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一章
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「カタリーナ。君の恋心には気づいていた。だが、私は違うんだ」
大好きな低い声が、重々しく囁く。
私は呆然としたままステファンを見上げ、たった一言だけ返した。
「え?」
物心ついた頃からステファンは私の王子様だった。
いつも一緒にいて、春も夏も秋も冬も、たくさん笑って、数えきれない思い出を積み重ねてきた。
喜びも悲しみも、憂いも、希望も、私たちの間に隔たりはなく、全てを分かち合って生きてきた。これからもそうして生きていくと思っていた。
結婚すると、思っていた。
「カタリーナ」
低い声は優しく、私を見つめる瞳も、冷たくはない。
「……っ」
でもそこに、一人の女として私を愛しているような愛の炎はまるで見えない。
「誤解しないでくれ。君が嫌だからじゃない。君は大切な家族なんだ」
「……ステファン……いやよ」
「そう言うと思ったよ」
困ったように笑うその表情が好きだった。
太い眉尻を下げて、小さな溜息をつきながらそっと微笑む。いつだって私を赦してくれた。時に叱られることもあったけれど、私も素直に反省してきた。
だって、ステファンの言う事に間違いなんてあるはずないもの。
「私はロヴネル伯爵家当主として、カールシュテイン侯爵令嬢ロヴィーサ様と婚約する」
「……」
ステファンは私に嘘を吐かない。
だから。
「それは……」
本当の話。
覆せない、貴族の婚約発表。
「もっと早く伝えたかったが、忙しかった。でもこうして誰よりも先に、直接、君一人に言ったんだ。わかるだろう?」
「……あの方を、愛しているの……?」
みっともなく声が震えた。
ステファンのことなら全てとは言わないまでも、凡そなんでも知っているはずだった。カールシュテイン侯爵家?今まで話題に上ったことさえなかったのに……
私が、ステファンは私を愛していると思い込みたくて、気づかなかっただけ?
「……」
ステファンが静かな笑みを刻む。
あまり見たことがない、少し他人行儀な、遠い微笑み。
「愛せるようになるさ」
「……」
ふと、違和感を覚えた。
けれどステファンが私以外の誰かと婚約してしまうというショックが、些細な違和感を事もなげに掻き消した。
「家柄。美貌。私には勿体ないくらいの方だから、気後れしてしまうがね」
嫌ならやめればいいのに。
そんな軽口も喉の奥につっかえて出て来やしない。
誰か、嘘だと言って。
「では、行くよ。君の幸せを願っている。良い結婚を」
「ステファン……」
「さようなら、カタリーナ」
大好きな低い声で優しく私の名を呼んで、ステファンは背を向け、行ってしまった。
喝采が彼を包む。
拍手が。
歓声が。
彼は爵位を継承しロヴネル伯爵となって、そして……
「嘘」
私から遠ざかる。
大好きな低い声が、重々しく囁く。
私は呆然としたままステファンを見上げ、たった一言だけ返した。
「え?」
物心ついた頃からステファンは私の王子様だった。
いつも一緒にいて、春も夏も秋も冬も、たくさん笑って、数えきれない思い出を積み重ねてきた。
喜びも悲しみも、憂いも、希望も、私たちの間に隔たりはなく、全てを分かち合って生きてきた。これからもそうして生きていくと思っていた。
結婚すると、思っていた。
「カタリーナ」
低い声は優しく、私を見つめる瞳も、冷たくはない。
「……っ」
でもそこに、一人の女として私を愛しているような愛の炎はまるで見えない。
「誤解しないでくれ。君が嫌だからじゃない。君は大切な家族なんだ」
「……ステファン……いやよ」
「そう言うと思ったよ」
困ったように笑うその表情が好きだった。
太い眉尻を下げて、小さな溜息をつきながらそっと微笑む。いつだって私を赦してくれた。時に叱られることもあったけれど、私も素直に反省してきた。
だって、ステファンの言う事に間違いなんてあるはずないもの。
「私はロヴネル伯爵家当主として、カールシュテイン侯爵令嬢ロヴィーサ様と婚約する」
「……」
ステファンは私に嘘を吐かない。
だから。
「それは……」
本当の話。
覆せない、貴族の婚約発表。
「もっと早く伝えたかったが、忙しかった。でもこうして誰よりも先に、直接、君一人に言ったんだ。わかるだろう?」
「……あの方を、愛しているの……?」
みっともなく声が震えた。
ステファンのことなら全てとは言わないまでも、凡そなんでも知っているはずだった。カールシュテイン侯爵家?今まで話題に上ったことさえなかったのに……
私が、ステファンは私を愛していると思い込みたくて、気づかなかっただけ?
「……」
ステファンが静かな笑みを刻む。
あまり見たことがない、少し他人行儀な、遠い微笑み。
「愛せるようになるさ」
「……」
ふと、違和感を覚えた。
けれどステファンが私以外の誰かと婚約してしまうというショックが、些細な違和感を事もなげに掻き消した。
「家柄。美貌。私には勿体ないくらいの方だから、気後れしてしまうがね」
嫌ならやめればいいのに。
そんな軽口も喉の奥につっかえて出て来やしない。
誰か、嘘だと言って。
「では、行くよ。君の幸せを願っている。良い結婚を」
「ステファン……」
「さようなら、カタリーナ」
大好きな低い声で優しく私の名を呼んで、ステファンは背を向け、行ってしまった。
喝采が彼を包む。
拍手が。
歓声が。
彼は爵位を継承しロヴネル伯爵となって、そして……
「嘘」
私から遠ざかる。
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