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第5部 厳しさにこめられた優しい想い
4-8最後の最後は殺るか殺られるかの戦いだ!
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俺は、リングの外から、身じろぎせずに試合を見続けていた。場内は、異様なほどの熱気に包まれている。スタート時は、誰もがミシュリーを応援していたが、今は皆、キラリスに声援を送っていた。
そりゃそうだ。チャンピオンを相手に、あれだけ善戦しているのだから。次々と有効打を叩き込み、すでに、二回もダウンを奪っている。
対してキラリスは、まだ、一発も攻撃を受けていない。ガードすらせずに、全ての攻撃を、完全にかわし切っている。
今日のキラリスは、研ぎたての刃のように、動きが切れていた。練習でも、こんなことは無かったし、過去の試合でも、これ程の動きはなかった。対戦前は、かなり緊張したようだが、いい感じで開き直ったようだ。
4ラウンドが終わった段階で、キラリスが圧倒的に優勢。このまま進めば、仮に最終ラウンドにもつれ込んでも、キラリスの判定勝ちは確実だ。
後半に強いミシュリーは、4ラウンドから、かなり攻撃の手数が増えてきた。だが、キラリスは、その全てを、ことごとく躱して行った。しかも、冷静にカウンターを、叩き込んで行く。
ミシュリーは、何とか攻めようとするが、その都度、的確なカウンターで止められる。このカウンターは、実に厄介だ。
威力は、さほどなかったとしても、確実に心を削られていく。手を出せば、反撃を受けると思い込むと、手を出せなくなって行くからだ。
キラリスの攻撃は、あまり威力がなかった。体格に恵まれている訳でも、筋力がある訳でもない。それでも、細かく当てて行けば、どんなにタフな選手でも、ダメージは溜まっていく。何より、精神的なダメージの蓄積は、とても大きい。
それにしても、本当に、成長したもんだ。何だかんだ、弱音を吐きながらも、しっかり、練習してやがるからな。
私が与えたメニューは、全て完璧にこなしていた。今の動きを見れば、ちゃんと、今までの努力の成果が、見て取れる。サボっていたら、こうはならない。要所要所で、教えた通りの動きが、しっかり出来ている。
あいつは元々、距離をとって戦うタイプだ。だから、接近戦は、物凄く苦手だった。そもそも、あいつは気が小さい。元々は、いじめられっ子だったらしいからな。
だが、無理やり矯正して、近距離でも戦えるように、仕込んで来た。踏みこむ勇気と、殴り合う勇気。技術よりも、気持ちの問題だ。
キラリスには、パワーがない。だが、いい脚を持っている。元々は、いじめっ子から逃げ回るために、ついた脚力だ。あと、優れた目を持っている。これも、いじめられっ子から殴られるのを、かわすための目だった。
だが、今は戦うための力として、昇華させている。あいつは、その武器を、最大限に使いこなしていた。例え相手がチャンピオンでも、その力は、確実に通用する。
5ラウンドになってから、益々ミシュリーの攻撃が、苛烈になってきた。もう、残りラウンドも少なく、あとがないので、当然、必死に攻撃してくるだろう。ここから巻き返すには、もう『KO勝ち』を狙うしかないからだ。
ただ、ミシュリーには、相手をKOするだけの、パワーがある。私と同じ、生粋のパワーファイターだ。
しかし、キラリスは冷静だった。ラウンドを重ねるごとに、動きが研ぎ澄まされて来ている気がする。よりシャープにコンパクトに、相手の攻撃をかわしていた。しっかり、相手の動きが見えているからだ。
隙あらば、攻撃とカウンターも、当てに行っている。だが、倒そうとはしていない。『当てるだけでいい』と、私が教えた通りにしていた。
パワーがないなら、無理して、ノックアウトを狙う必要はない。ひたすら攻撃を当てて、心身ともに、削って行けばいいだけだ。人には、それぞれの、ベストな戦い方がある。
しかし、流石はミシュリーだ。あれだけ打たれても、いまだに、倒れる気配がない。昔から、とんでもなく、粘り強い奴だった。普通のやつなら、一発で倒れるところを、五、六発は耐えやがる。
そんだけタフな相手じゃ、キラリスのパンチじゃ、そうそう倒れないだろう。おそらくは、最終ラウンドまでもつれ込み、判定になるはずだ。
今のキラリスなら、最終ラウンドまで、しっかり自分のペースを、保ち続けるだろう。問題だったスタミナ問題も、完璧とまでは行かないが、だいぶ良くなってきた。つまらないミスさえしなければ、何も問題ない。
だが、一つだけ、気になることがあった。それは、ミシュリーの目だ。ちょうど、4ラウンドの後半あたりからだ。ただの怒りに燃えた目が、別の目に変わった。
あれは、怒りではなく『狩る者』の目だ。怒りの中にも、冷静さと知性が見てうかがえる。何かを狙っている目だ。
俺は、キラリスに注意するように、伝えるべきか迷った。だが、伝えないことにした。今の絶好調のペースを、崩したくなかったからだ。
言わなくても、キラリスだって、分かっているだろう。相手はチャンピオンだ。意地でも、一矢報いてくることぐらい、誰でも分かることだった。
俺は、大歓声が渦巻く中、二人の動きを、ひたすら目で追っていた。キラリスは、相変わらず冷静で、いい動きをしている。だが、ミシュリーも、動きが鋭くなって来た。それに、敵ながら、いい目をしている。まだまだ、余力も闘志も充分だ。
ちょうど、5ラウンドの半分が過ぎたところで、テンポよくステップを踏んでいたキラリスに、異変が起こった。素早く横に移動しようとした時に、足を滑らせたのだ。おそらく、床に落ちた汗で、滑ったのだろう。
直後、ぞわりとする圧力が広がった。刹那、キラリスの体が、軽く後ろに飛ばされた。鈍い音を立てて、ミシュリーのボディーブローが、直撃したのだ。
キラリスは、少し前のめりになりながらも、ステップで横に動く。だが、その直後、嵐のような、ミシュリーの連打が始まった。顔面に向け、怒涛のごとく、パンチの雨が降り注いだ。キラリスは、とっさにガードで防ぐ。
本来なら、かわすところだが、脚にダメージが残っているのだろう。飛んでくる攻撃を、全てガードで受ける。
マズイな……。
もちろん、ガードの練習はしっかりしていた。だが、キラリスは、かわすのが基本スタイルだ。しかも、ミシュリーの攻撃は、とても重い。ガードの上からでも、平気でダメージを与えて来る。
キラリスは、ガードをしながら、じりじりと、後ろに下がり始めた。後退するのは、この試合では初めてだ。
「おいっ、キラリス、絶対に下がるなっ!! 脚を使って、周りこめ!」
私は、大声でキラリスに指示を出す。
接近戦を得意とする相手に、後ろに下がるのは、最悪の選択だ。上手く足を使って、常に中央で、戦わなければならない。
だが、キラリスは、後ろに下がる一方だ。次の瞬間、キラリスの体が、くの字に曲がった。直後、キラリスの体は、リングの上に力なく倒れ込む。ミシュリーの右ボディーが、もろに入ったのだ。
ミシュリーは、勝ち誇ったかのように、右腕を高らかに掲げる。場内からは、割れんばかりの、大歓声が巻き起こった。
「キラリス! おいっ、しっかりしろ! ダメージは浅い、まだいける! 立てっ、立つんだ!!」
キラリスは、ピクリとも動かない。それでも、俺は声をかけ続ける。
技巧派とパワーファイターの戦では、よくあることだ。いくら沢山の攻撃を当てても、たった一発で、試合がひっくり返ることは。パワーファイターの俺が言うことじゃないが、パワーとは技術をも上回る、とても不条理な力なのだ。
こんなところで、終わっていいのかよ? お前は、フィジカルは強くねぇ。だが、いい根性、持ってんじゃんかよ。いつまでも、寝てんじゃねぇ。さっさと立ちやがれ、キラリス!!
俺は拳を握り締めながら、キラリスに向かって、声をかけ続けるのだった……。
*******
かはっ……息が――息が……できない。やばい――まじヤバイ。死ぬ……こんなん、マジ死ぬわ――。
腹を中心に、全身に痛みが広がっている。息が全然できない。今にも、死にそうだ。体にも、全く力が入らなかった。
ノイズが多すぎて、周囲の音が聞こえない。何だ、コレ……。ノイズ、うっせーよ。
試しに、指に力を入れてみる。何とか、指は動きそうだ。今度は、拳を握ってみる。OK、拳も握れそうだ。
次の瞬間、何かが聞こえて来た。この声はミラ先輩か。必死に、起き上がるように叫んでいる。
あー、はいはい、分かってますって。無視したら、あとで何されるか分からないし。とりあえず、起きとくか――。
せーの……。
私は、両手の拳を床に突き、必死に上体を起こす。だが、体が滅茶苦茶、重い。体がギシギシと、きしんでいる。ボディーのダメージだけじゃない。ガードしたパンチからも、しっかりダメージが来ていた。伊達に、パワーファイターじゃないな。
体が動かない。体中が痛い。今まで、気づいていなかったが、かなり疲労も溜まっていた。
辛い――。もう、終わりにしたい……。このまま、楽になりたい――。だが、ミラ先輩の怒鳴り声が、耳から入って来る。
ふっ……クフフフッ。こんなもん、ミラ先輩のパンチに比べれば、大したことないよな。あれより痛いパンチなんて、ある訳ないんだから。
私は、全身の力を振り絞ると、ゆっくりと立ち上がる。ようやく、呼吸できるようになって来た。だが、息が上がっている。ダメージと疲労で、あまりいい状態ではない。タイムを見ると、カウントは9で止まっていた。割とヤバかったっぽい。
私の前には、リングに上がって来た、レフリーが立っていた。
「大丈夫かね? これ見えるか? まだ、続行できるかい?」
彼は、私の前で手のひらを動かし、尋ねて来る。
「あぁ、見えてる。続行もOK。まだ、いける」
私は、しっかりと拳を構えて答えた。
レフリーは、しばらく私の様子を見ていたが、ゆっくりとリングを降りて行った。その直後、ゴングが鳴って、試合が再開された。
私は、ミシュリーを、全力で睨みつけた。ミラ先輩の教え通りに、しっかりと殺気込めて。
殺す――絶対に、ぶっ殺す……。もう、遊びは終わりだ。今からは、あいつを殺しに行く――。
このままじゃ、絶対に終われない。かと言って、ダメージも受けているし、このままやっても、実力差とフィジカル差で、勝ち目はない。だからもう、手段は選ばない。やつを殺しに行く……。
私は、大きく息を吸い込むと、ステップを踏み始めた。大丈夫、体は重いけど、まだ動ける。全てかわして、必殺の一撃を叩き込む。ただ、それだけだ。
一気にラッシュに来るかと思ったが、相手は、すぐには動かなかった。ジリジリと、距離を詰めてきている。
なんだよ、優勢なのに、来ないのかよ? 案外、チャンピオンも、大したことないな。いいさ、それなら――。
私も、じりじりと距離を詰めて行く。やがて、お互いのパンチが、ギリギリ届く距離まで詰め寄った。私は全神経を集中して、相手を観察する。どんな些細な動きだって、見逃しはしない。
ミラ先輩が言っていた。『お前には天性の目がある』って。超カッコイイじゃん、魔眼みたいで。どんな攻撃だって、見切ってやる。
来た!
肩の動きで、相手の攻撃を察知すると、こちらも合わせて攻撃を繰り出す。相手の右の拳が当たるより早く、私の左拳が相手の顔面にヒットする。
次の瞬間、もう一発、左を出してから、右ストレートへのワンツー。立て続けに、左のボティーもお見舞いする。
ダメージと疲労で、もう頭が回らない。だが、練習で身に付けた動きが、無意識に出ていた。ミラ先輩に怒鳴られながら、毎日、必死にコンビネーションの練習やってたからな。
だが、相手の動きは止まらない。流石に、ミラ先輩も認めるほどのタフさだ。先ほどまでとは違い、打たれても、気にせず攻撃を仕掛けてくる。その全てに、カウンターを合わせるのも、かわすのも無理だ。
お互いに譲らず、いつの間にか、乱打戦になっていた。殴って殴られ、お互い、お構いなしに、攻撃を仕掛ける。
カウンターも入れているので、有効打数では、こちらが上だ。だが、威力が違う。与えるダメージより、もらっているダメージのほうが、明らかに大きかった。正面からの殴り合いでは、圧倒的に、こちらが不利だ。
だが、もう、そんなことは関係ない。一発一発に殺気を込め、ぶっ殺す気持ちで、殴り続ける。もう、殺るか殺られるかの戦いだ。私は気にせず、応戦を続ける。
一発もらう度に、体の芯から、しびれるぐらいに痛い。でも、もう痛みには慣れた。こんなもん、何てことはない。それよりも、心の底から、力が湧いて来る。
何だ、この感じたことのない力は? これが、ミラ先輩が言っていた、殺意ってやつなのか?
私はもう、余計なことは何も考えずに、ひたすら目の前の敵を、攻撃し続けるのだった……。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
次回――
『チャンピオンに手が届くまで私は絶対に諦めない・・・』
…でも諦めない。耐えるのは慣れてる。何年かかっても
そりゃそうだ。チャンピオンを相手に、あれだけ善戦しているのだから。次々と有効打を叩き込み、すでに、二回もダウンを奪っている。
対してキラリスは、まだ、一発も攻撃を受けていない。ガードすらせずに、全ての攻撃を、完全にかわし切っている。
今日のキラリスは、研ぎたての刃のように、動きが切れていた。練習でも、こんなことは無かったし、過去の試合でも、これ程の動きはなかった。対戦前は、かなり緊張したようだが、いい感じで開き直ったようだ。
4ラウンドが終わった段階で、キラリスが圧倒的に優勢。このまま進めば、仮に最終ラウンドにもつれ込んでも、キラリスの判定勝ちは確実だ。
後半に強いミシュリーは、4ラウンドから、かなり攻撃の手数が増えてきた。だが、キラリスは、その全てを、ことごとく躱して行った。しかも、冷静にカウンターを、叩き込んで行く。
ミシュリーは、何とか攻めようとするが、その都度、的確なカウンターで止められる。このカウンターは、実に厄介だ。
威力は、さほどなかったとしても、確実に心を削られていく。手を出せば、反撃を受けると思い込むと、手を出せなくなって行くからだ。
キラリスの攻撃は、あまり威力がなかった。体格に恵まれている訳でも、筋力がある訳でもない。それでも、細かく当てて行けば、どんなにタフな選手でも、ダメージは溜まっていく。何より、精神的なダメージの蓄積は、とても大きい。
それにしても、本当に、成長したもんだ。何だかんだ、弱音を吐きながらも、しっかり、練習してやがるからな。
私が与えたメニューは、全て完璧にこなしていた。今の動きを見れば、ちゃんと、今までの努力の成果が、見て取れる。サボっていたら、こうはならない。要所要所で、教えた通りの動きが、しっかり出来ている。
あいつは元々、距離をとって戦うタイプだ。だから、接近戦は、物凄く苦手だった。そもそも、あいつは気が小さい。元々は、いじめられっ子だったらしいからな。
だが、無理やり矯正して、近距離でも戦えるように、仕込んで来た。踏みこむ勇気と、殴り合う勇気。技術よりも、気持ちの問題だ。
キラリスには、パワーがない。だが、いい脚を持っている。元々は、いじめっ子から逃げ回るために、ついた脚力だ。あと、優れた目を持っている。これも、いじめられっ子から殴られるのを、かわすための目だった。
だが、今は戦うための力として、昇華させている。あいつは、その武器を、最大限に使いこなしていた。例え相手がチャンピオンでも、その力は、確実に通用する。
5ラウンドになってから、益々ミシュリーの攻撃が、苛烈になってきた。もう、残りラウンドも少なく、あとがないので、当然、必死に攻撃してくるだろう。ここから巻き返すには、もう『KO勝ち』を狙うしかないからだ。
ただ、ミシュリーには、相手をKOするだけの、パワーがある。私と同じ、生粋のパワーファイターだ。
しかし、キラリスは冷静だった。ラウンドを重ねるごとに、動きが研ぎ澄まされて来ている気がする。よりシャープにコンパクトに、相手の攻撃をかわしていた。しっかり、相手の動きが見えているからだ。
隙あらば、攻撃とカウンターも、当てに行っている。だが、倒そうとはしていない。『当てるだけでいい』と、私が教えた通りにしていた。
パワーがないなら、無理して、ノックアウトを狙う必要はない。ひたすら攻撃を当てて、心身ともに、削って行けばいいだけだ。人には、それぞれの、ベストな戦い方がある。
しかし、流石はミシュリーだ。あれだけ打たれても、いまだに、倒れる気配がない。昔から、とんでもなく、粘り強い奴だった。普通のやつなら、一発で倒れるところを、五、六発は耐えやがる。
そんだけタフな相手じゃ、キラリスのパンチじゃ、そうそう倒れないだろう。おそらくは、最終ラウンドまでもつれ込み、判定になるはずだ。
今のキラリスなら、最終ラウンドまで、しっかり自分のペースを、保ち続けるだろう。問題だったスタミナ問題も、完璧とまでは行かないが、だいぶ良くなってきた。つまらないミスさえしなければ、何も問題ない。
だが、一つだけ、気になることがあった。それは、ミシュリーの目だ。ちょうど、4ラウンドの後半あたりからだ。ただの怒りに燃えた目が、別の目に変わった。
あれは、怒りではなく『狩る者』の目だ。怒りの中にも、冷静さと知性が見てうかがえる。何かを狙っている目だ。
俺は、キラリスに注意するように、伝えるべきか迷った。だが、伝えないことにした。今の絶好調のペースを、崩したくなかったからだ。
言わなくても、キラリスだって、分かっているだろう。相手はチャンピオンだ。意地でも、一矢報いてくることぐらい、誰でも分かることだった。
俺は、大歓声が渦巻く中、二人の動きを、ひたすら目で追っていた。キラリスは、相変わらず冷静で、いい動きをしている。だが、ミシュリーも、動きが鋭くなって来た。それに、敵ながら、いい目をしている。まだまだ、余力も闘志も充分だ。
ちょうど、5ラウンドの半分が過ぎたところで、テンポよくステップを踏んでいたキラリスに、異変が起こった。素早く横に移動しようとした時に、足を滑らせたのだ。おそらく、床に落ちた汗で、滑ったのだろう。
直後、ぞわりとする圧力が広がった。刹那、キラリスの体が、軽く後ろに飛ばされた。鈍い音を立てて、ミシュリーのボディーブローが、直撃したのだ。
キラリスは、少し前のめりになりながらも、ステップで横に動く。だが、その直後、嵐のような、ミシュリーの連打が始まった。顔面に向け、怒涛のごとく、パンチの雨が降り注いだ。キラリスは、とっさにガードで防ぐ。
本来なら、かわすところだが、脚にダメージが残っているのだろう。飛んでくる攻撃を、全てガードで受ける。
マズイな……。
もちろん、ガードの練習はしっかりしていた。だが、キラリスは、かわすのが基本スタイルだ。しかも、ミシュリーの攻撃は、とても重い。ガードの上からでも、平気でダメージを与えて来る。
キラリスは、ガードをしながら、じりじりと、後ろに下がり始めた。後退するのは、この試合では初めてだ。
「おいっ、キラリス、絶対に下がるなっ!! 脚を使って、周りこめ!」
私は、大声でキラリスに指示を出す。
接近戦を得意とする相手に、後ろに下がるのは、最悪の選択だ。上手く足を使って、常に中央で、戦わなければならない。
だが、キラリスは、後ろに下がる一方だ。次の瞬間、キラリスの体が、くの字に曲がった。直後、キラリスの体は、リングの上に力なく倒れ込む。ミシュリーの右ボディーが、もろに入ったのだ。
ミシュリーは、勝ち誇ったかのように、右腕を高らかに掲げる。場内からは、割れんばかりの、大歓声が巻き起こった。
「キラリス! おいっ、しっかりしろ! ダメージは浅い、まだいける! 立てっ、立つんだ!!」
キラリスは、ピクリとも動かない。それでも、俺は声をかけ続ける。
技巧派とパワーファイターの戦では、よくあることだ。いくら沢山の攻撃を当てても、たった一発で、試合がひっくり返ることは。パワーファイターの俺が言うことじゃないが、パワーとは技術をも上回る、とても不条理な力なのだ。
こんなところで、終わっていいのかよ? お前は、フィジカルは強くねぇ。だが、いい根性、持ってんじゃんかよ。いつまでも、寝てんじゃねぇ。さっさと立ちやがれ、キラリス!!
俺は拳を握り締めながら、キラリスに向かって、声をかけ続けるのだった……。
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かはっ……息が――息が……できない。やばい――まじヤバイ。死ぬ……こんなん、マジ死ぬわ――。
腹を中心に、全身に痛みが広がっている。息が全然できない。今にも、死にそうだ。体にも、全く力が入らなかった。
ノイズが多すぎて、周囲の音が聞こえない。何だ、コレ……。ノイズ、うっせーよ。
試しに、指に力を入れてみる。何とか、指は動きそうだ。今度は、拳を握ってみる。OK、拳も握れそうだ。
次の瞬間、何かが聞こえて来た。この声はミラ先輩か。必死に、起き上がるように叫んでいる。
あー、はいはい、分かってますって。無視したら、あとで何されるか分からないし。とりあえず、起きとくか――。
せーの……。
私は、両手の拳を床に突き、必死に上体を起こす。だが、体が滅茶苦茶、重い。体がギシギシと、きしんでいる。ボディーのダメージだけじゃない。ガードしたパンチからも、しっかりダメージが来ていた。伊達に、パワーファイターじゃないな。
体が動かない。体中が痛い。今まで、気づいていなかったが、かなり疲労も溜まっていた。
辛い――。もう、終わりにしたい……。このまま、楽になりたい――。だが、ミラ先輩の怒鳴り声が、耳から入って来る。
ふっ……クフフフッ。こんなもん、ミラ先輩のパンチに比べれば、大したことないよな。あれより痛いパンチなんて、ある訳ないんだから。
私は、全身の力を振り絞ると、ゆっくりと立ち上がる。ようやく、呼吸できるようになって来た。だが、息が上がっている。ダメージと疲労で、あまりいい状態ではない。タイムを見ると、カウントは9で止まっていた。割とヤバかったっぽい。
私の前には、リングに上がって来た、レフリーが立っていた。
「大丈夫かね? これ見えるか? まだ、続行できるかい?」
彼は、私の前で手のひらを動かし、尋ねて来る。
「あぁ、見えてる。続行もOK。まだ、いける」
私は、しっかりと拳を構えて答えた。
レフリーは、しばらく私の様子を見ていたが、ゆっくりとリングを降りて行った。その直後、ゴングが鳴って、試合が再開された。
私は、ミシュリーを、全力で睨みつけた。ミラ先輩の教え通りに、しっかりと殺気込めて。
殺す――絶対に、ぶっ殺す……。もう、遊びは終わりだ。今からは、あいつを殺しに行く――。
このままじゃ、絶対に終われない。かと言って、ダメージも受けているし、このままやっても、実力差とフィジカル差で、勝ち目はない。だからもう、手段は選ばない。やつを殺しに行く……。
私は、大きく息を吸い込むと、ステップを踏み始めた。大丈夫、体は重いけど、まだ動ける。全てかわして、必殺の一撃を叩き込む。ただ、それだけだ。
一気にラッシュに来るかと思ったが、相手は、すぐには動かなかった。ジリジリと、距離を詰めてきている。
なんだよ、優勢なのに、来ないのかよ? 案外、チャンピオンも、大したことないな。いいさ、それなら――。
私も、じりじりと距離を詰めて行く。やがて、お互いのパンチが、ギリギリ届く距離まで詰め寄った。私は全神経を集中して、相手を観察する。どんな些細な動きだって、見逃しはしない。
ミラ先輩が言っていた。『お前には天性の目がある』って。超カッコイイじゃん、魔眼みたいで。どんな攻撃だって、見切ってやる。
来た!
肩の動きで、相手の攻撃を察知すると、こちらも合わせて攻撃を繰り出す。相手の右の拳が当たるより早く、私の左拳が相手の顔面にヒットする。
次の瞬間、もう一発、左を出してから、右ストレートへのワンツー。立て続けに、左のボティーもお見舞いする。
ダメージと疲労で、もう頭が回らない。だが、練習で身に付けた動きが、無意識に出ていた。ミラ先輩に怒鳴られながら、毎日、必死にコンビネーションの練習やってたからな。
だが、相手の動きは止まらない。流石に、ミラ先輩も認めるほどのタフさだ。先ほどまでとは違い、打たれても、気にせず攻撃を仕掛けてくる。その全てに、カウンターを合わせるのも、かわすのも無理だ。
お互いに譲らず、いつの間にか、乱打戦になっていた。殴って殴られ、お互い、お構いなしに、攻撃を仕掛ける。
カウンターも入れているので、有効打数では、こちらが上だ。だが、威力が違う。与えるダメージより、もらっているダメージのほうが、明らかに大きかった。正面からの殴り合いでは、圧倒的に、こちらが不利だ。
だが、もう、そんなことは関係ない。一発一発に殺気を込め、ぶっ殺す気持ちで、殴り続ける。もう、殺るか殺られるかの戦いだ。私は気にせず、応戦を続ける。
一発もらう度に、体の芯から、しびれるぐらいに痛い。でも、もう痛みには慣れた。こんなもん、何てことはない。それよりも、心の底から、力が湧いて来る。
何だ、この感じたことのない力は? これが、ミラ先輩が言っていた、殺意ってやつなのか?
私はもう、余計なことは何も考えずに、ひたすら目の前の敵を、攻撃し続けるのだった……。
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次回――
『チャンピオンに手が届くまで私は絶対に諦めない・・・』
…でも諦めない。耐えるのは慣れてる。何年かかっても
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