたします。ご隠居様」

「いや、そなたは…諸国漫遊とか平気なのか?」

「はい。殿…失礼、忠輝様とであれば」

「……」

「ご隠居様?」

 固まっている忠直に、五郎八が不思議そうな顔をする。忠弥が苦笑した。

「ああ、あの、ご隠居様は御台所様から『出て行きたいなら好きにすればよろしい』と放り投げられたんですよ。ですので、奥方様がついてくる忠輝様を見て失神するくらい驚かれたのだと思います」

「まあ…」

「気に病むことはありませんよ。忠直様は、日ノ本中の武士が羨む天下という美女に懸想され続けながら、それを二年で放り投げたのです。これで武家の女子にまで構われていたら世の中不公平過ぎますので、このくらいでちょうどいいのだと思います」

 忠弥の言葉に、忠直以外の三人が笑った。

 その笑い声は、空の彼方まで広がっていきそうであった。


              完
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

もし石田三成が島津義弘の意見に耳を傾けていたら

俣彦
歴史・時代
慶長5年9月14日。 赤坂に到着した徳川家康を狙うべく夜襲を提案する宇喜多秀家と島津義弘。 史実では、これを退けた石田三成でありましたが……。 もしここで彼らの意見に耳を傾けていたら……。

【架空戦記】狂気の空母「浅間丸」逆境戦記

糸冬
歴史・時代
開戦劈頭の真珠湾攻撃にて、日本海軍は第三次攻撃によって港湾施設と燃料タンクを破壊し、さらには米空母「エンタープライズ」を撃沈する上々の滑り出しを見せた。 それから半年が経った昭和十七年(一九四二年)六月。三菱長崎造船所第三ドックに、一隻のフネが傷ついた船体を横たえていた。 かつて、「太平洋の女王」と称された、海軍輸送船「浅間丸」である。 ドーリットル空襲によってディーゼル機関を損傷した「浅間丸」は、史実においては船体が旧式化したため凍結された計画を復活させ、特設航空母艦として蘇ろうとしていたのだった。 ※過去作「炎立つ真珠湾」と世界観を共有した内容となります。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

対米戦、準備せよ!

湖灯
歴史・時代
大本営から特命を受けてサイパン島に視察に訪れた柏原総一郎大尉は、絶体絶命の危機に過去に移動する。 そして21世紀からタイムリーㇷ゚して過去の世界にやって来た、柳生義正と結城薫出会う。 3人は協力して悲惨な負け方をした太平洋戦争に勝つために様々な施策を試みる。 小説家になろうで、先行配信中!

対ソ戦、準備せよ!

湖灯
歴史・時代
1940年、遂に欧州で第二次世界大戦がはじまります。 前作『対米戦、準備せよ!』で、中国での戦いを避けることができ、米国とも良好な経済関係を築くことに成功した日本にもやがて暗い影が押し寄せてきます。 未来の日本から来たという柳生、結城の2人によって1944年のサイパン戦後から1934年の日本に戻った大本営の特例を受けた柏原少佐は再びこの日本の危機を回避させることができるのでしょうか!? 小説家になろうでは、前作『対米戦、準備せよ!』のタイトルのまま先行配信中です!

四代目 豊臣秀勝

克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。 読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。 史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。 秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。 小牧長久手で秀吉は勝てるのか? 朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか? 朝鮮征伐は行われるのか? 秀頼は生まれるのか。 秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?

幻の十一代将軍・徳川家基、死せず。長谷川平蔵、田沼意知、蝦夷へ往く。

克全
歴史・時代
 西欧列強に不平等条約を強要され、内乱を誘発させられ、多くの富を収奪されたのが悔しい。  幕末の仮想戦記も考えましたが、徳川家基が健在で、田沼親子が権力を維持していれば、もっと余裕を持って、開国準備ができたと思う。  北海道・樺太・千島も日本の領地のままだっただろうし、多くの金銀が国外に流出することもなかったと思う。  清国と手を組むことも出来たかもしれないし、清国がロシアに強奪された、シベリアと沿海州を日本が手に入れる事が出来たかもしれない。  色々真剣に検討して、仮想の日本史を書いてみたい。 一橋治済の陰謀で毒を盛られた徳川家基であったが、奇跡的に一命をとりとめた。だが家基も父親の十代将軍:徳川家治も誰が毒を盛ったのかは分からなかった。家基は田沼意次を疑い、家治は疑心暗鬼に陥り田沼意次以外の家臣が信じられなくなった。そして歴史は大きく動くことになる。 印旛沼開拓は成功するのか? 蝦夷開拓は成功するのか? オロシャとは戦争になるのか? 蝦夷・千島・樺太の領有は徳川家になるのか? それともオロシャになるのか? 西洋帆船は導入されるのか? 幕府は開国に踏み切れるのか? アイヌとの関係はどうなるのか? 幕府を裏切り異国と手を結ぶ藩は現れるのか?

滝川家の人びと

卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。 生きるために走る者は、 傷を負いながらも、歩みを止めない。 戦国という時代の只中で、 彼らは何を失い、 走り続けたのか。 滝川一益と、その郎党。 これは、勝者の物語ではない。 生き延びた者たちの記録である。

処理中です...