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第5部 厳しさにこめられた優しい想い
4-6例え相手がチャンピオンでもぶっ倒すだけだ
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ついに、MMAジュニア『決勝トーナメント』の、当日がやって来た。今日は、ファーストマッチが行われ、32人中16人が、ふるい落とされる。オープンリーグに比べて、若干制限があるが、基本的なルールは、あまり変わらない。
この決勝トーナメントは、非常に注目度が高い。若き才能にあふれた選手たちが、世界中から集まるからだ。中には、ミラ先輩のように、すでにオープンリーグで、やっていけるだけの、実力者もいたりする。
そのため、ジュニアとはいえ、非常にレベルが高い。その中の一人が、今日の対戦相手である、ミシュリー・ウォレス選手だ。それ以外にも、注目の選手たちは、何人もいる。
また、毎年、決勝トーナメントで健闘して、一躍、有名になる者も多かった。若い選手は、成長が早いため、物凄く化けやすい。だから『今年はどんな強者が現われるのか』と、誰もが期待して見ているのだ。
会場内は、今年も超満員。前売り券は全て、一日でソールドアウト。会場前には前日から、席取りで並ぶ、長い行列ができていた。『MMA』の、人気と注目度の高さがうかがえる。
会場内には、二つのリングが設置されている。ファーストマッチは、二試合同時に進行し、全八回に、分けて行われるのだ。ちなみに、私の出番は、最後の八番目だった。チャンピオンの試合は、必ず『ファイナル』で組まれるからだ。
私は控室で、シャドウ連をして、軽く体を動かしていた。時折り、歓声が起こると、空中モニターに、視線を向ける。試合会場内では、今まさに、熱い戦いが、繰り広げられている最中だった。
だが、やはり、有力選手が圧倒的に強く、順当な結果になっている。今のところ、番狂わせは、起こっていないようだ。
まぁ、そうだよな。毎年、ファーストマッチでは、順当な結果になってるし。上位ランカーも、こんな所で、負けられないからなぁ。
ランク差がある相手への、チャレンジャーは、物凄く気合が入っている。だが、上位ランカーは、それ以上に、気合が入っていた。強者は、弱者には絶対に負けられない、強いプライドがあるからだ。
おそらく、自分の対戦相手も、全く同じだと思う。仮にもチャンピオンが、ワールドランク『23位』の相手なんかに、負けるわけにはいかない。
それに、彼女には、もう一つ負けられない、大きな理由がある。それは、かつて彼女を苦しめた、ミラ先輩の弟子ということだ。間違いなく、私を目の敵にして、本気で潰しに来るだろう。
でも、ここまで来ちゃったからなぁ。もう、やるしか、ないんだよな。どうせ、誰も応援してないだろうし。誰もが、チャンピオンが、勝つと思ってるだろうけど。ただ、私にだって、負けられない理由がある。
別に、相手がチャンピオンだろうが、誰だろうが関係ない。私が負けられないのは、憧れのミラ先輩が、見ているからだ。ミラ先輩に、情けない姿は見せたくない。これは、初めてリングに上がった時から、変わらない強い想いだ。
「おい、ほどほどにしておけよ。まだ、時間があるんだから、大人しくして、体力は温存しとけ」
一緒に控室にいた、ミラ先輩が、声を掛けてくる。ベンチに座って、先ほどから、じっと試合を観戦していた。
ミラ先輩は、滅茶苦茶、強いくせに、ちゃんと試合を見て研究する。世間では、『力任せの剛腕ファイター』なんて言われてるけど、そんなことは無い。かなり熱心に、勉強や研究もしていた。
「こうしてないと、落ち着かないんですよ。よりによって、最終試合なんて。第一試合とかのほうが、いいんですけどね」
私は、待つのが苦手だ。やるなら、さっさとやって欲しい。高い集中力や闘志を、ずっと保ち続けるのは、物凄く大変だ。それに、時間があると、色んな不安が、頭をよぎって行く。
余計なことを、考えてはいけないのは、分かっている。でも、それが出来るのは、常勝の強者だけだ。私は、勝ち越してはいるが、負ける時はあっさり負けるし、きわどい勝利だって一杯ある。つまり、やってみないと、分からないのだ。
「待つのも、楽しいじゃないか。どうやって、叩き潰すのか。どうやって、KOするのか。待ち時間ってのは、ひたすら、相手をボコる計画を、立てる時間だろ?」
「いやいや、そんなの、ミラ先輩だけですから」
本当に、ミラ先輩の思考は、戦闘脳すぎる。どんな時だって、相手を叩きのめしたり、勝つことだけを考えていた。明らかに、生まれる時代を、間違えたよな。戦争中に生まれたら、歴史に名を残す、名将になっていただろうに。
「何言ってんだ。ミシュリーだって、今ごろ控室で、お前をどう料理するか、ワクワクしながら考えてるぞ」
「ちょっ、嫌なことを、言わないで下さいよ……」
ミラ先輩は、豪快に笑う。だが、それとは対照的に、私の気分はさらに重くなる。
「何だお前、まだ、ビビってんのか? 別に、気負うような相手じゃないだろ」
「いや、仮にも、チャンピオンですよ。超格上じゃないですか?」
「でも、俺はあいつに負けたこと、一度もないぞ」
「そりゃ、ミラ先輩は、誰にも負けたことないから、当然でしょ」
現チャンピオンはおろか、誰にも負けたことがない。そもそも、今のMMAには『ミラ選手を倒せる者は、誰もいない』とすら言われている。
「そりゃ、相手の区別をしてないからな。どんな相手だって、同じことだ」
「えっ――?」
ミラ先輩は、たまに、訳の分からないことを言う。
「相手の強さなんて、どうでもいい、って言ってんだよ。どんな相手も、倒すべき敵。それ以外に、何があるんだ? 強かろうが弱かろうが、格上だろうが格下だろうが、全く関係ねーだろ? 何で、そんなつまんねーこと、考えるんだ」
「敵が目の前に現れたら、即倒す。勝負ってのは、そういう単純なもんだろ? 俺は相手によって、戦い方や考え方は、変えねーよ」
実に、ミラ先輩らしい、ブレない考え方だ。清々しいまでに、力強くシンプル。試合も見るし、相手の研究もするけど。結局、いつものスタイルで、敵をねじ伏せる。肉体だけではなく、心の芯が強いのだ。
「じゃあ、チャンピオンでも、普通の選手でも、同じように戦えと?」
「究極的には、そういうことだ。格下の相手は、速効で倒しに行くだろ?」
「そうですね。倒せる相手なら、さっさと、勝負をつけに行きますよ」
「それは、誰が相手でも同じだ。倒す以外に、選択肢はねーよ」
まぁ、実際には、そうなのかもしれない。倒すか、倒されるか。倒しに行かなければ、自分が倒されるだけだ。
にしても、なんてシンプルな考え方なんだろう。だからこそ、圧倒的に、強いのかもしれない。強くなるには、深く考えちゃ、いけないのかもな……。
今日はもう、深く考えるのは止めよう。相手を、ぶちのめすことだけを考える『ミラ流』でやってみるか……。
******
試合は、続々と進んで行った。今回の決勝トーナメントは、かなり進行が早い。というのも、有力選手同士が、当たっていないからだ。私とチャンピオンのカードのように、実力差のある組み合わせが多い。
フルラウンドまで行かずに、KOで決着がつく試合が、ほとんどだった。そのため、思ったよりも、早く出番が回って来た。
控室に係員が呼びに来ると、私はミラ先輩に先導されながら、会場に向かう通路を歩いて行く。はっきり言って、会場に向かうこの瞬間は、滅茶苦茶、怖い。でも、ミラ先輩の、大きな背中が見えると、不思議と安心できた。
なんと言ったって、世界最強のファイターだ。その人が、私のセコンドをやってくれているのだから、これほど心強いことはない。
私たちは、会場の入口の少し手前で、立ち止まった。ちょうど、逆側の入口からは、チャンピオンの、ミシュリー選手が入って来たところだ。会場内からは、大歓声が巻き起こる。流石はチャンピオン、物凄い人気だ。
彼女がゆっくり進み、リングに上がって少し経ったところで、ミラ先輩が前に歩き始めた。遅れないように、しっかりついて行く。私は、拳を握りしめ、歩きながら軽くパンチを放つ。別に、カッコを付けているのではなく、闘志を高めるためだ。
私たちが会場内に入った瞬間、再び物凄い大歓声があがった。だが、私にじゃなくて、ミラ先輩に対する歓声だ。ミラ先輩の人気は、ミシュリー選手の比ではない。『MMA』六連覇にして不敗。生きた伝説の格闘家なのだから。
私は、ミラ先輩に先導されながら、大歓声の中、リングに向かっていく。リングまで来ると、ミラ先輩に、バシッと背中を叩かれた。
そして一言、
「思いっ切り、ぶっ潰せ」
いつも通りの言葉を掛けてきた。
「うっす」
私は、グッと拳を握りしめると、力強く階段を上って行った。
リングの真正面には、ミシュリー選手が立っていた。ミラ先輩ほどではないが、私よりも大きい。体に付いた筋肉からも、強靭なのが、一目で分かる。彼女は、腕をグルグルと回し、こちらを見てはいなかった。格下で、興味がないのかもしれない。
まぁ、そうだろうな。目標は優勝だろうから、初戦なんて、ただの通過地点だ。いくら、ミラ先輩の弟子とはいえ、私は、まだまだ弱い。眼中に無くても、しょうがないか。
でも、それでいい。むしろ、油断してくれたほうが、やりやすい。今日は、全力でぶっ潰しに行く。勝てるかどうかなんて、そのあとの話だ。絶対に、爪痕を残してやる!
先ほどまでの、プレッシャーや不安が、嘘のように消えていた。私は元来、本番に強いタイプだ。ここ一番になると、開き直って、がむしゃらになる。
レフリーに呼ばれ、私はリングの中央に向かった。まずは、ルールの説明が行われる。それが終わると、私たちの腕に付いている『LLVS』が、正常作動しているか、確認が行われた。
『LLVS』とは『ライフ・リンク・バーチャル・シミュレーター』のことだ。これを付けていると、体の周りに、防御シールドが発生する。結界魔法の応用で作られた、魔法装置だ。
防御シールドが発生している限り、直接的な、ダメージは来ない。ただし、痛覚や衝撃を、リアルに再現する機能が付いていた。
そのため、当然、攻撃を受ければ痛い。もし、あまりに痛みが大きいと、気を失う場合もある。また、時として、強力な攻撃は、シールドを貫通して来ることもあった。
なので、安全性は高いが、時には怪我をすることも有るのだ。それについては、試合前に、レフリーから説明があり、それに同意したところで、試合が開始される。
なお、この装置は、シールド発生だけではなく、選手のバイタル状態も、モニタリングされていた。そのため、命に危険がある状態になると、直ちに試合が停止される。
勝利条件は五つ。1ラウンドで3ダウン。10カウントの間ダウン。場外ダウン。バイタル・レッド。レフリー・ストップ、もしくはセコンド・ストップ。
時間内に、決着がつかなかった場合は『LLVS』の記録を参照し、より多くのダメージを与えたほうが、勝ちになる。
ただ、たいていの場合は、3ダウンか、10カウントで決着がつく。『オフェンシブ・スタイル』は、非常に攻撃的なので、よほど実力が伯仲していないと、最終ラウンドまで、行くことは少ない。
なお、ジュニアリーグは、3ラウンド制だ。しかし、決勝トーナメントでは、6ラウンド制になっていた。なので、より『KO勝負』になる可能性が高い。
レフリーチェックが終わると、私たちは、自分のコーナーに戻る。レフリーがリングから降りると、空中モニターが表れ、カウントダウンが始まった。
カウントゼロと共に、ゴングの音が鳴り響く。私はその刹那、左足で地面を蹴り、敵をめがけて、一気に突っ込んで行った……。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
次回――
『スピードこそが正義!私の拳は誰よりも速い!!』
僕は、ついてゆけるだろうか 君のいない世界のスピードに
この決勝トーナメントは、非常に注目度が高い。若き才能にあふれた選手たちが、世界中から集まるからだ。中には、ミラ先輩のように、すでにオープンリーグで、やっていけるだけの、実力者もいたりする。
そのため、ジュニアとはいえ、非常にレベルが高い。その中の一人が、今日の対戦相手である、ミシュリー・ウォレス選手だ。それ以外にも、注目の選手たちは、何人もいる。
また、毎年、決勝トーナメントで健闘して、一躍、有名になる者も多かった。若い選手は、成長が早いため、物凄く化けやすい。だから『今年はどんな強者が現われるのか』と、誰もが期待して見ているのだ。
会場内は、今年も超満員。前売り券は全て、一日でソールドアウト。会場前には前日から、席取りで並ぶ、長い行列ができていた。『MMA』の、人気と注目度の高さがうかがえる。
会場内には、二つのリングが設置されている。ファーストマッチは、二試合同時に進行し、全八回に、分けて行われるのだ。ちなみに、私の出番は、最後の八番目だった。チャンピオンの試合は、必ず『ファイナル』で組まれるからだ。
私は控室で、シャドウ連をして、軽く体を動かしていた。時折り、歓声が起こると、空中モニターに、視線を向ける。試合会場内では、今まさに、熱い戦いが、繰り広げられている最中だった。
だが、やはり、有力選手が圧倒的に強く、順当な結果になっている。今のところ、番狂わせは、起こっていないようだ。
まぁ、そうだよな。毎年、ファーストマッチでは、順当な結果になってるし。上位ランカーも、こんな所で、負けられないからなぁ。
ランク差がある相手への、チャレンジャーは、物凄く気合が入っている。だが、上位ランカーは、それ以上に、気合が入っていた。強者は、弱者には絶対に負けられない、強いプライドがあるからだ。
おそらく、自分の対戦相手も、全く同じだと思う。仮にもチャンピオンが、ワールドランク『23位』の相手なんかに、負けるわけにはいかない。
それに、彼女には、もう一つ負けられない、大きな理由がある。それは、かつて彼女を苦しめた、ミラ先輩の弟子ということだ。間違いなく、私を目の敵にして、本気で潰しに来るだろう。
でも、ここまで来ちゃったからなぁ。もう、やるしか、ないんだよな。どうせ、誰も応援してないだろうし。誰もが、チャンピオンが、勝つと思ってるだろうけど。ただ、私にだって、負けられない理由がある。
別に、相手がチャンピオンだろうが、誰だろうが関係ない。私が負けられないのは、憧れのミラ先輩が、見ているからだ。ミラ先輩に、情けない姿は見せたくない。これは、初めてリングに上がった時から、変わらない強い想いだ。
「おい、ほどほどにしておけよ。まだ、時間があるんだから、大人しくして、体力は温存しとけ」
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ミラ先輩は、滅茶苦茶、強いくせに、ちゃんと試合を見て研究する。世間では、『力任せの剛腕ファイター』なんて言われてるけど、そんなことは無い。かなり熱心に、勉強や研究もしていた。
「こうしてないと、落ち着かないんですよ。よりによって、最終試合なんて。第一試合とかのほうが、いいんですけどね」
私は、待つのが苦手だ。やるなら、さっさとやって欲しい。高い集中力や闘志を、ずっと保ち続けるのは、物凄く大変だ。それに、時間があると、色んな不安が、頭をよぎって行く。
余計なことを、考えてはいけないのは、分かっている。でも、それが出来るのは、常勝の強者だけだ。私は、勝ち越してはいるが、負ける時はあっさり負けるし、きわどい勝利だって一杯ある。つまり、やってみないと、分からないのだ。
「待つのも、楽しいじゃないか。どうやって、叩き潰すのか。どうやって、KOするのか。待ち時間ってのは、ひたすら、相手をボコる計画を、立てる時間だろ?」
「いやいや、そんなの、ミラ先輩だけですから」
本当に、ミラ先輩の思考は、戦闘脳すぎる。どんな時だって、相手を叩きのめしたり、勝つことだけを考えていた。明らかに、生まれる時代を、間違えたよな。戦争中に生まれたら、歴史に名を残す、名将になっていただろうに。
「何言ってんだ。ミシュリーだって、今ごろ控室で、お前をどう料理するか、ワクワクしながら考えてるぞ」
「ちょっ、嫌なことを、言わないで下さいよ……」
ミラ先輩は、豪快に笑う。だが、それとは対照的に、私の気分はさらに重くなる。
「何だお前、まだ、ビビってんのか? 別に、気負うような相手じゃないだろ」
「いや、仮にも、チャンピオンですよ。超格上じゃないですか?」
「でも、俺はあいつに負けたこと、一度もないぞ」
「そりゃ、ミラ先輩は、誰にも負けたことないから、当然でしょ」
現チャンピオンはおろか、誰にも負けたことがない。そもそも、今のMMAには『ミラ選手を倒せる者は、誰もいない』とすら言われている。
「そりゃ、相手の区別をしてないからな。どんな相手だって、同じことだ」
「えっ――?」
ミラ先輩は、たまに、訳の分からないことを言う。
「相手の強さなんて、どうでもいい、って言ってんだよ。どんな相手も、倒すべき敵。それ以外に、何があるんだ? 強かろうが弱かろうが、格上だろうが格下だろうが、全く関係ねーだろ? 何で、そんなつまんねーこと、考えるんだ」
「敵が目の前に現れたら、即倒す。勝負ってのは、そういう単純なもんだろ? 俺は相手によって、戦い方や考え方は、変えねーよ」
実に、ミラ先輩らしい、ブレない考え方だ。清々しいまでに、力強くシンプル。試合も見るし、相手の研究もするけど。結局、いつものスタイルで、敵をねじ伏せる。肉体だけではなく、心の芯が強いのだ。
「じゃあ、チャンピオンでも、普通の選手でも、同じように戦えと?」
「究極的には、そういうことだ。格下の相手は、速効で倒しに行くだろ?」
「そうですね。倒せる相手なら、さっさと、勝負をつけに行きますよ」
「それは、誰が相手でも同じだ。倒す以外に、選択肢はねーよ」
まぁ、実際には、そうなのかもしれない。倒すか、倒されるか。倒しに行かなければ、自分が倒されるだけだ。
にしても、なんてシンプルな考え方なんだろう。だからこそ、圧倒的に、強いのかもしれない。強くなるには、深く考えちゃ、いけないのかもな……。
今日はもう、深く考えるのは止めよう。相手を、ぶちのめすことだけを考える『ミラ流』でやってみるか……。
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試合は、続々と進んで行った。今回の決勝トーナメントは、かなり進行が早い。というのも、有力選手同士が、当たっていないからだ。私とチャンピオンのカードのように、実力差のある組み合わせが多い。
フルラウンドまで行かずに、KOで決着がつく試合が、ほとんどだった。そのため、思ったよりも、早く出番が回って来た。
控室に係員が呼びに来ると、私はミラ先輩に先導されながら、会場に向かう通路を歩いて行く。はっきり言って、会場に向かうこの瞬間は、滅茶苦茶、怖い。でも、ミラ先輩の、大きな背中が見えると、不思議と安心できた。
なんと言ったって、世界最強のファイターだ。その人が、私のセコンドをやってくれているのだから、これほど心強いことはない。
私たちは、会場の入口の少し手前で、立ち止まった。ちょうど、逆側の入口からは、チャンピオンの、ミシュリー選手が入って来たところだ。会場内からは、大歓声が巻き起こる。流石はチャンピオン、物凄い人気だ。
彼女がゆっくり進み、リングに上がって少し経ったところで、ミラ先輩が前に歩き始めた。遅れないように、しっかりついて行く。私は、拳を握りしめ、歩きながら軽くパンチを放つ。別に、カッコを付けているのではなく、闘志を高めるためだ。
私たちが会場内に入った瞬間、再び物凄い大歓声があがった。だが、私にじゃなくて、ミラ先輩に対する歓声だ。ミラ先輩の人気は、ミシュリー選手の比ではない。『MMA』六連覇にして不敗。生きた伝説の格闘家なのだから。
私は、ミラ先輩に先導されながら、大歓声の中、リングに向かっていく。リングまで来ると、ミラ先輩に、バシッと背中を叩かれた。
そして一言、
「思いっ切り、ぶっ潰せ」
いつも通りの言葉を掛けてきた。
「うっす」
私は、グッと拳を握りしめると、力強く階段を上って行った。
リングの真正面には、ミシュリー選手が立っていた。ミラ先輩ほどではないが、私よりも大きい。体に付いた筋肉からも、強靭なのが、一目で分かる。彼女は、腕をグルグルと回し、こちらを見てはいなかった。格下で、興味がないのかもしれない。
まぁ、そうだろうな。目標は優勝だろうから、初戦なんて、ただの通過地点だ。いくら、ミラ先輩の弟子とはいえ、私は、まだまだ弱い。眼中に無くても、しょうがないか。
でも、それでいい。むしろ、油断してくれたほうが、やりやすい。今日は、全力でぶっ潰しに行く。勝てるかどうかなんて、そのあとの話だ。絶対に、爪痕を残してやる!
先ほどまでの、プレッシャーや不安が、嘘のように消えていた。私は元来、本番に強いタイプだ。ここ一番になると、開き直って、がむしゃらになる。
レフリーに呼ばれ、私はリングの中央に向かった。まずは、ルールの説明が行われる。それが終わると、私たちの腕に付いている『LLVS』が、正常作動しているか、確認が行われた。
『LLVS』とは『ライフ・リンク・バーチャル・シミュレーター』のことだ。これを付けていると、体の周りに、防御シールドが発生する。結界魔法の応用で作られた、魔法装置だ。
防御シールドが発生している限り、直接的な、ダメージは来ない。ただし、痛覚や衝撃を、リアルに再現する機能が付いていた。
そのため、当然、攻撃を受ければ痛い。もし、あまりに痛みが大きいと、気を失う場合もある。また、時として、強力な攻撃は、シールドを貫通して来ることもあった。
なので、安全性は高いが、時には怪我をすることも有るのだ。それについては、試合前に、レフリーから説明があり、それに同意したところで、試合が開始される。
なお、この装置は、シールド発生だけではなく、選手のバイタル状態も、モニタリングされていた。そのため、命に危険がある状態になると、直ちに試合が停止される。
勝利条件は五つ。1ラウンドで3ダウン。10カウントの間ダウン。場外ダウン。バイタル・レッド。レフリー・ストップ、もしくはセコンド・ストップ。
時間内に、決着がつかなかった場合は『LLVS』の記録を参照し、より多くのダメージを与えたほうが、勝ちになる。
ただ、たいていの場合は、3ダウンか、10カウントで決着がつく。『オフェンシブ・スタイル』は、非常に攻撃的なので、よほど実力が伯仲していないと、最終ラウンドまで、行くことは少ない。
なお、ジュニアリーグは、3ラウンド制だ。しかし、決勝トーナメントでは、6ラウンド制になっていた。なので、より『KO勝負』になる可能性が高い。
レフリーチェックが終わると、私たちは、自分のコーナーに戻る。レフリーがリングから降りると、空中モニターが表れ、カウントダウンが始まった。
カウントゼロと共に、ゴングの音が鳴り響く。私はその刹那、左足で地面を蹴り、敵をめがけて、一気に突っ込んで行った……。
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僕は、ついてゆけるだろうか 君のいない世界のスピードに
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