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婚約の為ならなんだってします
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大叔母様は、二階の大広間にいた。
わたくしたちのことを上から見ていたようで、大体の状況は把握していたようだった。
「セナトリウス議員とその娘であるミストレアを敵に回すとは……」
少し呆れる大叔母様は、けれど感心して珍しく微笑んだ。
「わたくしは、フェイルノートを愛しています。婚約の為ならなんだってします!」
「だから“決闘”というわけね。クリス、貴女はそこそこ剣が扱えるけど、フェンシングの嗜み程度」
「……はい」
「なら、まずは形からでも入らないとね」
優しい口調で大叔母様は、わたくしの肩に手を置く。
こんな風にまともな会話をするのは初めてかもしれない。
別室へ向かうと、そこにはドレス風の鎧が飾れていた。
全体が漆黒で可愛いというよりはカッコイイかな。
肩や胸元には特殊な鋼鉄が施されているようで、かなりの斬撃も防いでくれるということだった。
「これは素晴らしい鎧だね。我がガウェイン騎士団で採用しているフリューテッドアーマーよりも軽量のようだ」
「そうなのですね、フェイルノート様」
「ああ。しかも、これは超希少な『ミステル鉱石』が使われているようだね」
そう視線を大叔母様に向ける。
え……『ミステル鉱石』って……。
ミステル。
それが我が家の名。
名を冠する鉱石があったなんて知らなかった。
「よく知っているわね、フェイルノート。そう、これはミステル家の初代が発見した鉱石。だから、我が家は大きく発展し、皇帝陛下に認められた」
そうだったんだ。それも知らなかった。わたくし、知らないことばかり。ていうか、教えて貰えていなかったというか。
「……大叔母様、あの」
「クリス、貴女は私の若いころにソックリよ。だから、サイズもピッタリ合うでしょう」
「いいのですか?」
「使いなさい。それと剣も」
大切に飾られている細長い剣。
大叔母様は鞘から剣を抜き、わたくしの目の前に。
「こ、これは……」
「帝国随一と謳われた鍛冶屋、アルドリックに依頼して完成した最強の片手剣。その名も『シネラリア』というの」
「それって」
「そう。我が屋の庭にも咲かせているサイネリア。けれど武器の名にはシネラリアと名付けた。“敵に死”を――そういう意味も込めてね」
そういえばサイネリアは本来は“シネラリア”という。そのままだと『死ねラリア』と読めてしまい、よく思われないのでサイネリアと呼ぶのだとか。
そして、なによりもサイネリアには『希望』という花言葉があると、大叔母様は自信たっぷりに説明してくれた。
「ありがとうございます、大叔母様」
「いいのよ、クリス。私はね、セナトリウスに昔振られた過去があるの。クリス、あなたが恨みを晴らしてちょうだい……!」
そういうことだったのね。
どうりで協力的だと思った。
ひとまず、鎧と剣を手に入れた。
大叔母様の協力もあって無事に身に着けることができたけど――思った以上に軽い……!
ミステル鉱石のおかげなのか、普段のドレスと変わらない軽量さだった。でも。
「……っ」
「どうしたの、クリス」
「胸のあたりが……きついです」
「はったおすぞ!?」
叫びながらも、大叔母様はわたくしの背中を優しくポンと押した。
「ご、ごめんなさい」
「さあ、行きなさい。クリス」
「修行を積めば副団長代理ミストレアを倒せるはず。あとは気合です」
そうね。がんばらなくちゃ……!
フェイルノートを奪われるわけにはいかない。
* * * * *
身軽に歩けて、わたくしは驚いた。
普通の鎧だったら重すぎて歩けなかったと思う。でも、このドレス型のミステル製なら身動きがしやすい。
見た目は結構ガチガチな感じなのに、窮屈さもないし、風通しも良かった。
しかも、大叔母様によれば鍛冶屋アルドリックに無理な注文をして、吸水速乾機能をつけてもらったようで、汗をかいても直ぐに吸収・乾燥するとのことだった。
女性としては、とても嬉しい。
「クリス、さっそく剣を構えてみようか」
フェイルノートの指示に従い、わたくしは鞘から剣を抜く。
軽く引き抜けて驚く。
「わっ……」
「そして構える。こんな風にね」
彼と同じように剣を構えてみる。
「……」
「うーん、そうじゃなくて――」
と、フェイルノートがわたくしの背後に回って抱きしめるようにして教授してくれた。……って、とても近い。彼の顔がすぐそばに。
「…………」
「どうした、クリス」
「あの、あのあの……」
鼓動が異常なほど早くなる。
これじゃあ、集中できない……!
けれど、でも、幸せなのでいっか……。
こんな風に教えてもらえるのなら悪くない。むしろ、ずっと……うん、がんばろう。
わたくしたちのことを上から見ていたようで、大体の状況は把握していたようだった。
「セナトリウス議員とその娘であるミストレアを敵に回すとは……」
少し呆れる大叔母様は、けれど感心して珍しく微笑んだ。
「わたくしは、フェイルノートを愛しています。婚約の為ならなんだってします!」
「だから“決闘”というわけね。クリス、貴女はそこそこ剣が扱えるけど、フェンシングの嗜み程度」
「……はい」
「なら、まずは形からでも入らないとね」
優しい口調で大叔母様は、わたくしの肩に手を置く。
こんな風にまともな会話をするのは初めてかもしれない。
別室へ向かうと、そこにはドレス風の鎧が飾れていた。
全体が漆黒で可愛いというよりはカッコイイかな。
肩や胸元には特殊な鋼鉄が施されているようで、かなりの斬撃も防いでくれるということだった。
「これは素晴らしい鎧だね。我がガウェイン騎士団で採用しているフリューテッドアーマーよりも軽量のようだ」
「そうなのですね、フェイルノート様」
「ああ。しかも、これは超希少な『ミステル鉱石』が使われているようだね」
そう視線を大叔母様に向ける。
え……『ミステル鉱石』って……。
ミステル。
それが我が家の名。
名を冠する鉱石があったなんて知らなかった。
「よく知っているわね、フェイルノート。そう、これはミステル家の初代が発見した鉱石。だから、我が家は大きく発展し、皇帝陛下に認められた」
そうだったんだ。それも知らなかった。わたくし、知らないことばかり。ていうか、教えて貰えていなかったというか。
「……大叔母様、あの」
「クリス、貴女は私の若いころにソックリよ。だから、サイズもピッタリ合うでしょう」
「いいのですか?」
「使いなさい。それと剣も」
大切に飾られている細長い剣。
大叔母様は鞘から剣を抜き、わたくしの目の前に。
「こ、これは……」
「帝国随一と謳われた鍛冶屋、アルドリックに依頼して完成した最強の片手剣。その名も『シネラリア』というの」
「それって」
「そう。我が屋の庭にも咲かせているサイネリア。けれど武器の名にはシネラリアと名付けた。“敵に死”を――そういう意味も込めてね」
そういえばサイネリアは本来は“シネラリア”という。そのままだと『死ねラリア』と読めてしまい、よく思われないのでサイネリアと呼ぶのだとか。
そして、なによりもサイネリアには『希望』という花言葉があると、大叔母様は自信たっぷりに説明してくれた。
「ありがとうございます、大叔母様」
「いいのよ、クリス。私はね、セナトリウスに昔振られた過去があるの。クリス、あなたが恨みを晴らしてちょうだい……!」
そういうことだったのね。
どうりで協力的だと思った。
ひとまず、鎧と剣を手に入れた。
大叔母様の協力もあって無事に身に着けることができたけど――思った以上に軽い……!
ミステル鉱石のおかげなのか、普段のドレスと変わらない軽量さだった。でも。
「……っ」
「どうしたの、クリス」
「胸のあたりが……きついです」
「はったおすぞ!?」
叫びながらも、大叔母様はわたくしの背中を優しくポンと押した。
「ご、ごめんなさい」
「さあ、行きなさい。クリス」
「修行を積めば副団長代理ミストレアを倒せるはず。あとは気合です」
そうね。がんばらなくちゃ……!
フェイルノートを奪われるわけにはいかない。
* * * * *
身軽に歩けて、わたくしは驚いた。
普通の鎧だったら重すぎて歩けなかったと思う。でも、このドレス型のミステル製なら身動きがしやすい。
見た目は結構ガチガチな感じなのに、窮屈さもないし、風通しも良かった。
しかも、大叔母様によれば鍛冶屋アルドリックに無理な注文をして、吸水速乾機能をつけてもらったようで、汗をかいても直ぐに吸収・乾燥するとのことだった。
女性としては、とても嬉しい。
「クリス、さっそく剣を構えてみようか」
フェイルノートの指示に従い、わたくしは鞘から剣を抜く。
軽く引き抜けて驚く。
「わっ……」
「そして構える。こんな風にね」
彼と同じように剣を構えてみる。
「……」
「うーん、そうじゃなくて――」
と、フェイルノートがわたくしの背後に回って抱きしめるようにして教授してくれた。……って、とても近い。彼の顔がすぐそばに。
「…………」
「どうした、クリス」
「あの、あのあの……」
鼓動が異常なほど早くなる。
これじゃあ、集中できない……!
けれど、でも、幸せなのでいっか……。
こんな風に教えてもらえるのなら悪くない。むしろ、ずっと……うん、がんばろう。
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