【完結】お義父さんが、だいすきです

  *  ゆるゆ

文字の大きさ
26 / 90

ありがとう

しおりを挟む



 うつむくリィフェルの眉間に刻まれたしわを、アライアの指がのばした。
 顔をあげたリィフェルの頭を、鍛錬でごつごつになったアライアの手が、やさしくなでる。

 リィフェルは、吐息した。

 ……アライアは、自分を甘やかしすぎる。


 やさしい指を拒むように首をふるリィフェルに肩をすくめたアライアが、ノォナに向きなおる。

「トェルが精霊樹の実を喰ったから、こんなことになったのか」

「……おそらく。精霊樹の御力は、すさまじいね。……糾弾は、おばあちゃんにも向くかもしれない」

 苦々しくつぶやくノォナの眉間も谷だ。

「トェルの命と精桃全ての命を天秤にかけたら、残念だが双葉は引っこ抜くしかねえ」

 アライアの言葉に、ノォナがうなずく。

「なかったことにしよう。僕が力を吸いあげれば、きっと枯れ落ちる。おばあちゃんには僕が報告する」


 ……トェルは、哀しむだろう。

 自らの手で植えたばかりに、双葉は殺されてしまう。

 きっとトェルの心を裂く。


 ──けれどトェルが生きてくれるほうが、ずっといい。

 双葉ひとつの命で、精桃すべてが救われるほうが、ずっといい。


 目を閉じたリィフェルは、うなずいた。


「ノォナが力を吸いあげる前に、フォスァルトの許可をもらったほうがいい」

「ちょっと聞いてくるよ。おばあちゃん忙しそうで、時間がかかるかもしれないけど」

「どうかしたのか」

 眉をあげるアライアに、ノォナはちいさな顔をふせた。

 いつも明るく瞬くノォナが、暗い顔をするのは、めずらしい。
 緑の精霊の力さえ、沈んで見えた。

「魔族の血をひく人間に精霊樹の実を与えたのは、清浄な精霊樹をけがすことじゃないのかって、おばあちゃんが批難されてる。……双葉のことは、もれていないのに」

 リィフェルは息をのむ。

「……僕もおばあちゃんも、トェルは死ぬと思ってた。まさか生きると思ってなかった」

 つぶやきは本心なのだろう。
 苦々しく思うリィフェルをおさえるように、ノォナは続けた。

「でも生きたなら、トェルは精霊樹に認められたということだ。
 おばあちゃんは、トェルを守ろうとしてくれる。
 ……期待はしないで。緑のきみ、ひと精では、精霊界は抑えられない」

 ノォナは顔をあげる。

「トェルはきっと、殺される」

 緑の精霊の総意のように告げた。

「……その時を先にのばせるように、あの双葉は引っこ抜いて枯らす」

 厳しい顔をしたノォナが掻き消えた。



 緑の精は、緑をいつくしむために生まれてくる。

 引き抜いて枯らすなど、緑の精霊が最もしたくないことだろう。

 それでもノォナは、リィフェルのために、トェルのために、最もしたくない力の使い方をしようとしてくれている。


 アライアが励ますように肩を叩いてくれるのに、緑のきみフォスァルトを窮地に陥れてしまった申しわけなさに胸が塞がる。

 なによりも

『トェルは、殺される』

 死刑宣告が、響いた。


 リィフェルは力の強い精霊だ。陽と月の精霊は特に強いが、なかでもリィフェルは随一の力と、うたわれていた。

 月のきみに次ぐ、ということは精霊界で2番目の強さを誇る。

 けれどもたった、ひと精だ。

 幾千、幾万の精霊を相手に闘えば、もろくも敗れ去るだろう。

 アライアも強いが、リィフェルとアライアを合わせたところで百万もの精霊に、かなうわけがない。

 精霊界がトェルを殺すと決めたなら、リィフェルにできるのは、ともに死ぬことだけだ。


「トェルを殺すと決まったわけじゃない、思いつめるな。
 最近、ほんとにおかしいぞ」

 のぞきこんでくるアライアの顔が

「近い」

 ぐぃいと押しのけたら、凛々しい頬が、ぶすくれた。

「ひでえな、心配してやってるのに」

 アライアの眉間のしわに、ふれる。

「ありがとう」

 陽の瞳が瞬いた。
 あふれるように精霊の力がみなぎり、アライアの身体が輝いた。

「……お、おおおおおおう」

 顔を背けたアライアが、バチバチしてる。

「……うれしいのか?」

「突っこむな──!」

 人間ならきっと、真っ赤になってる。



 ちいさく笑ったリィフェルのもとに、ノォナが戻ってきた。
 思ったよりずっと早い。それほど双葉は問題だったのだろう。

「引っこ抜いて枯らす」

 ノォナの言葉に、重々しい心で、うなずいた。

「……すまない、ノォナ」

 リィフェルのつぶやきに、ノォナは微笑む。

「リィフェルが僕の覚悟を、僕のくるしみを、わかろうとしてくれて、うれしい」

 緑の力が瞬くノォナに、リィフェルは胸に手をあてる。

 精霊の感謝の仕草に、ノォナはくすぐったそうに笑った。







 庵を出ると、世界は茜に染まっていた。

 血のようだ。

 トェルの心が裂かれ、双葉が殺されても流れぬ血を、空があふれさせるようだった。

 リィフェルだけではない、アライアの、ノォナの心も裂くのだろう痛みを表すように、紅い夕陽が落ちてゆく。

 リィフェルはノォナとアライアをトェルの大切な双葉のもとへと案内し、足を止めた。


 ……双葉が、ない。

 先ほど庵を出たときは、気づかなかった。
 大地が、えぐられた跡だけが残されていた。

 緑に輝いていた、ちいさな双葉は見つからない。

 辺りを見回す。

 ──トェルが、いない。



「……トェルが双葉を持って、森へ……?」


 ぼうぜんとつぶやくリィフェルに、アライアが目をむいた。


「陽が落ちる、魔精が出るぞ──!」






しおりを挟む
感想 76

あなたにおすすめの小説

【完結】かわいい彼氏

  *  ゆるゆ
BL
いっしょに幼稚園に通っていた5歳のころからずっと、だいすきだけど、言えなくて。高校生になったら、またひとつ秘密ができた。それは── ご感想がうれしくて、すぐ承認してしまい(笑)ネタバレ配慮できないので、ご覧になるときはお気をつけください! 驚きとかが消滅します(笑) 遥斗と涼真の動画をつくりました! もしよかったら、お話と一緒に楽しんでくださったら、とてもうれしいです。 インスタ @yuruyu0 Youtube @BL小説動画 プロフのwebサイトから飛べます! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!

【完結】もふもふ獣人転生

  *  ゆるゆ
BL
白い耳としっぽのもふもふ獣人に生まれ、強制労働で死にそうなところを助けてくれたのは、最愛の推しでした。 もふもふ獣人リトと、攻略対象の凛々しいジゼの両片思い? なお話です。 本編、舞踏会編、完結しました! キャラ人気投票の上位のお話を更新しています。 リトとジゼの動画をつくりました! もしよかったら、お話と一緒に楽しんでくださったら、とてもうれしいです。 インスタ @yuruyu0 絵もあがります Youtube @BL小説動画 アカウントなくてもどなたでもご覧になれます プロフのwebサイトから飛べるので、もしよかったら! 『伴侶がいるので、溺愛ご遠慮いたします』のノィユとヴィル 『悪役令息の従者に転職しました』の透夜とロロァとよい子の隠密団の皆が遊びにくる舞踏会編は、他のお話を読まなくても大丈夫なようにお書きしているので、お気軽に楽しんでくださったら、とてもうれしいです。 ジゼの父ゲォルグ×家令長セバのお話が『ずっと、だいすきです』完結済みです。 ジゼが生まれるお話です。もしよかったらどうぞです! 第12回BL大賞さまで奨励賞をいただきました。 読んでくださった方、応援してくださった皆さまのおかげです。ほんとうにありがとうございました! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!

側妻になった男の僕。

selen
BL
国王と平民による禁断の主従らぶ。。を書くつもりです(⌒▽⌒)よかったらみてね☆☆

【完結】奪われて、愛でられて、愛してしまいました

  *  ゆるゆ
BL
王太子のお飾りの伴侶となるところを、侵攻してきた帝王に奪われて、やさしい指に、あまいくちびるに、名を呼んでくれる声に、惹かれる気持ちは止められなくて……奪われて、愛でられて、愛してしまいました。 だいすきなのに、口にだして言えないふたりの、両片思いなお話です。 本編完結、本編のつづきのお話も完結済み、おまけのお話を時々更新したりしています。 本編のつづきのお話があるのも、おまけのお話を更新するのもアルファポリスさまだけです! レーシァとゼドの動画をつくりました!(笑) もしよかったら、お話と一緒に楽しんでくださったら、とてもうれしいです。 インスタ @yuruyu0 Youtube @BL小説動画 プロフのwebサイトから飛べます! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!

今世はメシウマ召喚獣

片里 狛
BL
オーバーワークが原因でうっかり命を落としたはずの最上春伊25歳。召喚獣として呼び出された世界で、娼館の料理人として働くことになって!?的なBL小説です。 最終的に溺愛系娼館主人様×全般的にふつーの日本人青年。 ※女の子もゴリゴリ出てきます。 ※設定ふんわりとしか考えてないので穴があってもスルーしてください。お約束等には疎いので優しい気持ちで読んでくださると幸い。 ※誤字脱字の報告は不要です。いつか直したい。 ※なるべくさくさく更新したい。

【完結】双子の兄が主人公で、困る

  *  ゆるゆ
BL
『きらきら男は僕のモノ』公言する、ぴんくの髪の主人公な兄のせいで、見た目はそっくりだが質実剛健、ちいさなことからコツコツとな双子の弟が、兄のとばっちりで断罪されかけたり、 悪役令息からいじわるされたり 、逆ハーレムになりかけたりとか、ほんとに困る──! 伴侶(予定)いるので。……って思ってたのに……! 本編、両親にごあいさつ編、完結しました! おまけのお話を、時々更新しています。 本編以外はぜんぶ、アルファポリスさまだけですー! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!

神子の余分

朝山みどり
BL
ずっと自分をいじめていた男と一緒に異世界に召喚されたオオヤナギは、なんとか逃げ出した。 おまけながらも、それなりのチートがあるようで、冒険者として暮らしていく。 途中、長く中断致しましたが、完結できました。最後の部分を修正しております。よければ読み直してみて下さい。

【完結】僕はキミ専属の魔力付与能力者

みやこ嬢
BL
【2025/01/24 完結、ファンタジーBL】 リアンはウラガヌス伯爵家の養い子。魔力がないという理由で貴族教育を受けさせてもらえないまま18の成人を迎えた。伯爵家の兄妹に良いように使われてきたリアンにとって唯一安らげる場所は月に数度訪れる孤児院だけ。その孤児院でたまに会う友人『サイ』と一緒に子どもたちと遊んでいる間は嫌なことを全て忘れられた。 ある日、リアンに魔力付与能力があることが判明する。能力を見抜いた魔法省職員ドロテアがウラガヌス伯爵家にリアンの今後について話に行くが、何故か軟禁されてしまう。ウラガヌス伯爵はリアンの能力を利用して高位貴族に娘を嫁がせようと画策していた。 そして見合いの日、リアンは初めて孤児院以外の場所で友人『サイ』に出会う。彼はレイディエーレ侯爵家の跡取り息子サイラスだったのだ。明らかな身分の違いや彼を騙す片棒を担いだ負い目からサイラスを拒絶してしまうリアン。 「君とは対等な友人だと思っていた」 素直になれない魔力付与能力者リアンと、無自覚なままリアンをそばに置こうとするサイラス。両片想い状態の二人が様々な障害を乗り越えて幸せを掴むまでの物語です。 【独占欲強め侯爵家跡取り×ワケあり魔力付与能力者】 * * * 2024/11/15 一瞬ホトラン入ってました。感謝!

処理中です...