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王太子
しおりを挟む「レイティアルト殿下、光騎士団長ザインにございます。
新人光騎士リイがご挨拶に参りました。
ご多忙とは存じますが、少しお時間戴けないでしょうか」
重そうな石の扉が音もなく開き、侍従らしき人が顔を覗かせた。
「……ザイン殿、ごんごん叩くのは止めてくださいと……」
「うるさくしないと無視するだろう」
「死にそうな執務に追われてるんです!」
「新人光騎士の挨拶を受けるくらいの時間はあるだろう?」
ふんと鼻を鳴らすザインに、侍従は吐息した。
「レイティアルト殿下がお逢いになります。
どうぞこちらへ」
うやうやしく中へと招いてくれた。
さぞや華麗な執務室なのだろうと想像していたリイは、目を瞠る。
王太子執務室は、紙の海に沈むように存在していた。
華やかな調度は、セレネの花を象った明かりくらいだ。
書の嶺の向こうに、白銀の星の光国旗がかすかに覗く。
絨毯の藍は、紙に埋もれていた。
壁面を埋めつくす書棚には分厚い本が隙間なく詰まり、殿下の飴色の執務机には、どこに殿下がいらっしゃるのか謎な具合に書が積みあがる。
書の峻峰の向こうで、長い指があがった。
「ザインか」
涼やかで張りのある、よく通る声だった。
御前試合で言葉を掛けて貰ったことを、昨日のことのように思い出す。
「新人光騎士リイがご挨拶に参りました。
そちらに伺いたいですが、足を出すと書を踏みますね」
ザインが笑って、侍従はため息をつきながら床に散らばった書類を拾いあげる。
「ザイン殿がゴンゴン叩いた振動で、何とか均衡を保っていた書の山が崩れたのですよ。だからあれほど叩くなと――!」
「ノゼは細かい」
「細かくないとレイティアルト殿下にお仕えなどできません!」
ノゼの絶叫に、レイティアルトは喉を鳴らして笑った。
「ノゼはよくやってくれてる。
すまないが、書を掻き分けながらこちらに来てくれ。
挨拶を受けよう」
「畏まりました」
ザインに顎で示されたリイは、こくりと頷いてざかざか書を掻き集める。
「あぁあ! そこの書とこっちのを一緒にしないでくださいぃい!」
涙目のノゼに停止したリイは、思わず書に目を落とした。
「……あ」
『機密』の赤い判子がばーんと押してある。
どっかの貴族が悪いことをしてる弾劾書類だ!
「見てはいけないものは、見た瞬間に忘れろ」
貴族の名前がちらっと見えた気がするけど、忘れたことに!
ザインの言葉に、こくこく頷いたリイは、書類をノゼに渡した。
「……見ましたか」
「見てません」
ぴしりと立って嘘をつく。
「よろしい」
重々しく頷くノゼの向こうで、レイティアルトが笑う。
涼やかな声がやわらかに掠れ、天鵞絨のように耳朶を撫でた。
「光騎士に見られて困るものなど、何もない。
おいで」
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