シンデレラは王子様と離婚することになりました。

及川 桜

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第九章 これから始まる結婚生活

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 大企業の御曹司である大翔と、虐げられた環境で育った私。決して交わることなどない世界で生きてきたのに、このたび私たちは名実ともに本物の夫婦となった。

 互いのぬくもりを感じながら、一つのベッドで眠るとき、胸の中が幸福感に満たされた。

 今までずっと、どこか虚しくて、寂しくて、愛情に飢えていた。

 傷つくことが怖くて、誰にも心を開けずにいた。誰かを好きになるという感情がよくわからなくて、必要以上に近付くことが怖かった。

 人間は怖い存在だと思って生きてきた。悪意のある人間は、罪悪感なく人を傷つけることができて、どんなに正論を投げかけても良心の呵責に苛まれることはない。

 どんなに酷いことをしても、悪いなんて思っていないし、むしろ『この経験はあなたのためになる』なんて、どこをどうやったらそう思えるのか到底理解できない思考回路で自身を正当化させたりする。

 私はどうやら見た目が良く生まれたらしい。それはとても恵まれていることだと世間からは思われている。

 でも、人より優れた容姿を持つということは、それだけ目立ち、嫉妬されるということでもある。恵まれた人間は、多少不幸になっても構わないだろうという謎の論理が発生する。

 私がもっと、上手く人間関係を作れたら、理不尽な足の引っ張りも、私を陥れる悪質な嘘からも、誰かが助けて守ってくれたかもしれない。

 でも私は誰にも心を開けなかったから、誰にも助けてもらえなかった。だから私は、自分で身を守るすべを覚えたし、頑なに人を寄せつけないことで、自分を守ろうとした。

 もっと上手に世の中を渡っていける人からしたら、私はとても不器用で下手くそな生き方なのだと思う。

 でも、誰も上手く生きる方法を教えてくれなかったし、理論としてわかっていても、実際にできるかどうかはまた別の話だ。

 そんな私が、初めて人を好きになった。

 どうして大翔を好きになったかなんて、理由をあげたら数えきれないくらいたくさん出てくるだろうと思うほど素敵な人だけれど、本当の理由は私でもよくわからない。

 強烈に惹かれて、本能で恋をした。理由なんてあってないようなもので、大翔がお金持ちだからとか、優しいからだとか、そういう表面的なものじゃなくて、ただ、大翔だから好きになったといった方がしっくりくる。

 運命の相手だったといったら、ロマンチックすぎるかもしれないけれど、きっと前世から繋がりがあったのではないかと思うくらい、猛烈な引力に引っ張られるように、彼を好きになった。

 大翔を好きになることは必然で、それはあらがうことはできない運命だったのだと思う。

 大翔といると、私は私でいられる。人を好きになる気持ちや、幸せという感情を教えてくれた。

 大翔は私にとって、なくてはならない大切な人だ。

 私の人生に欠かすことはできない人。それくらい、私の中で大翔の存在というのが大きい。

 大翔と出会えて、良かった……。

 目が覚めると、大翔の腕の中にいた。幸福感に胸を満たされながら眠りに落ちる。それはなんて贅沢なことなのだろう。

 滑らかなシーツの肌触り。下着姿のまま寝るのは初めてなので、こんなに気持ちいいとは知らなかった。

 そして、男の人の筋肉質な体の質感と、大翔がいつも使っているボディソープの匂い。すべてが少しくすぐったいような喜びに溢れている。

 大翔は、まるで私を離さないと宣言するかのように、がっちりと私の肩を抱いて寝ている。胸が上下に動いて、寝入っているはずなのに、離さない。

 寝ている大翔の顔は、とても整っていて、いつもより幼い雰囲気を感じた。キメが整った綺麗な肌。思わず触りたくなって、指先で軽くつんつんと押すと、大翔の瞼がゆっくりと開いた。

(あ、起こしちゃった……)

 大翔は私と目が合うと、頬を緩ませた。

「イタズラしていたのか」

「イタズラじゃないよ、綺麗な肌だなと思って触っていたの」

「捺美の方がよっぽど綺麗だよ」

 そう言って、大翔は足を絡ませながら私を抱き寄せた。

 昨日の夜のことを思い出す。恥ずかしいけれど、刺激的で、蕩けるような夜だった。

「身体は大丈夫?」

 大翔が私のことを心配して優しく聞く。

「うん、思っていたより、大丈夫」

 なにせ、初めてだった。身体が少し重いけれど、大翔がゆっくり時間をかけて、まるで繊細なガラス細工を扱うように、優しく丁寧に進めてくれたので、想像していたほどの痛みはなかった。

 ちゅっとリップ音を響かせて、大翔は私のおでこにキスをした。そして、優しく頭をなでられる。

 このまま、一日中こうしていたいなと思った。

 大翔に抱きしめられて、二人だけの世界の中で時を過ごしたい。

 他のことは全部放り出して、二人だけの甘い世界に逃げてしまいたい。

「ずっとこのまま捺美を抱きしめていたい。離したくない」

 大翔は私の頬や首先にキスをしながら言った。

「私も、ずっとこうしていたい」

 すると、大翔の動きが止まった。

「じゃあ、ずっとこうしていよう」

「え?」

「今日は休みにしよう」

「ええ、本気で言っているの?」

「当たり前だ、俺は社長だ」

「職権乱用~」

 笑いながらも、強く否定しない私もどうかしている。大翔の側にいたい。大翔と離れたくない。

 今までの真面目で優等生な私は、本当の私じゃない。本当は、楽をしたいけど、そんな勇気がなかっただけだ。肩の力を抜いて生きることができなかっただけ。

 流されるまま、身を預ける。今からもう一度重ねあったら間違いなく遅刻だ。

 でも、今はそれよりも大翔と一緒にいたい。


 結局その日は、夫婦揃って午後から出勤した。

 きっと大事な用事があったのだろうと思われて誰からもなにも言われなかったけれど、率先して仕事を手伝うことに努めた。

 分厚い壁を作ってきた私が、自分から話しかけて仕事を手伝うなんてこれまではなかったことだ。少しだけ、余裕が生まれたのかもしれない。人間は、そこまで怖くないよって。

 契約結婚を解消して、大翔と本物の夫婦になれて。

 幸せの絶頂だった。毎日が、光り輝くように満ち足りていた。

 この幸せは、神様が最期にくれたプレゼントだったのかもしれない。

 ずっと虐げられた生活をしていた私に、『生きることは辛いことだけじゃない、素敵なこともあるし、素敵な人もいる』っていうことを伝えたかったのかな。

 ……幸せは、長くは続かなかった。

 大翔と結ばれてから一週間ほど経った頃。明るくなり、周囲とも話すようになった私は、女子社員から誘われて外のランチへと出かけた。

 誘われたとはいっても、会話の流れで『あの店、美味しいよ』という会話をしていたので『私も行ってみたいです』って言ったら、『じゃあ、今日行く?』みたいな流れだ。

 今までだったら、『いや、今日はちょっと』と言って断っていたけれど、彼女の雰囲気がカラっと明るくて居心地の良さを感じていたから、思いきって行ってみることにしたのだ。

 こんなこと、普通の人にとっては、日常のありふれた一コマなのだと思う。

 でも、いつもは会社の中にある社食を隅の方で、一人で食べていた根暗な私にはとっては大冒険だ。

 少しずつ、良い方向に変わっている気がしたのに。私は変われるって思っていたのに。未来は明るいと思って信じていたのに。

 ランチはとても楽しかった。社長夫人だからといって変に気を使われることもないし、余計な詮索も余計な嫉妬もなにもない。

 もっと人を遮断せず、心を開いていこうと思った矢先だった。素敵な一日になりそうだったのに。

 会社に帰る途中、急に帽子を目深にかぶった人物に、呼び止められた。

 その瞬間から、世界は暗く淀んでいく――
 
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