50 / 53
49.シャルロットの思いつき
しおりを挟む◇◇◇◇◇
「アンヌ、ヴェールはこれにしようと思うのだけれどもどうだろうか」
アントワーヌがフロレルの部屋を訪れると、フロレルは、シャルロットとともに婚姻式の衣装を選んでいるところだった。
フロレルは、美しいレースを両手で広げてアントワーヌに見せた。腕や頭に何枚かのレースをかけたままなのはシャルロットのせいだろう。いつも落ち着いた様子のフロレルが、まるで子どものような仕草をするのが楽しいのか、シャルロットも満面に笑みを浮かべている。
「ああ、フロルにとても似合うと思う」
アントワーヌはシャルロットに勧められるままにフロレルの隣に座ると、広げているレースの模様を眺める。繊細で落ち着いた模様はフロレルの美しさを際立たせることだろうと思うと、アントワーヌは思わず笑顔になった。
「アントワーヌも来たことだし、少し休憩しましょうね」
シャルロットはそう言って、侍女にお茶の用意をするように指示を出した。
アントワーヌが、フロレルの肩にかけられたレースをどけてやり、選んだレースを頭に載せる。二人が微笑みあうのを見ながら、シャルロットは満足気の目を細めた。
フロレルがアントワーヌへの愛情を自覚したこともあってか、婚姻式の準備は順調に進んでいる。
シャルロットは、フロレルに幸せな婚姻を結んでほしいと思っていた。愛する一人息子なのだから当然のことだろう。
最初からフロレルはアントワーヌと婚約をして楽しい学園生活を送ることができていればとシャルロットは思う。そもそもフロレルがシャルルと婚約したことは、シャルロットにとって不本意なことだった。
王妃はオメガを蔑んでいて、国王が望んで側妃にしたペシェ家の令嬢はかなり酷いことをされたということを知っていたからだ。なんと言っても発情期に国王が側妃の閨へ行けないように王妃が工作したというのは、許されないことだとシャルロットは考えていた。まあ、フロレルが王宮へ行くまでに王妃のことはジョゼフがどうにかするはずだと思ってはいたのだが。
しかし、その婚約は解消されてフロレルが王宮へ行くことはなくなった。可愛い息子はずっとシャルロットの側にいるのだ。そのうえ、元凶だった王妃は自滅してこの世にいないのだから、どうでもいいことになったのだ。そう思いながら、シャルロットは香り高い紅茶を口に含んだ。
それより、シャルロットの心配事は別のところにある。
それは、フロレルの発情を調整する薬の調剤がなかなかうまくいかないことだ。発情期が安定しないオメガの辛さは、思春期に自分も経験しているため、シャルロットにはよくわかる。
シャルロットにはジョゼフがいたから、思春期の不安定な発情期を何とか過ごすことができたのだ。フロレルの投薬がうまくいかないのも、シャルロットに体質が似てしまったからなのかもしれない。
目の前で優雅にお茶を飲んでいる可愛いフロレル。大切なシャルロットの一人息子だ。
何とかしてあげないと。
シャルロットはとある決心をし、拳を握りしめて、立ち上がった。
「お母様? どうなさいました」
「フロレル、わたくしにまかせておきなさい」
「え? いったい何を……」
「ヴェールは決まったし、お衣装の生地はフロレルとアントワーヌとで揃いになるように打ち合わせてね。またあとでお部屋に来ますから」
「はい、義母上……」
フロレルの質問にシャルロットは答えたつもりだ。しかし、シャルロットが何を考えていたのかわからないフロレルは、首を傾げるしかない。
フロレルはアントワーヌとともにシャルロットの指示に頷き、部屋を出て行く後ろ姿を見送った。
「ねえジョゼフ、フロレルとアントワーヌのことだけれど、わたくし良いことを思いついたのよ」
「良いこと?」
「ええ」
シャルロットが執務室に入って来るなり始めた話に、ジョゼフは面食らう。もっともジョゼフが、シャルロットが何か決意をするのが突然であることには慣れているともいえるのだが。いずれにせよ、アルファが愛しいオメガに逆らうことなど到底無理なのだ。
「どのようなことかな?」
ジョゼフは、シャルロットの笑顔を見つめて、その美しい唇からもたらされる言葉を待った。
◇◇◇◇◇
その日の朝、フロレルは体が熱っぽくて重い感覚になっていた。それは、以前に医者から発情期の前駆症状になっていると言われたときと同じ感覚であった。
「今回の薬も合っていないのだな……」
フロレルは枕元にある水を飲み干し、ため息を吐いた。
「アントワーヌと婚姻をしていれば楽にしてもらえる……のか……?」
フロレルは以前にシャルロットから聞いたことを思い出していた。
『自分のアルファがいれば、オメガは発情期に不安になることはないのよ』という言葉だ。
アルファの精を注がれれば、オメガは発情期を安心して過ごすことができる。一人で過ごす発情期はとても苦しいという。そう、以前に薬が合わなくて発情期の前駆症状を迎えたときも、フロレルは身体が熱く、特に下半身が熱を持ってとてもつらかったのだ。
「アンヌ……」
フロレルは、アントワーヌとキスをしたときのことを思い出して、身体が余計に暑くなるのを感じた。右手を自分の中心に伸ばしかけたフロレルだったが、はたと正気に戻って枕を抱きしめた。
「何をしているのだ。わたくしは……」
以前より、身体が熱くなるのが早い。
フロレルは、どんどん熱くなる身体の欲望に耐えきれるかが不安になってくるが、このまま一人で寝台の上にいるわけにはいかないだろうとぼんやりと考える。
フロレルは、理性を振り絞って、医者の手配を命じるために侍従を呼ぶベルを鳴らした。
352
あなたにおすすめの小説
「オレの番は、いちばん近くて、いちばん遠いアルファだった」
星井 悠里
BL
大好きだった幼なじみのアルファは、皆の憧れだった。
ベータのオレは、王都に誘ってくれたその手を取れなかった。
番にはなれない未来が、ただ怖かった。隣に立ち続ける自信がなかった。
あれから二年。幼馴染の婚約の噂を聞いて胸が痛むことはあるけれど、
平凡だけどちゃんと働いて、それなりに楽しく生きていた。
そんなオレの体に、ふとした異変が起きはじめた。
――何でいまさら。オメガだった、なんて。
オメガだったら、これからますます頑張ろうとしていた仕事も出来なくなる。
2年前のあの時だったら。あの手を取れたかもしれないのに。
どうして、いまさら。
すれ違った運命に、急展開で振り回される、Ωのお話。
ハピエン確定です。(全10話)
2025年 07月12日 ~2025年 07月21日 なろうさんで完結してます。
王女が捨てた陰気で無口で野暮ったい彼は僕が貰います
卯藤ローレン
BL
「あなたとの婚約を、今日この場で破棄いたします!」――王宮の広間に突然響いた王女の決別宣言。その言葉は、舞踏会という場に全く相応しくない地味で暗い格好のセドリックへと向けられていた。それを見ていたウィリムは「じゃあ、僕が貰います!」と清々しく強奪宣言をした。誰もが一歩後ずさる陰気な雰囲気のセドリック、その婚約者になったウィリムだが徐々に誤算が生じていく。日に日に婚約者が激変していくのだ。身長は伸び、髪は整えられ、端正な顔立ちは輝き、声変わりまでしてしまった。かつての面影などなくなった婚約者に前のめりで「早く結婚したい」と迫られる日々が待っていようとは、ウィリムも誰も想像していなかった。
◇地味→美男に変化した攻め×素直で恐いもの知らずな受け。
伯爵家次男は、女遊びの激しい(?)幼なじみ王子のことがずっと好き
メグエム
BL
伯爵家次男のユリウス・ツェプラリトは、ずっと恋焦がれている人がいる。その相手は、幼なじみであり、王位継承権第三位の王子のレオン・ヴィルバードである。貴族と王族であるため、家や国が決めた相手と結婚しなければならない。しかも、レオンは女関係での噂が絶えず、女好きで有名だ。男の自分の想いなんて、叶うわけがない。この想いは、心の奥底にしまって、諦めるしかない。そう思っていた。
ノーマルの俺を勝手に婚約者に据えた皇子の婚約破棄イベントを全力で回避する話。
Q矢(Q.➽)
BL
近未来日本のようでもあり、中世の西洋のようでもある世界。
皇国と貴族と魔力が存在する世界。
「誰が皇子と婚約したいなんて言った。」
過去に戻った主人公が、自分の死を回避したいが故に先回りして色々頑張れば頑張るほど執着されてしまう話。
同性婚は普通の世界。
逃げ切れるかどうかは頑張り次第。
※
生温い目で優しく暇潰し程度にご覧下さい。
追放された味見係、【神の舌】で冷徹皇帝と聖獣の胃袋を掴んで溺愛される
水凪しおん
BL
「無能」と罵られ、故郷の王宮を追放された「味見係」のリオ。
行き場を失った彼を拾ったのは、氷のような美貌を持つ隣国の冷徹皇帝アレスだった。
「聖獣に何か食わせろ」という無理難題に対し、リオが作ったのは素朴な野菜スープ。しかしその料理には、食べた者を癒やす伝説のスキル【神の舌】の力が宿っていた!
聖獣を元気にし、皇帝の凍てついた心をも溶かしていくリオ。
「君は俺の宝だ」
冷酷だと思われていた皇帝からの、不器用で真っ直ぐな溺愛。
これは、捨てられた料理人が温かいご飯で居場所を作り、最高にハッピーになる物語。
愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない
了承
BL
卒業パーティー。
皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。
青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。
皇子が目を向けた、その瞬間——。
「この瞬間だと思った。」
すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。
IFストーリーあり
誤字あれば報告お願いします!
公爵家令息と幼馴染の王子の秘め事 ~禁じられても溺愛は止められない~
すえつむ はな
BL
代々王家を支える公爵家の嫡男として生まれたエドウィンは、次代の王となるアルバート王太子の話し相手として出会い、幼い頃から仲の良い友人として成長した。
いつしかエドウィンの、そしてアルバートの中には、お互いに友人としてだけでない感情が生まれていたが、この国では同性愛は禁忌とされていて、口に出すことすら出来ない。
しかもアルバートの婚約者はでエドウィンの妹のメアリーである……
正直に恋心を伝えられない二人の関係は、次第にこじれていくのだった。
トップアイドルα様は平凡βを運命にする【完】
新羽梅衣
BL
ありきたりなベータらしい人生を送ってきた平凡な大学生・春崎陽は深夜のコンビニでアルバイトをしている。 ある夜、コンビニに訪れた男と目が合った瞬間、まるで炭酸が弾けるような胸の高鳴りを感じてしまう。どこかで見たことのある彼はトップアイドル・sui(深山翠)だった。 翠と陽の距離は急接近するが、ふたりはアルファとベータ。翠が運命の番に憧れて相手を探すために芸能界に入ったと知った陽は、どう足掻いても番にはなれない関係に思い悩む。そんなとき、翠のマネージャーに声をかけられた陽はある決心をする。 運命の番を探すトップアイドルα×自分に自信がない平凡βの切ない恋のお話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる