最愛の番になる話

屑籠

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「……あれ? 啓生さんは?」

 帰ってきたらすぐに俺を迎えに来てくれる啓生が出てこない。
 振り返って風都を見ると、風都は緩く首を振った。

「啓生様はまだ大学で講義を受けているはずですね。先に、おくつろぎください」
「なんか、啓生さんはいつも家に居るイメージだった」

 何だか、腑に落ちなくてうつむいてしまう。
 どうして、迎えてくれないんだって、理不尽な怒りすら感じる。
 でも、居ない事には変わりないからのろのろと動き出す。
 
「それは、まぁ咲也様が心配で先に帰られることは多いですが、咲也様は午前中に帰られてますので」
「俺、別に変なことしてなくない? 啓生さんって心配性だね。いや、アルファがそうなの?」
「んー、まぁこの場合はアルファがと言った方が良いかもしれませんね」
「そう? まぁ、そうなのか」

 アルファって言うのは大変な生き物だなとか思ってたけど、雫と話してた感じ、俺が変なんだと思う。
 でも、一般的なベータってあんな感じだし。
 アルファの思考回路とかオメガの思考回路とか分からねぇよ。

「体、重い」

 風都は、俺の独り言を拾い上げるとすぐにソファーへと案内して来て、テキパキと俺の周りの環境を整えてしまう。
 別にだるいとか、熱があるとかじゃないと思うんだけど。
 でも、居ると思ってた人がここに居ないと言うのは、少し気が重くなる。

「啓生様ならすぐに帰っていらっしゃいますよ」

 そう言って、温かい紅茶を差し出された。
 便宜上、紅茶って呼んでるけど味が違うし紅茶じゃないんだろう。
 こだわりは無いからいいけど、これって何なんだろ?

「啓生さん、いつ帰ってくるかな」
「すぐ、帰っていらっしゃいますよ」
 
 はぁ、と息を吐いて風都の用意したクッションを抱える。
 すんっ、と鼻を鳴らすとうっすら啓生の匂いがした。
 少し驚いて風都を見るけど、風都はにこにこと笑うだけ。

「ありがと」
「いえいえ、少しでもおくつろぎいただければ、それだけでよろしいのです」
「うん……」

 うっすら、あの枕ほどはっきりとした匂いじゃないけど、いいにおいがする。
 眠くなるような、良い匂い。
 ここに用意されたものすべて、啓生の匂いがする。
 うもれてみると、すごく落ち着いた。
 そのまま、うとうとと制服を着替えることも忘れて眠りにつく。
 
「え、何このかわいいこ~っ!」

 聞きなれた声がすぐ近くからして、意識が浮上しだす。
 声量自体はそこまで大きくないものの、言ってることが言ってることだ。
 ぼんやりと目を開けると、そこには俺が会いたかった人が。
 
「……んぇ?」
「寝起きの声すらかわいい。天使かな? 天使だよね」
「また、あたらしい、語彙が……」

 天使って、なに? そんな事言われたの、初めてなんだけど。
 また、新しい語彙をどこから仕入れてきたの、啓生って。
 
「えっと、僕、おバカだと思われてる? 咲ちゃーん?」
「ん、ふふっ、おかえりなさい、啓生さん」
 
 持っていたクッションを押し付けると、ソファーに座りなおす。
 啓生は、苦笑してそのまま隣に腰を下ろした。
 そして、時計を見てから啓生を再び見る。

「んぇ? 啓生さん、今日はとっても遅かったんだ」
「あぁ、うん。六波羅の波留君に会ってきたからね」
「ろくはら……十全?」

 六波羅が十全だとしたら、そもそも十全で交流があるのかもしれない。
 十全が集まったとかなんとかは聞いたことないけど。
 それに、六波羅がどんな家なのかもしらない。
 
「そう、十全の六波羅。同じ、金保様の寄子で、そうね僕のお友達の一人だよ」
「啓生さんって、性格が性格だから友達? 多そう」

 陽キャで、俺と出会う前ならノリも良かっただろうし、付き合いでいろんなところに遊びに行ってそう。
 だから、そういう意味で友達が多そうだとは思った。
 
「えっと、僕は褒められてる? それともけなされてる? ていうか、咲ちゃん僕が帰ってきてからずっとご機嫌斜めだね? どうしたの?」
「え? 別に機嫌悪くないよ?」

 べつに、変なことは無かったし。
 ただ、寝てたら啓生が帰ってきただけだし?
 機嫌、悪くない。よね?

「とりあえず、お話する前に着替える?」
「うん。そう言えば、制服のままだった」
「ね、制服姿も可愛いけどね」
「……かわいくないよ」
「んっふーっ、咲ちゃんをかわいいって思うのは本能だから仕方がないね」
 
 そのまま、啓生に連れられて着替えに行く。
 部屋着に着替えると、またリビングのソファーに戻った。
 でも、今度は啓生も一緒だ。

「それで? どうしてご機嫌斜めだったの?」
「ん? だから、悪くないよ」
「んー? そっか? 帰ってきてから、何かあった?」
「んぇ? 啓生さんが居なかっただけ」
「……風都?」

 にこにことして、そのまま啓生は近くに居た風都へと視線を向けた。
 だが、風都は首を横にふる。
 
「何も、ございませんでしたよ。本当に、ただ啓生様が居ない事だけを気にされていましたし」
「え、本当に僕が居なかったからご機嫌斜めだったの? かわいすぎない?」
「だから、別に機嫌悪くないって言ってる」

 別に、八つ当たりとかしてないし。機嫌だって悪くない。
 言いようのない怒りとかはあったけど、寝たら忘れたし。
 
「うんうん、そうだよね。だって、僕が帰ってきたものね」
「自意識過剰?」
「でもいいよ~、咲ちゃんがかわいければ全てが許されるね、僕に!」
「啓生さんになの。そう言えば、啓生さん」

 ふふっと笑いながら、そう言えばと今日の事を思い出した。
 俺には、とても不思議に思えてしまった事。
 
「うん? 何かあったの?」
「雫と話をしてて、変だなって思ったんだよ」
「えっと、何を?」

 風都が話していると思ってたけど、そうではなかったみたい。
 風都をちらりと見ると、風都は首を緩く横に振った。
 
「うーん、なんだろ? オメガの価値観みたいなの?」
「って、言われてもなぁ。具体的には?」
「番になったら、番のアルファの事を好きにならないとおかしいとか?」

 俺は、そうは思わない。
 確かに、啓生は俺を救ってくれたけど。啓生だけが俺の救いだけど、でもそれは好きとは違うと思う。
 
「う、うん? 別に好きにならない番も居るんじゃないの? 僕らには分からないけど、そうじゃなければ番の解消を望むオメガだって居ないはずでしょ?」
「んー、だと思う。番になったから好きになるとか、理性のある人間じゃないし。でも、啓生さんたち四方は番だから好きになるんだよね?」
「アルファの中でも本能が野生に近いからね、僕たちは。でも、番だから無条件にかわいいとか思うわけじゃないんだよ?」

 俺は何を言ってるんだこの人は、と首を傾げて啓生をいぶかし気な目で見る。
 啓生は苦笑して俺の頭を撫でて来た。
 
「でも、啓生さんは俺の事をずっとかわいいって言う」
「そりゃ、かわいいもの。咲ちゃんの仕草も声も、全部がかわいいもの。僕にとっては、咲ちゃんはかわいいの塊よ」
「……やっぱり、啓生さんは変」

 俺を気にかけるのも、俺をかわいいって言うのも、全部啓生だけ。
 きっと、啓生の番じゃなかったら風都も宗治郎も俺の事なんて視界にも入れてなかった。
 
「変でもいいよ。僕は、僕らは本能で番を選んで、番に対しては本能のままで生きてるからね」
「理性と本能って相反するもの?」
「相反する、のかな? わかんないけど、僕はその分野の専門じゃないし。その分野に興味もなかったから、ごめんね分からないや」
「啓生さんにも分からない事ってあるんだ」
「僕を何だと思ってるのかな、咲ちゃんは」

 困ったように笑う啓生を見て、俺はほっとする。
 人間らしいところが、啓生にもあったんだって。
 何せ、アルファの啓生は一通り何でもできてしまう。
 できないこと、知らない事はないんじゃないかって思うし。だから、知らない事があるなんて驚くし、人間らしいと思ってしまう。
 
「だって、アルファだ」
「アルファだって人間だもの。興味のあることない事は様々だよ」
「それも、そうか。啓生さんが人間で良かった」
「僕、人外判定されてたの? え、人間だよ? 生まれてこの方、人間以外になった覚えは無いよ?」
「アルファでしょ?」
「アルファだって人間でしょうに」
「んふふ、そうだね」

 慌てる啓生が面白くて笑いが漏れる。
 もー、と拗ねるように言う啓生は俺の頭をぐちゃぐちゃに書きまわしてきた。
 
「咲ちゃん、アルファとオメガはベータと変わらない人間だからね?」
「そう、だね。でも、住む世界はどこでも違った」
「んー、それはお互いのために仕方がない事だね」
「お互いのために?」
「アルファとベータだと、元々ベースが違うんだから、一緒に出来ないでしょ? ベータとオメガだと望まない悲劇が起こる可能性がある。それは、アルファオメガでも同じことだよ」

 同じ人間だと言いながら、区別する啓生が少し不思議に思えてしまった。 
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