最愛の番になる話

屑籠

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 啓生に抱きついたまま、昼過ぎまで眠った俺はそれでもはっきりとしない頭で起きて啓生の上からどけた。

「おはよ、啓生さん。風都さん、宗治郎さん」
「おはよう、咲ちゃん。んふふ、まだお眠みたいだねぇ。かぁわいい」

 よしよしと頭を撫でられるとまた寝そうになるからその手を振り払う。
 それすら楽しそうに笑うから、啓生の感覚が分からない。

「あさごはん……ごめんなさい」
「いえ。どうか謝らないでくださいませ。咲也様の体が休息を必要としていたのですよ。なので、そちらを優先するのは当然のことです」
「そう、なんだ……ねぇ、啓生さん」

 さっき、ぼんやりとした頭で話していた事を、聞いてみようと思った。
 それは、俺にとても関係深いことだったから。
 
「なぁに、咲ちゃん」
「ひーとが、くるの?」
「そうだねぇ。たぶん、来るだろうね。今までも、軽いのは来てたと思うんだけど、咲ちゃんの場合、体が出来上がってなかったっていうのも有るだろうね」

 うん? と俺が首をかしげると、啓生はあぁ、と納得したように声を出した。

「抑制剤を飲んでたのに、どうして発情期が来るかってことかな? 抑制剤も完全に抑えてくれるようなものじゃないしね。発情期自体が強くなれば、抑制剤も効かなくなるし仕方がないよ」
「そういう、ものなの?」

 アルファオメガのそういうものっていうのは、良くわからない。
 けど、この体の怠さとかを考えると、そうなのかもしれない。
 
「そういうものなの。でも、まだ多分こないからちゃんと病院行って検査しようね」
「う、ん……けいせい、さんも」
「あ、はは、うん、僕もだねぇ」
 
 その反応を見て、あ、と唐突に目が冷めた。
 それは、啓生の事が気になったからかもしれない。
 そう言えば、知りたかったんだ。

「啓生さん、なんで病院嫌いなの?」
「あ、ぱっちりだ。え、そんなに知りたいの?」

 えぇ、とちょっと困惑気味だ。
 でも、苦手なものなんて何にもないよって言う感じの啓生が、どうして病院だけ苦手そうにしているのか不思議でしょうがない。

「知りたい。啓生さんについてもっと知りたい」
「そんなキラキラしたお目々で僕をみないでよぉ……」

 本当に困ったような啓生は、それでも仕方がないなぁと話し始めた。

「病院、ねぇ……僕、あんまり病院にいいイメージなくて」
「そう、なの? 病院、あんまり行ったことないから俺は何ともないけど」
「四方のアルファは、ある意味特別で昔から実験体とか被検体にしか見られていないんだよね」
「……え?」
「しかも、かかりつけの医者っていうのが雪藤のアルファだから遠慮が無いし」
「雪藤の……えぇ?」

 ちらりと風都と宗治郎を見たら、ふたりともにこりと笑うだけだ。
 確かに、雪藤の人は遠慮がないけど。
 そもそも特別なアルファってなんだろう? 四方ってだけじゃないのかな?

「さぁ、昼食になさいましょう。そろそろお腹もすきましたでしょう?」

 そっと机に出された料理の匂いに、ぐぅっと忘れていたかのようにお腹が鳴った。
 あぁ、とその音を聞いて自分がお腹が空いていたことに気がついた。
 それはそうだ。起きて、朝ご飯を食べていなかったんだから。

「あれ、啓生さんは?」
「僕はもう食べたからね」

 そう言って時計を見ると、それは昼ご飯には遅い時間だった。

「あ……ごめんなさい」
「あはは、僕もごめんね。先に食べちゃってて」

 その代わり、と啓生は出てきたスプーンを手に取った。
 リゾットが一口分、掬われて差し出される。

「はい、あーん」
「いや、自分でって、前にもやったような……」
「咲ちゃん? ほら、あーん、だよ?」

 これを諦めてくれないことはもう分かってて、そしてそのスプーンも帰ってこないことは分かっていた。
 だから、大人しく口を開いた。
 そこにニコニコしながら、啓生が差し出してくる。

「どう? おいしい?」
「ん……おいしいです」
「だって、良かったねそーじろー」
「えぇ、とても」

 わりと、宗治郎がご飯を作っている確率が高い気がする。
 風都も料理をするけれど、啓生がしている姿を見たことはない。
 ちなみに言えば、俺は料理のりの字すらない。
 その点は、啓生に拾われて良かったと思う。でも、啓生と出会わなくても料理は覚えていたようなそんな予感がある。
 宗治郎の作ってくれる料理が不味かったことは一度もないし、そう言えば尚志の作ってくれた料理も美味しかった。
 俺はあまり、味に拘りがないのかもしれない。

「啓生さんも」

 そう、俺は付け合せのサラダに乗っていたプチトマトを差し出す。
 ちなみに、俺はトマトが苦手だ。
 
「え、僕はいいよ? 咲ちゃんが食べて?」
「俺は、だめなの?」
「だめじゃないけど、うーん……一個だけね? これは咲ちゃんに食べてほしくて作ってるものだからね」

 そう言って、俺が差し出したトマトをぱくりと食べてしまった。
 トマトが減ったことにホッとする。
 啓生はそれも分かっているのか、苦笑いしているけど。

「もー、可愛いなぁ」
「え、なんで?」

 ただ、嫌いなものを食べてもらっただけなんだけど。
 どこが可愛いと刺さったのか分からないな。

「僕の番は何をしてても可愛いんだよ?」
「いや、知らないけど」
「ん、ふふ~。僕だけが知ってればいいことだもんね、大丈夫」

 そういう度、俺を抱きしめて大好きって体いっぱい伝えてくるから、俺はどうしていいのかわからない。
 けど、嫌じゃないから抵抗もしない。それどころか、その腕の中が世界で一番安全な場所だと思うから。

「さぁ、咲ちゃん。食べちゃおっか」
「うん……その、食べなきゃだめ?」
「まぁ、食べなくても死なないけどね。でも、食べてくれたほうが僕は嬉しいよ?」
「そう……分かった」
 
 食べなくていいのなら、と思ってしまう。
 啓生がトマトと他の野菜を一緒にフォークに刺すからそれを食べなきゃいけなくなった。
 食べなくていいのなら、食べてくれればいいのに。
 目を閉じて食べるけど、あまり他の野菜が味を消してくれることはなくて、眉間にシワが寄ってしまう。

「咲ちゃん、嫌いなものはわかりやすいね」
「嫌いじゃない、苦手なだけ」
「そう? まぁ、嫌いじゃないならいいけど……あと、苦手なものが有ったら先に言ってね?」

 うん、と一つ頷く。でも、それを伝えたところで、何が変わるわけでもないと思ってた。
 でも、うなずいてからハッとして気が付いた。
 そう、自分の中で信じられていなかった部分。
 俺は、何も変わらないと思ってた。信じていなかった。
 だって、それは俺には叶えられてこなかったものだから。

「啓生さんは、何で俺のお願いを聞いてくれるの?」
「何で、かぁ……難しいね?」
「難しい? でも、俺は……無償で誰かの願いを叶えたいとは思えない」

 対価があったところで、願いを聞き入れられないのであれば、対価を払う必要も、そして願いを口にする必要もない。
 だから、願うことを諦めていた。叶えられないのであれば、意味がない。

「あー、うん? そうね、そうか……どう言えば咲ちゃんが分かりやすい例えがあるのかわからないなぁ」
「啓生様が悩むとは珍しい事ですね」
「僕を悩ませるの何て、咲ちゃんぐらいだよ」
「俺、そんな難しい奴じゃないよ」
「そうだね。咲ちゃんは咲ちゃんが生きてきた分だけの価値観があるんだものね」
「うん?」
「何でもないよ。ともかく僕は咲ちゃんの願いなら何でも叶えたくなっちゃうの。アルファで番だからね」
「アルファで番だから……じゃあ、俺が分からないのも仕方がないのかな」
「そうだよ。だから、仕方がないんだよ」

 ほっとしたように息を吐きながら啓生が抱きしめてくる。
 一日に何度も何度も、それこそ特別だと言う様に抱き締めてくるから、それすら慣れてしまいそうだ。
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