【完結】お義父さんが、だいすきです

  *  ゆるゆ

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衝撃

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「トェル──!」


 ……おとうさんが……泣いてる……



 僕の唇から身体の中を駆け巡る、膨大な清かな光に、真っ白になった意識が浮かびあがる。

 精霊樹のましろな果実のあまい、あまい蜜からあふれた、身体すべてを創りかえるような衝撃を受けた僕は、遠くなった意識を、あわあわ呼び戻した。


 おとうさんを泣かせるなんて、だめ、ぜったい──!


「……おとーた……」

 きゅ、とリィフェルの指をにぎったら、ぼうぜんとリィフェルが口を開けた。

「…………トェル……?」

 精霊に、涙はない。
 けれどうるんで泣いているように見える光がうれしくて、申しわけなくて、熱い頬で僕は、おとうさんの指をにぎる。

 精霊樹の実からあふれた光に、身体が変わった気がした。
 じゃぶじゃぶ洗濯されるのとはちがう、そう、まるで、火から水になったように。

 でも、おとうさんの手をにぎる僕の手は変わらない。
 思うとおりに動いて、おとうさんのぬくもりを感じられる。

「……へーき……?」

 首をかしげる僕の髪が、さらさら揺れた。

 髪が、ちょぴっと、つやつやしてる、気がする……?

 変わったのはきっと、それくらいだ。


「な、何ともないのか──!」

 リィフェルより、緑のきみフォスァルトのほうが目をむいた。

 精霊樹の実は、ほんとうなら人間の身には清浄すぎて毒にしかならないのだろう。

 魔族の血がほんとうに流れているのなら、致命傷を負うのは間違いない。

 まだ生きているのはリィフェルが月の加護をくれ、アライアが陽の祝福をくれ、フォスァルトが緑の祝福をくれたから、僕がずっと月の水を与えられ精霊界で生きてきたからなのだろう。


「……トェル……!」

 泣き笑いのような、やさしくかすれる声だった。


 あたたかな腕に、かきいだかれる。

 おとうさんが、名を呼んでくれる。


 大切なものみたいに、つむいでくれる名は降りつもり、捨てられた人間の僕がトェルになってゆく。

 おとうさんの子になってゆく。


 僕が傍にいることは、おとうさんを窮地に陥れてしまうのかもしれない。迷惑ばかりかけてしまうだろう。

 人間の子、魔族の血をひくのかもしれない僕を拾ったことを、後悔する日が来るかもしれない。


 でも今は

「よかった……!」

 抱きしめて、笑ってくれる。

 ふるえる腕から、こぼれる月のひかりから、リィフェルが心配してくれたことが、しみてくる。


 おとうさんが、よろこんでくれる。

 それ以上のしあわせなんて、ない。


 月の瞳が揺れていた。

 精霊は人間とはちがう。涙はこぼれない。頬も耳も赤くならない。血も涙も存在しない。

 でもあふれる思いは、きらめきとなって現れる。

 夜に輝く月のしずくをまとうような瞳が揺れている。


「……生きてくれて、ありがとう」

 生きることを、よろこんでくれる。


 なんてさいわいを、くれるのだろう。


 救ってくれた。

 名づけてくれた。

 傍において、抱きしめて、笑ってくれた。


 与えられるばかりで、まだ何も返せないのに。

 生きることを、傍にいることを、よろこんでくれる。


 しあわせだった。

 涙がこぼれてしまうほど。


 そっとリィフェルを、ちいさな腕をいっぱいに伸ばして抱きしめる。


「おとーた」

 あなたを呼ぶたびに心のなかに生まれる、熱く、狂おしく、痛い、きらきらとあふれる光と、どろどろと醜い汚泥と、しあわせと、切なさを、抱きしめる。




 僕は、生きた。


 魔族の血をひく者としては勿論、人間としてもありえぬことだという。

 精霊樹の実を食して、生き残った。

 人間と魔族の子トェルは、精霊樹に認められた。


 衝撃が精霊界を、さざ波のように渡ってゆく。







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