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70.緊急事態が起きました
しおりを挟むウーリヒ先生の証言の内容は、僕には全く知らされなかった。当初は、被害者である僕には適切に知らせるということになっていたのだ。それが、自白剤を投与して一定の証言が得られたというあたりから、僕には情報が入って来なくなった。何かあるのだろう。
それは、予想以上にシュテルン王国にとって良くないことなのかもしれないという考えは、持っているべきなのだろうと思う。
ラインハルト様には捜査情報が入っているのだろうけれど、僕にお話してくださらないのだから、それが最善ということなのだろう。
黒幕が明らかになって逮捕されるまでは、しかるべき立場の人間のみが情報を持っているべきだ。
僕はそんなふうに自分を納得させて、それなりに忙しい日々を過ごしていた。
王子の伴侶としての教育を受けるため、僕は学校から王宮へ向かう。
ラインハルト様は、公務のため学校を休んでいらっしゃったので、王宮でお会いできることを楽しみにしながら馬車に揺られていた。
王宮へ到着し、いつもの門から馬車を入れようとしたのだが、長蛇の列ができている。
どうしたのだろうか。
「これでは……、かなり待たされそうですね」
「今日は検問が厳しいようですね。様子を見て参ります」
僕の呟きを聞いて、護衛が検問所に状況を確認して来てくれた。それによると、何やら緊急事態が発生したらしい。護衛が話をつけてきてくれたので、僕は先に王宮に入ることができた。
皆が待っているのに先に入るなんて、自分だけずるいことをしたようで心苦しい。しかし護衛の立場から考えると、このような外部と接触できるような場所に王子の婚約者である僕を長時間留め置く方が警備に支障が出るらしい。
馬車止めから王宮内に入り、いつも教師から指導を受けている場所に向かおうとすると、王妃殿下の女官が僕を呼びに来た。
「ヒムメル侯爵令息におかれましては、王妃宮にお越しいただきたいとのことです」
「わかりました」
僕は自分の護衛と王宮の近衛に囲まれながら、王妃宮まで移動する。そして、いつもお茶をいただいているサロンの方へ案内された。
サロンには、王妃殿下が動きやすそうなデイドレス姿でソファに腰かけていらっしゃる。他の方は同席なさっていない様子だ。
「おお、ラファエル、足を運んでもらってすまなんだの」
「王妃殿下におかれましてはご機嫌うるわしゅうございます」
「挨拶は良いから、そこに座りなさい」
「はい」
僕が王妃殿下の正面のソファに座ると、侍女がお茶をテーブルに用意してささっと下がって行った。近衛も侍女も、話が聞こえない程度に離れた場所で控えている。
「今日は王子の伴侶教育は中止じゃ。状況によっては、王宮に泊まってもらわねばならん」
王妃殿下は、そうおっしゃってからお茶を口に運ばれた。僕も、勧められるままにお茶を口にする。
そして、王妃殿下は僕にだけ聞こえる声で、重い話を始められた。
「ヘンドリック殿下が襲撃されたのですか?」
「そうじゃ」
ヘンドリック殿下は、運河に新しくかけられた橋の工事の落成式典に出席していらっしゃった。
ご挨拶が終了して演台から降りている途中で、火魔法の火炎弾を撃ち込まれたそうだ。その火炎弾は、派遣されていた魔術師の防護壁を壊したというのだから、かなり力のある者がヘンドリック殿下を襲ったのだろう。
護衛の魔法騎士が身を挺して魔法を無効化したため、ヘンドリック殿下は無傷でいらっしゃったが、魔法騎士は重傷を負った。
「攻撃をした魔術師は取り押さえたが、その場で自害した。同時に王族やその関係者を攻撃する可能性があるということで、ラファエルにはここに来てもらった。王妃宮の守りは堅いからな。
ヘンドリックの顔は先ほど見てきたが、元気でおった。安心すると良い」
僕が自宅へ帰る日であったなら、そのままヒムメル侯爵家の私兵が守りを固めることになっただろう。偶然にも王宮へ来る日であったため、ここに留め置かれることになったのだ。
ヘンドリック殿下の婚約者であるイルゼ様は、春の婚姻式と立太子式に備えて王太子宮へ居を移していらっしゃる。たまたま今日は発熱があったため、落成式典への出席を見合わせておられたそうだ。
イルゼ様が防護壁を張っていらっしゃったらどうだったのかと思うが、考えても詮無いことである。
「王妃殿下、ラインハルト様はご無事でいらっしゃいますか……?」
「ああ、ラインハルトは児童福祉に関する会議に出席しておる。王宮内でな。
じきに終わるだろうが……、他の出席者をどうするかの手配をせねばならんだろう。ここに来るのは遅くなるかもしれんな。
その間に菓子を食べて落ち着いておれ」
王妃殿下の様子を見て侍女が、新しいお茶とお菓子を用意してくれた。ベリーをはさんだミルクレープと、ベイクドチーズケーキだ。美味しそうなのに、喉を通る気がしない。
だけど、ここで食べておかなければ力が出ない。
僕は意を決して、ベリーのミルクレープを口に入れた。とても美味しい……
小一時間もしてから、ラインハルト様が王妃宮にやって来られた。ラインハルト様のご無事を確認することができて、僕はほっとした。
ラインハルト様は、ヘンドリック殿下の襲撃事件の情報を確認してからこちらへ来てくださったようだ。
「自害した犯人の身元がはっきりしないのですが、背後関係があるものとして捜査を進めるはずです」
魔術師の防護壁を壊すほどの人物であるから、ほどなく身元は知れるだろう。周囲にいた不審者も何名か拘束しているようだ。
それから、僕はラインハルト様とともに王妃宮を辞して、ヘンドリック殿下のお見舞いに向かった。
ウーリヒ先生が関係していた国家転覆を謀っている勢力は、僕のような周辺の人間を狙うのはやめて、王族を直接狙うことにしたのだろうか。
それとも、別の背景があるのだろうか。
これからの捜査がうまくいくことを願って、ラインハルト様とつないでいる手に力を込めた。
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