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33.望む間は
しおりを挟む「……アントワーヌ? 番……?」
「そうです、フロレル、どうぞわたしの番となって生涯をともにしてください」
フロレルには、アントワーヌがどうして自分と番になりたいと言っているのかが理解できない。彼はルネを伴侶に迎えるのではないのかと。昨日もアントワーヌはルネに会いに行っていたのだろうと、フロレルは予想していた。
アントワーヌの告白も、フロレルの中では消化することのできない情報となっている。
今日だけでフロレルは、何度首を傾げたことだろう。
疑問に思うことを聞いてみないと何もわからないと判断したフロレルは、考えていることをそのまま口にした。
「アントワーヌはボンボン子爵令息を伴侶にするのではないのか? これまでも何度も逢瀬を重ねているだろう。なぜわたくしと番になりたいなどと言うのだ?」
「え……?」
アントワーヌはフロレルからの質問を聞いて硬直し、自分の手の中にある愛しい人の手を思わず強く握りしめた。
アントワーヌの濃い青色の瞳はフロレルの金色の瞳を見つめたまま、動かない。
フロレルが、アントワーヌとルネが隠れて会っていることに気づいているとは思っていなかった。
アントワーヌはどこから説明したら良いのか、どこまで話しても良いのかとぐるぐると思考を巡らせる。ショコラ公爵家の継嗣としてはあってはならぬことだが、完全にアントワーヌは後手に回っていた。
そんなアントワーヌを見たフロレルは小さくため息を吐く。そして、自分の手を握っているアントワーヌの手をそっと撫でた。
「どうしてアントワーヌがわたくしと番になりたいと言っているのかはわからないが……。わたくしは、アントワーヌの幸せを願っている。どうか自分の望む人を伴侶にしてほしい」
そう言って微笑むフロレルを見て、アントワーヌは目を見開いた。
フロレルは、アントワーヌから本当に望まれているとは思っていない。
それは、これまでアントワーヌが自分の気持ちをフロレルに伝えてこなかったからだ。
ジョゼフの言う通りフロレルは『アントワーヌが望む人と添わせてやって』と考えているのだ。
でも、それは……
「フロレル、わたしはフロレルを伴侶にしたい。番になりたいんだ!」
「アントワーヌ、ボンボン子爵令息は……」
「ルネとわたしは、そういう関係ではない。第一、ルネは既に自分のアルファと婚姻を結んでいる」
「え……?」
アントワーヌは、ルネとの仲をフロレルに邪推されてはたまらないとばかりに、ルネの事情を詳しく話すことにした。ルネには平民の頃から愛し合い婚約していたアルファがいること、ルネは既にボンボン子爵家から籍を抜いて伴侶とともにコンフィ共和国に旅立ったことなどをフロレルに話した。
そして、アントワーヌとルネの間には友人関係しかなく、むしろルネと婚約者のアルファの仲を取り持っていたことを必死で説明した。
フロレルは、アントワーヌの話を聞いてぱたぱたと長い睫毛を瞬かせた後、アントワーヌの手を両手で握りしめた。
「そうか……、ボンボン……ルネ殿はこの一年の間ずっとお気の毒だと思っていたけれど、幸せになれたのだね」
「ああ、そうだ。フロレル」
「良かった……」
実のところフロレルには、アントワーヌとルネの関係はよくわからない。ただ、ショコラ公爵家の力があれば、ルネの前歴を調べて婚約者を探し出すなどということは、造作もないことだ。
フロレルは、不遇だと思っていたルネが幸せを掴むことができたことを心から喜んだ。
ルネの幸せを喜び、目を潤ませるフロレルを見て、アントワーヌは何とも言えない気持ちになった。
話がずれてきている。
ルネのことはもうどうでも良いことだ。
そもそもアントワーヌは、フロレルに望みを伝えて番として認めてもらうために話をしに来たのだ。
それなのに、フロレルはアントワーヌが番になりたいと言っていることを現実のこととして受け止めていないように思う。
ここは自分の望みをもう一度口にしなければならない。
アントワーヌはそう決意をして、自分の手を握るフロレルの手を両手で包むように握りなおした。
「だから、わたしたちのことを話しても良いだろうか」
「アントワーヌ……」
アントワーヌは再びフロレルの金色の瞳を見つめて告白の続きをした。
「フロレル、わたしと番になって伴侶としていつまでも側にいてほしい」
「アントワーヌ、それは……」
「お願いだ。フロレルが側にいないとだめなんだ。いつまでも側にいて……」
自分を見つめて懇願するアントワーヌを見て、フロレルは子どもの頃のことを思い出す。
アントワーヌは、いざショコラ公爵家を継ぐとなったら不安になってしまったのかもしれない。だから、フロレルが側にいて励ましてやる必要があるのだろう。
やがてアントワーヌが望む人が現れれば、お役御免になるに違いない。
今日のアントワーヌは、昔の可愛いアンヌのようだ。
可愛い可愛い従兄弟のアンヌ。
そう思ったフロレルは、自分にできる精いっぱいの言葉をアントワーヌに返す。
「番や伴侶になるのは……、考える時間がほしいけれど、アントワーヌが望む間は側にいることはできると思う」
「本当に側にいてくれるね」
「ああ……」
フロレルの返事を聞いて、アントワーヌは立ち上がりフロレルに抱き着いた。
「フロレル、いつまでもわたしの側にいて。わたしが望む間なら一生だからね」
「はいはい」
フロレルはどうせ番をもたないオメガとして生きていくのだ。一人暮らしをするのは、いつだってできる。アントワーヌの婚姻の相手が決まるまでは、彼が望む通りショコラ公爵邸で過ごそうと考えた。
そしてアントワーヌは、やがてフロレルが自分の番となることを受け入れてくれると信じて疑わなかった。
アントワーヌは大切なことをフロレルに伝えていないのであるが、その自覚が全くない。
アントワーヌは望みを口にしていたが、自分の感情は口にしていない。
アントワーヌは、フロレルを愛しているのだと。
アントワーヌが望んでいる人は、フロレルだと。
そう、フロレルには、未だにアントワーヌの本当の気持ちが伝わっていないのである。
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