裏切られた令嬢は死を選んだ。そして……

希猫 ゆうみ

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数日後、母から手紙が届いた。
詰らない過去に縛られず私たちの人生を大切にしよう、という内容だった。ただ、婚姻中の愛人関係を調査した結果によっては裁判にかけるとも。

「怒っているじゃないの」

手紙を読みながら呟いてしまう。
でも今回の件について母はれっきとした当事者なので、当然の対応とも言えた。

「……お母様」

手紙は私への愛の言葉で締めくくられている。
私の存在が、あの結婚の意味だったと。

「それと浮気はまた別よ、お母様。ウェズレイ伯爵と頑張って」

今や母には元夫より強力な兄の庇護下にいる。
父は、喧嘩を売る相手を間違える愚かな人間なのかもしれない。反面教師にするしかない。

なるべく気にしないようにして、今ある幸せを大切に暮らしていたある日、私たち夫妻はある晩餐会に招かれた。懇意にしているというほどではなく、あくまで付き合い程度の間柄だとグレッグは言った。

晩餐会そのものは、とてもよかった。
私は若い子爵夫人として周囲の貴婦人に優しくしてもらったし、グレッグも野心的に人脈を広げていた。

そこに、あの顔を見るまでは。

「わざとかな」

あいさつ回りから戻ったグレッグも気づいていて、私を抱き寄せて耳打ちしてくる。

「私の嫌いな人がいるわ……」

ロバートの父親、ワージントン伯爵の姿がそこにあった。

未練がましい?
そんな事はないはず。パトリシアが騙したとしても、私が浮気したと誤解したとしても、事実が明るみに出てからが意地汚かった。

ロバートを勘当で脅して、しつこく私と復縁させようとしていた。
当然、それは愛のためとか崇高な目的ではなく、私とロバートが復縁すれば慰謝料を払わずに済むと考えていたからだ。

私がグレッグと結婚しても、ロバートは結局、勘当されていない。されていれば噂好きな社交界で耳に入らないはずがないのだから、されていないはずだ。
それにグレッグに対する不敬罪の賠償金は、ワージントン伯爵家から迅速に支払われたという。

父は弱味でも握られていたのか、かなり値切られた末僅かな額の慰謝料を受け取り、私の結婚持参金に上乗せしていたのだ。

だから終わった事と言えばそうだけれど、散々コケにされた事を私は簡単に忘れたりできない。金額の問題ではない。

「驚かせてやろうか」
「え?」

珍しくグレッグが悪戯っぽく声を潜める。

「息子と縁が切れて幸せなあなたの余裕を見せつけてやろう」
「!?」

グレッグが私の手を引いて歩き出す。
人の波を縫って進む中、私の心臓は恐ろしい程暴れていた。それに緊張で信じられないほど汗が噴き出してくる。

そんな姿をワージントン伯爵に晒すなんて、ありえない。

私の中で、何かカチリと音がした。
幻想かもしれない。たぶんそうだろう。

私は溌溂とした笑顔で、かつて義理の父親になろうとしていた男の前に躍り出た。

「ワージントン伯爵!お久しぶりです」
「!?」
「お元気ですか?」

驚くワージントン伯爵に、すかさずグレッグが握手を求める。

「これはこれは、ワージントン伯爵。ここでお会いできるとは、奇遇ですね」
「き、君は……!」
「ワイズ子爵です」

ワージントン伯爵は確実に狼狽えていた。

私たちはワイズ子爵夫妻として、つまり、未来のウィンスレイド伯爵夫妻としても、極社交的にふるまった。私たちにとって既に取るに足らない過去であり、貴族同士ほどよい関係を維持しようという旨の話をした。

そして、社交界での挨拶らしく、颯爽とその場を後にした。

直後、変化はすぐに現れた。

「あの方……」
「え?例の……?」

ヒソヒソと、周囲があの件に踏み込み始めたのだ。

「じゃあ、さっきの可愛らしい子爵夫人が、悲劇の令嬢?」
「そうよ。浮気者の男に手酷く婚約を破棄されたあと、素敵な方と巡り会ったの」
「まあ、素敵!」

噂好きの人間が集まっているのだから、盛り上がるのはあっという間だ。

「……っ」

ワージントン伯爵は脂汗をかき、蒼褪めながら、小刻みに震え始める。

「ん?息子はどうしているんだ?」
「けじめをつけて勘当したって聞いたが?」
「嫌、修道士になると聞いたぞ」
「いずれにしても、みみっちい親子だ」
「不潔だわ」
「貴族の誇りというものがないのかしら」
「ねえ、あの方、慰謝料を値切ったそうよ」
「ええ!?浮気した息子が悪いのに!?」
「しかもお相手のお誕生日に婚約を破棄したんですって!」
「碌な男じゃないわね!」
「娘を誑かされてはたまらん。付き合いは控えよう」
「ワージントン伯爵ね。夫に注意しなくちゃ」

遠めに眺めている私は、少し後悔した。
つまらない遊びをしてしまった。

やがて、ワージントン伯爵は耐えきれなくなったらしく、目を剥いて青筋を立てながら小走りに広間を立ち去った。
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