【完結】お義父さんが、だいすきです

  *  ゆるゆ

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げんきでね

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 双葉の仲間の桃の樹を探して、僕は、こもれびの揺れる森をさまよう。

 ひとりで入ったのは、はじめてだ。

 濃密な緑の香りが胸をとおり、指先まで満ちてゆく。


 僕のちいさな足で踏みしめると、森の大地はやわらかに沈んだ。

 枯れ葉や朽ちた枝、死んだ緑が降りつもり、芽吹く緑に生きる力を与えている。人間界で見た、お尻から出たあれが豊かな実りをもたらすように。

 死と生の香りを、吸いこんだ。

 緑の精霊には僕がどこにいるかも、双葉がどこにあるのかも、わかってしまうのかもしれない。

 僕が仲間の桃の樹の近くに双葉を植えたって、すぐに引き抜かれてしまうのかもしれない。

 だからって諦めて、双葉が殺されるのを待つなんて、絶対にいやだ。


 おとうさんのおかげで、僕には動く手足がある。

 僕のせいで、くるしい目に遭うことになった双葉をたすけることができるかもしれないなら、使いたいと思うんだ。

「なか、ま、わか、ゆ? ちかく、いぃ、ね」

 語りかけると、双葉の緑がちらちら揺れる。

 こもれびにきらめく緑を見つめていると、不思議な感覚が満ちてくる。

 言葉じゃない。
 思いとも、ちがう。
 瞬きのような、やさしい光が見えた気がした。

「あ、ち?」

 僕は、駆ける。

 ちらちら光がきらめいて、ゆく道を照らしてくれるようだった。






 ちいさな足を、僕は懸命に動かした。

 子どもと大人では、足の長さが違う。
 走る速さも違う。
 精霊なら空間さえ飛び越えてしまう。

 それでも全身全霊で駆けないなんて、できない。


 走ったことなんて、ほとんどなかった僕は、駆けつづけられることに驚いた。

 走っても、走っても、息が切れない。
 倒れ伏してしまいそうにならない。

 どこまでも駆けてゆける。


 アライアが見せてくれた人間界で、畑を耕す人間はすぐに
「肩が痛い」
「手が痛い」
「疲れた」
 顔を青くして座りこんでいた。

 朝ご飯、昼ご飯、夜ご飯と1日に命を3回もいただかないと
「腹減った」
 泣きそうな顔をしていた。

 僕は、ちがうみたいだ。


 人間じゃない。
 精霊でもない。

 ……魔族の血が、流れているのだろうか。
 人間とも精霊とも敵対する、魔族の。

 思うだけで、胸がつぶれる。

 魔族であることが哀しいんじゃない。

 リィフェルを糾弾にさらしてしまうことが、千切れてしまいそうなほど、くるしい。

 双葉も、僕の手で植えられたばかりに死にそうになり、殺されそうになっている。


 ──……どうして、災厄しかもたらせないのだろう。

 そんなこと、欠片だって望んでいないのに。

 どうして双葉を、リィフェルを、苦しめてしまうのだろう。


「……ごめ、なさ……!」

 胸を裂く思いが、涙となってこぼれ落ちる。


 双葉を抱きしめて、僕は駆けた。





 森と緑は濃くなり淡くなり、こもれびが少しずつ赤みを帯びはじめた。

 懸命に駆けつづける僕のちいさな足を、朽ちた葉が包んでくれる。

 足音が、消えてゆく。


 どこをどう駆けているのか、僕にもわからない。

 双葉の光が、瞬いた。


 うっそうと茂る樹々が、ぽかりと途切れる。
 どこまでも澄んだ水をたたえる泉が、茜に染まる陽に輝いた。

 清水が湧いているのだろう、こぽりこぽり盛りあがる水がやわらかな波紋を広げている。
 透きとおる光にあふれた泉を守るように、樹々が枝を伸ばしていた。

 とろけるようなあまい香りを見あげたら、枝には夕日にきらめく桃の実がなっていた。

「こ、こ?」

 切れなかった息で、僕は双葉を見つめる。
 ちらちら瞬く光を胸に、辺りを見回した。

 落ちた桃の実に緑の精が力を注いだのだろう、双葉がいくつも生えている場所を見つけた。
 ちいさな芽を踏まないよう気をつけた僕は、間隔をあけた場所で止まる。

 桃の樹が大きくなれるように。
 きらきらの泉の近くだ。


「どぅ?」

 僕の手のなかで、双葉が瞬く。

「ここ、ね」

 双葉を大地におろした僕は、椀から双葉を傷つけないよう、そっと取りだした。

 大きな椀で土を掘る。

「やーら、かぃ」

 瞬いた僕は、朽ちた葉がやさしく包んでくれる土を掘り起こし、ていねいに双葉を埋めた。


「いきて、ぃけゆ?」

 瞬く光が、ちらちら揺れる。

「ぼくの、せぃ、ごめん、ね」

 土をかけ、透きとおる泉の水を椀ですくった。
 かけた水の雫に、双葉が緑にきらめいた。


 ちゃんと植えられたけれど、これでは僕の双葉が目立ってしまう。

 隣で生えている他の双葉となじむよう、朽ちた桃の葉で掘った痕をなくし、他の双葉と同じように、よそおった。

 ぱっと見たところ、見分けがつかない。
 これで僕の双葉は、生き延びるかもしれない。


 ──すぐに僕は、ここから離れたほうがいい。

 わかっているのに離れがたくて、双葉の隣に、そっと座った。

 すぐ傍で、透きとおる泉が茜に染まる。

 飲んでみた泉の水はほんのりあまく、乾いた僕を指先まで潤してくれた。



「……かえゆ、いぃの、かな……」


 ──……帰りたい。

 おとうさんの傍にいたい。


 あなたのおそばに、一瞬でも長く。

 ずっと、ずっと隣で、あなたをお支えしたい。

 あなたの力になりたい。

 あなたがくれた僕の命を、あなたのために使いたい。


 ……どうか、どうか、あなたのおそばに──



 すがるような願いを、頭が否定する。

 皆が殺そうとした双葉を救おうとした僕が、リィフェルのもとにいることは、きっと糾弾にしかならない。

 災厄にしか、ならない。


 あなたに、このうえない、わざわいをもたらすのが、あなたに命を救ってもらった僕だなんて、絶対だめだ。


「……かえ、ゆ……だ、め……」


 でも双葉のそばには、いられない。

 僕が見つかれば、双葉はきっと殺されてしまう。


「げんき、で、ね」

 そっと、双葉にふれる。

 きらきらのやさしい光が、胸に降りた。





 落ちてゆく陽を背に、立ちあがる。

 僕はふたたび、駆けだした。


 来た道とは、逆の方へ。







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