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一章
2(ドグラス)
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オースルンド伯爵令嬢は元から大きな目を限界まで見開いて硬直している。
可哀想に。
愛しのロヴネル伯爵令息から土壇場であの件を伝えられたらしい。
今夜のパーティーが多くの貴族を招き盛大に開かれているのは、爵位継承だけではなく上級貴族の令嬢との婚約発表を兼ねているからだ。
ああ、カタリーナ。
可哀想に。
細い首の上にちょこんと載った小顔は真っ青で、赤く輝く唇は呆けたようにだらしなく半開きのまま呼吸しているのかさえ怪しい。
耳から頬にかかるカールした金髪。綺麗に結い上げられ、繊細で上品な髪飾りに彩られている。若さを誇るかのような空色のドレスで清楚に着飾り、幼馴染である愛しのロヴネル伯爵令息の晴れ舞台に相応しくあろうと意気込んだその抜け殻が今、人目に晒されている。
誰が見ても明らかだった。
誰もが知っていた。
オースルンド伯爵家のカタリーナ嬢が幼馴染を深く愛していることを。
だが見世物になる権利すら残されていない。
今宵のヒロインとなるロヴィーサを生み出したカールシュテイン侯爵家は、婚約相手となるロヴネル伯爵家やその懇意にしているオースルンド伯爵家と比べてしまえば格上で、話題も視線も掻っ攫うことは約束されている。
棄てられた惨めな伯爵令嬢など小物すぎて、誰も相手にしない。
それがカールシュテイン侯爵家への礼儀だろう。
だが、俺は見るに堪えない。
カタリーナは立ち尽くしている。
大きく見開いた目で、揺れる瞳で、愛しい幼馴染を追いかけている。
あのまま愛する男の婚約発表を直視し祝福するなど、可哀相で見ていられない。
俺はそっと人の波を縫ってカタリーナに近づき背後に立った。
華奢な体。
細い首から肩のラインはしなやかで、これからますます美しさを増すであろう輝かしい時期にこれ程の悲運に見舞われるとは。
「今宵、皆様にお集まりいただきましたのは──」
ロヴネル伯爵の口上が始まる。
美しい金髪碧眼ながら太い眉と丸い目が若干の野暮ったさを醸し出すよく似た親子だ。
「我が息子ステファンに──」
その晴れ舞台は見せてやった方が親切だろう。
父親から息子へと爵位が継承された旨が発表されると、楽団が晴れやかな音楽を奏で、拍手喝采と交わる。
カタリーナは緩慢な動作で腕を動かし、腹の前辺りで他とテンポのずれた拍手をなんとか頑張っている。
だがそれも婚約発表の運びとなると様子が違ってくる。
「嘘」
若きロヴネル伯爵となったステファンの行儀良い笑顔が恭しく向けられた先で、カールシュテイン侯爵家の人間が晴れやかな笑みを返す。
「嘘、うそぉ……」
拍手と喝采と音楽にかき消される高い声を、俺は聞き洩らさない。
俺は無言でカタリーナの手首を掴み、全ての視線が注がれるのとは逆の方向へと足早に歩き出した。
「えっ!?」
意表を突かれただろう。
そうだ。びっくりさせたかった。人間は一度に二つの感情を味わうほど器用じゃない。多少、気が紛れたはずだ。
「なっ……えっ?ドっ、マルムフォーシュ伯爵!?」
何度か社交界で顔を合わせ互いを認知しているが、さして親しい間柄ではない。というか、俺は軽薄な素振りで通しているせいで恐らく忌避されていると諦観していた。だから一瞬ドグラスと名前を呼びかけてもらえたのは嬉しかった。
まあ、愛しの幼馴染相手に悪口で呼んでいたのだろうが……
「な、何をなさっているの?」
「連れ去っている」
「ええっ!?」
程よく元気で可憐な叫びに、俺は口角を上げずにはいられない。
可愛い。
そう、カタリーナは可愛い。
一目見たその瞬間から俺は恋に落ちていた。
はじめから片想いだった。
カタリーナも片想いだった。そうとは知らずに。
「カールシュテイン侯爵家御令嬢ロヴィーサ様と──」
晴々とした野太い声から逃げるように、俺の足は速度を増した。
「えっ?あのっ、ちょっと……!」
カタリーナは困惑している。
俺に困惑している。それでいい。
広間から抜け出したのと同時に背中で新たな喝采が沸いた。
カタリーナは手を引き抜いて逃げることもせず、困惑の後は沈黙を貫きついて来た。
俺たちは夜のバルコニーで初めて二人きり、見つめ合う。
互いに息を弾ませながら。
可哀想に。
愛しのロヴネル伯爵令息から土壇場であの件を伝えられたらしい。
今夜のパーティーが多くの貴族を招き盛大に開かれているのは、爵位継承だけではなく上級貴族の令嬢との婚約発表を兼ねているからだ。
ああ、カタリーナ。
可哀想に。
細い首の上にちょこんと載った小顔は真っ青で、赤く輝く唇は呆けたようにだらしなく半開きのまま呼吸しているのかさえ怪しい。
耳から頬にかかるカールした金髪。綺麗に結い上げられ、繊細で上品な髪飾りに彩られている。若さを誇るかのような空色のドレスで清楚に着飾り、幼馴染である愛しのロヴネル伯爵令息の晴れ舞台に相応しくあろうと意気込んだその抜け殻が今、人目に晒されている。
誰が見ても明らかだった。
誰もが知っていた。
オースルンド伯爵家のカタリーナ嬢が幼馴染を深く愛していることを。
だが見世物になる権利すら残されていない。
今宵のヒロインとなるロヴィーサを生み出したカールシュテイン侯爵家は、婚約相手となるロヴネル伯爵家やその懇意にしているオースルンド伯爵家と比べてしまえば格上で、話題も視線も掻っ攫うことは約束されている。
棄てられた惨めな伯爵令嬢など小物すぎて、誰も相手にしない。
それがカールシュテイン侯爵家への礼儀だろう。
だが、俺は見るに堪えない。
カタリーナは立ち尽くしている。
大きく見開いた目で、揺れる瞳で、愛しい幼馴染を追いかけている。
あのまま愛する男の婚約発表を直視し祝福するなど、可哀相で見ていられない。
俺はそっと人の波を縫ってカタリーナに近づき背後に立った。
華奢な体。
細い首から肩のラインはしなやかで、これからますます美しさを増すであろう輝かしい時期にこれ程の悲運に見舞われるとは。
「今宵、皆様にお集まりいただきましたのは──」
ロヴネル伯爵の口上が始まる。
美しい金髪碧眼ながら太い眉と丸い目が若干の野暮ったさを醸し出すよく似た親子だ。
「我が息子ステファンに──」
その晴れ舞台は見せてやった方が親切だろう。
父親から息子へと爵位が継承された旨が発表されると、楽団が晴れやかな音楽を奏で、拍手喝采と交わる。
カタリーナは緩慢な動作で腕を動かし、腹の前辺りで他とテンポのずれた拍手をなんとか頑張っている。
だがそれも婚約発表の運びとなると様子が違ってくる。
「嘘」
若きロヴネル伯爵となったステファンの行儀良い笑顔が恭しく向けられた先で、カールシュテイン侯爵家の人間が晴れやかな笑みを返す。
「嘘、うそぉ……」
拍手と喝采と音楽にかき消される高い声を、俺は聞き洩らさない。
俺は無言でカタリーナの手首を掴み、全ての視線が注がれるのとは逆の方向へと足早に歩き出した。
「えっ!?」
意表を突かれただろう。
そうだ。びっくりさせたかった。人間は一度に二つの感情を味わうほど器用じゃない。多少、気が紛れたはずだ。
「なっ……えっ?ドっ、マルムフォーシュ伯爵!?」
何度か社交界で顔を合わせ互いを認知しているが、さして親しい間柄ではない。というか、俺は軽薄な素振りで通しているせいで恐らく忌避されていると諦観していた。だから一瞬ドグラスと名前を呼びかけてもらえたのは嬉しかった。
まあ、愛しの幼馴染相手に悪口で呼んでいたのだろうが……
「な、何をなさっているの?」
「連れ去っている」
「ええっ!?」
程よく元気で可憐な叫びに、俺は口角を上げずにはいられない。
可愛い。
そう、カタリーナは可愛い。
一目見たその瞬間から俺は恋に落ちていた。
はじめから片想いだった。
カタリーナも片想いだった。そうとは知らずに。
「カールシュテイン侯爵家御令嬢ロヴィーサ様と──」
晴々とした野太い声から逃げるように、俺の足は速度を増した。
「えっ?あのっ、ちょっと……!」
カタリーナは困惑している。
俺に困惑している。それでいい。
広間から抜け出したのと同時に背中で新たな喝采が沸いた。
カタリーナは手を引き抜いて逃げることもせず、困惑の後は沈黙を貫きついて来た。
俺たちは夜のバルコニーで初めて二人きり、見つめ合う。
互いに息を弾ませながら。
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