【本編完結】オメガの貴公子は黄金の夜明けに微笑む

中屋沙鳥

文字の大きさ
49 / 53

48.十三番目の月に

しおりを挟む

 アントワーヌの唇は、フロレルの唇に少しの湿り気と熱を与えて離れて行った。唇がすぐに離れて行ったことをなぜか寂しいと思いながら、フロレルは目を開く。目の前にあるアントワーヌの濃い青色の瞳はわずかに細められていて、フロレルには微笑んでいるように見えた。

 この気持ちは何だろうか。

 フロレルは目の前にいる男が、とても愛しい者のように感じて少しばかり狼狽えていた。家族を愛しているという気持ちとも違う感情。
 フロレルは、そのような気持ちをこれまで他者に抱いた覚えはない。そういう気持ちが自分の中にあるということを知らなかっただけなのだが、フロレルにとっては大きな認識の転換であった。
 そして、アントワーヌ以外にこのような感情は持てないのではないかということを自覚した瞬間でもあったのだ。

 アントワーヌは、フロレルの瞳の黄金色の空を見ていて恋しい気持ちがつのってしまい、思わずその唇にキスしてしまったのだ。
 あわてて唇を離したのだが、キスをした後のフロレルの顔に嫌悪感がなく、むしろ好意的な表情が浮かんでいるのを見て、アントワーヌは安心したように微笑んだ。
 アントワーヌは、プラネタリウムを見る間につないでいた手を、指を絡めるようにつなぎ直し、自分の手に軽く力を込める。その手をフロレルが握り返してくれたことで、アントワーヌは底知れぬ幸福感を抱いたのだった。

 プラネタリウムが終わって周囲が明るくなってしまえば、アントワーヌはいつものようにフロレルをエスコートする。先ほどまでの甘い雰囲気ではなく、貴族の婚約者同士に相応しい背筋の伸びた姿勢で天文館の中にある展示物を見てまわる。二人は通常通りのつもりであったが、いつものアントワーヌとフロレルの様子を知っている者ならば、確実に距離が近づいているのがわかる雰囲気だ。
 後に、天文館を歩いているアントワーヌとフロレルの仲睦まじい様子が、社交界の話題となることを、二人はまだ知らない。


 フロレルとアントワーヌが婚約者になってからは、天文館の帰りには、王都の丘陵公園に向かうのが常となっていた。
 二人は東側にあるベンチに並んで腰をかけ、陽が暮れたばかりの濃い青色の空に浮かぶ十三番目の月を眺めた。

「満月ではないけれど、十三番目の月も趣があって美しいね」
「そうだね、明るく輝いていて、まるで薄雲の前に月があるかのように見えるよ」

 フロレルが呟く声に頷きながら、アントワーヌはその華奢な体を抱き寄せた。

「ねえアンヌ、十三番目の月に祈ると幸せな婚姻ができるという言い伝えを知っている?」
「え、満月に祈ると願いが叶うという物語は読んだことがあるような気がするが、十三番目の月の話は聞いたことがないな」

 フロレルの話に出て来る十三番目の月の話は知らなかったものの、満月には幾度となく願いをかけていたアントワーヌは少しばかり心臓を騒めかせた。アントワーヌの願いというのはまさしくフロレルとの『幸せな婚姻』というものであったのだから。
 そんなアントワーヌの胸の内を知ってか知らずか、フロレルは十三番目の月の話を続けた。

「古代語の研究の中に、十三番目の月の話が出てくるのだ。これは天文の話というよりは、伝承といわれるような話ではあるのだけれど」

 フロレルはアントワーヌの手を少し握ってから、十三番目の月の伝承を語った。

 十五番目の満月が願いを叶えてくれるという伝説は、昔から各地にある。丸く輝く欠けた所のない月に、昔から人は思いを馳せて願掛けをしたのだろう。
 しかし古代の伝承の中には、満月に祈るだけで叶うのは片方の思いだけだというものがあるのだ。

 自分の願いだけを叶えて婚姻を結んでも相手の気持ちが伴わないため、片思いで婚姻を結んでしまうことになると。

 古の姫君は満月に願って恋する騎士と婚姻を結ぶことができたが、騎士の思いは姫君にはなかった。姫君は、片恋を抱えたまま不幸な婚姻生活をすることになった。
 そんなある日、思いを返してもらえず悩む姫君の夢枕に月の女神が立った。月の女神は姫君に、『十三番目の月に相手の気持ちを得られるようにと願いなさい』と伝えたそうだ。姫君は女神の言葉に従って、十三番目の月に祈り続け、ようやく騎士の思いを得ることができたという。
 その物語とともに、十三番目の月に願掛けをして相手の気持ちを自分に向けてもらう努力をし、十五番目の月に婚姻を結ぶ願掛けをして願いを叶えてもらうことで、円満な家庭を築くことができるようになると言い伝えられているという古代語の碑文がある。

「おそらく月は関係なくて、権力により強引に結んだ婚姻だけでは幸せになれない。婚姻後も、円満になるための努力をしなければならないという話なのだろうと思うけれど」
「フロル、それは……」

 フロレルは、アントワーヌの言葉を遮るように人差し指を彼の唇にあてた。

「わたくしは、アンヌと幸せな婚姻を結びたい。それを今宵の十三番目の月に願おうと思うのだ。アントワーヌ、愛しているよ」

 そう言うフロレルの手をアントワーヌは握りしめて自分の頬に添える。

「フロル、いつから……」
「いつからだったのか、わからない……。本当はともに星を見て眠ったあの頃から、わたくしはアンヌのことを愛していたのかもしれない……」

 アントワーヌの問いかけに、フロレルは自然にそう答えていた。そう、記憶を辿れば、フロレルはいつもアントワーヌのことばかりを考えていたのだ。

「フロル、わたしも十三番目の月に祈るよ。フロルと幸せな婚姻を結んで、そして、いつまでも幸せでいられますようにと」
「アンヌ……」

 アントワーヌはフロレルの手を自分の肩の上に乗せる。そして、フロレルの顎を掬ったアントワーヌはその唇を自分の唇で塞いだ。

 アントワーヌは、フロレルの唇をついばむようにキスをした。そして、一度唇を離し、黄金の瞳を見つめる。

 潤んだフロレルの瞳を見たアントワーヌはたまらない気持ちで、再びその唇に自分の唇を重ねる。喜びに溢れたアントワーヌは、フロレルの薔薇色の唇を食べるようにキスを続けた。



しおりを挟む
感想 37

あなたにおすすめの小説

「オレの番は、いちばん近くて、いちばん遠いアルファだった」

星井 悠里
BL
大好きだった幼なじみのアルファは、皆の憧れだった。 ベータのオレは、王都に誘ってくれたその手を取れなかった。 番にはなれない未来が、ただ怖かった。隣に立ち続ける自信がなかった。 あれから二年。幼馴染の婚約の噂を聞いて胸が痛むことはあるけれど、 平凡だけどちゃんと働いて、それなりに楽しく生きていた。 そんなオレの体に、ふとした異変が起きはじめた。 ――何でいまさら。オメガだった、なんて。 オメガだったら、これからますます頑張ろうとしていた仕事も出来なくなる。 2年前のあの時だったら。あの手を取れたかもしれないのに。 どうして、いまさら。 すれ違った運命に、急展開で振り回される、Ωのお話。 ハピエン確定です。(全10話) 2025年 07月12日 ~2025年 07月21日 なろうさんで完結してます。

王女が捨てた陰気で無口で野暮ったい彼は僕が貰います

卯藤ローレン
BL
「あなたとの婚約を、今日この場で破棄いたします!」――王宮の広間に突然響いた王女の決別宣言。その言葉は、舞踏会という場に全く相応しくない地味で暗い格好のセドリックへと向けられていた。それを見ていたウィリムは「じゃあ、僕が貰います!」と清々しく強奪宣言をした。誰もが一歩後ずさる陰気な雰囲気のセドリック、その婚約者になったウィリムだが徐々に誤算が生じていく。日に日に婚約者が激変していくのだ。身長は伸び、髪は整えられ、端正な顔立ちは輝き、声変わりまでしてしまった。かつての面影などなくなった婚約者に前のめりで「早く結婚したい」と迫られる日々が待っていようとは、ウィリムも誰も想像していなかった。 ◇地味→美男に変化した攻め×素直で恐いもの知らずな受け。

伯爵家次男は、女遊びの激しい(?)幼なじみ王子のことがずっと好き

メグエム
BL
 伯爵家次男のユリウス・ツェプラリトは、ずっと恋焦がれている人がいる。その相手は、幼なじみであり、王位継承権第三位の王子のレオン・ヴィルバードである。貴族と王族であるため、家や国が決めた相手と結婚しなければならない。しかも、レオンは女関係での噂が絶えず、女好きで有名だ。男の自分の想いなんて、叶うわけがない。この想いは、心の奥底にしまって、諦めるしかない。そう思っていた。

ノーマルの俺を勝手に婚約者に据えた皇子の婚約破棄イベントを全力で回避する話。

Q矢(Q.➽)
BL
近未来日本のようでもあり、中世の西洋のようでもある世界。 皇国と貴族と魔力が存在する世界。 「誰が皇子と婚約したいなんて言った。」 過去に戻った主人公が、自分の死を回避したいが故に先回りして色々頑張れば頑張るほど執着されてしまう話。 同性婚は普通の世界。 逃げ切れるかどうかは頑張り次第。 ※ 生温い目で優しく暇潰し程度にご覧下さい。

追放された味見係、【神の舌】で冷徹皇帝と聖獣の胃袋を掴んで溺愛される

水凪しおん
BL
「無能」と罵られ、故郷の王宮を追放された「味見係」のリオ。 行き場を失った彼を拾ったのは、氷のような美貌を持つ隣国の冷徹皇帝アレスだった。 「聖獣に何か食わせろ」という無理難題に対し、リオが作ったのは素朴な野菜スープ。しかしその料理には、食べた者を癒やす伝説のスキル【神の舌】の力が宿っていた! 聖獣を元気にし、皇帝の凍てついた心をも溶かしていくリオ。 「君は俺の宝だ」 冷酷だと思われていた皇帝からの、不器用で真っ直ぐな溺愛。 これは、捨てられた料理人が温かいご飯で居場所を作り、最高にハッピーになる物語。

愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない

了承
BL
卒業パーティー。 皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。 青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。 皇子が目を向けた、その瞬間——。 「この瞬間だと思った。」 すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。   IFストーリーあり 誤字あれば報告お願いします!

トップアイドルα様は平凡βを運命にする【完】

新羽梅衣
BL
ありきたりなベータらしい人生を送ってきた平凡な大学生・春崎陽は深夜のコンビニでアルバイトをしている。 ある夜、コンビニに訪れた男と目が合った瞬間、まるで炭酸が弾けるような胸の高鳴りを感じてしまう。どこかで見たことのある彼はトップアイドル・sui(深山翠)だった。 翠と陽の距離は急接近するが、ふたりはアルファとベータ。翠が運命の番に憧れて相手を探すために芸能界に入ったと知った陽は、どう足掻いても番にはなれない関係に思い悩む。そんなとき、翠のマネージャーに声をかけられた陽はある決心をする。 運命の番を探すトップアイドルα×自分に自信がない平凡βの切ない恋のお話。

白銀オメガに草原で愛を

phyr
BL
草原の国ヨラガンのユクガは、攻め落とした城の隠し部屋で美しいオメガの子どもを見つけた。 己の年も、名前も、昼と夜の区別も知らずに生きてきたらしい彼を置いていけず、連れ帰ってともに暮らすことになる。 「私は、ユクガ様のお嫁さんになりたいです」 「ヒートが来るようになったとき、まだお前にその気があったらな」 キアラと名づけた少年と暮らすうちにユクガにも情が芽生えるが、キアラには自分も知らない大きな秘密があって……。 無意識溺愛系アルファ×一途で健気なオメガ ※このお話はムーンライトノベルズ様にも掲載しています

処理中です...