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34.子どもたちの幸せ
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「それでフロレルは、アントワーヌとはどのような話をしたのだ?」
「はい、アントワーヌは、しばらくの間わたくしに公爵家に留まってほしいと思っているらしいのです」
「ほう……」
「あらまあ……」
談話室でジョゼフとシャルロットに向かい合って腰をかけるフロレルは、家族にしか見せないふわりとした笑みを浮かべて問いに答える。フロレルの言葉にジョゼフは楽し気に笑みを浮かべ、シャルロットは意外なことが起きたかような声を上げて口元を扇で隠した。
「きっと正式にショコラ公爵家の継嗣となったので緊張しているのでしょう。いつまでも側にいてくれなどと甘えられてしまいました。アントワーヌが、可愛いアンヌに戻ったかのように錯覚したほどです」
そう言ってから薔薇の香りのお茶を口にするフロレルは、優雅で美しい。
「アントワーヌはフロレルに、伴侶になって番となりたいと申し込んだと言っていたのだが」
「ええ、そんなことも言っていました。アントワーヌは、きっと安心したいのだと思います。好きな人ができたら、気が変わりますよ」
「あら、フロレルがアントワーヌの好きな相手だとは思わなかったのかしら?」
「……? アントワーヌは、そのようなことは全然言ってはいませんでしたが?」
フロレルは、ジョゼフの確認に首を横に振り、シャルロットの質問には首を傾げた。
アントワーヌのフロレルに対する恋慕を知っているジョゼフとシャルロットは、フロレルに何も伝わっていないことに少々の驚きを禁じ得なかった。
特に、あの策士で腹黒いアントワーヌが、フロレルに気持ちを伝えられていないということについて。
優秀なフロレルであったが、オメガと診断されてすぐにシャルルとの婚約が決まったため、色恋沙汰には縁がなかった。
はっきり言ってその方面には鈍いといえる。
だから、はっきりアルファとしてオメガのフロレルを愛していると伝えなければ、単なる親愛と思われる可能性があるのをアントワーヌは知っているはずだとジョゼフとシャルロットは思っていた。二人はこの状況になって、アントワーヌも色恋については駄目だったのだとようやく理解した。
しかしジョゼフとシャルロットは、アントワーヌから聞いた話とフロレルが受け止めている話のずれを面白がる人間でもある。
「フロレルは、どうしてアントワーヌが貴方に伴侶になってほしいと言ったと思うの?」
「わたくしを伴侶として番になってしまえば、ショコラ公爵家の利にはなるでしょう。そのこともアントワーヌの考慮のうちなのではありませんか? わたくしにも考える時間をくれると言っていました。その間に、アントワーヌが望む人が見つかればその方が良いに決まっています」
シャルロットの問いに答えて微笑むフロレルには、自分が愛されて求められているというような意識は全く見られない。
その様子を見て、ジョゼフとシャルロットは顔を見合わせて苦笑いを浮かべた。
たとえ求愛がうまくいかなくても、最終的にアントワーヌの望みは部分的には叶うだろう。しかし、恋する一人の男としては不本意極まりないだろうとジョゼフは思う。
また、シャルロットは、アルファがオメガに愛を乞うために様々な方策を取るのは当たり前だと思っている。ジョゼフがそうであったのだ。だからアントワーヌには努力が足りないと、シャルロットは思う。
フロレルに側にいることを許されたアントワーヌ。彼がこれからフロレルの愛を得るためにどのようなことをするのか。
ジョゼフもシャルロットもそれを楽しみにすることにした。
その後は、古代語の研究の進捗を話し、明日は新しくできたカフェにアントワーヌと行く約束をしていると二人に伝えて、フロレルは談話室を退出した。
ジョゼフとシャルロットは、侍女に新しいお茶を淹れることを命じ、寄り添いあう。
「わたしも読みが甘かったな。このようなことになるとは」
「ええ、わたくしにとっても予想外だったわ」
「どうなって行くのか、見ものだな」
「ふふふ、そうね」
フロレルにも、アントワーヌにも幸せになってもらいたいと思っているのに、面白がっているのは不謹慎だろうか。
ジョゼフはそう思いながら、愛するシャルロットの顔を見つめる。
「フロレルの心を掴む誰かが現れたら、アントワーヌはどうするかしらね」
「それは……、フロレルのために、そのような人物は現れないことを祈るしかないな」
愛するオメガに対するアルファの執着心には、恐ろしいものがある。アントワーヌのような上位アルファであれば猶更だ。
フロレルがアントワーヌ以外の者を愛したら、どうなるかわからない。
アントワーヌはフロレルを囲い込んで離さなくなるだろうし、フロレルの相手は生きていられないかもしれない。
いざとなればジョゼフが何とかするだろうとシャルロットは思っている。そして、ジョゼフには動く用意はある。
だけどそれは、良いことではないとも二人は思っていた。
だから、ジョゼフもシャルロットもフロレルとアントワーヌに任せることにしたのだ。
「わたくしたちの子どもが、二人とも幸せになりますように」
「そうだな。それを祈ろう」
微笑むシャルロットの頬に、ジョゼフは口づけを落とした。
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