【本編完結】オメガの貴公子は黄金の夜明けに微笑む

中屋沙鳥

文字の大きさ
17 / 53

16.残り香

しおりを挟む


 フロレルは、ショコラ公爵邸に引きこもっていた。

 久しぶりに学園に登園したフロレルは、シャルルから罵声を浴びせられて調子が悪くなった。その日の夜からフロレルは、更に酷く具合が悪くなったのだ。そして医師より、その体調不良は発情期の前のようなホルモンバランスの異常によるものだと診断され、しばらくは安静にしているようにと指示をされた。
 シュクレ王国のオメガは、第二性がオメガであると診断された日から、発情期を無事に過ごせるように薬を処方される。そして結婚するまでは、その薬を飲み続けるのだ。本人の体質によって、また成長によって薬は調整されて処方される。
 フロレルは新しい薬を処方されたこともあって、医師から安静を命じられたのだ。
 安静と言ってもベッドに横になっていなければならないわけでもなかったため、フロレルは本を読んだり古代語の翻訳をしたりして有意義な時間を過ごしていた。
 特に、オランジュ教授から見舞いにと贈られた、古代の天文図とそれに添えられた古代語の写しをフロレルは夢中になって読み耽った。



「シャルル殿下は、相変わらずボンボン子爵令息を側に侍らせていらっしゃるわ」
「まあ、シャルル殿下の片思いと周囲は思っているようですけれど」
「そう……、ボンボン子爵令息は迷惑に思っていないのかな」
「あの方は、アントワーヌ様やカミュ様に勉強を教えてもらえるのが有難いと、周囲にお話になっているようですわ」
「本人が本当にそう思っているのなら良いのだけれど」
「フロレル様、ご自分の婚約者のことなのに、ボンボン子爵令息に対してお優しすぎますわ」

 休日にはクロディーヌとルイーズがショコラ公爵家を訪れて、学園の様子をフロレルに教えてくれた。シャルルはルネと友人なのだから、仲良くしていても問題ないと言っているようだ。しかし、シャルルは例えばアントワーヌやカミュ、ジャックの肩を抱いて歩くようなことはしない。

 明らかにアルファがオメガを『寵愛』する姿を、学園の中でみなに見せつけている。それはオメガにとって、あまり外聞の良い話ではない。
 しかし、ルネがそれを嫌がっていないのならば、周囲がどうこう言うことではないだろうとフロレルは思う。
 ルネ自身は『友人』だと本当に思っているのかもしれないと、クロディーヌとルイーズが話しているのをフロレルは黙って聞いていた。

「そういえば、あのような様子で、ボンボン子爵令息の縁談には影響しないのでしょうかね?」
「そうですわね……」

 クロディーヌがふと漏らした言葉に、ルイーズは同意ともとれる言葉を返す。

「さあ、何もかもなるようにしかならないだろうね……」
「フロレル様……、軽口でしたわ」
「申し訳ありません」

 フロレルの諦めたような言葉に、クロディーヌとルイーズははっとする。フロレルは、シャルルの婚約者なのだ。無神経な発言をしたとクロディーヌとルイーズは詫びる姿勢を見せるが、フロレルは気にすることはないとばかりに笑みを返した。
 希少なオメガであれば子爵令息であっても、どこかの高位貴族の養子になれば王家に嫁ぐことはできるだろう。その時シャルルはショコラ公爵家の後ろ盾を失い、立太子することは叶わなくなる。
 それをシャルルはどう考えているのか。
 そして、ボンボン子爵は自分の息子のことをどう考えているのか。


「可哀想なボンボン子爵令息。いや、可哀想なのはわたくしも同じかな」

 クロディーヌとルイーズを見送った後、フロレルはぽつりと呟いた。
 ルネも自分も、アルファに振り回されるオメガでしかないと自嘲したのだ。

「義兄上、どうかされましたか?」

 玄関ホールでぼんやりとしていたフロレルは、帰宅した様子のアントワーヌの声で現実に引き戻された。

「あ……ああ、アントワーヌ出かけていたのか。お帰りなさい。わたくしは、クロディーヌとルイーズを見送ったところだ」
「そうでしたか。このような場所では冷えます。部屋へ一旦入られませ」

 まるで言い訳をするようだと思いながら、フロレルはアントワーヌを見上げた。そんな心の内を知る由もないアントワーヌはフロレルに笑顔を向けると、部屋に戻るよう促した。

「では義兄上、晩餐まで失礼いたします」

 アントワーヌは、フロレルに近づくことなく自室に帰っていく。そんなアントワーヌの様子に、フロレルは首を傾げる。
 最近はあんなにエスコートをしたがっていたアントワーヌが、いったいどうしたというのだろうか。もちろん、屋敷内のこのような状況でアントワーヌがフロレルをエスコートする必要はないのだが。

「あ……」

 アントワーヌが去った後の残り香。以前に感じた花の香りに薄く混じるオメガフェロモン。

 それを感じたフロレルは思わず声をもらした。

 アントワーヌは、オメガの誰かと会っていたのだ。その香りは、フロレルが王妃に殴打された日に会っていたのと同じオメガのものだ。

 その相手に、フロレルは思い当たる節があった。

「そうか、彼は次代のショコラ公爵の伴侶になるという道があるのかな」

 その時フロレルは、領地の片隅にでも置いてもらえるだろうか。追い出されたりしないだろうか。

 やはり今のうちにジョゼフに頼んで、天文台を作ってもらうのが良いのかもしれない。
 そこで古代の天文図と現在の天文図を引き比べた研究をするのだ。
 フロレルは、楽しいことを考えようと思いを巡らせる。

 どうしてこんなに衝撃を受けているのか。

 フロレルには自分の心の内が、わからなかった。


◇◇◇◇◇


「ルネを側に置いておく方法はないか……?」

 シャルルは自室で独り呟く。
 可愛い可愛いルネ。
「ルネ」と呼びかけると、シャルルに自然な、愛らしい笑顔を向けてくれる。その笑顔が、アントワーヌやカミュ、ジャックにも向けられているのは少々気に入らないが、まだ自分の気持ちをルネに伝えてはいないのだから、仕方ないだろう。
 シャルルはそう考えながら、爪を噛んだ。

「フロレルをどうするかだな」

 ルネと結ばれるためには、フロレルは邪魔者でしかない。王妃の不興を買ったのはフロレルが悪いのに、ジョゼフに泣きついて王宮に来なくなったことも気に入らない。

 おかげで王妃は自分の自由になる予算が減ったと嘆いてシャルルに当たり散らしているのだ。

 フロレルさえ王妃の言うことを聞いておけば良かったのに。優秀で従順なはずの婚約者が、今回に限ってどうしてそのような行動を取ったのかわからない。

 それを考えて、シャルルは美しく整えられた爪を再び強く噛んで歯型をつけた。

 全て逆恨みであるが、それを修正してくれる者は、シャルルの側にはいなかった。
 爪を噛む悪い癖を注意してくれる者も、今はいない。

 シャルルは、フロレルを排除するにしても、ジョゼフを怒らせてしまっては元も子もないということを、今回の件で学習した。
 ルネを手に入れるには、フロレルに瑕疵をつけなければならない。ジョゼフにも仕方ないと思わせるような大きな瑕疵を。

 しかし……

「一体どうすればいいんだ……!」

 シャルルには、人を陥れたいという気持ちがあっても、そのような計略を考える能力はない。
 その気持ちを良き方向に向けるためにフロレルが婚約者となり、良き計略を考えて実行するためにアントワーヌとカミュ、ジャックが側近となったのだが、シャルルはそれを全く生かせない王子になっていた。

 まるで王妃のようだ。

 そう言ったのは、誰だったのか。



しおりを挟む
感想 37

あなたにおすすめの小説

公爵家令息と幼馴染の王子の秘め事 ~禁じられても溺愛は止められない~

すえつむ はな
BL
代々王家を支える公爵家の嫡男として生まれたエドウィンは、次代の王となるアルバート王太子の話し相手として出会い、幼い頃から仲の良い友人として成長した。 いつしかエドウィンの、そしてアルバートの中には、お互いに友人としてだけでない感情が生まれていたが、この国では同性愛は禁忌とされていて、口に出すことすら出来ない。 しかもアルバートの婚約者はでエドウィンの妹のメアリーである…… 正直に恋心を伝えられない二人の関係は、次第にこじれていくのだった。

伯爵家次男は、女遊びの激しい(?)幼なじみ王子のことがずっと好き

メグエム
BL
 伯爵家次男のユリウス・ツェプラリトは、ずっと恋焦がれている人がいる。その相手は、幼なじみであり、王位継承権第三位の王子のレオン・ヴィルバードである。貴族と王族であるため、家や国が決めた相手と結婚しなければならない。しかも、レオンは女関係での噂が絶えず、女好きで有名だ。男の自分の想いなんて、叶うわけがない。この想いは、心の奥底にしまって、諦めるしかない。そう思っていた。

「オレの番は、いちばん近くて、いちばん遠いアルファだった」

星井 悠里
BL
大好きだった幼なじみのアルファは、皆の憧れだった。 ベータのオレは、王都に誘ってくれたその手を取れなかった。 番にはなれない未来が、ただ怖かった。隣に立ち続ける自信がなかった。 あれから二年。幼馴染の婚約の噂を聞いて胸が痛むことはあるけれど、 平凡だけどちゃんと働いて、それなりに楽しく生きていた。 そんなオレの体に、ふとした異変が起きはじめた。 ――何でいまさら。オメガだった、なんて。 オメガだったら、これからますます頑張ろうとしていた仕事も出来なくなる。 2年前のあの時だったら。あの手を取れたかもしれないのに。 どうして、いまさら。 すれ違った運命に、急展開で振り回される、Ωのお話。 ハピエン確定です。(全10話) 2025年 07月12日 ~2025年 07月21日 なろうさんで完結してます。

王女が捨てた陰気で無口で野暮ったい彼は僕が貰います

卯藤ローレン
BL
「あなたとの婚約を、今日この場で破棄いたします!」――王宮の広間に突然響いた王女の決別宣言。その言葉は、舞踏会という場に全く相応しくない地味で暗い格好のセドリックへと向けられていた。それを見ていたウィリムは「じゃあ、僕が貰います!」と清々しく強奪宣言をした。誰もが一歩後ずさる陰気な雰囲気のセドリック、その婚約者になったウィリムだが徐々に誤算が生じていく。日に日に婚約者が激変していくのだ。身長は伸び、髪は整えられ、端正な顔立ちは輝き、声変わりまでしてしまった。かつての面影などなくなった婚約者に前のめりで「早く結婚したい」と迫られる日々が待っていようとは、ウィリムも誰も想像していなかった。 ◇地味→美男に変化した攻め×素直で恐いもの知らずな受け。

死に戻りオメガはもう旦那様の言うことを聞きたくありません!

進木えい
BL
オリジナル小説を書いているのですが長くてモチベーションの維持が難しく、作成途中のものを公開して更新しようと考えています。もしご興味がありましたらう応援してくださると嬉しいです。

愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない

了承
BL
卒業パーティー。 皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。 青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。 皇子が目を向けた、その瞬間——。 「この瞬間だと思った。」 すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。   IFストーリーあり 誤字あれば報告お願いします!

ノーマルの俺を勝手に婚約者に据えた皇子の婚約破棄イベントを全力で回避する話。

Q矢(Q.➽)
BL
近未来日本のようでもあり、中世の西洋のようでもある世界。 皇国と貴族と魔力が存在する世界。 「誰が皇子と婚約したいなんて言った。」 過去に戻った主人公が、自分の死を回避したいが故に先回りして色々頑張れば頑張るほど執着されてしまう話。 同性婚は普通の世界。 逃げ切れるかどうかは頑張り次第。 ※ 生温い目で優しく暇潰し程度にご覧下さい。

5回も婚約破棄されたんで、もう関わりたくありません

くるむ
BL
進化により男も子を産め、同性婚が当たり前となった世界で、 ノエル・モンゴメリー侯爵令息はルーク・クラーク公爵令息と婚約するが、本命の伯爵令嬢を諦められないからと破棄をされてしまう。その後辛い日々を送り若くして死んでしまうが、なぜかいつも婚約破棄をされる朝に巻き戻ってしまう。しかも5回も。 だが6回目に巻き戻った時、婚約破棄当時ではなく、ルークと婚約する前まで巻き戻っていた。 今度こそ、自分が不幸になる切っ掛けとなるルークに近づかないようにと決意するノエルだが……。

処理中です...