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母が離婚の成立を報せるため、ワイズ子爵家に立ち寄った。
「まあ、見ているこっちが照れてしまうくらい熱々ね」
「やめて……」
嬉しそうに微笑まれ、私は恥ずかしくなって目を背ける。
母は少し印象が変わった。お嬢様気分の抜けない幼稚な大人に見えていた以前とは違い、今は純粋に、愛情深い母親に見える。
「もう少しゆっくりされては?」
長旅だというのに、一晩泊まっただけ。本当に報告するために寄っただけなのが名残惜しい。
「娘の新婚を邪魔したりしないわよ」
「お母様」
「でも、何かあればすぐ呼んでね。愛しているわ、レーラ」
母もまた、新しい人生を歩み始めたのだ。
グレッグの妻として。
ワイズ子爵夫人として。
私はこの足で生きていく。
あれだけ泣き暮らした日々が最初からなかったかのように、すっぱり忘れて、私は幸せに暮らしていた。
それを思い出させる事件が起きた。
正確には、強烈な力を備えて続きが始まったのだ。
「レーラ、こっちへ」
「え?」
グレッグがダンスのように私を部屋の中央に誘う。
二人で踊れるくらいには広々とした寝室であるし、グレッグが手を肩に導いて左右に揺れ始めたので、私は何か怪しいと思いつつスローダンスに応じた。
そして地獄の始まりを突き付けられる。
「落ち着いて聞いてくれ。私から伝えるのが最適だから真っ先に伝えるが、恐らく御母上からすぐ報せが届くだろう」
「何よ」
「スチュアート伯爵が再婚した」
「えっ?」
父が?
誰と?
「相手はブルック伯爵夫人だ」
「────」
足が止まる。
時間が止まる。
体中の血が一瞬で足に下り、寒気がした次の瞬間、また全身が熱くなる。
「は……!?」
「よしよし。レーラ、落ち着こう」
グレッグが私を抱きしめた。
いつもと変わらない抱擁だけれど、私が暴れてもびくともしないくらいには強固な腕の囲い。
「どういう事……なんなの、あの男……っ!!」
母と離婚した父が誰と何をしようと勝手。
でも、だけど、よりにもよって相手があのブルック伯爵夫人だなんて。
「頭がおかしいわ……っ」
「そうだね。若しくは、晴れて結ばれる日を虎視眈々と待ち侘びていたのかも」
怒りで体が弾け跳びそう。
私はグレッグの腕の中で呻り、暴れた。
その最中、だからグレッグが私を部屋の中央へと導いたのだと理解した。衝動的な私が怪我をしないよう、気遣ったのだ。
それは有難いけれど、
「だからロバートの肩を持ったの……!?」
「こらこら、レーラ。あなたの夫がここに居るのに、つまらない過去をほじくるんじゃないよ。ね?」
あやすように甘いキスをされつつも、頭の中が煮えたぎって仕方ない。
「信じられない。私や母をなんだと思っているの!?」
「そうだね」
「私から婚約者を奪ったパトリシアの母親なのよ!?」
「うん、そうだね」
「あなたを愛しているからって片付く問題じゃないわ!!」
私が叫ぶとグレッグが時を止めた。
「あ……」
「……」
私たちは見つめあい、やがで、グレッグがにやりと笑う。
悪魔的な美しさの顔がそんな風に笑うと、あまりに蠱惑的で、反射的にドキドキしてしまう。
「やっと私への愛を口にしてくれたね。頑固な奥さん」
「……愛してなきゃ、結婚しないわよ……」
「わかっていてもあなたの声を聞きたいこの気持ちがわかるかな。わからせてみよう。レーラ、愛してる」
「……」
怒っていたはずなのに、私はグレッグの甘いキスに蕩けてしまう。
「……っ」
でも唇が離れたほんの一瞬で、父への怒り、それにブルック伯爵夫人への怒りがこみ上げる。ついでに未だ謝罪の一つもないパトリシアへの怒りも思い出した。
「なんて人たち……っ!」
「わかる。気持ちはよーくわかるよ」
それからグレッグは優しく低い声で、ゆっくりと囁いた。
「でもね、もう関係のない人たちだ。あなたの幸せを脅かしたりしない。勝手にさせておけばいいんだ」
「……!」
理屈はわかる。
「でも、私は……!」
私は血縁者。
他人ではない。割り切れない。
「考えてごらん。あなたの怒り程ではなくとも、あちらの新婚夫婦には白い目ばかり向く事になる。関わる価値のない醜聞だ。違うかい?」
グレッグは達観していて、私にはついて行けない。
それでも、私は夫であるグレッグを尊敬している。
私みたいな頑固なやさぐれ令嬢を愛でて、包み込んでくれる人だ。
彼の言葉は信じられる。
「……その通りよ」
声が震えた。
グレッグは僅かに腕の力を弱めると、私と目線を合わせ、真剣にこう言った。
「あなたの気持ちは私が必ず受け止める。だから、外では『もう他人です』と言うんだ。いいね?」
頭ではそれが正しいとわかる。
私は息を整えながらロバートの顔を思い浮かべた。
元婚約者を今では枯葉ほども気にかけていない。同じように、どうでもよくなるかもしれないと、私は思おうとしていた。
「まあ、見ているこっちが照れてしまうくらい熱々ね」
「やめて……」
嬉しそうに微笑まれ、私は恥ずかしくなって目を背ける。
母は少し印象が変わった。お嬢様気分の抜けない幼稚な大人に見えていた以前とは違い、今は純粋に、愛情深い母親に見える。
「もう少しゆっくりされては?」
長旅だというのに、一晩泊まっただけ。本当に報告するために寄っただけなのが名残惜しい。
「娘の新婚を邪魔したりしないわよ」
「お母様」
「でも、何かあればすぐ呼んでね。愛しているわ、レーラ」
母もまた、新しい人生を歩み始めたのだ。
グレッグの妻として。
ワイズ子爵夫人として。
私はこの足で生きていく。
あれだけ泣き暮らした日々が最初からなかったかのように、すっぱり忘れて、私は幸せに暮らしていた。
それを思い出させる事件が起きた。
正確には、強烈な力を備えて続きが始まったのだ。
「レーラ、こっちへ」
「え?」
グレッグがダンスのように私を部屋の中央に誘う。
二人で踊れるくらいには広々とした寝室であるし、グレッグが手を肩に導いて左右に揺れ始めたので、私は何か怪しいと思いつつスローダンスに応じた。
そして地獄の始まりを突き付けられる。
「落ち着いて聞いてくれ。私から伝えるのが最適だから真っ先に伝えるが、恐らく御母上からすぐ報せが届くだろう」
「何よ」
「スチュアート伯爵が再婚した」
「えっ?」
父が?
誰と?
「相手はブルック伯爵夫人だ」
「────」
足が止まる。
時間が止まる。
体中の血が一瞬で足に下り、寒気がした次の瞬間、また全身が熱くなる。
「は……!?」
「よしよし。レーラ、落ち着こう」
グレッグが私を抱きしめた。
いつもと変わらない抱擁だけれど、私が暴れてもびくともしないくらいには強固な腕の囲い。
「どういう事……なんなの、あの男……っ!!」
母と離婚した父が誰と何をしようと勝手。
でも、だけど、よりにもよって相手があのブルック伯爵夫人だなんて。
「頭がおかしいわ……っ」
「そうだね。若しくは、晴れて結ばれる日を虎視眈々と待ち侘びていたのかも」
怒りで体が弾け跳びそう。
私はグレッグの腕の中で呻り、暴れた。
その最中、だからグレッグが私を部屋の中央へと導いたのだと理解した。衝動的な私が怪我をしないよう、気遣ったのだ。
それは有難いけれど、
「だからロバートの肩を持ったの……!?」
「こらこら、レーラ。あなたの夫がここに居るのに、つまらない過去をほじくるんじゃないよ。ね?」
あやすように甘いキスをされつつも、頭の中が煮えたぎって仕方ない。
「信じられない。私や母をなんだと思っているの!?」
「そうだね」
「私から婚約者を奪ったパトリシアの母親なのよ!?」
「うん、そうだね」
「あなたを愛しているからって片付く問題じゃないわ!!」
私が叫ぶとグレッグが時を止めた。
「あ……」
「……」
私たちは見つめあい、やがで、グレッグがにやりと笑う。
悪魔的な美しさの顔がそんな風に笑うと、あまりに蠱惑的で、反射的にドキドキしてしまう。
「やっと私への愛を口にしてくれたね。頑固な奥さん」
「……愛してなきゃ、結婚しないわよ……」
「わかっていてもあなたの声を聞きたいこの気持ちがわかるかな。わからせてみよう。レーラ、愛してる」
「……」
怒っていたはずなのに、私はグレッグの甘いキスに蕩けてしまう。
「……っ」
でも唇が離れたほんの一瞬で、父への怒り、それにブルック伯爵夫人への怒りがこみ上げる。ついでに未だ謝罪の一つもないパトリシアへの怒りも思い出した。
「なんて人たち……っ!」
「わかる。気持ちはよーくわかるよ」
それからグレッグは優しく低い声で、ゆっくりと囁いた。
「でもね、もう関係のない人たちだ。あなたの幸せを脅かしたりしない。勝手にさせておけばいいんだ」
「……!」
理屈はわかる。
「でも、私は……!」
私は血縁者。
他人ではない。割り切れない。
「考えてごらん。あなたの怒り程ではなくとも、あちらの新婚夫婦には白い目ばかり向く事になる。関わる価値のない醜聞だ。違うかい?」
グレッグは達観していて、私にはついて行けない。
それでも、私は夫であるグレッグを尊敬している。
私みたいな頑固なやさぐれ令嬢を愛でて、包み込んでくれる人だ。
彼の言葉は信じられる。
「……その通りよ」
声が震えた。
グレッグは僅かに腕の力を弱めると、私と目線を合わせ、真剣にこう言った。
「あなたの気持ちは私が必ず受け止める。だから、外では『もう他人です』と言うんだ。いいね?」
頭ではそれが正しいとわかる。
私は息を整えながらロバートの顔を思い浮かべた。
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