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第5部 厳しさにこめられた優しい想い
4-7スピードこそが正義!私の拳は誰よりも速い!!
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私は、自分のコーナーから猛ダッシュで、一瞬にして、相手の正面に詰め寄った。このために、毎日、砂浜ダッシュをして、脚を鍛えて来たのだ。足場の悪い砂浜に比べれば、リングの平坦な床は、滑るように移動することができる。
しかも、今日は、脚がよく動いていた。体も軽く、完全に思い通りに動けている。気持ちもスッキリして、雑念一つ湧いてこない。これほど、心身ともに調子がいいのは、久しぶりだった。
自分の体は、思ったほど、イメージ通りには動かない。微妙なズレがあったり、体が重かったり、調子や精神状態に左右されるからだ。しかし、極まれに、100%意識と肉体がシンクロする時がある。まさに、今日がそれだった。
射程圏内に入った瞬間、私は右拳を、相手の顔面に叩き込んだ。しっかりガードされたが、先制パンチはいただきだ。
立て続けに、素早い左ジャブを二発から、右ストレートにつなぐ。全てガードされるが、これは想定通りなので、問題ない。打ち終わった直後、地面を蹴り、瞬時に相手の側面に回り込んだ。
直前までいた場所に、相手の鋭い蹴りが飛んできていた。これも、全て予測通り。彼女は、距離を詰められると、右前蹴りを出す癖がある。私は、彼女が蹴りを出した瞬間、彼女の顔の側面に、右の拳を叩きこんだ。
よしっ、クリーンヒット!!
立て続けに、左ジャブからの右ストレートの、ワンツーを叩き込む。これは、素早くガードされたが問題ない。私は、即座に距離をとった。その直後、彼女の重いストレートが飛んでくるが、すでに射程圏外だ。
私は、見逃さなかった。先ほど、一瞬で距離を詰めた時。彼女が、驚きの表情を浮かべていたことを。今も、その表情に、微かな動揺が浮かんでいることを。
間違いなく、格下として油断していたのだろう。加えて、離れて戦う側は、常に距離をとり、ショートレンジで戦う側が、先制攻撃を仕掛けるのが普通だ。それが、逆に先制攻撃をされたのは、完全に予想外だったはず。
会場内から、盛大な歓声が巻き起こる。観客たちだって、完全に予想外だったはずだ。でも、これは、ミラ先輩との特訓の成果。けっして、まぐれでも何でもない。
私は、相手を鋭く睨みつけながら、ステップを踏みつつ、ジリジリと距離を詰めた。恐れずに、自分の最も得意とする、ミドルレンジに近付いて行く。
だが、相手は、一歩後ろに下がった。次の瞬間、私はショートレンジに、一気に突っ込んだ。本来なら、ここは相手の得意距離だった。だが、超近接から、攻撃を仕掛ける。右連打からの左ボディー。相手のボディーに、クリーンヒットする。
直後、右の蹴りが飛んでくるが、私すでに相手の側面に回り込んでいた。彼女は、左側からの攻撃に弱い。それも、全て研究済みだった。蹴りが出た瞬間、相手の顔面に右のストレートを打ち込み、立て続けに、脇腹に左拳を叩きこんだ。
相手の体が、少し傾いた。だが、バランスを崩した状態から、豪快な左ストレートが飛んでくる。もちろん、これは読んでいた。軽く右かわしながら、こちらも左ストレートを叩き込む。
よしっ、カウンターヒット!!
左ストレートが、ドンピシャのカウンターで入った。だが、私は、そんなに腕力は強くないし、相手は物凄く打たれ強い。この程度で倒れないのは、最初から知っている。
直後、身を低くした。私の頭上を、相手の蹴りがかすめて行く。私はその瞬間、超低空の回し蹴りを、相手の軸足に向かって、思い切り叩き込んだ。回し蹴りが当たった瞬間、彼女はバランスを崩し、転倒した。
「おおぉぉぉぉーー!!」
会場内から、割れんばかりの歓声があがった。
空中モニターが表示され、ダウンの表示と共に、カウントダウンが始まる。私はゆっくりと、自分のコーナーに戻って行った。
リングの外では、ミラ先輩がニヤリと笑みを浮かべながら、親指を立てる。私もそれに合わせ、軽くガッツポーズをとった。
とてもいい流れだ。常に相手より速く動き、機先を制する。ミラ先輩の、真正面から戦うスタイルとは正反対だが、これが私の戦い方。ひたすら機動力で、相手をほんろうする、スピードスタイルだ。
ただ、今までは、徹底的に距離をとって、隙あらば攻める戦い方だった。だが、今回は全く違う。自分から、積極的に攻めに行く戦法だ。これは、ミラ先輩から教わった方法だが、そんなに簡単じゃない。
私は、打たれ弱いから、一発デカいのをもらったら、即ゲームオーバー。だから、物凄い集中力と勇気が必要で、滅茶苦茶リスクが高い。でも、苦労の甲斐あって、十分に効いているようだ。
行ける、行けるぞ……。自分の攻撃が、チャンピオンに通用している。十分、戦えるじゃないか。
私の中には、沸々と、自信と闘志がわき上がってきていた。
やがて、ミシュリー選手が立ち上がり、試合が再開する。立ち上がるまで、時間が掛かったが、肉体的なダメージは少なそうだった。単に、カウントをフルに使って、体力回復と、気持ちを落ち着けていただけのようだ。
元々、打たれ強い選手なので、この程度で倒れるわけがない。だが、確実に精神的なダメージは、行っている。それは、表情を見れば分かった。
再開のゴングが鳴った瞬間、私は一瞬で、距離を詰めた。間髪入れずに、右の拳を叩きこんだ。ガードされるが『バシッ!』と、大きな音が響く。続けて、右と左の連打でラッシュを仕掛ける。
時折り、反撃が飛んでくるが、全てかわす。攻撃は、あくまでフェイクだ。私のメインは、相手の攻撃をしっかり見て、かわすこと。このラウンドですべきは、相手の攻撃を全て見極め、以降のラウンドにつなげることだ。
こちらの攻撃に対し、どう対処するのか? どう反撃して来るのか? 映像研究も散々やってきたが、そのズレを、どんどん修正していく。そのため、あらゆる攻撃を仕掛けて行った。
やがて、1ラウンド終了のゴングが鳴り響く。終始こちらのペースで、数発クリーンヒットもあり、1回ダウンも奪った。相手は、大ぶりの反撃をしただけで、一発も当たっていない。このラウンドは、確実にこちらの勝ちだ。
私は、自分のコーナーに戻ると、用意された椅子に座り、息を整える。正面のコーナーを見ると、ミシュリー選手が、ギラギラした目で、こちらを睨みつけていた。
まぁ、そうなるよな。格下相手に、好き放題やられりゃ、頭にも来るだろう。しかも、チャンピオンの面子、丸つぶれだしな。
「よう、いい感じじゃねーか。全く、引けを取っていなかったぞ」
私は、ミラ先輩に渡されたボトルを受け取り、一口だけ、スポーツドリンクを飲んだ。
「まだ、1ラウンドですからね。彼女は、スロースターターですし。タフなので」
そう、彼女は、最初から、ガンガン行くタイプではない。圧倒的な体力とタフネスで、中盤以降が強いのだ。相手が疲れてきたところに、猛反撃をしてくる。
「大丈夫だ、ちゃんと攻撃は、効いてるぞ。今のうちに、しっかり削っておけ」
「了解っす」
逆に私は、スタミナも撃たれ強さも、あまりない。基本的には、短期決戦タイプだ。だからこそ、前半に頑張らなければ、勝ち目は薄かった。
「次のラウンド、プランBで行け」
ミラ先輩は、バシッと私の背中を叩く。
プランAは、速攻で仕掛け、終始攻撃を行う戦い方。プランBは速攻を仕掛けるが、手数は減らし、カウンターがメインの戦い方だ。前半は、とことん速攻を仕掛け、常にペースを握る。そのままの流れで、後半もペースを握り続けるのが作戦だ。
ミラ先輩の作戦は、基本的に、超攻撃型だった。『やられる前にやる』が、信条だからだ。
私の本来のスタイルは、常に距離をとって、じっくり戦うタイプだ。後の先なので、果敢に攻めるのは、得意ではない。だが、ミラ先輩に『脚は逃げるためじゃなく、攻めるために使え』と教わってから、戦闘スタイルが、大きく変わって来た。
今でも、距離を詰めるのは、超怖い。元々、気の小さい性格だし、こちらから攻め込むのは、物凄く勇気がいる。でも、ミラ先輩を信じて、前に進むだけだ。
時間が来たので、私は立ち上がる。すると、後ろから、
「ぶっ潰せ!」
ミラ先輩の、力強い言葉が聞こえて来た。実に、彼女らしい励まし方だ。
「うっす」
私は構えると、正面の相手を見据えた。相変わらず、怒りに燃えた目で、こちらを睨みつけている。
でも、それじゃダメだ。怒りは、自分の冷静さを失わせる。心は熱く、でも頭はクールに。戦いの間は、決して感情を動かしてはいけない。私は、相手の状況を、つぶさに観察する。
ゴングが鳴った瞬間、私は一気に突っ込んだ。それと同時に、相手も前に出て来る。でも、それは想定済みだった。
私は、途中で急に足を止める。すると、相手も足を止め、不可解な表情を浮かべた。だが、足を止めたのは、フェイントだ。その直後、一気に距離を詰めて、高速の右拳を叩き込む。
その後も、立て続けに、速いパンチを連打する。全てガードされるが、問題ない。相手は、苦しそうな表情をしながらガードし、ジリジリと後ろに下がっていく。こちらは、それに合わせ、少しずつ前進する。
ある程度、相手を押し出したところで、私はわざと、手数を減らした。相手の前で、トントンと、規則的にステップを踏む。そして、左手をクイクイッと動かし『攻めてこいよ』と挑発する。
もちろん、これは作戦だ。本来なら恐れ多くて、チャンピオンに挑発なんて、できっこない。つーか、やってて、超怖いし。
私の挑発した姿を見て、場内から、歓声とヤジが飛び始めた。
「おい、どうしたチャンピオン、舐められてるぞ!」
「守ってばっかいないで、攻めたらどうだ!」
周りからの無責任なヤジに、彼女はチッと舌打ちをする。観客のヤジなど、気にする必要はない。しかし、一度、気になり始めると、恐ろしく厄介だ。
彼女は、怒りの表情を濃くして、攻撃を仕掛けて来る。だが、私はその攻撃の全てを、あっさりとかわしていく。次々かわすたびに、場内から歓声が上がった。
本来、私はかわすのが専門の、回避重視のファイターだ。大ぶりの攻撃なんか、そう簡単には当たらない。
それに、1ラウンド目で、相手のリーチ、攻撃のタイミングは、しっかり見切っていた。しかも、今は怒りに支配されて、かなり雑な攻撃になっている。そんなもの、冷静な私に、当たるはずがない。
私は、ずっと、タイミングを待っていた。相手の攻撃を、一つ残らず観察し、ひたすら時を待つ。戦いに必要なのは、待つことだ。勝機を待ち、それを決して見逃さない。
そこだっ!!
私は、相手が放った左パンチに合わせ、右ストレートを、顔面に直撃させる。攻撃一辺倒になり、防御が甘くなっていたせいもあり、もろにクリーンヒットした。相手の頭が跳ねあがり、一瞬、動きが止まる。
もらった!!
私は、その一瞬のすきに、顔面に高速パンチを叩きこみ続けた。相手はよろめくが、何とかこらえて、頭のガードを固める。だが、その瞬間、ボディーに、強烈な一撃を叩きこんだ。
ボディーに数発入れたあと、相手の足首をめがけて、鋭いローキックを放つ。彼女の体が、横に傾いた。その瞬間、私は一瞬で、反対側に回り込んだ。そのまま、腕を大きく振りかぶり、相手の顔の側面に、えぐり込むようにパンチを叩きむ。
ミラ先輩直伝の『ぶっ倒しパンチ』だ。名前の通り、相手をリングに、ぶっ倒す時に使う。確かな手ごたえと共に、床に向けて、思いっ切り振り抜く。直後、相手は床に激しく転倒した。
観客が総立ちになり、場内から、割れんばかりの歓声が沸き上がった。完全な番狂わせに、観客たちは、激しく熱狂する。
私は、荒い息を整えながら、ゆっくりと、自分のコーナに下がった。ダメージは全く受けていないが、物凄く体力を消耗している。いや、体力というより、精神力の消費が半端ない。
私の戦い方は、相手に合わせた、攻防一体の戦い方だ。ほんのちょっとでも、判断を誤れば、一瞬で返り討ちにあってしまう。ましてや、相手はチャンピオン。尋常じゃない、高い集中力が必要になる。
私は、自分のコーナーに戻ると、相手をじっと観察した。確かに、大きな手ごたえがあった。普通なら、この一撃で終わるはずだ。
だが、相手は、タフさが売りのファイターだった。この程度で、ダウンするほど、甘くはない。
彼女の手が、ピクリと動き、拳を握り締めると、ゆっくり上体を起こした。目に激しい怒りの炎を燃やしながら、こちらを睨みつけて来くる。目は全く死んでない。ダメージも、思ったほど大きくなさそうだ。
ふぅー、そうだよなぁ。この程度で倒れるなら、チャンピオンなんて、やってるはずがない。にしても、こえー目をするな。ミラ先輩ほどじゃないにしろ、流石に、貫禄あるわ……。
今ので一撃で、確実に本気になったはずだ。しかも、彼女はスロースターター。本当に強いのは、これからだ。
彼女は、カウントの時間を一杯を使ってから、ゆっくり立ち上がった。別にダメージのせいじゃない。しっかり、休憩をとっているのだ。
私は大きく息を吸い込むと、ゴングと同時に、再び相手に突っ込んで行った……。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
次回――
『最後の最後は殺るか殺られるかの戦いだ!』
敵に殺られる前に殺る。先手必勝、一撃必殺よ
しかも、今日は、脚がよく動いていた。体も軽く、完全に思い通りに動けている。気持ちもスッキリして、雑念一つ湧いてこない。これほど、心身ともに調子がいいのは、久しぶりだった。
自分の体は、思ったほど、イメージ通りには動かない。微妙なズレがあったり、体が重かったり、調子や精神状態に左右されるからだ。しかし、極まれに、100%意識と肉体がシンクロする時がある。まさに、今日がそれだった。
射程圏内に入った瞬間、私は右拳を、相手の顔面に叩き込んだ。しっかりガードされたが、先制パンチはいただきだ。
立て続けに、素早い左ジャブを二発から、右ストレートにつなぐ。全てガードされるが、これは想定通りなので、問題ない。打ち終わった直後、地面を蹴り、瞬時に相手の側面に回り込んだ。
直前までいた場所に、相手の鋭い蹴りが飛んできていた。これも、全て予測通り。彼女は、距離を詰められると、右前蹴りを出す癖がある。私は、彼女が蹴りを出した瞬間、彼女の顔の側面に、右の拳を叩きこんだ。
よしっ、クリーンヒット!!
立て続けに、左ジャブからの右ストレートの、ワンツーを叩き込む。これは、素早くガードされたが問題ない。私は、即座に距離をとった。その直後、彼女の重いストレートが飛んでくるが、すでに射程圏外だ。
私は、見逃さなかった。先ほど、一瞬で距離を詰めた時。彼女が、驚きの表情を浮かべていたことを。今も、その表情に、微かな動揺が浮かんでいることを。
間違いなく、格下として油断していたのだろう。加えて、離れて戦う側は、常に距離をとり、ショートレンジで戦う側が、先制攻撃を仕掛けるのが普通だ。それが、逆に先制攻撃をされたのは、完全に予想外だったはず。
会場内から、盛大な歓声が巻き起こる。観客たちだって、完全に予想外だったはずだ。でも、これは、ミラ先輩との特訓の成果。けっして、まぐれでも何でもない。
私は、相手を鋭く睨みつけながら、ステップを踏みつつ、ジリジリと距離を詰めた。恐れずに、自分の最も得意とする、ミドルレンジに近付いて行く。
だが、相手は、一歩後ろに下がった。次の瞬間、私はショートレンジに、一気に突っ込んだ。本来なら、ここは相手の得意距離だった。だが、超近接から、攻撃を仕掛ける。右連打からの左ボディー。相手のボディーに、クリーンヒットする。
直後、右の蹴りが飛んでくるが、私すでに相手の側面に回り込んでいた。彼女は、左側からの攻撃に弱い。それも、全て研究済みだった。蹴りが出た瞬間、相手の顔面に右のストレートを打ち込み、立て続けに、脇腹に左拳を叩きこんだ。
相手の体が、少し傾いた。だが、バランスを崩した状態から、豪快な左ストレートが飛んでくる。もちろん、これは読んでいた。軽く右かわしながら、こちらも左ストレートを叩き込む。
よしっ、カウンターヒット!!
左ストレートが、ドンピシャのカウンターで入った。だが、私は、そんなに腕力は強くないし、相手は物凄く打たれ強い。この程度で倒れないのは、最初から知っている。
直後、身を低くした。私の頭上を、相手の蹴りがかすめて行く。私はその瞬間、超低空の回し蹴りを、相手の軸足に向かって、思い切り叩き込んだ。回し蹴りが当たった瞬間、彼女はバランスを崩し、転倒した。
「おおぉぉぉぉーー!!」
会場内から、割れんばかりの歓声があがった。
空中モニターが表示され、ダウンの表示と共に、カウントダウンが始まる。私はゆっくりと、自分のコーナーに戻って行った。
リングの外では、ミラ先輩がニヤリと笑みを浮かべながら、親指を立てる。私もそれに合わせ、軽くガッツポーズをとった。
とてもいい流れだ。常に相手より速く動き、機先を制する。ミラ先輩の、真正面から戦うスタイルとは正反対だが、これが私の戦い方。ひたすら機動力で、相手をほんろうする、スピードスタイルだ。
ただ、今までは、徹底的に距離をとって、隙あらば攻める戦い方だった。だが、今回は全く違う。自分から、積極的に攻めに行く戦法だ。これは、ミラ先輩から教わった方法だが、そんなに簡単じゃない。
私は、打たれ弱いから、一発デカいのをもらったら、即ゲームオーバー。だから、物凄い集中力と勇気が必要で、滅茶苦茶リスクが高い。でも、苦労の甲斐あって、十分に効いているようだ。
行ける、行けるぞ……。自分の攻撃が、チャンピオンに通用している。十分、戦えるじゃないか。
私の中には、沸々と、自信と闘志がわき上がってきていた。
やがて、ミシュリー選手が立ち上がり、試合が再開する。立ち上がるまで、時間が掛かったが、肉体的なダメージは少なそうだった。単に、カウントをフルに使って、体力回復と、気持ちを落ち着けていただけのようだ。
元々、打たれ強い選手なので、この程度で倒れるわけがない。だが、確実に精神的なダメージは、行っている。それは、表情を見れば分かった。
再開のゴングが鳴った瞬間、私は一瞬で、距離を詰めた。間髪入れずに、右の拳を叩きこんだ。ガードされるが『バシッ!』と、大きな音が響く。続けて、右と左の連打でラッシュを仕掛ける。
時折り、反撃が飛んでくるが、全てかわす。攻撃は、あくまでフェイクだ。私のメインは、相手の攻撃をしっかり見て、かわすこと。このラウンドですべきは、相手の攻撃を全て見極め、以降のラウンドにつなげることだ。
こちらの攻撃に対し、どう対処するのか? どう反撃して来るのか? 映像研究も散々やってきたが、そのズレを、どんどん修正していく。そのため、あらゆる攻撃を仕掛けて行った。
やがて、1ラウンド終了のゴングが鳴り響く。終始こちらのペースで、数発クリーンヒットもあり、1回ダウンも奪った。相手は、大ぶりの反撃をしただけで、一発も当たっていない。このラウンドは、確実にこちらの勝ちだ。
私は、自分のコーナーに戻ると、用意された椅子に座り、息を整える。正面のコーナーを見ると、ミシュリー選手が、ギラギラした目で、こちらを睨みつけていた。
まぁ、そうなるよな。格下相手に、好き放題やられりゃ、頭にも来るだろう。しかも、チャンピオンの面子、丸つぶれだしな。
「よう、いい感じじゃねーか。全く、引けを取っていなかったぞ」
私は、ミラ先輩に渡されたボトルを受け取り、一口だけ、スポーツドリンクを飲んだ。
「まだ、1ラウンドですからね。彼女は、スロースターターですし。タフなので」
そう、彼女は、最初から、ガンガン行くタイプではない。圧倒的な体力とタフネスで、中盤以降が強いのだ。相手が疲れてきたところに、猛反撃をしてくる。
「大丈夫だ、ちゃんと攻撃は、効いてるぞ。今のうちに、しっかり削っておけ」
「了解っす」
逆に私は、スタミナも撃たれ強さも、あまりない。基本的には、短期決戦タイプだ。だからこそ、前半に頑張らなければ、勝ち目は薄かった。
「次のラウンド、プランBで行け」
ミラ先輩は、バシッと私の背中を叩く。
プランAは、速攻で仕掛け、終始攻撃を行う戦い方。プランBは速攻を仕掛けるが、手数は減らし、カウンターがメインの戦い方だ。前半は、とことん速攻を仕掛け、常にペースを握る。そのままの流れで、後半もペースを握り続けるのが作戦だ。
ミラ先輩の作戦は、基本的に、超攻撃型だった。『やられる前にやる』が、信条だからだ。
私の本来のスタイルは、常に距離をとって、じっくり戦うタイプだ。後の先なので、果敢に攻めるのは、得意ではない。だが、ミラ先輩に『脚は逃げるためじゃなく、攻めるために使え』と教わってから、戦闘スタイルが、大きく変わって来た。
今でも、距離を詰めるのは、超怖い。元々、気の小さい性格だし、こちらから攻め込むのは、物凄く勇気がいる。でも、ミラ先輩を信じて、前に進むだけだ。
時間が来たので、私は立ち上がる。すると、後ろから、
「ぶっ潰せ!」
ミラ先輩の、力強い言葉が聞こえて来た。実に、彼女らしい励まし方だ。
「うっす」
私は構えると、正面の相手を見据えた。相変わらず、怒りに燃えた目で、こちらを睨みつけている。
でも、それじゃダメだ。怒りは、自分の冷静さを失わせる。心は熱く、でも頭はクールに。戦いの間は、決して感情を動かしてはいけない。私は、相手の状況を、つぶさに観察する。
ゴングが鳴った瞬間、私は一気に突っ込んだ。それと同時に、相手も前に出て来る。でも、それは想定済みだった。
私は、途中で急に足を止める。すると、相手も足を止め、不可解な表情を浮かべた。だが、足を止めたのは、フェイントだ。その直後、一気に距離を詰めて、高速の右拳を叩き込む。
その後も、立て続けに、速いパンチを連打する。全てガードされるが、問題ない。相手は、苦しそうな表情をしながらガードし、ジリジリと後ろに下がっていく。こちらは、それに合わせ、少しずつ前進する。
ある程度、相手を押し出したところで、私はわざと、手数を減らした。相手の前で、トントンと、規則的にステップを踏む。そして、左手をクイクイッと動かし『攻めてこいよ』と挑発する。
もちろん、これは作戦だ。本来なら恐れ多くて、チャンピオンに挑発なんて、できっこない。つーか、やってて、超怖いし。
私の挑発した姿を見て、場内から、歓声とヤジが飛び始めた。
「おい、どうしたチャンピオン、舐められてるぞ!」
「守ってばっかいないで、攻めたらどうだ!」
周りからの無責任なヤジに、彼女はチッと舌打ちをする。観客のヤジなど、気にする必要はない。しかし、一度、気になり始めると、恐ろしく厄介だ。
彼女は、怒りの表情を濃くして、攻撃を仕掛けて来る。だが、私はその攻撃の全てを、あっさりとかわしていく。次々かわすたびに、場内から歓声が上がった。
本来、私はかわすのが専門の、回避重視のファイターだ。大ぶりの攻撃なんか、そう簡単には当たらない。
それに、1ラウンド目で、相手のリーチ、攻撃のタイミングは、しっかり見切っていた。しかも、今は怒りに支配されて、かなり雑な攻撃になっている。そんなもの、冷静な私に、当たるはずがない。
私は、ずっと、タイミングを待っていた。相手の攻撃を、一つ残らず観察し、ひたすら時を待つ。戦いに必要なのは、待つことだ。勝機を待ち、それを決して見逃さない。
そこだっ!!
私は、相手が放った左パンチに合わせ、右ストレートを、顔面に直撃させる。攻撃一辺倒になり、防御が甘くなっていたせいもあり、もろにクリーンヒットした。相手の頭が跳ねあがり、一瞬、動きが止まる。
もらった!!
私は、その一瞬のすきに、顔面に高速パンチを叩きこみ続けた。相手はよろめくが、何とかこらえて、頭のガードを固める。だが、その瞬間、ボディーに、強烈な一撃を叩きこんだ。
ボディーに数発入れたあと、相手の足首をめがけて、鋭いローキックを放つ。彼女の体が、横に傾いた。その瞬間、私は一瞬で、反対側に回り込んだ。そのまま、腕を大きく振りかぶり、相手の顔の側面に、えぐり込むようにパンチを叩きむ。
ミラ先輩直伝の『ぶっ倒しパンチ』だ。名前の通り、相手をリングに、ぶっ倒す時に使う。確かな手ごたえと共に、床に向けて、思いっ切り振り抜く。直後、相手は床に激しく転倒した。
観客が総立ちになり、場内から、割れんばかりの歓声が沸き上がった。完全な番狂わせに、観客たちは、激しく熱狂する。
私は、荒い息を整えながら、ゆっくりと、自分のコーナに下がった。ダメージは全く受けていないが、物凄く体力を消耗している。いや、体力というより、精神力の消費が半端ない。
私の戦い方は、相手に合わせた、攻防一体の戦い方だ。ほんのちょっとでも、判断を誤れば、一瞬で返り討ちにあってしまう。ましてや、相手はチャンピオン。尋常じゃない、高い集中力が必要になる。
私は、自分のコーナーに戻ると、相手をじっと観察した。確かに、大きな手ごたえがあった。普通なら、この一撃で終わるはずだ。
だが、相手は、タフさが売りのファイターだった。この程度で、ダウンするほど、甘くはない。
彼女の手が、ピクリと動き、拳を握り締めると、ゆっくり上体を起こした。目に激しい怒りの炎を燃やしながら、こちらを睨みつけて来くる。目は全く死んでない。ダメージも、思ったほど大きくなさそうだ。
ふぅー、そうだよなぁ。この程度で倒れるなら、チャンピオンなんて、やってるはずがない。にしても、こえー目をするな。ミラ先輩ほどじゃないにしろ、流石に、貫禄あるわ……。
今ので一撃で、確実に本気になったはずだ。しかも、彼女はスロースターター。本当に強いのは、これからだ。
彼女は、カウントの時間を一杯を使ってから、ゆっくり立ち上がった。別にダメージのせいじゃない。しっかり、休憩をとっているのだ。
私は大きく息を吸い込むと、ゴングと同時に、再び相手に突っ込んで行った……。
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次回――
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俺は異世界転生者カドマツ。
転生理由は幼い少女を交通事故からかばったこと。
良いとこなしの日々を送っていたが女神様から異世界に転生すると説明された時にはアニメやゲームのような展開を期待したりもした。
例えばモンスターを倒して国を救いヒロインと結ばれるなど。
けれど与えられた【今まで選ばれなかったスキルが使える】 戦闘はおろか日常の役にも立つ気がしない余りものばかり。
同じ転生者でイケメン王子のレイニーに出迎えられ歓迎される。
彼は【スキル:水】を使う最強で理想的な異世界転生者に思えたのだが―――!?
※小説家になろう様にも掲載しています。
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