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盛られた毒を見抜く騎士
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ルドラの邸宅の中を歩くと、少しずつ子供の頃の記憶も戻ってきたような気がした。
……ああ、そうか。
わたくしは、一度だけココに来たことがあるのかもしれない。
フェイルノート。
当時からすでに騎士の片鱗があった。わたくしを“何か”から守ってくれたような。
あれは…………いつのこと?
「…………」
「大丈夫かい、クリス」
「え、ええ」
この記憶のことはルドラに伝えるべきだろうか。少し悩んだ。
階段を上がって二階にあるというルドラの部屋へ。
廊下にはいくつもの花瓶。そこにはサイネリア。
部屋に着くと、彼は扉を開けてくれた。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
室内は想像以上に広くて開放的だった。
二階から見える花の庭園。
青空の下に広がるサイネリアと噴水。
……この光景、やっぱり見たことがある。
「当時の“俺”は、病弱であまり表に出られなかった」
「え……」
「でも、君と兄さんの姿をよくこの場所で目撃したものさ」
そっか。子供の頃のルドラはそんな風に、わたくしとフェイルノートを……。
「たまにだけど兄さんと入れ替わっていた時もあったんだよ」
「そうなのですか……!?」
「兄さんはとても優しい人だったからね」
昔を思い出すルドラの表情はどこか安らぎがあった。普段の騎士の表情ではない、彼は今純粋な少年の心を取り戻していた。
「指で数える程度だけど外で会えた時は嬉しかったよ」
当時、お父様はガウェイン騎士団の再建の為に奔走していたと聞く。だから、格式高い騎士の家を訪ねては将来の騎士団長と副団長候補を選定していた。
わたくしも、そんなお父様の仕事に付き添うような形で同行していたんだっけ。
おかげでいくつかの家を周り、遊び相手が出来ていた。その内の一人がこのルドラの邸宅だった。
まさか彼のお兄さんが騎士団長となり、ルドラが副団長になるとは思いもしなかったけど。
――いえ、きっとそうなる『運命』だったのよね。
この庭の先にある深い森。
わたくしは、そこでフェイルノートと……。
ああ、思い出した。
そこでフェイルノートは騎士団長としての素質が認められたのだ。だから、お父様の推薦によって……。
「……でも、なぜ」
「? クリス、顔色が悪いね」
「いえ、その……わたくし、記憶が断片的な理由が……解からなくて」
そう、なぜこうも記憶が曖昧なのか。
理由が分からなかった。
誰の仕業なの……?
どうしてこんなことをしたの……?
真実が知りたい。
あの深い森へ行けば思い出せるのかな。
「どうやら、少し疲れたようだね。お茶にしよう」
「は、はい。ありがとうございます」
少しすると扉が開き、わたくしと同い年くらいのメイドが現れた。
「お紅茶です」
妙に冷たい表情。言葉にも少しヒヤッとしたものを感じた。このメイド……なんなの?
メイドは直ぐに立ち去り、奥へ消えた。
「すまないね。あのメイドは、いつもあんな風なんだ」
「そうなのですね」
ルドラが子供の頃から一緒のメイドらしい。ということは、ずっとメイドを? そんな時からなんて……ちょっと驚いた。
カップに手を伸ばそうとすると、ルドラに止められた。
「ちょっと待ってくれ」
「……え」
なぜかわたくしの動作を静止させるルドラは、険しい表情をしていた。
「……やはり因縁は断ち切れないということか」
「どういう意味ですか?」
「さきほどのメイドは、君を敵視している」
「……!?」
そう聞かされ、わたくしは動揺した。なぜ、あのメイドが? 恨まれるようなことした覚えがない。
「この紅茶は毒が盛られているな」
「な…………」
「俺の目は誤魔化せないのさ」
彼は紅茶に指をつけた。すると色が毒々しい紫色に変化した。こ、これは魔法による可視化。……すごい。
というか、本当に『毒』が入っていた。
「どういうことですか!」
「怒るのも無理ないよな。歓迎しておいてすまない……」
「いえ、ルドラ様はいいのです。あのメイドはいったい!」
「彼は兄さんのことが好きだったようだ」
「……!」
あのメイドは、わたくしとフェイルノートが楽しく遊ぶ光景が許せなかったらしい。入れ替わっていた時のルドラも含め。
ずっと恨んでいたとか。
なんてメイドなの!
「大丈夫。これを機会にメイドは解雇する」
「いいのですか?」
「ああ。どのみち、あのメイド『ルーナ』とはここまでだ」
「なにかあったのです?」
首を縦に振るルドラは、神妙な面持ちで「実は彼女のことを調べたんだが……。ラングフォードという貴族が支援していたことが判明したんだ」と明かした。
しかも調べたのは我が執事バルザックだった。
ラングフォード……?
その名に聞き覚えがあった。
あの大監獄バーバヤーガに収監されている男の家の名。
「ローウェル……」
「そうだ。現在、エルドリア王国からヴァレリアという王妃が秘密裏に帰国している」
センチフォリア帝国と“敵対”しているのにと。この戦争でフェイルノートは命を落としたのだと――ルドラは複雑な心中を明かす。
王妃が……?
知らなかった。
でも、なんで王妃が?
「なにか関係あるのですか?」
「ヴァレリアはラングフォード家の者だ。つまり、ローウェルの姉だ」
「……!」
「そんなラングフォード家があのメイドを支援している。これは何かあるとしか思えない」
ルドラは、これから先の未来に懸念を示していた。
わたくしはまだ漠然とした不安だけが取り巻いているけれど、でも、今回ルドラが話してくれたことは……きっと点と点が繋がって、求めている『答え』に繋がるような気がしていた。
フェイルノートが戦争で亡くなったという。
でも、どうやって亡くなったのか。
もしかしたら、真実は違うもので殺されたのかもしれない。
戦争とは無関係の事件で……。
今のわたくしには分からない。でも、追い求めることはできる。
ルドラがいる。
執事のバルザックがいる。
お父様もきっと支援してくださる。
そして、わたくしの胸の中で生き続けるフェイルノートの記憶。全てを思い出したい。
* * * * *
恐ろしいことに、メイドは逃亡していた。
きっと、わたくしに復讐する為にずっと息を殺し、ルドラに仕えていたのでしょう。なんて女なの。
でも、目の前から消えてくれてよかった。
これで安心してルドラの邸宅で過ごせるのだから――。
明日の朝、あの深い森へルドラと共に向かう。
その事はルドラも承諾してくれた。
わたくしの記憶を取り戻すために。
――次の日、ベッドの上で目が覚めて自分の置かれている状況に納得した。
ここはルドラの邸宅で部屋だ。
むくっと半身で起こして周囲を見渡すと――彼が隣で眠っていた。
「ひゃっ!?」
ルルルルルルドラ様がなぜここに!?
とても可愛らしい表情で横になり、まるでさっきまでわたくしを抱いて寝ていたような、そんなポーズだった。
……え。
う、嬉しいけど――ええッ!?
顔が炎のように熱すぎて、どどうすれば……!
……ああ、そうか。
わたくしは、一度だけココに来たことがあるのかもしれない。
フェイルノート。
当時からすでに騎士の片鱗があった。わたくしを“何か”から守ってくれたような。
あれは…………いつのこと?
「…………」
「大丈夫かい、クリス」
「え、ええ」
この記憶のことはルドラに伝えるべきだろうか。少し悩んだ。
階段を上がって二階にあるというルドラの部屋へ。
廊下にはいくつもの花瓶。そこにはサイネリア。
部屋に着くと、彼は扉を開けてくれた。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
室内は想像以上に広くて開放的だった。
二階から見える花の庭園。
青空の下に広がるサイネリアと噴水。
……この光景、やっぱり見たことがある。
「当時の“俺”は、病弱であまり表に出られなかった」
「え……」
「でも、君と兄さんの姿をよくこの場所で目撃したものさ」
そっか。子供の頃のルドラはそんな風に、わたくしとフェイルノートを……。
「たまにだけど兄さんと入れ替わっていた時もあったんだよ」
「そうなのですか……!?」
「兄さんはとても優しい人だったからね」
昔を思い出すルドラの表情はどこか安らぎがあった。普段の騎士の表情ではない、彼は今純粋な少年の心を取り戻していた。
「指で数える程度だけど外で会えた時は嬉しかったよ」
当時、お父様はガウェイン騎士団の再建の為に奔走していたと聞く。だから、格式高い騎士の家を訪ねては将来の騎士団長と副団長候補を選定していた。
わたくしも、そんなお父様の仕事に付き添うような形で同行していたんだっけ。
おかげでいくつかの家を周り、遊び相手が出来ていた。その内の一人がこのルドラの邸宅だった。
まさか彼のお兄さんが騎士団長となり、ルドラが副団長になるとは思いもしなかったけど。
――いえ、きっとそうなる『運命』だったのよね。
この庭の先にある深い森。
わたくしは、そこでフェイルノートと……。
ああ、思い出した。
そこでフェイルノートは騎士団長としての素質が認められたのだ。だから、お父様の推薦によって……。
「……でも、なぜ」
「? クリス、顔色が悪いね」
「いえ、その……わたくし、記憶が断片的な理由が……解からなくて」
そう、なぜこうも記憶が曖昧なのか。
理由が分からなかった。
誰の仕業なの……?
どうしてこんなことをしたの……?
真実が知りたい。
あの深い森へ行けば思い出せるのかな。
「どうやら、少し疲れたようだね。お茶にしよう」
「は、はい。ありがとうございます」
少しすると扉が開き、わたくしと同い年くらいのメイドが現れた。
「お紅茶です」
妙に冷たい表情。言葉にも少しヒヤッとしたものを感じた。このメイド……なんなの?
メイドは直ぐに立ち去り、奥へ消えた。
「すまないね。あのメイドは、いつもあんな風なんだ」
「そうなのですね」
ルドラが子供の頃から一緒のメイドらしい。ということは、ずっとメイドを? そんな時からなんて……ちょっと驚いた。
カップに手を伸ばそうとすると、ルドラに止められた。
「ちょっと待ってくれ」
「……え」
なぜかわたくしの動作を静止させるルドラは、険しい表情をしていた。
「……やはり因縁は断ち切れないということか」
「どういう意味ですか?」
「さきほどのメイドは、君を敵視している」
「……!?」
そう聞かされ、わたくしは動揺した。なぜ、あのメイドが? 恨まれるようなことした覚えがない。
「この紅茶は毒が盛られているな」
「な…………」
「俺の目は誤魔化せないのさ」
彼は紅茶に指をつけた。すると色が毒々しい紫色に変化した。こ、これは魔法による可視化。……すごい。
というか、本当に『毒』が入っていた。
「どういうことですか!」
「怒るのも無理ないよな。歓迎しておいてすまない……」
「いえ、ルドラ様はいいのです。あのメイドはいったい!」
「彼は兄さんのことが好きだったようだ」
「……!」
あのメイドは、わたくしとフェイルノートが楽しく遊ぶ光景が許せなかったらしい。入れ替わっていた時のルドラも含め。
ずっと恨んでいたとか。
なんてメイドなの!
「大丈夫。これを機会にメイドは解雇する」
「いいのですか?」
「ああ。どのみち、あのメイド『ルーナ』とはここまでだ」
「なにかあったのです?」
首を縦に振るルドラは、神妙な面持ちで「実は彼女のことを調べたんだが……。ラングフォードという貴族が支援していたことが判明したんだ」と明かした。
しかも調べたのは我が執事バルザックだった。
ラングフォード……?
その名に聞き覚えがあった。
あの大監獄バーバヤーガに収監されている男の家の名。
「ローウェル……」
「そうだ。現在、エルドリア王国からヴァレリアという王妃が秘密裏に帰国している」
センチフォリア帝国と“敵対”しているのにと。この戦争でフェイルノートは命を落としたのだと――ルドラは複雑な心中を明かす。
王妃が……?
知らなかった。
でも、なんで王妃が?
「なにか関係あるのですか?」
「ヴァレリアはラングフォード家の者だ。つまり、ローウェルの姉だ」
「……!」
「そんなラングフォード家があのメイドを支援している。これは何かあるとしか思えない」
ルドラは、これから先の未来に懸念を示していた。
わたくしはまだ漠然とした不安だけが取り巻いているけれど、でも、今回ルドラが話してくれたことは……きっと点と点が繋がって、求めている『答え』に繋がるような気がしていた。
フェイルノートが戦争で亡くなったという。
でも、どうやって亡くなったのか。
もしかしたら、真実は違うもので殺されたのかもしれない。
戦争とは無関係の事件で……。
今のわたくしには分からない。でも、追い求めることはできる。
ルドラがいる。
執事のバルザックがいる。
お父様もきっと支援してくださる。
そして、わたくしの胸の中で生き続けるフェイルノートの記憶。全てを思い出したい。
* * * * *
恐ろしいことに、メイドは逃亡していた。
きっと、わたくしに復讐する為にずっと息を殺し、ルドラに仕えていたのでしょう。なんて女なの。
でも、目の前から消えてくれてよかった。
これで安心してルドラの邸宅で過ごせるのだから――。
明日の朝、あの深い森へルドラと共に向かう。
その事はルドラも承諾してくれた。
わたくしの記憶を取り戻すために。
――次の日、ベッドの上で目が覚めて自分の置かれている状況に納得した。
ここはルドラの邸宅で部屋だ。
むくっと半身で起こして周囲を見渡すと――彼が隣で眠っていた。
「ひゃっ!?」
ルルルルルルドラ様がなぜここに!?
とても可愛らしい表情で横になり、まるでさっきまでわたくしを抱いて寝ていたような、そんなポーズだった。
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