シンデレラは王子様と離婚することになりました。

及川 桜

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第一章 王子様のプロポーズ

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 理不尽なことや意地悪することが目的で怒られたりすることが多かった私にとって、佐伯さんの怒りはもっともだと納得することができるし、自分の努力で改善することができるので耐えられた。

 それに、家の事情により定時で上がることが多い私は、佐伯さんの『やることさえやれば何時に帰ってもいい』という方針はとてもありがたかった。

 とはいえ、その『やるべきこと』が終わっているかというとそうでもなく……。

 佐伯さんに申し訳ない気持ちを残しながらも帰るしかなかった。

 家に帰ると、継母と継娘はソファに座ってテレビを見ながら、ポテトチップスを食べていた。

「もう、遅い~。お腹空いたからお菓子食べちゃったよ。これで太ったらあんたのせいだからね」

 明るい髪色でパーマをしている継娘は、根がズボラなので毛先が痛んでしまっている。

 継母も若い頃は美人だったと思う片鱗は残っているが、きつい性格が顔に表れてしまっていてまるで狐のように目がつり上がっている。

 私は二人を無視してキッチンに立った。帰る途中にスーパーで買ってきた食材を冷蔵庫に入れる。

 いつも疲れているように見える父は、ダイニングテーブルに座りながら新聞を読んでいる。テレビとソファを独占され、居場所がないように見えた。

 どうしてあの二人の言いなりになっているのだろうと思うけれど、私だって自分を犠牲にして二人の言いなりになっているから変わらない。

 似た者親子なのかもしれない。不幸な境遇に抗うほどの熱意がない。自分さえ我慢すれば、見せかけの平和は維持される。

 手際よく数品おかずを作り、残ったものはタッパに入れて冷蔵庫に入れておく。これで数日は持つはずだけれど、気まぐれな継娘と継母のことだ。なんだかんだ文句を言って、作りに帰ってこいと要求されそうだ。

 今さら自分の境遇を嘆いたところで仕方がない。

 そうやって溢れだしそうな負の感情を抑え込んで、全てを諦めて受け入れるようになったのは、いつだっただろうか。

 お母さんが死んだ時?

 継母や継娘に反抗して平手打ちをされた時?

 ああ、そうだ、叩かれて暴言を吐かれても、お父さんが助けてくれなかった時だ。

 視線すら投げかけられず、お父さんはまるで違う世界にいるようにテレビを見ていた。

 小学生だった私が生きていくためには、全てを諦める必要があった。

 学校に行きながら、全ての家事を私が担当する。朝は早く起きて洗濯機をまわし、朝食を作って掃除もする。

 学校から帰ってきたら、洗濯物を取り込んで、夕食の準備。私に、勉強する時間なんてなかった。せめて授業中に覚えようと思っても、疲れがたまっていて寝てしまうこともあった。

 近所の人たちも、薄々私が虐げられていたことをわかっていたようで、継母はそれをごまかすために、私を大学に進学させた。

 本当は高校を卒業したら働きたかった。高校の学費も奨学金だったので、これ以上借金を増やしたくなかったのだ。

 それなのに、高校三年の夏に急に大学に行けと言い出して、そこから猛勉強しても公立に合格することなどできなかった。家庭にお金がないわけではなかったので、奨学金の利子も高額になる。加えて、私立の四年制大学。

 高額な借金返済のため、就職して家から出る夢を絶たれた。もしかしたら、継母は私が家を出て行かせないために四年制大学を勧めたのかもしれない。

 家の掃除なども済ませると、時刻はもう二十二時を過ぎていた。エプロンを外して、通勤バックを手に取り家を出る。

 この時間なら、もう会社に残っている人はいない。本当はいけないことだとわかっているけれど、残してきた仕事を片付けたくて会社に向かった。

 アプリのタイムカードを更新したあとに、こっそり会社に戻って仕事をしているなんて上層部に気付かれたら絶対に怒られる。

 上場企業なので、そういうところは特に厳しい。

 でも、こうもしないと終わらない。やるべきことを終わらせないと佐伯さんに怒られるし、定時上がりで帰ることもできなくなる。
 ビルの裏口にある社員専用出入り口の自動扉に社員証をかざした。

 中は暗く、しんと静まり返っている。あまり遅くまで残業をすることは上層部から良く思われないので、深夜残業する人はほとんどいない。

 暗く静まりかえったオフィスは不気味だ。

 私だって好きこのんでこんなことをやっているわけではない。残業代もでないし、深夜のオフィスは怖いし、寝不足になる。

 でも、たいした学歴もなく、特別に秀でた能力もない私が入れた一流企業。なんとしてでもしがみつきたい。

 二十三階のフロアには誰もいなかった。もしも誰かがいたら、使う言い訳は考えてある。

『佐伯さんに提出するメールを送り忘れていました。それだけ送ってもいいですか?』

 たいてい、佐伯さんの名前を出すとみんな同情して許してくれる。佐伯さんの営業事務は一番きついと言われているけれど、こういう時ありがたい。

 もしも残っていたのが佐伯さんならこの言い訳は通用しないし、諦めて帰らないといけないけれど、佐伯さんは遅くまで残業するタイプではないので、これまで鉢合わせたことはない。
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