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35.カフェでデート
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アントワーヌとの待ち合わせの時刻に、フロレルは街歩きができる服装で玄関へ向かう。アントワーヌは既に玄関ホール脇にあるソファで新聞を読んでいた。
「アントワーヌ、待たせてしまったようだね」
「フロレル、いや、わたしの用意が早く済んでしまっただけです」
フロレルの呼びかけに答えたアントワーヌの声は明るい。
アントワーヌは、新聞をテーブルの上に置くといそいそとフロレルの側までやって来て、手を差し出した。
「フロレル、じゃあ行きましょうか」
「ああ、アントワーヌよろしくお願いするよ」
フロレルは、機嫌の良さそうなアントワーヌから差し出された手に少し戸惑ったものの、その手に自分の手を重ね、大人しくエスコートされることにしたのだった。
馬車の中でも、アントワーヌは笑みを絶やさなかった。
「随分と機嫌が良いな」
「フロレルと二人で市街に出かけることができるのが、うれしいのですよ」
その言葉とともに、フロレルの金色の目を見つめるアントワーヌの濃い青色の目が、一層細められる。
その顔を見ながら、アントワーヌが自分のことを『義兄上』と呼ばなくなったのはいつからだったかと、フロレルは記憶を辿っていた。
アントワーヌがフロレルを連れてきたのは、王都に新しくできたカフェだ。
カフェの中には、既に多くの客が入っていて、話題の店らしく繁盛しているようだ。
アントワーヌが予約していた個室は、中庭に面していた。大きなガラス戸の外はテラスになっていて、その向こう側には春の花が色とりどりに植栽されているため眺めが良い。布張りの椅子は座り心地もなかなかである。テーブルにかけられた白いクロスはレースで縁取られ、花の地模様が入ったテーブルナプキンが載せられた皿には濃い青と金の幾何学模様が描かれている。
「フロレル、ケーキスタンドにしましょう。今日入荷のフレッシュな果物を使ったスペシャリテを味わえますよ」
「そうだね、ケーキはアントワーヌにおまかせするよ。紅茶は南方高原産の夏摘みにしよう」
「では、それで」
アントワーヌは値段の書かれていないメニューを眺めているフロレルに選択を促すと、ウエイターにオーダーをした。
「随分と趣味の良いカフェだね。どこでこのような新しい店を知ったのだい?」
「ありがとうございます。実は……、この店を開店するにあたって出資したのですよ」
「……そうだったのか」
ショコラ公爵家としてではなく、アントワーヌ個人の資産から出資金を出していると聞いて、フロレルは目を細めた。
アントワーヌは公爵となってもショコラ公爵家を盛り立てていくことだろう。フロレルは、これから自分は心配する必要はなくなるだろうし、古代語の研究に専念できるものだと考える。フロレルは、自分の金色の瞳を見つめるアントワーヌの濃い青色の瞳の熱には全く気づいていない。
やがて運ばれてきた三段のケーキスタンドに載せられていたのは、季節のフルーツのタルトやショートケーキ、ナッツの焼き菓子、クリスタルのグラスに盛られた小さなトライフルなどだ。
「うん、美味しい……」
ケーキを口に入れて顔を綻ばせるフロレルを見て、アントワーヌは幸せな気分になっていた。愛しい人と二人きりでカフェでデートをしているのだから、アントワーヌが少々浮かれていても、仕方ないことであろう。
そうはいっても、アントワーヌは浮かれているばかりではなかった。
アントワーヌは、ジョゼフからフロレルが自分の気持ちを正確に把握していないということを聞いていた。アントワーヌ自身は、フロレルは自分の望みを知ったうえで伴侶になり番になることを考えてみてくれているのだと思っていた。
だから、ジョゼフからフロレルの認識を聞いた時には衝撃を受けたのだが。
アントワーヌがフロレルに必要な言葉を向けていないからだと、ジョゼフは呆れていた。しかしありがたいことに、ジョゼフはそのことをアントワーヌがフロレルとカフェに行く前に教えてくれたのだ。
今日こそアントワーヌは、『フロレルを愛している』という言葉で自分の気持ちをはっきり伝えようと決心している。
フロレルは、美味しいケーキを心ゆくまで味わい、薫り高い紅茶を堪能した。
当たり障りのない天文の話などをしながら、フロレルはアントワーヌとのカフェでの時間を終える。
「お菓子はどれも美味だったし、接客も良かった。アントワーヌ、素敵なカフェに連れて来てくれてありがとう」
「いや、わたしの視察も兼ねていたからちょうど良かったです。趣味の良いフロレルのお目に叶ったのなら経営上も当面は大丈夫でしょうね」
「ふふ、わたくしがアントワーヌのお役に立てたのならうれしいよ」
フロレルは、アントワーヌと馬車の中で感謝とカフェに関する感想を伝えた。アントワーヌはフロレルの意見に頷きながら、愛しい人が喜びを表していることに満足した。
「この後、もう一か所へお付き合いくださいませんか?」
「ああ、かまわないけれど。どこへいくのだい?」
「天文館へ」
「天文館? ああ、久しぶりだな。子どもの頃によく一緒に行ったね」
アントワーヌがフロレルを誘ったのは、王都にある小さな天文館だ。本格的な天文台は王都の外れにあるが、天文館は子ども向けの施設だ。子どもたちが天文に関する知識を得られるような展示があり、プラネタリウムを楽しむことができる。
フロレルとアントワーヌも、子どもの頃はともに通っていた。しかし、子ども向けの施設であり、フロレルがシャルルと婚約してからは、二人とも足が遠のいていた。
「さあ、フロレル行きましょう」
アントワーヌは、子どもの頃にフロレルに手を引かれて入って行った天文館に足を踏み入れた。
ただし今日は、アントワーヌがフロレルの手を引いている。
アントワーヌは、これから自分が成さねばならないことを思って少し緊張しながら、フロレルの金色の瞳を見つめた。
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