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どきどき
しおりを挟むいつもなら、知らない人に密着されるのも、胸で眠られるのも、ましてや、よだれまみれにされるとか……! きもちわ……自粛する! しかないのに、どうして、この子は、全然いやじゃないんだろう。
それどころか、抱っこしてしまうんだろう。
ふわふわの髪も、ぐうぐうの寝顔も、桜の唇からこぼれてゆく、よだれまで。
かわいい。
……どうしよう。
胸がよだれで濡れてゆくことさえ、どきどきする。
そっと、髪をなでてみた。
ふあふあだった。
どきどきする。
ちいさな肩だ。
手は? 指は? ちいさい?
ふわふわの髪に鼻をうずめて、すんすんしたい……!
落ちつけ、俺──!
内心わたわたで、顔は大人を装って、でも抱っこする手に、ちょっと力がこもったりしていたら
「青城ー、青城です。右の扉が開きます。扉にご注意ください」
少年が跳び起きた。
幻のような時間は、終わったらしい。
あたたかな、ちいさな身体が、離れる。
とても、とても残念に思っていたら
「あ、あの、明日もこの電車に乗りますか!?
俺、愛希です! 片白愛希!」
『あき』
きみの名が、きらきら胸に落ちてくる。
「東城真紀」
俺の名を告げる声が、はずんでる。
クリーニング代を払ってほしいとかじゃない、また明日逢えるかもしれないことがうれしくて、俺の顔は崩れていたらしい。
「何にやにやしてんの、真紀。っていうか、そのシャツどうしたんだ! 濡れてるぞ!
っつか、透けてて、えろいから──! 着替えろ!」
出社した途端、いとこの麗乃に、しかられた。
「れいの社長の服も、いっつも胸元はだけてて、えろいと思いまーす!」
「いや、こいつのは、えろいというより、だらしないだろ」
「ひどい、真紀──!」
親族と同級生しかいないスタートアップは資金繰りが厳しかったりするが、言いたいことを言えて、とても気楽だ。
その厳しい資金繰りを何とかするために、社内でいちばん顔がよく、いちばん真面目そうで、一番しっかりしているという謎の評価を受けた俺が、毎日、営業や交渉を頑張っている。が
「プログラミングだけやってたいのに……」
ついこぼれた本音に、麗乃が眉をさげた。
「いやもう、ほんとにごめん! でも俺が行ったら会社が終わりそうなんだけど!」
幼なじみ兼いとこの麗乃に泣きつかれると弱い。
「じゃあ、外回り行ってくる」
「あ、シャツ着替えろよ!」
さけぶ麗乃に、首をふる。
「すぐ乾くだろ。平気」
かるく手をあげた。
きみとの縁が切れてしまうみたいで、着替えたくないなんて。
……はずかしい。
もういちど、きみに、逢いたい。
……思うだけで、どきどきする。
ふあふあの髪に、もういちど、ふれたい。
また、この胸で、眠ってくれないだろうか。
願っても、高校生の愛希と社会人の自分では、毎日の電車で『おはよう』あいさつするくらいが、せいぜいだと思っていたのに。
「すきです。つきあってください!」
告白された。
鼓動が、止まった。
いや、満員電車だぞ……!
顔が、燃える。
本気じゃないだろうとか、冗談かなとか、思う理性と、うらはらに、めちゃくちゃ、うれしい。
……どうしよう。
高校生に告白されて、うれしくて、泣きそうだなんて、社会人としてどうなんだ……!
自分へのつっこみすらも『愛希が、俺に、告白してくれた!』お祝いのファンファーレに変わってゆく。
うれしくて
はずかしくて
夢みたいで
「よろしく、あき」
しか言えなかった。
告白されて、こんなにうれしかったのは、はじめてかもしれない。
交換した電話番号に、どきどきする。
まるで、はじめて、恋をしたみたいに。
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