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第8部 分かたれる道
2-2師匠は無理でも先輩にならなれるかな?
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夕方、十六時過ぎ。私は、一日の仕事を終え〈ホワイト・ウイング〉の事務所で、日報を書いている最中だった。風歌ちゃんも、もうじき、最後の観光案内を終え、帰ってくるはずだ。
風歌ちゃんは、いつも、戻って来るのが遅い。不慣れなのもあるが、結構、時間を延長して、接客していることが多いからだ。基本、時間通りにやるのが、正しい方法だが、彼女のやる気の表れなので、別に構わないと思う。
それに、接客の方法が、私とは、全く正反対だった。私は、あくまでも、お客様として、一定の距離を置いて、対応している。しかし、彼女の場合は、友人のように、深く親しく接していた。
初対面であろうと、誰であろうと。すぐに、長年の友人のように、親しくなってしまう。それもまた、彼女の魅力であり、長所だった。
日報をまとめていたが、先ほどから、外が気になって、集中できずにいた。なぜなら、外で、一人の少女が、ウロウロしていたからだ。
他社のシルフィードの制服を着ているので、迷子という訳ではない。しかし、なかなか入ってこようとは、しなかった。用があるなら、入ってくるはずだけど。彼女の不安そうな表情を見ると、声を掛けるべきかどうか、迷ってしまう。
きっと、風歌ちゃんなら、なにも気にせず声を掛け、一瞬で、仲良くなってしまうのだろう。でも、私は、そんなに器用に、人と接することはできない。
とはいえ、だいぶ前から、ウロウロしているし。あどけなさがあるので、見た感じ、新人の子だと思う。このまま、放っておく訳にもいかないので、私は、ゆっくり席を立つと、外に向かって行った。
庭に出てみると、その子は立ち止まって、何やら考え事をしてるようだ。腕についている社章には、見覚えがあった。あれは、たしか〈ミルキーウェイ〉だったかしら?
「こんにちは。何か、ご用ですか?」
私は、そっと声を掛ける。
「はうっ……?!」
すると、彼女は、ビクッとして、驚きの声をあげた。
「あ――いや、私は、その……けっして、怪しい者では――。その、風歌先輩……いや、『天使の翼』に、お会いしたくて――」
彼女は、慌てながら、しどろもどろに答える。かなり警戒しながら、恐る恐るな感じで、私のことを見ていた。声の掛け方が、悪かったのかしら?
「風歌ちゃんの、お友達?」
「はい……いえ、とんでもありません。私ごとき見習いが『天使の翼』の友達だなんて。ただの後輩――。いえ、ただの通りすがりの、すぐに忘れられてしまう程度の、つまらない存在です……」
ずいぶんと、変わった表現をする子だ。でも、面識があるのは、間違いなさそうだ。風歌ちゃんのことだから、どこかで出会って、仲良くなったのだろう。
「そう。なら、中へどうぞ。風歌ちゃんは、今、営業中で、出ているから。もう少ししたら、帰ってくると思うわ」
「よ――よろしいのですか?」
「えぇ、もちろん」
「で……では、失礼します」
私が事務所に入ると、彼女は、入り口付近で立ち止まり、不安そうに、キョロキョロしていた。ずいぶんと、警戒心の強い子のようだ。でも、私も、気が小さい性格なので、何となく分かる。見知らぬ環境が、物凄く怖いのだ。
しかし、そんな臆病な子ですら、普通に、仲良くなってしまうのだから。風歌ちゃんの、コミュニケーション能力は、本当に、凄いと思う。どんな人でも、一瞬で、心を開かせてしまう。これは、天性の才能ではないだろうか――?
******
私は、会社の敷地の入口で、手を振りながら、お客様をお見送りしていた。今回は、女性二名のお客様。母親と中学生の娘さんで、物凄く仲良しだった。親子というよりも、姉妹みたいなノリだ。いいよねぇ、仲のいい親子って。
娘さんが、私の大ファンらしく、ノア・マラソンで知って以来、スピで、ずっとチェックしてくれていたんだって。先日、昇進のニュースを見て、どうしても会いたくて、母親に、旅行のおねだりをしたらしい。
握手して、何枚も写真を撮って、一緒にスイーツを食べて。娘さんは、大はしゃぎ。お母さんも一緒になって、ワイワイ盛り上がって、とても楽しい観光案内だった。最近は、ファンだと言ってくれる人が増えて、物凄く嬉しい。
二人の姿が見えなくなると、私は、エア・カートをガレージにしまい、ゆっくりと庭に出る。今日も、朝から予約が詰まっていて、滅茶苦茶、忙しかった。でも、とても充実感がある。私は、大きく伸びをしたあと、事務所に向かった。
さて、お茶で淹れて、リリーシャさんと、お話しよっと。昨日、お客様にもらった、クッキーがあったはず。
私は、軽い足取りで事務所に戻ると、元気一杯に、リリーシャさんに声を掛けた。
「リリーシャさん、ただいま、戻りました」
「お帰りなさい、風歌ちゃん。お客様が、いらっしゃってるわよ」
「へっ……?」
今日の予約は、先ほどで、最後のはずだけど。いったい、誰だろう?
私が、横に視線を向けると、お客様の待合コーナーに、一人の少女が、少し不安げな表情で座っていた。しかも、シルフィードの制服を着ている。
「あっ、セラちゃん、久しぶりー!」
「覚えていてくれたんですか? 風歌先――いや、天使の翼」
「もちろんだよ。一緒に、チラシを配った仲じゃない。てか、普通に、風歌でいいよ。何か、二つ名でよばれるの、堅苦しくて」
「えっ……はい。では、風歌先輩で――」
彼女の名前は、セラフィーナ・ミルズ。ご近所の〈ミルキーウェイ〉所属の、新人シルフィードだ。以前、チラシ配りを手伝ってあげて、知り合いになった。
「でも、ビックリしちゃった。突然だったから」
「あ……あの、やっぱり、ご迷惑でしたか――?」
「そんなことないって、超嬉しいよ! いつでも、来てくれていいからね」
「は、はいっ」
彼女の手を握りながら言うと、とても嬉しそうな笑顔を、浮かべてくれた。かなり、内気な性格だけど。笑顔は、とても可愛くて、素敵なんだよね。
「ところで、何かあったの? もし、困った事とかあったら、何でも言ってね。相談に乗るし、協力するから」
私は、彼女の前の席に座ると、静かに語りかけた。
そういえば、以前、話した時。『仕事が、あまり上手く行っていない』みたいな話を、していた気がする。まぁ、見習い時代は、知らないことも多いし、失敗もしやすいからね。デリケートな子だと、結構、大変だと思う。
「いえ、今日は……そういうのでは有りません。以前、お世話なりましたので、改めてお礼を、と思いまして――」
「そんなの、気にしないでいいのに。同じシルフィードなんだから、困った時は、お互い様でしょ?」
「そ、そんな訳にはいきません。私一人じゃ、絶対に出来ませんでしたし。見ず知らずな上に、他社の新人なのに。お忙しいところ、本当に、ありがとうございました」
彼女は、深々と頭を下げる。
「本当に、気にしないでいいから、頭を上げて。あれは、私が、好きでしたことだから。商店街の人たちとは、みんな仲良しで。よく、世間話をしに行くし」
私にとって、商店街の人たちとの会話は、大事なコミュニケーションかつ、気晴らしなのだ。楽しく話しているだけで、スッキリするので。
「あ、あと……昇進、おめでとうございます。こ、これ――つまらない物ですが。その、お祝いが遅くなって、申しわけありません」
彼女は、頭を下げながら、紙袋を差し出して来た。このロゴには、見覚えがある。とても有名な、洋菓子店の袋だ。
「うわぁ、ありがとう。何か、気を遣わせちゃって、ゴメンね。遅いなんて、とんでもない。その一言だけで、滅茶苦茶、嬉しいよ」
彼女は、ゆっくり顔を上げると、照れくさそうに、笑顔を浮かべた。
「最近、どう? 仕事は、上手く行ってる?」
「えぇーと。まずまず……です。相変わらず、仕事は遅いし、失敗ばかりで。でも、以前よりは、話せるようになりました。先日、会社の先輩に『明るくなったね』って、言われたんです」
「へぇー、よかったじゃない! 確かに、初めて会った時に比べて、元気になった気がする。話し方も、ハキハキしてるし」
「そ、そうでしょうか?」
「うんうん。ちゃんと、目を見て話してるし。とても、いい感じだよ」
私がそう言うと、彼女の顔が、パーッと明るくなった。
「それは――全部、風歌先輩のお蔭です!」
「えっ、そ、そう?」
突然、大きな声を出して来たので、少し驚いてしまった。こんな、ハッキリとした言い方も、できるんだね。
「はい。風歌先輩と出会って、私の人生が変わりました」
「いやだなぁ、そんな大げさな」
私は、仕事を、ほんのちょっと、手伝っただけで。特に、何にもしてないんだけど。でも、彼女の眼は、真剣だった。
「あの……今日は、一つお願いがあって来ました」
急に表情が引き締まり、緊張感が伝わってくる。
「うん、何かな? 私にできることなら、何でも言って」
とは言うものの、私も、ちょっと緊張する。仕事の手伝いとかなら、いくらでも、してあげるんだけど。いったい、なんだろう?
「実は――わ、私の、師匠になって頂けませんか?」
「は……? 師匠――?」
えーっと、どゆこと? 訳が分からず、私は首を傾げた。
「無理なお願いなのは、重々承知しています。でも、私、精一杯、頑張りますので。どうか、弟子入りさせてください」
彼女は頭を下げながら、力強く語る。内気な彼女が、ここまで言うのは、そうとうな勇気が、必要だったと思う。必死さが、ひしひしと伝わって来た。でも、意味がよく分からない。
「あのー、ちょっと待って……。師匠って、なんの?」
「シルフィードの師匠です。接客とか、仕事とか、話し方とか。色々、教えていただきたいんです」
「あぁー、そういうことね」
ようやく腑に落ちた。そういえば、軽くだけど。以前、会った時に、話し方のコツとか、教えてあげたんだった。
「でも、なんで、私なの? 会社にも、先輩たちがいるでしょ?」
普通は、会社の先輩を見て、仕事を学ぶものだ。私も、仕事のほぼ全ては、リリーシャさんを見て学んだし。この業界は、やや古臭いところがあって、基本的には、直接、指導することは少ない。職人の世界と同じで、見て学ぶのが伝統だ。
もっとも、リリーシャさんは、超甘いから。手取り足取り、懇切丁寧に、教えてくれたけど。それでも、細かい部分は、見て学んだことが多い。
「私、風歌先輩がいいんです。接客のしかたとか、話し方とか。風歌先輩みたいな、立派なシルフィードになりたいんです」
「えっ――?! 私みたいに?」
立派なシルフィードって……。私なんて、リリーシャさんたちに比べたら、まだまだなのに。でも、そう言ってくれるのは、心から嬉しく思う。
そもそも、うちの会社は、後輩がいないから。年下の子に、こんなふうに言われるなんて、滅茶苦茶、先輩冥利に尽きる。でも、会社が違うし。彼女の会社の先輩を差し置いて、勝手のことをするのもなぁ――。
「うーん。私は、別に構わないんだけど。会社が違うし、いいのかなぁ……?」
私が悩んでいると、リリーシャさんが、トレーを持ってやってきた。テーブルに、そっと、お茶と焼き菓子を置いてくれる。
「いいんじゃない。何なら『姉妹になる』という方法も、あるわよ」
リリーシャさんは、優しい笑顔を浮かべながら、サラッと言う。
「えっ?! 違う会社の子でも、姉妹になれるんですか?」
「とても、レアなケースだけど、前例がない訳じゃないわよ。同じ学校に通っていたけど、別々の会社になる場合もあるし」
「あー、なるほど――」
確かに、そういう場合も、あるかもしれない。そもそも、レイアー制度は、暗黙の了解で続いている習慣だ。なので、厳密なルールが、ある訳じゃないんだよね。
「あっ……あの、私は別に、そんな、おおそれた事ではなく。普通に、仕事の仕方を、ご教授いただきたいだけで――。やっぱり、師弟関係がいいです……」
リリーシャさんは、笑顔でコクリと頷くと、静かに立ち去って行った。どうやら、特に、問題はないらしい。
正直、私は、まだまだ、修行中だと思ってるし。弟子をとれるような、ご身分じゃないんだけど。でも、同じ〈東地区〉のシルフィードで、ご縁もあった訳だし。何より、こんなに、真剣に頼まれてしまったら、断れないよねぇ――。
「うん。じゃあOK」
「えっ!? 師匠に、なってくださるんですか?」
「んー、ただ、師弟関係は、堅苦しいから。普通に、先輩後輩ってことで。ちゃんと、仕事のコツとかは、教えてあげるから。それでも、いい?」
「えーと……はい! 是非、よろしくお願いいたします」
一瞬、残念そうな表情を浮かべたが、納得してくれたみたいだ。
まぁ、気持ちは、分からなくもないんだよね。私も見習い時代は、リリーシャさんことを、先輩とか師匠とか、呼びたかったから。結局『上下関係は嫌いだから、普通に呼ぶように』と、くぎを刺されちゃったけど――。
このあと、私たちは、連絡先を交換し、仕事が休みの日に、色々教えてあげる約束をした。
接客のしかた、観光の穴場、機体の上手な操縦法、昇級試験のポイントなど。教えることは、山ほどある。でも、彼女の場合は、まず、人とのコミュニケーションの取り方かな。
うちは、人を募集していないから、諦めてたんだけど。ひょんなことから、後輩ができて、実は、滅茶苦茶、嬉しい。いつも、ナギサちゃんや、フィニーちゃんから、後輩の話を聴いていたので。
何か、不思議な感覚だよね。自分自身だって、新しい立場になったばかりで、今はまだ、一杯一杯なのに。なぜか、彼女のことを、放ってはおけない。きっと、自分の昔の姿に、重ねているんだと思う。
彼女は、とても頼りなく見える。ただ、見習い時代の私も、リリーシャさんの目からは、こんなふうに、見えていたのかもしれない。でも、ちゃんと導いてあげれば、立派なシルフィードに、成長するはずだ。
今まで私は、たくさんの人たちに、育ててもらって来た。だから、今度は、私の番だ。彼女が、一人前になるまで、全力で支えてあげようと思う……。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
次回――
『親しい人には立場が変わっても普通に接してほしい』
親しい者とともに暖炉の火を囲む。これに勝るものはないね
風歌ちゃんは、いつも、戻って来るのが遅い。不慣れなのもあるが、結構、時間を延長して、接客していることが多いからだ。基本、時間通りにやるのが、正しい方法だが、彼女のやる気の表れなので、別に構わないと思う。
それに、接客の方法が、私とは、全く正反対だった。私は、あくまでも、お客様として、一定の距離を置いて、対応している。しかし、彼女の場合は、友人のように、深く親しく接していた。
初対面であろうと、誰であろうと。すぐに、長年の友人のように、親しくなってしまう。それもまた、彼女の魅力であり、長所だった。
日報をまとめていたが、先ほどから、外が気になって、集中できずにいた。なぜなら、外で、一人の少女が、ウロウロしていたからだ。
他社のシルフィードの制服を着ているので、迷子という訳ではない。しかし、なかなか入ってこようとは、しなかった。用があるなら、入ってくるはずだけど。彼女の不安そうな表情を見ると、声を掛けるべきかどうか、迷ってしまう。
きっと、風歌ちゃんなら、なにも気にせず声を掛け、一瞬で、仲良くなってしまうのだろう。でも、私は、そんなに器用に、人と接することはできない。
とはいえ、だいぶ前から、ウロウロしているし。あどけなさがあるので、見た感じ、新人の子だと思う。このまま、放っておく訳にもいかないので、私は、ゆっくり席を立つと、外に向かって行った。
庭に出てみると、その子は立ち止まって、何やら考え事をしてるようだ。腕についている社章には、見覚えがあった。あれは、たしか〈ミルキーウェイ〉だったかしら?
「こんにちは。何か、ご用ですか?」
私は、そっと声を掛ける。
「はうっ……?!」
すると、彼女は、ビクッとして、驚きの声をあげた。
「あ――いや、私は、その……けっして、怪しい者では――。その、風歌先輩……いや、『天使の翼』に、お会いしたくて――」
彼女は、慌てながら、しどろもどろに答える。かなり警戒しながら、恐る恐るな感じで、私のことを見ていた。声の掛け方が、悪かったのかしら?
「風歌ちゃんの、お友達?」
「はい……いえ、とんでもありません。私ごとき見習いが『天使の翼』の友達だなんて。ただの後輩――。いえ、ただの通りすがりの、すぐに忘れられてしまう程度の、つまらない存在です……」
ずいぶんと、変わった表現をする子だ。でも、面識があるのは、間違いなさそうだ。風歌ちゃんのことだから、どこかで出会って、仲良くなったのだろう。
「そう。なら、中へどうぞ。風歌ちゃんは、今、営業中で、出ているから。もう少ししたら、帰ってくると思うわ」
「よ――よろしいのですか?」
「えぇ、もちろん」
「で……では、失礼します」
私が事務所に入ると、彼女は、入り口付近で立ち止まり、不安そうに、キョロキョロしていた。ずいぶんと、警戒心の強い子のようだ。でも、私も、気が小さい性格なので、何となく分かる。見知らぬ環境が、物凄く怖いのだ。
しかし、そんな臆病な子ですら、普通に、仲良くなってしまうのだから。風歌ちゃんの、コミュニケーション能力は、本当に、凄いと思う。どんな人でも、一瞬で、心を開かせてしまう。これは、天性の才能ではないだろうか――?
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私は、会社の敷地の入口で、手を振りながら、お客様をお見送りしていた。今回は、女性二名のお客様。母親と中学生の娘さんで、物凄く仲良しだった。親子というよりも、姉妹みたいなノリだ。いいよねぇ、仲のいい親子って。
娘さんが、私の大ファンらしく、ノア・マラソンで知って以来、スピで、ずっとチェックしてくれていたんだって。先日、昇進のニュースを見て、どうしても会いたくて、母親に、旅行のおねだりをしたらしい。
握手して、何枚も写真を撮って、一緒にスイーツを食べて。娘さんは、大はしゃぎ。お母さんも一緒になって、ワイワイ盛り上がって、とても楽しい観光案内だった。最近は、ファンだと言ってくれる人が増えて、物凄く嬉しい。
二人の姿が見えなくなると、私は、エア・カートをガレージにしまい、ゆっくりと庭に出る。今日も、朝から予約が詰まっていて、滅茶苦茶、忙しかった。でも、とても充実感がある。私は、大きく伸びをしたあと、事務所に向かった。
さて、お茶で淹れて、リリーシャさんと、お話しよっと。昨日、お客様にもらった、クッキーがあったはず。
私は、軽い足取りで事務所に戻ると、元気一杯に、リリーシャさんに声を掛けた。
「リリーシャさん、ただいま、戻りました」
「お帰りなさい、風歌ちゃん。お客様が、いらっしゃってるわよ」
「へっ……?」
今日の予約は、先ほどで、最後のはずだけど。いったい、誰だろう?
私が、横に視線を向けると、お客様の待合コーナーに、一人の少女が、少し不安げな表情で座っていた。しかも、シルフィードの制服を着ている。
「あっ、セラちゃん、久しぶりー!」
「覚えていてくれたんですか? 風歌先――いや、天使の翼」
「もちろんだよ。一緒に、チラシを配った仲じゃない。てか、普通に、風歌でいいよ。何か、二つ名でよばれるの、堅苦しくて」
「えっ……はい。では、風歌先輩で――」
彼女の名前は、セラフィーナ・ミルズ。ご近所の〈ミルキーウェイ〉所属の、新人シルフィードだ。以前、チラシ配りを手伝ってあげて、知り合いになった。
「でも、ビックリしちゃった。突然だったから」
「あ……あの、やっぱり、ご迷惑でしたか――?」
「そんなことないって、超嬉しいよ! いつでも、来てくれていいからね」
「は、はいっ」
彼女の手を握りながら言うと、とても嬉しそうな笑顔を、浮かべてくれた。かなり、内気な性格だけど。笑顔は、とても可愛くて、素敵なんだよね。
「ところで、何かあったの? もし、困った事とかあったら、何でも言ってね。相談に乗るし、協力するから」
私は、彼女の前の席に座ると、静かに語りかけた。
そういえば、以前、話した時。『仕事が、あまり上手く行っていない』みたいな話を、していた気がする。まぁ、見習い時代は、知らないことも多いし、失敗もしやすいからね。デリケートな子だと、結構、大変だと思う。
「いえ、今日は……そういうのでは有りません。以前、お世話なりましたので、改めてお礼を、と思いまして――」
「そんなの、気にしないでいいのに。同じシルフィードなんだから、困った時は、お互い様でしょ?」
「そ、そんな訳にはいきません。私一人じゃ、絶対に出来ませんでしたし。見ず知らずな上に、他社の新人なのに。お忙しいところ、本当に、ありがとうございました」
彼女は、深々と頭を下げる。
「本当に、気にしないでいいから、頭を上げて。あれは、私が、好きでしたことだから。商店街の人たちとは、みんな仲良しで。よく、世間話をしに行くし」
私にとって、商店街の人たちとの会話は、大事なコミュニケーションかつ、気晴らしなのだ。楽しく話しているだけで、スッキリするので。
「あ、あと……昇進、おめでとうございます。こ、これ――つまらない物ですが。その、お祝いが遅くなって、申しわけありません」
彼女は、頭を下げながら、紙袋を差し出して来た。このロゴには、見覚えがある。とても有名な、洋菓子店の袋だ。
「うわぁ、ありがとう。何か、気を遣わせちゃって、ゴメンね。遅いなんて、とんでもない。その一言だけで、滅茶苦茶、嬉しいよ」
彼女は、ゆっくり顔を上げると、照れくさそうに、笑顔を浮かべた。
「最近、どう? 仕事は、上手く行ってる?」
「えぇーと。まずまず……です。相変わらず、仕事は遅いし、失敗ばかりで。でも、以前よりは、話せるようになりました。先日、会社の先輩に『明るくなったね』って、言われたんです」
「へぇー、よかったじゃない! 確かに、初めて会った時に比べて、元気になった気がする。話し方も、ハキハキしてるし」
「そ、そうでしょうか?」
「うんうん。ちゃんと、目を見て話してるし。とても、いい感じだよ」
私がそう言うと、彼女の顔が、パーッと明るくなった。
「それは――全部、風歌先輩のお蔭です!」
「えっ、そ、そう?」
突然、大きな声を出して来たので、少し驚いてしまった。こんな、ハッキリとした言い方も、できるんだね。
「はい。風歌先輩と出会って、私の人生が変わりました」
「いやだなぁ、そんな大げさな」
私は、仕事を、ほんのちょっと、手伝っただけで。特に、何にもしてないんだけど。でも、彼女の眼は、真剣だった。
「あの……今日は、一つお願いがあって来ました」
急に表情が引き締まり、緊張感が伝わってくる。
「うん、何かな? 私にできることなら、何でも言って」
とは言うものの、私も、ちょっと緊張する。仕事の手伝いとかなら、いくらでも、してあげるんだけど。いったい、なんだろう?
「実は――わ、私の、師匠になって頂けませんか?」
「は……? 師匠――?」
えーっと、どゆこと? 訳が分からず、私は首を傾げた。
「無理なお願いなのは、重々承知しています。でも、私、精一杯、頑張りますので。どうか、弟子入りさせてください」
彼女は頭を下げながら、力強く語る。内気な彼女が、ここまで言うのは、そうとうな勇気が、必要だったと思う。必死さが、ひしひしと伝わって来た。でも、意味がよく分からない。
「あのー、ちょっと待って……。師匠って、なんの?」
「シルフィードの師匠です。接客とか、仕事とか、話し方とか。色々、教えていただきたいんです」
「あぁー、そういうことね」
ようやく腑に落ちた。そういえば、軽くだけど。以前、会った時に、話し方のコツとか、教えてあげたんだった。
「でも、なんで、私なの? 会社にも、先輩たちがいるでしょ?」
普通は、会社の先輩を見て、仕事を学ぶものだ。私も、仕事のほぼ全ては、リリーシャさんを見て学んだし。この業界は、やや古臭いところがあって、基本的には、直接、指導することは少ない。職人の世界と同じで、見て学ぶのが伝統だ。
もっとも、リリーシャさんは、超甘いから。手取り足取り、懇切丁寧に、教えてくれたけど。それでも、細かい部分は、見て学んだことが多い。
「私、風歌先輩がいいんです。接客のしかたとか、話し方とか。風歌先輩みたいな、立派なシルフィードになりたいんです」
「えっ――?! 私みたいに?」
立派なシルフィードって……。私なんて、リリーシャさんたちに比べたら、まだまだなのに。でも、そう言ってくれるのは、心から嬉しく思う。
そもそも、うちの会社は、後輩がいないから。年下の子に、こんなふうに言われるなんて、滅茶苦茶、先輩冥利に尽きる。でも、会社が違うし。彼女の会社の先輩を差し置いて、勝手のことをするのもなぁ――。
「うーん。私は、別に構わないんだけど。会社が違うし、いいのかなぁ……?」
私が悩んでいると、リリーシャさんが、トレーを持ってやってきた。テーブルに、そっと、お茶と焼き菓子を置いてくれる。
「いいんじゃない。何なら『姉妹になる』という方法も、あるわよ」
リリーシャさんは、優しい笑顔を浮かべながら、サラッと言う。
「えっ?! 違う会社の子でも、姉妹になれるんですか?」
「とても、レアなケースだけど、前例がない訳じゃないわよ。同じ学校に通っていたけど、別々の会社になる場合もあるし」
「あー、なるほど――」
確かに、そういう場合も、あるかもしれない。そもそも、レイアー制度は、暗黙の了解で続いている習慣だ。なので、厳密なルールが、ある訳じゃないんだよね。
「あっ……あの、私は別に、そんな、おおそれた事ではなく。普通に、仕事の仕方を、ご教授いただきたいだけで――。やっぱり、師弟関係がいいです……」
リリーシャさんは、笑顔でコクリと頷くと、静かに立ち去って行った。どうやら、特に、問題はないらしい。
正直、私は、まだまだ、修行中だと思ってるし。弟子をとれるような、ご身分じゃないんだけど。でも、同じ〈東地区〉のシルフィードで、ご縁もあった訳だし。何より、こんなに、真剣に頼まれてしまったら、断れないよねぇ――。
「うん。じゃあOK」
「えっ!? 師匠に、なってくださるんですか?」
「んー、ただ、師弟関係は、堅苦しいから。普通に、先輩後輩ってことで。ちゃんと、仕事のコツとかは、教えてあげるから。それでも、いい?」
「えーと……はい! 是非、よろしくお願いいたします」
一瞬、残念そうな表情を浮かべたが、納得してくれたみたいだ。
まぁ、気持ちは、分からなくもないんだよね。私も見習い時代は、リリーシャさんことを、先輩とか師匠とか、呼びたかったから。結局『上下関係は嫌いだから、普通に呼ぶように』と、くぎを刺されちゃったけど――。
このあと、私たちは、連絡先を交換し、仕事が休みの日に、色々教えてあげる約束をした。
接客のしかた、観光の穴場、機体の上手な操縦法、昇級試験のポイントなど。教えることは、山ほどある。でも、彼女の場合は、まず、人とのコミュニケーションの取り方かな。
うちは、人を募集していないから、諦めてたんだけど。ひょんなことから、後輩ができて、実は、滅茶苦茶、嬉しい。いつも、ナギサちゃんや、フィニーちゃんから、後輩の話を聴いていたので。
何か、不思議な感覚だよね。自分自身だって、新しい立場になったばかりで、今はまだ、一杯一杯なのに。なぜか、彼女のことを、放ってはおけない。きっと、自分の昔の姿に、重ねているんだと思う。
彼女は、とても頼りなく見える。ただ、見習い時代の私も、リリーシャさんの目からは、こんなふうに、見えていたのかもしれない。でも、ちゃんと導いてあげれば、立派なシルフィードに、成長するはずだ。
今まで私は、たくさんの人たちに、育ててもらって来た。だから、今度は、私の番だ。彼女が、一人前になるまで、全力で支えてあげようと思う……。
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次回――
『親しい人には立場が変わっても普通に接してほしい』
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けれど与えられた【今まで選ばれなかったスキルが使える】 戦闘はおろか日常の役にも立つ気がしない余りものばかり。
同じ転生者でイケメン王子のレイニーに出迎えられ歓迎される。
彼は【スキル:水】を使う最強で理想的な異世界転生者に思えたのだが―――!?
※小説家になろう様にも掲載しています。
はずれスキル念動力(ただしレベルMAX)で無双する~手をかざすだけです。詠唱とか必殺技とかいりません。念じるだけで倒せます~
さとう
ファンタジー
10歳になると、誰もがもらえるスキル。
キネーシス公爵家の長男、エルクがもらったスキルは『念動力』……ちょっとした物を引き寄せるだけの、はずれスキルだった。
弟のロシュオは『剣聖』、妹のサリッサは『魔聖』とレアなスキルをもらい、エルクの居場所は失われてしまう。そんなある日、後継者を決めるため、ロシュオと決闘をすることになったエルク。だが……その決闘は、エルクを除いた公爵家が仕組んだ『処刑』だった。
偶然の『事故』により、エルクは生死の境をさまよう。死にかけたエルクの魂が向かったのは『生と死の狭間』という不思議な空間で、そこにいた『神様』の気まぐれにより、エルクは自分を鍛えなおすことに。
二千年という長い時間、エルクは『念動力』を鍛えまくる。
現世に戻ったエルクは、十六歳になって目を覚ました。
はずれスキル『念動力』……ただしレベルMAXの力で無双する!!
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