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しおりを挟む僕の目を面白そうに のぞきこんだ緑の瞳がひらめいた。
「ははあ、それでノォナに『伴侶になってくれ』って言われたのか。ノォナの猛攻を避けるために僕に?」
「よくご存知で。さすが血縁と申しあげておきましょうか」
唇をつりあげるアライアが挑戦的だ!
驚いたようにアライアを振りかえるリィフェルと、ゆったり腕を組んだアライアに、緑のきみが吐息する。
「孫の無礼をあがなうために果実をひとつやるなら、認可してもいい。
だが身体に合わなかった場合、死ぬぞ」
淡々とした声だった。
「魔族と精霊は思想も体質も合わない。死ぬ確率は、非常に高い。……月の水も同じかもしれんがな」
おどしでも何でもない、真実を告げる声だ。
「……トェル」
リィフェルの瞳が揺れる。
……月の水も精霊界の果物も、僕の命を奪うのかもしれない。
なら月の水で息絶えるより、精霊界の果物で息絶えたほうが、おとうさんは哀しまなくて済むかもしれない。苦しまなくて済むかもしれない。
僕は、顔をあげる。
「くだもにょ、くだしゃ」
まっすぐに僕を見つめた緑のきみは、微笑んだ。
「魔族のくせに、いい覚悟だ」
いとけない唇が、楽しげにつりあがる。
「ここで死んで、僕のせいにされても寝覚めがわるいから。仕方なく祝福をくれてやる」
つややかな枝のように細い指が、僕の額にふれる。
緑の光の粒が不思議な紋様をえがいて、森に溶けた。
「緑の祝福だ。
緑のきみフォスァルトの名をもって、月の精リィフェルの養い子トェルが、精霊界の果実を食すことを、認可する」
しなやかに、かえされた緑のきみのてのひらに、ましろな果実があらわれた。
「喰っていい」
「おばあちゃん!」
目をむくノォナに、フォスァルトの瞳が深い淵をのぞかせる。
「精霊界を支え、お護りくださる、最も清らかな、精霊みなが崇める精霊樹の実だ。喰うなど精霊にはありえぬ。
最も清浄で、最も精霊界の力に満ちている。
喰っても生きるなら、トェルは精霊界に認められた証左となる」
いとけない声が、低くなる。
「喰えば死ぬ。
精霊が魔族を育てるなどという醜聞は、早いうちに摘むがよかろう?」
愛らしい唇が、わらう。
「しね」
「──っ!」
バチリと月のひかりが音をたてた。
リィフェルの髪が舞いあがる。
緑に埋め尽くされた宮が、おびえたようにふるえた。
凍気のように逆巻く月影が、おとうさんと僕を守るように荒れ狂おうとした瞬間、アライアが手を挙げる。
「リィフェル! 反逆になるぞ!」
壮絶な闘気をたたえたリィフェルの瞳がフォスァルトをにらみつけるのを制するように、アライアがその身を緑のきみとリィフェルの間に割りこませた。
「月のきみにまで、ご迷惑がかかる」
「……っ! トェル、帰るぞ!」
僕の手に渡された実を叩き落とそうと、おとうさんが腕を伸ばす。
──あなたの、おそばにいたい。
あなたの息子として、おとうさんを支えられるようになりたい。
僕の願いが、おとうさんを大切に想う精霊たちの立場をおびやかし、あなたを苦しめるなら。
どんなに生きたくても、どんなにお傍にいたくても、はやくしんだほうがいい。
あなたの手によってではなく、他の精霊の手によって。
それがおとうさんを、最も傷つけないから。
緑のきみフォスァルトは僕の覚悟に応え、リィフェルの怨みと憎しみを背負い、魔族を殺す覚悟をもって、僕に祝福を与えたうえで最も死に近い果実をくれた。
死んで当然、だが生きれば、精霊界が認めてくれる。
「ふぉーと、あーと」
胸に手をあて、感謝を表した僕は、あまい香りのする実に、歯を立てた。
「トェル──!」
噛む間もなく、あまい、あまい果実が唇のなかで溶けてゆく。
のばしてくれた、おとうさんの腕のなかで、僕は微笑んだ。
「……おとーた……あーと……」
最愛を抱きしめる僕の手から、ちいさな実がこぼれ落ちた。
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