3 / 41
第一章 王子様のプロポーズ
②
しおりを挟む
理不尽なことや意地悪することが目的で怒られたりすることが多かった私にとって、佐伯さんの怒りはもっともだと納得することができるし、自分の努力で改善することができるので耐えられた。
それに、家の事情により定時で上がることが多い私は、佐伯さんの『やることさえやれば何時に帰ってもいい』という方針はとてもありがたかった。
とはいえ、その『やるべきこと』が終わっているかというとそうでもなく……。
佐伯さんに申し訳ない気持ちを残しながらも帰るしかなかった。
家に帰ると、継母と継娘はソファに座ってテレビを見ながら、ポテトチップスを食べていた。
「もう、遅い~。お腹空いたからお菓子食べちゃったよ。これで太ったらあんたのせいだからね」
明るい髪色でパーマをしている継娘は、根がズボラなので毛先が痛んでしまっている。
継母も若い頃は美人だったと思う片鱗は残っているが、きつい性格が顔に表れてしまっていてまるで狐のように目がつり上がっている。
私は二人を無視してキッチンに立った。帰る途中にスーパーで買ってきた食材を冷蔵庫に入れる。
いつも疲れているように見える父は、ダイニングテーブルに座りながら新聞を読んでいる。テレビとソファを独占され、居場所がないように見えた。
どうしてあの二人の言いなりになっているのだろうと思うけれど、私だって自分を犠牲にして二人の言いなりになっているから変わらない。
似た者親子なのかもしれない。不幸な境遇に抗うほどの熱意がない。自分さえ我慢すれば、見せかけの平和は維持される。
手際よく数品おかずを作り、残ったものはタッパに入れて冷蔵庫に入れておく。これで数日は持つはずだけれど、気まぐれな継娘と継母のことだ。なんだかんだ文句を言って、作りに帰ってこいと要求されそうだ。
今さら自分の境遇を嘆いたところで仕方がない。
そうやって溢れだしそうな負の感情を抑え込んで、全てを諦めて受け入れるようになったのは、いつだっただろうか。
お母さんが死んだ時?
継母や継娘に反抗して平手打ちをされた時?
ああ、そうだ、叩かれて暴言を吐かれても、お父さんが助けてくれなかった時だ。
視線すら投げかけられず、お父さんはまるで違う世界にいるようにテレビを見ていた。
小学生だった私が生きていくためには、全てを諦める必要があった。
学校に行きながら、全ての家事を私が担当する。朝は早く起きて洗濯機をまわし、朝食を作って掃除もする。
学校から帰ってきたら、洗濯物を取り込んで、夕食の準備。私に、勉強する時間なんてなかった。せめて授業中に覚えようと思っても、疲れがたまっていて寝てしまうこともあった。
近所の人たちも、薄々私が虐げられていたことをわかっていたようで、継母はそれをごまかすために、私を大学に進学させた。
本当は高校を卒業したら働きたかった。高校の学費も奨学金だったので、これ以上借金を増やしたくなかったのだ。
それなのに、高校三年の夏に急に大学に行けと言い出して、そこから猛勉強しても公立に合格することなどできなかった。家庭にお金がないわけではなかったので、奨学金の利子も高額になる。加えて、私立の四年制大学。
高額な借金返済のため、就職して家から出る夢を絶たれた。もしかしたら、継母は私が家を出て行かせないために四年制大学を勧めたのかもしれない。
家の掃除なども済ませると、時刻はもう二十二時を過ぎていた。エプロンを外して、通勤バックを手に取り家を出る。
この時間なら、もう会社に残っている人はいない。本当はいけないことだとわかっているけれど、残してきた仕事を片付けたくて会社に向かった。
アプリのタイムカードを更新したあとに、こっそり会社に戻って仕事をしているなんて上層部に気付かれたら絶対に怒られる。
上場企業なので、そういうところは特に厳しい。
でも、こうもしないと終わらない。やるべきことを終わらせないと佐伯さんに怒られるし、定時上がりで帰ることもできなくなる。
ビルの裏口にある社員専用出入り口の自動扉に社員証をかざした。
中は暗く、しんと静まり返っている。あまり遅くまで残業をすることは上層部から良く思われないので、深夜残業する人はほとんどいない。
暗く静まりかえったオフィスは不気味だ。
私だって好きこのんでこんなことをやっているわけではない。残業代もでないし、深夜のオフィスは怖いし、寝不足になる。
でも、たいした学歴もなく、特別に秀でた能力もない私が入れた一流企業。なんとしてでもしがみつきたい。
二十三階のフロアには誰もいなかった。もしも誰かがいたら、使う言い訳は考えてある。
『佐伯さんに提出するメールを送り忘れていました。それだけ送ってもいいですか?』
たいてい、佐伯さんの名前を出すとみんな同情して許してくれる。佐伯さんの営業事務は一番きついと言われているけれど、こういう時ありがたい。
もしも残っていたのが佐伯さんならこの言い訳は通用しないし、諦めて帰らないといけないけれど、佐伯さんは遅くまで残業するタイプではないので、これまで鉢合わせたことはない。
それに、家の事情により定時で上がることが多い私は、佐伯さんの『やることさえやれば何時に帰ってもいい』という方針はとてもありがたかった。
とはいえ、その『やるべきこと』が終わっているかというとそうでもなく……。
佐伯さんに申し訳ない気持ちを残しながらも帰るしかなかった。
家に帰ると、継母と継娘はソファに座ってテレビを見ながら、ポテトチップスを食べていた。
「もう、遅い~。お腹空いたからお菓子食べちゃったよ。これで太ったらあんたのせいだからね」
明るい髪色でパーマをしている継娘は、根がズボラなので毛先が痛んでしまっている。
継母も若い頃は美人だったと思う片鱗は残っているが、きつい性格が顔に表れてしまっていてまるで狐のように目がつり上がっている。
私は二人を無視してキッチンに立った。帰る途中にスーパーで買ってきた食材を冷蔵庫に入れる。
いつも疲れているように見える父は、ダイニングテーブルに座りながら新聞を読んでいる。テレビとソファを独占され、居場所がないように見えた。
どうしてあの二人の言いなりになっているのだろうと思うけれど、私だって自分を犠牲にして二人の言いなりになっているから変わらない。
似た者親子なのかもしれない。不幸な境遇に抗うほどの熱意がない。自分さえ我慢すれば、見せかけの平和は維持される。
手際よく数品おかずを作り、残ったものはタッパに入れて冷蔵庫に入れておく。これで数日は持つはずだけれど、気まぐれな継娘と継母のことだ。なんだかんだ文句を言って、作りに帰ってこいと要求されそうだ。
今さら自分の境遇を嘆いたところで仕方がない。
そうやって溢れだしそうな負の感情を抑え込んで、全てを諦めて受け入れるようになったのは、いつだっただろうか。
お母さんが死んだ時?
継母や継娘に反抗して平手打ちをされた時?
ああ、そうだ、叩かれて暴言を吐かれても、お父さんが助けてくれなかった時だ。
視線すら投げかけられず、お父さんはまるで違う世界にいるようにテレビを見ていた。
小学生だった私が生きていくためには、全てを諦める必要があった。
学校に行きながら、全ての家事を私が担当する。朝は早く起きて洗濯機をまわし、朝食を作って掃除もする。
学校から帰ってきたら、洗濯物を取り込んで、夕食の準備。私に、勉強する時間なんてなかった。せめて授業中に覚えようと思っても、疲れがたまっていて寝てしまうこともあった。
近所の人たちも、薄々私が虐げられていたことをわかっていたようで、継母はそれをごまかすために、私を大学に進学させた。
本当は高校を卒業したら働きたかった。高校の学費も奨学金だったので、これ以上借金を増やしたくなかったのだ。
それなのに、高校三年の夏に急に大学に行けと言い出して、そこから猛勉強しても公立に合格することなどできなかった。家庭にお金がないわけではなかったので、奨学金の利子も高額になる。加えて、私立の四年制大学。
高額な借金返済のため、就職して家から出る夢を絶たれた。もしかしたら、継母は私が家を出て行かせないために四年制大学を勧めたのかもしれない。
家の掃除なども済ませると、時刻はもう二十二時を過ぎていた。エプロンを外して、通勤バックを手に取り家を出る。
この時間なら、もう会社に残っている人はいない。本当はいけないことだとわかっているけれど、残してきた仕事を片付けたくて会社に向かった。
アプリのタイムカードを更新したあとに、こっそり会社に戻って仕事をしているなんて上層部に気付かれたら絶対に怒られる。
上場企業なので、そういうところは特に厳しい。
でも、こうもしないと終わらない。やるべきことを終わらせないと佐伯さんに怒られるし、定時上がりで帰ることもできなくなる。
ビルの裏口にある社員専用出入り口の自動扉に社員証をかざした。
中は暗く、しんと静まり返っている。あまり遅くまで残業をすることは上層部から良く思われないので、深夜残業する人はほとんどいない。
暗く静まりかえったオフィスは不気味だ。
私だって好きこのんでこんなことをやっているわけではない。残業代もでないし、深夜のオフィスは怖いし、寝不足になる。
でも、たいした学歴もなく、特別に秀でた能力もない私が入れた一流企業。なんとしてでもしがみつきたい。
二十三階のフロアには誰もいなかった。もしも誰かがいたら、使う言い訳は考えてある。
『佐伯さんに提出するメールを送り忘れていました。それだけ送ってもいいですか?』
たいてい、佐伯さんの名前を出すとみんな同情して許してくれる。佐伯さんの営業事務は一番きついと言われているけれど、こういう時ありがたい。
もしも残っていたのが佐伯さんならこの言い訳は通用しないし、諦めて帰らないといけないけれど、佐伯さんは遅くまで残業するタイプではないので、これまで鉢合わせたことはない。
33
あなたにおすすめの小説
契約結婚のはずなのに、冷徹なはずのエリート上司が甘く迫ってくるんですが!? ~結婚願望ゼロの私が、なぜか愛されすぎて逃げられません~
猪木洋平@【コミカライズ連載中】
恋愛
「俺と結婚しろ」
突然のプロポーズ――いや、契約結婚の提案だった。
冷静沈着で完璧主義、社内でも一目置かれるエリート課長・九条玲司。そんな彼と私は、ただの上司と部下。恋愛感情なんて一切ない……はずだった。
仕事一筋で恋愛に興味なし。過去の傷から、結婚なんて煩わしいものだと決めつけていた私。なのに、九条課長が提示した「条件」に耳を傾けるうちに、その提案が単なる取引とは思えなくなっていく。
「お前を、誰にも渡すつもりはない」
冷たい声で言われたその言葉が、胸をざわつかせる。
これは合理的な選択? それとも、避けられない運命の始まり?
割り切ったはずの契約は、次第に二人の境界線を曖昧にし、心を絡め取っていく――。
不器用なエリート上司と、恋を信じられない女。
これは、"ありえないはずの結婚"から始まる、予測不能なラブストーリー。
ホストと女医は診察室で
星野しずく
恋愛
町田慶子は開業したばかりのクリニックで忙しい毎日を送っていた。ある日クリニックに招かれざる客、歌舞伎町のホスト、聖夜が後輩の真也に連れられてやってきた。聖夜の強引な誘いを断れず、慶子は初めてホストクラブを訪れる。しかし、その日の夜、慶子が目覚めたのは…、なぜか聖夜と二人きりのホテルの一室だった…。
ストーカーに狙われたので歳上騎士様に護衛をお願いしました。
ねーさん
恋愛
「氷の彫刻」と呼ばれる美貌の兄を持つ公爵令嬢のクラリッサは不審な視線に悩まされていた。
卒業を二日後に控えた朝、教室のクラリッサの机に置かれた一通の偏執狂者からの手紙。
親友イブを通じてイブの婚約者、近衛騎士団第四分団員のジョーンズに相談すると、第四分団長ネイトがクラリッサのパートナーとして卒業パーティーに出席してくれる事になって───
〈注〉
このお話は「婚約者が記憶喪失になりました。」と「元騎士の歳上公爵様がまさかの××でした!?」の続編になります。
結婚する事に決めたから
KONAN
恋愛
私は既婚者です。
新たな職場で出会った彼女と結婚する為に、私がその時どう考え、どう行動したのかを書き記していきます。
まずは、離婚してから行動を起こします。
主な登場人物
東條なお
似ている芸能人
○原隼人さん
32歳既婚。
中学、高校はテニス部
電気工事の資格と実務経験あり。
車、バイク、船の免許を持っている。
現在、新聞販売店所長代理。
趣味はイカ釣り。
竹田みさき
似ている芸能人
○野芽衣さん
32歳未婚、シングルマザー
医療事務
息子1人
親分(大島)
似ている芸能人
○田新太さん
70代
施設の送迎運転手
板金屋(大倉)
似ている芸能人
○藤大樹さん
23歳
介護助手
理学療法士になる為、勉強中
よっしー課長(吉本)
似ている芸能人
○倉涼子さん
施設医療事務課長
登山が趣味
o谷事務長
○重豊さん
施設医療事務事務長
腰痛持ち
池さん
似ている芸能人
○田あき子さん
居宅部門管理者
看護師
下山さん(ともさん)
似ている芸能人
○地真央さん
医療事務
息子と娘はテニス選手
t助
似ている芸能人
○ツオくん(アニメ)
施設医療事務事務長
o谷事務長異動後の事務長
雄一郎 ゆういちろう
似ている芸能人
○鹿央士さん
弟の同級生
中学テニス部
高校陸上部
大学帰宅部
髪の赤い看護師(川木えみ)
似ている芸能人
○田來未さん
准看護師
ヤンキー
怖い
それは、ホントに不可抗力で。
樹沙都
恋愛
これ以上他人に振り回されるのはまっぴらごめんと一大決意。人生における全ての無駄を排除し、おひとりさまを謳歌する歩夢の前に、ひとりの男が立ちはだかった。
「まさか、夫の顔……を、忘れたとは言わないだろうな? 奥さん」
その婚姻は、天の啓示か、はたまた……ついうっかり、か。
恋に仕事に人間関係にと翻弄されるお人好しオンナ関口歩夢と腹黒大魔王小林尊の攻防戦。
まさにいま、開始のゴングが鳴った。
まあね、所詮、人生は不可抗力でできている。わけよ。とほほっ。
あまやかしても、いいですか?
藤川巴/智江千佳子
恋愛
結婚相手は会社の王子様。
「俺ね、ダメなんだ」
「あーもう、キスしたい」
「それこそだめです」
甘々(しすぎる)男子×冷静(に見えるだけ)女子の
契約結婚生活とはこれいかに。
恋色メール 元婚約者がなぜか追いかけてきました
國樹田 樹
恋愛
婚約者と別れ、支店へと異動願いを出した千尋。
しかし三か月が経った今、本社から応援として出向してきたのは―――別れたはずの、婚約者だった。
Marry Me?
美凪ましろ
恋愛
――あの日、王子様があたしの目の前に現れた。
仕事が忙しいアパレル店員の彼女と、王子系美青年の恋物語。
不定期更新。たぶん、全年齢でいけるはず。
※ダイレクトな性描写はありませんが、ややそっち系のトークをする場面があります。
※彼の過去だけ、ダークな描写があります。
■画像は、イトノコさまの作品です。
https://www.pixiv.net/artworks/85809405
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる