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ご挨拶
しおりを挟むやわらかな声に導かれるように、書類を掻き分けて進む。
「ぎゃあぁあ!」
上がるノゼの悲鳴にザインが笑って、リイは申し訳なく眉を下げた。
ようやく見えるようになった執務机の向こうに、シンプルな白い上衣に黒い下衣のレイティアルトが漆黒の革張りの椅子に腰かけていた。
艶やかな漆黒の髪の向こうで、切れあがる深い翠の瞳が光を湛える。
宝飾品に彩られることのない、やわらかに組まれた指が貴やかさを奏で、唇はほのかな弧を描いた。
その地位を知らずとも、自然に頭が下がる気魄と威厳を備えた王太子殿下は、確か御年まだ18歳だ。
その若さに見合わぬ、すべてを見透かすような眼光の鋭さに息をのんだ。
御前に膝をついたリイは、左手を胸にあてる。
「過日は勿体ないお言葉をありがとうございました。
ミナエ村から参りました、ゼトが子、リイにございます。
第二五七八回、至光騎士戦で優勝し光騎士の称号を賜り、本日より光騎士として勤めることとなりました。
レイサリア光国王太子殿下レイティアルト様にご挨拶申しあげます。
王太子殿下のお傍近くにお仕えすることをお許しくださいませ」
レイティアルトが長い指をあげる。
「許す」
「我が一族の永代の誉れにございます、レイティアルト殿下」
うやうやしく頭をさげた。
「顔をあげよ」
膝をついたままのリイが顔をあげると、レイティアルトは吐息した。
「…………うるさくなるな」
挨拶しただけなのに、ザインもレイティアルトも酷すぎる!
「静かにします!」
ちょっと涙目で叫んだら、目を丸くしたレイティアルトが声をたてて笑った。
触ると切れそうなレイティアルトは、笑うと途端に空気がやわらかく、やさしくなる。
ノゼは目を見開いて、ザインは微かに息をのんだ。
…………乙女ゲームのスチルかな…………
あまりのかんばせにうろたえそうになったリイは、あわてて背を正す。
めちゃくちゃ忙しそうだし、眼光は慄くほど鋭いけれど、ラフな姿で執務されていることといい、宝飾品を一切身に着けておられないことといい、レイティアルト殿下は気さくな方みたいだ。
光騎士になったとはいえ、リイは新人だ。
こんなにお傍にいられることは、もうないかもしれない。
思い切って口を開く。
「畏れながら、レイティアルト殿下に伺いたいことがございます」
「リイ!」
ザインが眉を吊り上げて、ノゼは悲鳴をあげた。
「な、なんと無礼な――!」
レイティアルトが面白そうに凛々しい眉をあげる。
「申してみよ」
リイは縋るように声をあげた。
「10年前、ミナエで闇騎士に襲われたルフィスを勅命で助けてくださったのは、レイティアルト殿下と拝察致します」
10年前と言えば、レイティアルトは8歳だ。
けれど光の御子と謳われるレイティアルトは、驚嘆するほどの聡明さで幼い頃より執務につき、病がちな王をたすけていたと聞いている。
幼かったリイが聞いたのは確かに、王太子殿下の勅命だった。
「ルフィスが今どうしているのか、ご存知ではありませんか?
俺はルフィスを守るために、騎士になったんです」
レイティアルトの翠の瞳が、かすかに見開かれた。
「………………ルフィス…………?」
リイは頷く。
「亜麻色の髪に蒼と碧にきらめく瞳の、俺と同い年くらいの男性です。
光が入るたび彩りを変える、ひと目見たら忘れられなくなる瞳でした。
10年前、ルフィスを助けてくださったことを、心より御礼申し上げます」
リイは深く、頭をさげる。
「――……俺には、力がなくて。ルフィスを守ってあげられなかったから」
噛み締めた唇が、震えた。
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