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第8部 分かたれる道
2-1プレゼントで大事なのは相手を想う気持ちだよね
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私は、エア・カートで〈南地区〉の上空を飛んでいた。つい先ほどまで、観光案内をしていたが、お客様が、帰りの飛行艇まで、時間がギリギリだった。なので〈グリュンノア国際空港〉まで、送ってきたところだ。
ゆっくり目に飛んでいるが、肌に当たる風が、かなり冷たい。〈グリュンノア〉は、大陸の南方に位置し、比較的、温暖な場所だ。それでも、さすがに、十一月になると、上空の空気が、冷たくなってくる。
私は、暑いのは平気だけど、寒いのは大の苦手だった。だから、これからのシーズンの観光案内は、結構、辛くなるんだよね。
屋根付きのカートなら、冷暖房完備なんだけど。観光の醍醐味は、オープンタイプのカートや、エア・ドルフィンで、風を浴びながら飛ぶことだ。普通に飛ぶだけなら、タクシーで十分だし。シルフィードは、風の象徴のようなものなので。
お客様は、思いっきり厚着をしたり、マフラーなどを使えるからいいけど。シルフィードは、見た目の美しさが大切なので、着ぶくれする訳にはいかない。特に、上位階級ほど、外見が重要なため、寒さは、気合で我慢する必要があるのだ。
冬でも、薄着で、平然とすまし顔で飛ぶのも、シルフィードの伝統だったりする。まだ、お客様がとれない見習いでも、頑張って、薄着で飛んでいる子たちが多い。美しさを保つのも、なかなか大変だよね。
「つい先日まで、暖かかったのに。もう直ぐ、暮れかぁ。一年が経つのって、本当に、早いよねー。気を抜いてたら、あっという間に、歳取っちゃいそう……」
上位階級になってからは、時間の経過が、とても早く感じていた。常に、予約で埋まっているうえに、時折り、取材も入る。さらに、定期的に、協会のイベントや、会議にも参加していた。本当に、息をつく間もないほどの、超過密スケジュールだ。
仕事が多くて、滅茶苦茶、嬉しくはあるんだけど。スケジュールの消化だけに流されてしまい、他のことは、なかなか手がつかなかった。仕事が終わったあとも、上位階級にふさわしい人間になるために、必死に勉強しなければならない。
友達にも、全然、会えないし。何かをゆっくり考えたり、新しい挑戦もできない。仕事は、山ほどあるので、贅沢な悩みかもしれないけど。上位階級の不自由さを、改めて感じていた。
一日の案内が全て終わって、会社に帰るまでの道すがら。この僅かなひと時が、唯一、のんびりできる時間だった。私は、眼下の町を眺めながら『みんな、どうしてるかなぁー?』などと、ボーッと考えていた。
だが、ある人物に目がとまり、反射的に、スピードを落とす。たくさんの人が、行きかう中、ほんの一瞬、顔が見えただけだ。でも、私の視力なら、ちょっとした変化や違和感も、見逃さない。これも、見習い時代に、散々鍛えてきた賜物だ。
何やら、キョロキョロしながら、時折り立ち止まっている。店を外から眺めているので、道に迷ったのではなく、何かを探している様子だ。
私は、急いで駐機スペースを探すと、静かに下降して行った。着陸すると、すぐに、目的の人物の元に向かう。
「こんにちは、ライナー君。こんなところで、どうしたの?」
「あっ、風歌さ――いえ、天使の翼。お久しぶりです」
彼の名前は、ライナー・レイストーン。ナギサちゃんの知り合いで、大手配送業者『スカイ・エクスプレス』で働いている。以前、二人がカフェでお茶しているところを、偶然、見つけて、紹介してもらったのだ。
「普通に、風歌でいいよ。友達なんだから」
「でも『スカイ・プリンセス』の大先輩に、そんな失礼な……」
「やだなぁ、もう。歳も近いし、つい先日、昇進したばかりだよ。私、堅苦しいの苦手なんで、普通に接してくれると嬉しいな。友達とぐらい、気楽に話したいから」
上位階級になってから、がらりと、周囲の反応が変わった。リリーシャさんが言っていた『上位階級になるというのは、別の世界に移り住むのと同じこと』とは、まさに、その通りだ。
会う人、全ての態度が、今までとは違う。誰もが、上位階級として、物凄く、敬意をもって接してくれる。嬉しくある半面、一歩引かれてるみたいで、少し寂しくも感じる。それに、堅苦しいと肩が凝って、気疲れしちゃうんだよね。
まぁ、見習い時代からの、友人や知り合い。あと〈東地区商店街〉の人たちは、今まで通りだけど。
「はぁ、そういうことでしたら――」
彼は、少し困った表情をしたあと、静かに頷いた。
「ところで、何か探し物?」
「はい。ある方に、プレゼントを渡そうと思いまして。ただ、何がいいか、よく分からなくて。色々見て、悩んでいたところです」
「プレゼントって、結構、難しいよね。もらう人の、性格や好みもあるから。気に入ってもらえるか、凄く心配になるし」
「そうなんです。下手な物を渡して、気分を害されては、困りますし。女性へのプレゼントは、初めてですので」
彼は、不安そうな表情で答える。
「へぇー、渡す相手は、女性なんだ。どんな人?」
「とても上品で、高貴で。物凄く常識的で、几帳面な方です」
「うわっ……それは、そうとうハードルが高いね。かなり、年上の人? ライナー君の上司とか?」
「いえ。年上ですが、そんなに歳は離れていませんし、上司でもありません。ただ、相手のことは、詳しい訳ではないので。何がいいか、よく分からなくて」
となると、会社の先輩かな? 運送会社にも、女性の配送員はいるし。
「気持ちがこもっていれば、何でもいいと思うけど。その人の好みって、全く分からないの?」
「はい――。ナギサさんは、自分のことは、あまり語らないので。趣味も好みも、全く知らないんです」
「って、渡す相手、ナギサちゃんなの?!」
「もう直ぐ、誕生日ですので」
「えっ? そうなんだ……?」
私は、全然、そんなの知らなかった。そう言えば、こっちの世界に来てから、誕生日とか、気にしたことなかったし。
「風歌さんは、プレゼントをしないのですか?」
「うーん、実は、一度も渡したこと無いんだよね。そもそも、誕生日も知らないし」
「意外ですね。ずいぶんと、親しそうですが」
「見習い時代からの、長い付き合いで、とても仲はいいけど。誕生祝いなんて、お互いに、やったことないんだよね。そういう話が、全く出てこないから」
小学校までは、毎年、誕生会をやってたけど。それ以降は、特に、祝ったことがない。なので、大きくなると、やらないものだと思ってた。
それに、そもそも、ナギサちゃんて、自分のこと、全然、話してくれないから。いまだに、知らないことも多い。会話だって、いつも、仕事の話ばかりだし。
「やはり、色々お忙しいのでしょうね。もしかして、プレゼントを渡すのは、迷惑でしょうか?」
「そんなことないよ。絶対に、喜ぶと思う。私も、今年は、渡そうかなぁ。昇進の時も、物凄くお世話になったし」
昇進だけではなく、過去の昇級試験を含め、何から何まで、お世話になりっぱなしだ。でも、その割には、ちゃんと、お礼を形にしたことが、ないんだよね。言葉では、何度も、お礼を言ってるけど。
「そうですか。もし、よろしければ、アドバイスを頂けないでしょうか? とても、大事なプレゼントですから。絶対に、失敗したくありませんので」
ライナー君の表情は、物凄く真剣だった。
友達にあげるプレゼントで、そこまで、真剣にならなくても、いいと思う。確かに、ナギサちゃんは、超気難しいけど。こういうのは、気持ちが大事だもんね。でも、彼の表情をみて、ふと、あることが思いが浮かんだ。
「ねぇ、ライナー君って、ナギサちゃんのこと、好きなの?」
深く考えずに、その疑問を、ポロッと口にする。
「えっ……えぇぇーー?!」
穏やかな彼にしては珍しく、冷静さを失い、大きな声をあげた。
顔が真っ赤になってるし。その慌てぶりは、やっぱり、そういうことだよね? 以前、三人でお茶をしている時も、思ったけど。彼の、ナギサちゃんに向ける視線は、明らかに、好意的なものだった。
「お、落ち着いて。ごめんね、そこまで、驚くとは思わなかったから」
「い――いえ。こちらこそ、取り乱してしまい、申しわけありませんでした。あ、あの……どうして、分かったのですか?」
「だって、ナギサちゃんと一緒にいる時、物凄く、幸せそうな顔をしてたし。好き好きオーラみたいの、出てたよ」
恋愛とか、全然したことのない私でも、簡単に気付くぐらい、彼の態度は、分かりやすかった。ナギサちゃんに、突っ込まれたり、注意されたりしても、何だか凄く嬉しそうだし。
「えぇっ?! もしかして、ナギサさんに、気付かれてしまったでしょうか?」
「それは、ないと思う。ナギサちゃん、几帳面で賢い割に、そういうのは、超鈍感だから。全然、気付いてないんじゃないかな」
「ふぅー、そうですか。よかったー……」
彼は、ホッとした表情を浮かべる。
でも、気付かれないことを、安心しちゃダメだよね。好意に気付いていない以前に、全く、恋愛対象として、見られていない気がする。彼は、年下なうえに、気が弱いし。今のままだと、永遠に、ただの後輩止まりだと思う――。
「でも、まぁ。好きな人にあげるとなると、確かに、悩むよねぇ。少しでも、喜んでもらえる物を、渡したいし」
「そうなんですよ。変なものをプレゼントして、嫌われてしまわないか、心配で心配で……」
たぶん、ナギサちゃんのことだから、それは、ないはずだ。どんな物を渡されても、快く、受け取ってくれると思う。ただ、素直じゃないから、嬉しそうな態度は、絶対に出さないだろうけど。
「風歌さん、どうか、力を貸していただけないでしょうか? ナギサさんの、好みなどを、教えていただきたいのです」
「えっ――まぁ、いいけど。じゃあ、一緒に探しにいこうか。私も、プレゼント買おうと思うし」
「はいっ! ありがとうございます」
彼は、物凄く嬉しそうな表情を浮かべる。相変わらず、とても素直で純粋な子だ。
「ところで、ナギサちゃんって、誕生日いつなの?」
「十一月十一日です。」
「って、もう、明後日じゃん?!」
でも、実は私も、ナギサちゃんの好みって、そんなに詳しい訳じゃない。お嬢様の割りには、あまり、贅沢とかしてないし。食事も、物凄く庶民的だし。
特に、化粧に力を入れたり、装飾品を集めたりしている訳ではない。ブランド物も、特に、興味はなさそうだし。これといって、趣味がある訳でも、なさそうだ。話題も、いつも、仕事や勉強のことばかりだし。
改めて考えてみると、ナギサちゃんって、仕事一筋の、とてもシンプルな生き方をしてるよね。何でもできる、物凄く器用な性格なのに、シルフィードだけに集中している。
見習い時代から、彼女が、遊んだりしてるの、見たことないし。そもそも、そういう話題が、全く出てこない。普通、若い子って、趣味や遊びの話ばかり、するものだけど。
私は、家出中だったし、心や金銭的な余裕が、なかっただけで。ゆとりのある生活をしていたら、ここまで、仕事に専念していなかったかもしれない。
私たちは、メイン・ストリートを進んで行き、大きなデパートに入った。二人で、色々意見を出しながら、各フロアを順に見ていく。
一時間ほど、歩き回って、何とか、プレゼントを選ぶことができた。普通の友達へのプレゼントなら、こんなに、真剣に選ばないけど。ナギサちゃんが相手だと、やっぱり、手抜きはできない。
大切な親友なのもあるけど。何と言っても、徹底して、キッチリした性格だ。目も肥えてそうだし、適当なものは渡せない。
結局、ライナー君は、ティーカップのセットを。私は、ハンカチを。時間を掛けた割には、普通すぎるチョイスだった。
ナギサちゃんって、いつも、お茶を飲んでるし。ハンカチも、常に、持ち歩いているから、間違いはないと思う。物珍しさや、遊び心は、全くないけど。彼女の性格的に、実用性のある物のほうが、喜ばれそうな気がする。
「これで、喜んでもらえるでしょうか?」
「もちろんだよ。それに、一番は、気持ちの問題だから。一生懸命に、相手を想いながら、プレゼントを選ぶ行為が、大事なんだと思う。きっと、その気持ちは、ナギサちゃんにも、伝わるよ」
少し不安そうな彼に、私は、笑顔で答える。
「そうですか。それなら、よかったです」
急に、彼の表情が、パーッと明るくなった。
それにしても、彼は、よく表情に出る。私も、喜怒哀楽が、激しい方だけど。私以上に、分かりやすいと思う。それだけ、素直な性格なのだろう。
「今日は、お忙しいところ、本当に、ありがとうございます。『スカイ・プリンセス』に、このような雑事に、お付き合いさせてしまって、申し訳ありませんでした」
「ううん。私も、プレゼント選び、楽しかったし。ナギサちゃんの、誕生日を教えてくれて、ありがとうね」
最初は、性格が正反対で、全然、釣り合わないんじゃないかと、思ってたけど。案外、彼のように、素直で控えめな性格のほうが、ナギサちゃんには、合う気がする。
歳は、彼のほうが下だけど。たった、二歳程度、大した問題じゃないし。とても礼儀正しく、性格もいい、好青年だ。
ただ、ナギサちゃんは、真面目で、仕事一筋で。恋愛も、全く興味がなさそうだし。二人そろって、不器用な性格だから、前途多難な気がするけど。
それでも、二人の大事な友人の行く末を、影ながら応援して、そっと見守って行こうと思う……。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
次回――
『師匠は無理でも先輩にならなれるかな?』
その道に入らんと思う心こそ、わが身ながらの師匠なりけれ
ゆっくり目に飛んでいるが、肌に当たる風が、かなり冷たい。〈グリュンノア〉は、大陸の南方に位置し、比較的、温暖な場所だ。それでも、さすがに、十一月になると、上空の空気が、冷たくなってくる。
私は、暑いのは平気だけど、寒いのは大の苦手だった。だから、これからのシーズンの観光案内は、結構、辛くなるんだよね。
屋根付きのカートなら、冷暖房完備なんだけど。観光の醍醐味は、オープンタイプのカートや、エア・ドルフィンで、風を浴びながら飛ぶことだ。普通に飛ぶだけなら、タクシーで十分だし。シルフィードは、風の象徴のようなものなので。
お客様は、思いっきり厚着をしたり、マフラーなどを使えるからいいけど。シルフィードは、見た目の美しさが大切なので、着ぶくれする訳にはいかない。特に、上位階級ほど、外見が重要なため、寒さは、気合で我慢する必要があるのだ。
冬でも、薄着で、平然とすまし顔で飛ぶのも、シルフィードの伝統だったりする。まだ、お客様がとれない見習いでも、頑張って、薄着で飛んでいる子たちが多い。美しさを保つのも、なかなか大変だよね。
「つい先日まで、暖かかったのに。もう直ぐ、暮れかぁ。一年が経つのって、本当に、早いよねー。気を抜いてたら、あっという間に、歳取っちゃいそう……」
上位階級になってからは、時間の経過が、とても早く感じていた。常に、予約で埋まっているうえに、時折り、取材も入る。さらに、定期的に、協会のイベントや、会議にも参加していた。本当に、息をつく間もないほどの、超過密スケジュールだ。
仕事が多くて、滅茶苦茶、嬉しくはあるんだけど。スケジュールの消化だけに流されてしまい、他のことは、なかなか手がつかなかった。仕事が終わったあとも、上位階級にふさわしい人間になるために、必死に勉強しなければならない。
友達にも、全然、会えないし。何かをゆっくり考えたり、新しい挑戦もできない。仕事は、山ほどあるので、贅沢な悩みかもしれないけど。上位階級の不自由さを、改めて感じていた。
一日の案内が全て終わって、会社に帰るまでの道すがら。この僅かなひと時が、唯一、のんびりできる時間だった。私は、眼下の町を眺めながら『みんな、どうしてるかなぁー?』などと、ボーッと考えていた。
だが、ある人物に目がとまり、反射的に、スピードを落とす。たくさんの人が、行きかう中、ほんの一瞬、顔が見えただけだ。でも、私の視力なら、ちょっとした変化や違和感も、見逃さない。これも、見習い時代に、散々鍛えてきた賜物だ。
何やら、キョロキョロしながら、時折り立ち止まっている。店を外から眺めているので、道に迷ったのではなく、何かを探している様子だ。
私は、急いで駐機スペースを探すと、静かに下降して行った。着陸すると、すぐに、目的の人物の元に向かう。
「こんにちは、ライナー君。こんなところで、どうしたの?」
「あっ、風歌さ――いえ、天使の翼。お久しぶりです」
彼の名前は、ライナー・レイストーン。ナギサちゃんの知り合いで、大手配送業者『スカイ・エクスプレス』で働いている。以前、二人がカフェでお茶しているところを、偶然、見つけて、紹介してもらったのだ。
「普通に、風歌でいいよ。友達なんだから」
「でも『スカイ・プリンセス』の大先輩に、そんな失礼な……」
「やだなぁ、もう。歳も近いし、つい先日、昇進したばかりだよ。私、堅苦しいの苦手なんで、普通に接してくれると嬉しいな。友達とぐらい、気楽に話したいから」
上位階級になってから、がらりと、周囲の反応が変わった。リリーシャさんが言っていた『上位階級になるというのは、別の世界に移り住むのと同じこと』とは、まさに、その通りだ。
会う人、全ての態度が、今までとは違う。誰もが、上位階級として、物凄く、敬意をもって接してくれる。嬉しくある半面、一歩引かれてるみたいで、少し寂しくも感じる。それに、堅苦しいと肩が凝って、気疲れしちゃうんだよね。
まぁ、見習い時代からの、友人や知り合い。あと〈東地区商店街〉の人たちは、今まで通りだけど。
「はぁ、そういうことでしたら――」
彼は、少し困った表情をしたあと、静かに頷いた。
「ところで、何か探し物?」
「はい。ある方に、プレゼントを渡そうと思いまして。ただ、何がいいか、よく分からなくて。色々見て、悩んでいたところです」
「プレゼントって、結構、難しいよね。もらう人の、性格や好みもあるから。気に入ってもらえるか、凄く心配になるし」
「そうなんです。下手な物を渡して、気分を害されては、困りますし。女性へのプレゼントは、初めてですので」
彼は、不安そうな表情で答える。
「へぇー、渡す相手は、女性なんだ。どんな人?」
「とても上品で、高貴で。物凄く常識的で、几帳面な方です」
「うわっ……それは、そうとうハードルが高いね。かなり、年上の人? ライナー君の上司とか?」
「いえ。年上ですが、そんなに歳は離れていませんし、上司でもありません。ただ、相手のことは、詳しい訳ではないので。何がいいか、よく分からなくて」
となると、会社の先輩かな? 運送会社にも、女性の配送員はいるし。
「気持ちがこもっていれば、何でもいいと思うけど。その人の好みって、全く分からないの?」
「はい――。ナギサさんは、自分のことは、あまり語らないので。趣味も好みも、全く知らないんです」
「って、渡す相手、ナギサちゃんなの?!」
「もう直ぐ、誕生日ですので」
「えっ? そうなんだ……?」
私は、全然、そんなの知らなかった。そう言えば、こっちの世界に来てから、誕生日とか、気にしたことなかったし。
「風歌さんは、プレゼントをしないのですか?」
「うーん、実は、一度も渡したこと無いんだよね。そもそも、誕生日も知らないし」
「意外ですね。ずいぶんと、親しそうですが」
「見習い時代からの、長い付き合いで、とても仲はいいけど。誕生祝いなんて、お互いに、やったことないんだよね。そういう話が、全く出てこないから」
小学校までは、毎年、誕生会をやってたけど。それ以降は、特に、祝ったことがない。なので、大きくなると、やらないものだと思ってた。
それに、そもそも、ナギサちゃんて、自分のこと、全然、話してくれないから。いまだに、知らないことも多い。会話だって、いつも、仕事の話ばかりだし。
「やはり、色々お忙しいのでしょうね。もしかして、プレゼントを渡すのは、迷惑でしょうか?」
「そんなことないよ。絶対に、喜ぶと思う。私も、今年は、渡そうかなぁ。昇進の時も、物凄くお世話になったし」
昇進だけではなく、過去の昇級試験を含め、何から何まで、お世話になりっぱなしだ。でも、その割には、ちゃんと、お礼を形にしたことが、ないんだよね。言葉では、何度も、お礼を言ってるけど。
「そうですか。もし、よろしければ、アドバイスを頂けないでしょうか? とても、大事なプレゼントですから。絶対に、失敗したくありませんので」
ライナー君の表情は、物凄く真剣だった。
友達にあげるプレゼントで、そこまで、真剣にならなくても、いいと思う。確かに、ナギサちゃんは、超気難しいけど。こういうのは、気持ちが大事だもんね。でも、彼の表情をみて、ふと、あることが思いが浮かんだ。
「ねぇ、ライナー君って、ナギサちゃんのこと、好きなの?」
深く考えずに、その疑問を、ポロッと口にする。
「えっ……えぇぇーー?!」
穏やかな彼にしては珍しく、冷静さを失い、大きな声をあげた。
顔が真っ赤になってるし。その慌てぶりは、やっぱり、そういうことだよね? 以前、三人でお茶をしている時も、思ったけど。彼の、ナギサちゃんに向ける視線は、明らかに、好意的なものだった。
「お、落ち着いて。ごめんね、そこまで、驚くとは思わなかったから」
「い――いえ。こちらこそ、取り乱してしまい、申しわけありませんでした。あ、あの……どうして、分かったのですか?」
「だって、ナギサちゃんと一緒にいる時、物凄く、幸せそうな顔をしてたし。好き好きオーラみたいの、出てたよ」
恋愛とか、全然したことのない私でも、簡単に気付くぐらい、彼の態度は、分かりやすかった。ナギサちゃんに、突っ込まれたり、注意されたりしても、何だか凄く嬉しそうだし。
「えぇっ?! もしかして、ナギサさんに、気付かれてしまったでしょうか?」
「それは、ないと思う。ナギサちゃん、几帳面で賢い割に、そういうのは、超鈍感だから。全然、気付いてないんじゃないかな」
「ふぅー、そうですか。よかったー……」
彼は、ホッとした表情を浮かべる。
でも、気付かれないことを、安心しちゃダメだよね。好意に気付いていない以前に、全く、恋愛対象として、見られていない気がする。彼は、年下なうえに、気が弱いし。今のままだと、永遠に、ただの後輩止まりだと思う――。
「でも、まぁ。好きな人にあげるとなると、確かに、悩むよねぇ。少しでも、喜んでもらえる物を、渡したいし」
「そうなんですよ。変なものをプレゼントして、嫌われてしまわないか、心配で心配で……」
たぶん、ナギサちゃんのことだから、それは、ないはずだ。どんな物を渡されても、快く、受け取ってくれると思う。ただ、素直じゃないから、嬉しそうな態度は、絶対に出さないだろうけど。
「風歌さん、どうか、力を貸していただけないでしょうか? ナギサさんの、好みなどを、教えていただきたいのです」
「えっ――まぁ、いいけど。じゃあ、一緒に探しにいこうか。私も、プレゼント買おうと思うし」
「はいっ! ありがとうございます」
彼は、物凄く嬉しそうな表情を浮かべる。相変わらず、とても素直で純粋な子だ。
「ところで、ナギサちゃんって、誕生日いつなの?」
「十一月十一日です。」
「って、もう、明後日じゃん?!」
でも、実は私も、ナギサちゃんの好みって、そんなに詳しい訳じゃない。お嬢様の割りには、あまり、贅沢とかしてないし。食事も、物凄く庶民的だし。
特に、化粧に力を入れたり、装飾品を集めたりしている訳ではない。ブランド物も、特に、興味はなさそうだし。これといって、趣味がある訳でも、なさそうだ。話題も、いつも、仕事や勉強のことばかりだし。
改めて考えてみると、ナギサちゃんって、仕事一筋の、とてもシンプルな生き方をしてるよね。何でもできる、物凄く器用な性格なのに、シルフィードだけに集中している。
見習い時代から、彼女が、遊んだりしてるの、見たことないし。そもそも、そういう話題が、全く出てこない。普通、若い子って、趣味や遊びの話ばかり、するものだけど。
私は、家出中だったし、心や金銭的な余裕が、なかっただけで。ゆとりのある生活をしていたら、ここまで、仕事に専念していなかったかもしれない。
私たちは、メイン・ストリートを進んで行き、大きなデパートに入った。二人で、色々意見を出しながら、各フロアを順に見ていく。
一時間ほど、歩き回って、何とか、プレゼントを選ぶことができた。普通の友達へのプレゼントなら、こんなに、真剣に選ばないけど。ナギサちゃんが相手だと、やっぱり、手抜きはできない。
大切な親友なのもあるけど。何と言っても、徹底して、キッチリした性格だ。目も肥えてそうだし、適当なものは渡せない。
結局、ライナー君は、ティーカップのセットを。私は、ハンカチを。時間を掛けた割には、普通すぎるチョイスだった。
ナギサちゃんって、いつも、お茶を飲んでるし。ハンカチも、常に、持ち歩いているから、間違いはないと思う。物珍しさや、遊び心は、全くないけど。彼女の性格的に、実用性のある物のほうが、喜ばれそうな気がする。
「これで、喜んでもらえるでしょうか?」
「もちろんだよ。それに、一番は、気持ちの問題だから。一生懸命に、相手を想いながら、プレゼントを選ぶ行為が、大事なんだと思う。きっと、その気持ちは、ナギサちゃんにも、伝わるよ」
少し不安そうな彼に、私は、笑顔で答える。
「そうですか。それなら、よかったです」
急に、彼の表情が、パーッと明るくなった。
それにしても、彼は、よく表情に出る。私も、喜怒哀楽が、激しい方だけど。私以上に、分かりやすいと思う。それだけ、素直な性格なのだろう。
「今日は、お忙しいところ、本当に、ありがとうございます。『スカイ・プリンセス』に、このような雑事に、お付き合いさせてしまって、申し訳ありませんでした」
「ううん。私も、プレゼント選び、楽しかったし。ナギサちゃんの、誕生日を教えてくれて、ありがとうね」
最初は、性格が正反対で、全然、釣り合わないんじゃないかと、思ってたけど。案外、彼のように、素直で控えめな性格のほうが、ナギサちゃんには、合う気がする。
歳は、彼のほうが下だけど。たった、二歳程度、大した問題じゃないし。とても礼儀正しく、性格もいい、好青年だ。
ただ、ナギサちゃんは、真面目で、仕事一筋で。恋愛も、全く興味がなさそうだし。二人そろって、不器用な性格だから、前途多難な気がするけど。
それでも、二人の大事な友人の行く末を、影ながら応援して、そっと見守って行こうと思う……。
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次回――
『師匠は無理でも先輩にならなれるかな?』
その道に入らんと思う心こそ、わが身ながらの師匠なりけれ
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