36 / 53
35.カフェでデート
◇◇◇◇◇
アントワーヌとの待ち合わせの時刻に、フロレルは街歩きができる服装で玄関へ向かう。アントワーヌは既に玄関ホール脇にあるソファで新聞を読んでいた。
「アントワーヌ、待たせてしまったようだね」
「フロレル、いや、わたしの用意が早く済んでしまっただけです」
フロレルの呼びかけに答えたアントワーヌの声は明るい。
アントワーヌは、新聞をテーブルの上に置くといそいそとフロレルの側までやって来て、手を差し出した。
「フロレル、じゃあ行きましょうか」
「ああ、アントワーヌよろしくお願いするよ」
フロレルは、機嫌の良さそうなアントワーヌから差し出された手に少し戸惑ったものの、その手に自分の手を重ね、大人しくエスコートされることにしたのだった。
馬車の中でも、アントワーヌは笑みを絶やさなかった。
「随分と機嫌が良いな」
「フロレルと二人で市街に出かけることができるのが、うれしいのですよ」
その言葉とともに、フロレルの金色の目を見つめるアントワーヌの濃い青色の目が、一層細められる。
その顔を見ながら、アントワーヌが自分のことを『義兄上』と呼ばなくなったのはいつからだったかと、フロレルは記憶を辿っていた。
アントワーヌがフロレルを連れてきたのは、王都に新しくできたカフェだ。
カフェの中には、既に多くの客が入っていて、話題の店らしく繁盛しているようだ。
アントワーヌが予約していた個室は、中庭に面していた。大きなガラス戸の外はテラスになっていて、その向こう側には春の花が色とりどりに植栽されているため眺めが良い。布張りの椅子は座り心地もなかなかである。テーブルにかけられた白いクロスはレースで縁取られ、花の地模様が入ったテーブルナプキンが載せられた皿には濃い青と金の幾何学模様が描かれている。
「フロレル、ケーキスタンドにしましょう。今日入荷のフレッシュな果物を使ったスペシャリテを味わえますよ」
「そうだね、ケーキはアントワーヌにおまかせするよ。紅茶は南方高原産の夏摘みにしよう」
「では、それで」
アントワーヌは値段の書かれていないメニューを眺めているフロレルに選択を促すと、ウエイターにオーダーをした。
「随分と趣味の良いカフェだね。どこでこのような新しい店を知ったのだい?」
「ありがとうございます。実は……、この店を開店するにあたって出資したのですよ」
「……そうだったのか」
ショコラ公爵家としてではなく、アントワーヌ個人の資産から出資金を出していると聞いて、フロレルは目を細めた。
アントワーヌは公爵となってもショコラ公爵家を盛り立てていくことだろう。フロレルは、これから自分は心配する必要はなくなるだろうし、古代語の研究に専念できるものだと考える。フロレルは、自分の金色の瞳を見つめるアントワーヌの濃い青色の瞳の熱には全く気づいていない。
やがて運ばれてきた三段のケーキスタンドに載せられていたのは、季節のフルーツのタルトやショートケーキ、ナッツの焼き菓子、クリスタルのグラスに盛られた小さなトライフルなどだ。
「うん、美味しい……」
ケーキを口に入れて顔を綻ばせるフロレルを見て、アントワーヌは幸せな気分になっていた。愛しい人と二人きりでカフェでデートをしているのだから、アントワーヌが少々浮かれていても、仕方ないことであろう。
そうはいっても、アントワーヌは浮かれているばかりではなかった。
アントワーヌは、ジョゼフからフロレルが自分の気持ちを正確に把握していないということを聞いていた。アントワーヌ自身は、フロレルは自分の望みを知ったうえで伴侶になり番になることを考えてみてくれているのだと思っていた。
だから、ジョゼフからフロレルの認識を聞いた時には衝撃を受けたのだが。
アントワーヌがフロレルに必要な言葉を向けていないからだと、ジョゼフは呆れていた。しかしありがたいことに、ジョゼフはそのことをアントワーヌがフロレルとカフェに行く前に教えてくれたのだ。
今日こそアントワーヌは、『フロレルを愛している』という言葉で自分の気持ちをはっきり伝えようと決心している。
フロレルは、美味しいケーキを心ゆくまで味わい、薫り高い紅茶を堪能した。
当たり障りのない天文の話などをしながら、フロレルはアントワーヌとのカフェでの時間を終える。
「お菓子はどれも美味だったし、接客も良かった。アントワーヌ、素敵なカフェに連れて来てくれてありがとう」
「いや、わたしの視察も兼ねていたからちょうど良かったです。趣味の良いフロレルのお目に叶ったのなら経営上も当面は大丈夫でしょうね」
「ふふ、わたくしがアントワーヌのお役に立てたのならうれしいよ」
フロレルは、アントワーヌと馬車の中で感謝とカフェに関する感想を伝えた。アントワーヌはフロレルの意見に頷きながら、愛しい人が喜びを表していることに満足した。
「この後、もう一か所へお付き合いくださいませんか?」
「ああ、かまわないけれど。どこへいくのだい?」
「天文館へ」
「天文館? ああ、久しぶりだな。子どもの頃によく一緒に行ったね」
アントワーヌがフロレルを誘ったのは、王都にある小さな天文館だ。本格的な天文台は王都の外れにあるが、天文館は子ども向けの施設だ。子どもたちが天文に関する知識を得られるような展示があり、プラネタリウムを楽しむことができる。
フロレルとアントワーヌも、子どもの頃はともに通っていた。しかし、子ども向けの施設であり、フロレルがシャルルと婚約してからは、二人とも足が遠のいていた。
「さあ、フロレル行きましょう」
アントワーヌは、子どもの頃にフロレルに手を引かれて入って行った天文館に足を踏み入れた。
ただし今日は、アントワーヌがフロレルの手を引いている。
アントワーヌは、これから自分が成さねばならないことを思って少し緊張しながら、フロレルの金色の瞳を見つめた。
あなたにおすすめの小説
冤罪で追放された王子は最果ての地で美貌の公爵に愛し尽くされる 凍てついた薔薇は恋に溶かされる
尾高志咲/しさ
BL
旧題:凍てついた薔薇は恋に溶かされる
🌟第10回BL小説大賞(2022年)奨励賞。2025年11月アンダルシュノベルズより刊行🌟
ロサーナ王国の病弱な第二王子アルベルトは、突然、無実の罪状を突きつけられて北の果ての離宮に追放された。王子を裏切ったのは幼い頃から大切に想う宮中伯筆頭ヴァンテル公爵だった。兄の王太子が亡くなり、世継ぎの身となってからは日々努力を重ねてきたのに。信頼していたものを全て失くし向かった先で待っていたのは……。
――どうしてそんなに優しく名を呼ぶのだろう。
お前に裏切られ廃嫡されて最北の離宮に閉じ込められた。
目に映るものは雪と氷と絶望だけ。もう二度と、誰も信じないと誓ったのに。
ただ一人、お前だけが私の心を凍らせ溶かしていく。
執着攻め×不憫受け
美形公爵×病弱王子
不憫展開からの溺愛ハピエン物語。
◎書籍掲載は、本編と本編後の四季の番外編:春『春の来訪者』です。
四季の番外編:夏以降及び小話は本サイトでお読みいただけます。
なお、※表示のある回はR18描写を含みます。
🌟第10回BL小説大賞での応援ありがとうございました!
🌟本作は旧Twitterの「フォロワーをイメージして同人誌のタイトルつける」タグで貴宮あすかさんがくださったタイトル『凍てついた薔薇は恋に溶かされる』から思いついて書いた物語です。ありがとうございました。
愛する公爵と番になりましたが、大切な人がいるようなので身を引きます
まんまる
BL
メルン伯爵家の次男ナーシュは、10歳の時Ωだと分かる。
するとすぐに18歳のタザキル公爵家の嫡男アランから求婚があり、あっという間に婚約が整う。
初めて会った時からお互い惹かれ合っていると思っていた。
しかしアランにはナーシュが知らない愛する人がいて、それを知ったナーシュはアランに離婚を申し出る。
でもナーシュがアランの愛人だと思っていたのは⋯。
執着系α×天然Ω
年の差夫夫のすれ違い(?)からのハッピーエンドのお話です。
Rシーンは※付けます
※画像は男の子メーカーpicrewさんよりお借りしました。
※画像は男の子メーカーpicrewさんよりお借りしました。
Xアカウント(@wawawa_o_o_)
もう一度君に会えたなら、愛してると言わせてくれるだろうか
まんまる
BL
王太子であるテオバルトは、婚約者の公爵家三男のリアンを蔑ろにして、男爵令嬢のミランジュと常に行動を共にしている。
そんな時、ミランジュがリアンの差し金で酷い目にあったと泣きついて来た。
テオバルトはリアンの弁解も聞かず、一方的に責めてしまう。
そしてその日の夜、テオバルトの元に訃報が届く。
大人になりきれない王太子テオバルト×無口で一途な公爵家三男リアン
ハッピーエンドかどうかは読んでからのお楽しみという事で。
テオバルドとリアンの息子の第一王子のお話を《もう一度君に会えたなら~2》として上げました。
※画像は男の子メーカーpicrewさんよりお借りしました。
欠陥Ωは孤独なα令息に愛を捧ぐ あなたと過ごした五年間
華抹茶
BL
旧題:あなたと過ごした五年間~欠陥オメガと強すぎるアルファが出会ったら~
子供の時の流行り病の高熱でオメガ性を失ったエリオット。だがその時に前世の記憶が蘇り、自分が異性愛者だったことを思い出す。オメガ性を失ったことを喜び、ベータとして生きていくことに。
もうすぐ学園を卒業するという時に、とある公爵家の嫡男の家庭教師を探しているという話を耳にする。その仕事が出来たらいいと面接に行くと、とんでもなく美しいアルファの子供がいた。
だがそのアルファの子供は、質素な別館で一人でひっそりと生活する孤独なアルファだった。その理由がこの子供のアルファ性が強すぎて誰も近寄れないからというのだ。
だがエリオットだけはそのフェロモンの影響を受けなかった。家庭教師の仕事も決まり、アルファの子供と接するうちに心に抱えた傷を知る。
子供はエリオットに心を開き、懐き、甘えてくれるようになった。だが子供が成長するにつれ少しずつ二人の関係に変化が訪れる。
アルファ性が強すぎて愛情を与えられなかった孤独なアルファ×オメガ性を失いベータと偽っていた欠陥オメガ
●オメガバースの話になります。かなり独自の設定を盛り込んでいます。
●最終話まで執筆済み(全47話)。完結保障。毎日更新。
●Rシーンには※つけてます。
[離婚宣告]平凡オメガは結婚式当日にアルファから離婚されたのに反撃できません
月歌(ツキウタ)
BL
結婚式の当日に平凡オメガはアルファから離婚を切り出された。お色直しの衣装係がアルファの運命の番だったから、離婚してくれって酷くない?
☆表紙絵
AIピカソとAIイラストメーカーで作成しました。
転生先のぽっちゃり王子はただいま謹慎中につき各位ご配慮ねがいます!
梅村香子
BL
バカ王子の名をほしいままにしていたロベルティア王国のぽっちゃり王子テオドール。
あまりのわがままぶりに父王にとうとう激怒され、城の裏手にある館で謹慎していたある日。
突然、全く違う世界の日本人の記憶が自身の中に現れてしまった。
何が何だか分からないけど、どうやらそれは前世の自分の記憶のようで……?
人格も二人分が混ざり合い、不思議な現象に戸惑うも、一つだけ確かなことがある。
僕って最低最悪な王子じゃん!?
このままだと、破滅的未来しか残ってないし!
心を入れ替えてダイエットに勉強にと忙しい王子に、何やらきな臭い陰謀の影が見えはじめ――!?
これはもう、謹慎前にののしりまくって拒絶した専属護衛騎士に守ってもらうしかないじゃない!?
前世の記憶がよみがえった横暴王子の危機一髪な人生やりなおしストーリー!
騎士×王子の王道カップリングでお送りします。
第9回BL小説大賞の奨励賞をいただきました。
本当にありがとうございます!!
※本作に20歳未満の飲酒シーンが含まれます。作中の世界では飲酒可能年齢であるという設定で描写しております。実際の20歳未満による飲酒を推奨・容認する意図は全くありません。
【完結】転生した悪役令息は、お望み通り近付きません
カシナシ
BL
「お前など、愛す価値もない」
ディディア・ファントム侯爵令息が階段から落ちる時見たのは、婚約者が従兄弟を抱きしめている姿。
(これって、ディディアーーBLゲームの悪役令息じゃないか!)
妹の笑顔を見るためにやりこんでいたBLゲーム。引くほどレベルを上げた主人公のスキルが、なぜかディディアに転生してそのまま引き継いでいる。
スキルなしとして家族に『失敗作』と蔑まれていたのは、そのスキルのレベルが高すぎたかららしい。
スキルと自分を取り戻したディディアは、婚約者を追いかけまわすのを辞め、自立に向けて淡々と準備をする。
もちろん元婚約者と従兄弟には近付かないので、絡んでこないでいただけます?
十万文字程度。
3/7 完結しました!
※主人公:マイペース美人受け
※女性向けHOTランキング1位、ありがとうございました。完結までの12日間に渡り、ほとんど2〜5位と食い込めた作品となりました!あああありがとうございます……!。゚(゚´Д`゚)゚。
たくさんの閲覧、イイね、エール、感想は、作者の血肉になります……!(o´ω`o)ありがとうございます!(●′ω`人′ω`●)