【本編完結】オメガの貴公子は黄金の夜明けに微笑む

中屋沙鳥

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50.発情期

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 侍従に医師の手配を頼み、水を運んでもらってからも、フロレルはベッドの上にいる。フロレルは自分の中から沸き起こる熱を押さえられず、身体を抱え込み、まるで胎児のような体勢で毛布にくるまっていた。
 喉が渇いて仕方がない。
 水が入っていたデキャンタの中は、既に空っぽだ。

 部屋の扉を叩く音がする。声を出すのも億劫なフロレルは、ぼんやりと扉が開く音を聞いていた。

「フロル、調子はどう?」
「アンヌ……?」

 フロレルはぼんやりとした頭で、アントワーヌが侍従に聞いて見舞いに来たのかと考えた。アントワーヌの手には水の入ったデキャンタが乗った盆がある。気を利かせて水のお代わりを持ってきたのだろうとフロレルは思った。

 オメガのフロレルが発情期になりかけている状態の寝室にアルファのアントワーヌが足を踏み入れるのは望ましいことではない。どうしてアントワーヌが侍従の代わりに水を持ってきたのかフロレルにはわからない。
 アントワーヌには早く部屋を出て行ってもらわなければならない。フロレルは、荒い吐息の中でアントワーヌに話しかける。

「アンヌ、部屋に入って来てはだめだ……」
「呼吸が荒いね、随分辛そうだ。さあ、水を飲んで」

 アントワーヌはフロレルの言葉を聞き流すようにして、運んできた水をグラスに注いだ。そして、フロレルを抱き起してグラスを口元に持って行く。フロレルは、勧められるがままに水を飲み干してほうと息を吐くと、熟成の進んだブランデーのような香りが、フロレルの鼻先を掠めた。
 アントワーヌがフロレルのベッドサイドテーブルにグラスを置く。そうしてアントワーヌが動くたびに、蠱惑的な香りがフロレルの周りに振りまかれるような気がする。
 その香りを吸い込んだフロレルの身体の熱がぶわりと高まる。
 フロレルは、水を飲ませてくれたアントワーヌの胸を押すと、首を左右に振った。

 フロレルのなけなしの理性が訴えている。

 この香りを吸い込んではだめだと。
 これ以上、このアルファと一緒にいてはいけないと。

「アンヌ、わたくしの側にいては……」
「フロル……良い香りがする……」
「アンヌ?」

 アントワーヌは自分の胸を押して逃れようとするフロレルの手を握り、その首筋に顔を埋めた。

「フロルの香りは、ヴァニラのようだよ」
「アンヌ……! あっ」

 アントワーヌはフロレルの首筋に音を立ててキスをしてから、抱き寄せた。

「ねえフロル、このまま発情期になったらわたしと番になって……」
「アンヌ、それは……」

 フロレルとアントワーヌは、まだ婚姻を結んでいない。王家の婚姻ではあり得ないことだが、貴族であれば婚約中のアルファとオメガが番うということは状況によってはあることであった。
 しかしフロレルは、王太子の伴侶としての教育を受けていたことで、婚姻前には発情期のコントロールをしなければならないと考えていたし、アントワーヌもそれを尊重していた。

 ところが、フロレルの発情期を調整する薬の投与は、あまりうまくいってない。発情期の症状が出ては、薬で押さえるといった繰り返しで、その期間も短くなっている。

 これまでにも、自分のアルファがいれば、この体の熱を、この辛さを楽にしてもらえるかもしれないとフロレルは思うことがあった。

『自分のアルファがいれば、オメガは発情期に不安になることはないのよ』

 フロレルは再びシャルロットの言葉を思い出しながら、自分を抱きしめるアルファの香りを吸い込まないように息を詰めた。

「フロル、わたしのことが受け入れられない?」

 アントワーヌの言葉を聞いて、その顔を見上げると、濃い青色の瞳がフロレルの顔を見つめている。情けなく下がった眉は、いつも自信たっぷりで堂々としているアルファには、およそ似つかわしくないものだ。

「フロルを愛している。一生大切にするから、どうかわたしを受け入れて……!」

 そう言いながら濃い青の瞳を潤ませてフロレルを見つめるアントワーヌは、何とも弱弱しい顔をしている。
 その表情を見たフロレルは、思わずふふふと声を上げて笑ってしまった。

 腹黒いアルファが自分だけに見せる、頼りない顔。

 可愛いアンヌ。

 可愛い、可愛い……、愛しいアンヌ……
 愛しいわたくしのアルファ……

「アンヌ、わたくしは、発情期をアンヌと過ごすことは、アンヌを利用することのように思っていた」
「フロル、そんなことは……」
「そう、そんなことはない。アンヌがわたくしを愛してくれているから、わたくしがアンヌを愛しているから発情期をともに過ごしても良いのだと今気づいた」
「フロル……!」

 フロレルは、アントワーヌの頬を撫でながら微笑んだ。アントワーヌは、フロレルの言葉を聞いて涙を零しながらその身体を強く抱きしめた。

「あ……、アンヌ……」

切なげな声を上げて頬を紅潮させるフロレルの顔を見て、アントワーヌは自分からアルファフェロモンが溢れていることに気づいた。

 フロレルは、そのアントワーヌの香りを吸い込んだ。

 フロレルの心臓は、どくんと大きな音を立てた。身体が熱くなり、身体の中心がずくりと疼きだすのをフロレルは感じた。

 ああ、良い香りがする。
 これは、わたくしのアルファの香りだ……
 わたくしだけの……

 フロレルは、ほんのわずかの間に、目の前にいるアントワーヌのことしか考えられなくなっていた。

 フロレルの瞳が潤み、頬が紅潮するのを見て、アントワーヌは自分の腕の中にいるオメガが完全に発情期に入ったのだと確信した。
 アントワーヌは発情したフロレルの身体をベッドの上に寝かせると、その薔薇色に染まった唇にキスをする。
 唇を割って、舌をねじ込み、口の中を撫でながら唾液を味わう。

 甘い、甘い、愛しいオメガの味がする。

「フロル……」

 アントワーヌは愛しい名前を呼びながら、フロレルの夜着を乱していった。



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