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32.告白
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アントワーヌはその翌日、フロレルの部屋へと向かっていた。もちろん、フロレルとの約束を取り付けてのこととなる。アントワーヌは自らフロレルと距離を置いたことにより、気軽に私室を訪ねることができなくなっていたのだ。
「アントワーヌ、時間通りだね。それにしても、わたくしの部屋に来るなんて珍しいことだ」
「ああ、フロレル、時間をとってもらってすまない」
アントワーヌを部屋へ招き入れたフロレルは、椅子を勧めた。そして侍女にコーヒーと茶菓子を用意させると、取ってつけたような挨拶をするアントワーヌに笑顔を向けた。
「アントワーヌ、改まってわたくしに話があるなんて、どうしたのだい?」
「それは……、フロレルとわたしとのこれからのことについて話しておきたいことがあって……」
いつになく緊張した様子のアントワーヌを見て、フロレルは不思議に思う。そして、アントワーヌの発した言葉にも首を傾げた。
「アントワーヌとわたくしの、これからのことについて……?」
アントワーヌはこれからショコラ公爵家を継ぐことが決まっている。そしてフロレルは、古代語の研究をしていくことをジョゼフから許可されている。アントワーヌもフロレルも、当面の未来に行うことは決まっているのだ。フロレルには、アントワーヌが何を話し合おうとしているのかがよくわからなかった。
「そうです。わたしからフロレルのこれからのことについて……その、話をしたいことがありまして」
「一体、どのような話だろう」
「それは……」
フロレルの金色の瞳がアントワーヌの濃い青色の瞳を見つめる。言い淀むアントワーヌの喉がこくりと動くのを見て、フロレルはどのような重要事項が彼の口から発せられるのかと思って少しばかり身構えた。
しかし、アントワーヌは自分の口元に手を持って行って考えるような素振りを見せながらも、なかなか話を続けようとはしない。
そのようなアントワーヌの様子に、よほど言い難い話なのだろうとフロレルは予測をつける。もしかしたら、フロレルの望んでいることを変えてほしいというような話なのだろうかと。
「アントワーヌ。わたくしはこれから古代語の研究を続けていくつもりなのだが、それを考え直さなければならないのだろうか」
「いや、そのような話ではありません」
フロレルが古代語の研究をすることには問題はない。そういう話ではない。
そう言いながらも、アントワーヌはその続きを話そうとはしない。
アントワーヌはフロレルに見つめられて、視線を泳がせてしまう。更に、口を開いては閉じるの繰り返しだ。
その姿は、上位アルファの威圧を出して自信に満ちた振る舞いをしているアントワーヌとはとても思えない。
「アントワーヌ? そんなに言いにくい話なのか?」
「そういうわけでは……」
はっきりしないアントワーヌを見て長い睫毛を何度か瞬かせたフロレルは、困ったような笑顔を浮かべた。
まるであの可愛いアンヌが戻って来たみたいだ。
今日のアントワーヌは、フロレルのことを『義兄上』と呼ばずに名前で呼んでいる。
自分の名前を呼んで頼りない様子を見せるアントワーヌの姿は、フロレルからは可愛らしく見える。
その姿を見ていると、フロレルは昔のことを思い出す。そう、帰りたくないと言って自分に抱き着いていたアントワーヌのことを。
可愛い、可愛い、従兄弟のアンヌ。
「アントワーヌ、まずコーヒーを飲んで気持ちを落ち着けてはどうだ?」
フロレルは侍女に新しいコーヒーを淹れさせて、アントワーヌのプレートにチョコレートとフィナンシェをのせる。
「昨日はチョコレートを買ってきてくれて、ありがとう。さくらんぼリキュールのジュレが入ったチョコレートが美味しかったよ」
「いや、口に合ったのなら……、良かった」
アントワーヌは、微笑むフロレルの美しさを目を細めて眺めながら、チョコレートを口に入れた。アントワーヌの好きなヴァニラ風味のガナッシュが、口の中で溶けて広がる。
フロレルは、アントワーヌの好むチョコレートをプレートにのせてくれたのだろう。
フロレルを思わせる、甘いヴァニラの香り。
アントワーヌは自分の心臓が、音を立てて高鳴るのを感じた。
美しいフロレル、大好きなフロレル。
目の前で微笑んでいる、愛しいフロル。
ヴァニラの香りで、アントワーヌの意識は高揚していく。
アントワーヌは、コーヒーを飲んで口を潤すと、思い切ったように声を発した。
「フロレル、これから……、これから先もずっとわたしと一緒にいてくれないだろうか……?」
アントワーヌの突然の言葉に、フロレルは戸惑うように首を傾げた。
ずっと一緒にいてくれというのは、どういう意味なのか。
フロレルには全く見当がつかない。
「わたしがこれからもアントワーヌと一緒にいるというのは、この屋敷で研究をするようにと言うことかい?」
「いや、研究は続けてくれたら……、そういうことではなくて、ああもうっ!」
アントワーヌは意を決したように椅子から立ち上がった。そして、テーブルの向こうにいるフロレルの側へ行って跪いた。
「アントワーヌ?」
アントワーヌは、突然の変化に戸惑うフロレルの右手を取ると自分の左手を胸に当てて、彼の本当の望みをようやく告白した。
「フロレル・ド・ショコラ、どうかわたしと番になってください……」
アントワーヌは先ほどまでとは打って変わった凛々しい顔をしてそう言うと、フロレルの指先に唇を落とした。
「アントワーヌ、時間通りだね。それにしても、わたくしの部屋に来るなんて珍しいことだ」
「ああ、フロレル、時間をとってもらってすまない」
アントワーヌを部屋へ招き入れたフロレルは、椅子を勧めた。そして侍女にコーヒーと茶菓子を用意させると、取ってつけたような挨拶をするアントワーヌに笑顔を向けた。
「アントワーヌ、改まってわたくしに話があるなんて、どうしたのだい?」
「それは……、フロレルとわたしとのこれからのことについて話しておきたいことがあって……」
いつになく緊張した様子のアントワーヌを見て、フロレルは不思議に思う。そして、アントワーヌの発した言葉にも首を傾げた。
「アントワーヌとわたくしの、これからのことについて……?」
アントワーヌはこれからショコラ公爵家を継ぐことが決まっている。そしてフロレルは、古代語の研究をしていくことをジョゼフから許可されている。アントワーヌもフロレルも、当面の未来に行うことは決まっているのだ。フロレルには、アントワーヌが何を話し合おうとしているのかがよくわからなかった。
「そうです。わたしからフロレルのこれからのことについて……その、話をしたいことがありまして」
「一体、どのような話だろう」
「それは……」
フロレルの金色の瞳がアントワーヌの濃い青色の瞳を見つめる。言い淀むアントワーヌの喉がこくりと動くのを見て、フロレルはどのような重要事項が彼の口から発せられるのかと思って少しばかり身構えた。
しかし、アントワーヌは自分の口元に手を持って行って考えるような素振りを見せながらも、なかなか話を続けようとはしない。
そのようなアントワーヌの様子に、よほど言い難い話なのだろうとフロレルは予測をつける。もしかしたら、フロレルの望んでいることを変えてほしいというような話なのだろうかと。
「アントワーヌ。わたくしはこれから古代語の研究を続けていくつもりなのだが、それを考え直さなければならないのだろうか」
「いや、そのような話ではありません」
フロレルが古代語の研究をすることには問題はない。そういう話ではない。
そう言いながらも、アントワーヌはその続きを話そうとはしない。
アントワーヌはフロレルに見つめられて、視線を泳がせてしまう。更に、口を開いては閉じるの繰り返しだ。
その姿は、上位アルファの威圧を出して自信に満ちた振る舞いをしているアントワーヌとはとても思えない。
「アントワーヌ? そんなに言いにくい話なのか?」
「そういうわけでは……」
はっきりしないアントワーヌを見て長い睫毛を何度か瞬かせたフロレルは、困ったような笑顔を浮かべた。
まるであの可愛いアンヌが戻って来たみたいだ。
今日のアントワーヌは、フロレルのことを『義兄上』と呼ばずに名前で呼んでいる。
自分の名前を呼んで頼りない様子を見せるアントワーヌの姿は、フロレルからは可愛らしく見える。
その姿を見ていると、フロレルは昔のことを思い出す。そう、帰りたくないと言って自分に抱き着いていたアントワーヌのことを。
可愛い、可愛い、従兄弟のアンヌ。
「アントワーヌ、まずコーヒーを飲んで気持ちを落ち着けてはどうだ?」
フロレルは侍女に新しいコーヒーを淹れさせて、アントワーヌのプレートにチョコレートとフィナンシェをのせる。
「昨日はチョコレートを買ってきてくれて、ありがとう。さくらんぼリキュールのジュレが入ったチョコレートが美味しかったよ」
「いや、口に合ったのなら……、良かった」
アントワーヌは、微笑むフロレルの美しさを目を細めて眺めながら、チョコレートを口に入れた。アントワーヌの好きなヴァニラ風味のガナッシュが、口の中で溶けて広がる。
フロレルは、アントワーヌの好むチョコレートをプレートにのせてくれたのだろう。
フロレルを思わせる、甘いヴァニラの香り。
アントワーヌは自分の心臓が、音を立てて高鳴るのを感じた。
美しいフロレル、大好きなフロレル。
目の前で微笑んでいる、愛しいフロル。
ヴァニラの香りで、アントワーヌの意識は高揚していく。
アントワーヌは、コーヒーを飲んで口を潤すと、思い切ったように声を発した。
「フロレル、これから……、これから先もずっとわたしと一緒にいてくれないだろうか……?」
アントワーヌの突然の言葉に、フロレルは戸惑うように首を傾げた。
ずっと一緒にいてくれというのは、どういう意味なのか。
フロレルには全く見当がつかない。
「わたしがこれからもアントワーヌと一緒にいるというのは、この屋敷で研究をするようにと言うことかい?」
「いや、研究は続けてくれたら……、そういうことではなくて、ああもうっ!」
アントワーヌは意を決したように椅子から立ち上がった。そして、テーブルの向こうにいるフロレルの側へ行って跪いた。
「アントワーヌ?」
アントワーヌは、突然の変化に戸惑うフロレルの右手を取ると自分の左手を胸に当てて、彼の本当の望みをようやく告白した。
「フロレル・ド・ショコラ、どうかわたしと番になってください……」
アントワーヌは先ほどまでとは打って変わった凛々しい顔をしてそう言うと、フロレルの指先に唇を落とした。
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