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三章
18(ドグラス)
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随分、親しげだ。
改めて考えてみると、メリーポート伯爵令嬢はロヴネル伯爵と年が近い。
人生のほとんどを愛しの幼馴染と過ごしてきたカタリーナからすると、俺の存在は極めて異質であり、メリーポート伯爵令嬢の方が二重の意味で親しみやすい存在なのかもしれない。
「……」
普段なら、女性は嫉妬の対象はおろか警戒する対象にもならない。
だがメリーポート伯爵令嬢には前科がある。何ら罪はないにしろ、件の幼馴染チェルシーとの親密な噂が今になって俺を妙に焦らせる。
カタリーナは優しい。正義感もある。
このままメリーポート伯爵令嬢に同情し、肩入れし、更に感化され、その生き方を倣おうとされたら堪らない。
かといって、美しい令嬢同士の友愛に割り込むなど、無粋だ。
何か、特別な絆が必要だ。
カタリーナは俺の助手だ。見ようによっては雇っていると思われてもおかしくはない。メリーポート伯爵令嬢も上級貴族に雇われる身だった。だが、俺にとってのカタリーナは、他の上級貴族にとってのメリーポート伯爵令嬢とは違う。それを、無性にわからせたい。
……そうだ。
「キティ」
実は前々から、考えていた。
俺だけの特別な愛称で呼んだら素晴らしいのではないだろうか、と。
「……」
相手の反応が芳しくないのも想定内だ。問題ない。
「キティ?」
もう一度、呼んでみた。
カタリーナと並ぶメリーポート伯爵令嬢さえも、疑問と警戒の眼差しで俺を凝視する。つい先程まで四姉妹のお目付け役を務めてきたばかりとなれば、その眼光は鋭く俺の本心を見抜いているに違いない。
最初の牽制相手が伯爵令嬢とは……
情けないが、後先構っていられないほど、二人は急接近している。
「え……私、ですか……?」
勿論カタリーナに俺の必死な恋情など伝わりはしない。想定内だ。
メリーポート伯爵令嬢がそっと心配するようにカタリーナを視界に収めた。心配しているのは俺だ。
「ああ、そうだよ」
「なぜ急に……」
言わないでくれカタリーナ。
分が悪くなるから。
「そろそろ、いいかなと」
「はい……?」
「嫌か?」
嫌なら他の愛称を考える。
「いえ……別に」
「よかった」
「慣れていますので」
何?
まさか、あのスから始まる名前の男から既に呼ばれ慣れているのか?
カタリーナがメリーポート伯爵令嬢を気遣うように目配せしてから短く真実を口にする。
「母が。幼い頃、そう呼んでいたので」
「そうなの?」
メリーポート伯爵令嬢!
俺が相槌を打ちたかった……!
だが安心した。
母君か。そうだろう。わかる。カタリーナという名の愛称の中でいちばん可愛いのがキティだ。
「可愛いわね」
メリーポート伯爵令嬢!
何故、それほどまでに表情を綻ばせる……!?
「私もそう呼んでいい?」
囁くな。
「だめ。恥ずかしいから」
カタリーナ。よく言った。
「そうなの?」
「ええ」
「どうして?似合うと思うけれど」
「だって、七才くらいまで……特別甘やかされていた頃までの呼び名だもの」
「思い出しちゃう?」
囁き合うな……
軌道修正するしかないか。
無念だ。
女性同士の間に割り込むのは存外、難しい。
「というのは」
二人が顔を突き合わせたまま目線だけこちらに向ける。
凄まじい疎外感に苛まれていると認めるのも歯痒い。
だが、実際、建前ではなく事実上の切迫した理由もあるというものだ。
「真正面から『チェルシーを出せ』とは言えないだろう?今回はふらりと立ち寄った体で不意を突く」
二人の表情が引き締まり、まともに話を聞いてくれる雰囲気が醸し出された。
「その場合、無関係のオースルンド伯爵令嬢がなぜ居るのかを相手に納得させる必要がある。ついにこの時が来たぞ、キティ」
「……不埒な関係であると印象付ける、と」
苦々しく呟くカタリーナの口から歯ぎしりでも聞こえてきそうだが、このままいく。頼むから、これ以上は嫌わないでくれ。
「そうだ」
「わかりました」
カタリーナが割り切った。
凛とした表情は魅力的だが、正直、切ない。
俺のキティ……
「……」
メリーポート伯爵令嬢が物申したそうな内心を沈黙の中で巧みに押し隠している。これまで装ってきた人物像がこうも不利になる日が訪れようとは思わなかった。
だが、今、間違いなく確実にカタリーナは俺の元にいる。徐々に懐いてもらうしかない。
「キティ」
「まあ、いいですけど……」
「着くまで呼び続けるから慣れてくれ。不機嫌になられると、相手を騙せなくなる」
「……善処します……」
「そういうわけで、メリーポート伯爵令嬢はキティの為に雇い入れた侍女ということにする」
メリーポート伯爵令嬢の相貌に闘志が宿る。
「わかりました」
ふむ。
こうして、かつては幼馴染チェルシーを付きっ切りで守っていたわけか。
「途中で服を買おう。髪も隠したほうがいい」
メリーポート伯爵令嬢の代わりにカタリーナが何度も何度も頷いた。嫌々受け入れる運命を自らに言い聞かせるように。
改めて考えてみると、メリーポート伯爵令嬢はロヴネル伯爵と年が近い。
人生のほとんどを愛しの幼馴染と過ごしてきたカタリーナからすると、俺の存在は極めて異質であり、メリーポート伯爵令嬢の方が二重の意味で親しみやすい存在なのかもしれない。
「……」
普段なら、女性は嫉妬の対象はおろか警戒する対象にもならない。
だがメリーポート伯爵令嬢には前科がある。何ら罪はないにしろ、件の幼馴染チェルシーとの親密な噂が今になって俺を妙に焦らせる。
カタリーナは優しい。正義感もある。
このままメリーポート伯爵令嬢に同情し、肩入れし、更に感化され、その生き方を倣おうとされたら堪らない。
かといって、美しい令嬢同士の友愛に割り込むなど、無粋だ。
何か、特別な絆が必要だ。
カタリーナは俺の助手だ。見ようによっては雇っていると思われてもおかしくはない。メリーポート伯爵令嬢も上級貴族に雇われる身だった。だが、俺にとってのカタリーナは、他の上級貴族にとってのメリーポート伯爵令嬢とは違う。それを、無性にわからせたい。
……そうだ。
「キティ」
実は前々から、考えていた。
俺だけの特別な愛称で呼んだら素晴らしいのではないだろうか、と。
「……」
相手の反応が芳しくないのも想定内だ。問題ない。
「キティ?」
もう一度、呼んでみた。
カタリーナと並ぶメリーポート伯爵令嬢さえも、疑問と警戒の眼差しで俺を凝視する。つい先程まで四姉妹のお目付け役を務めてきたばかりとなれば、その眼光は鋭く俺の本心を見抜いているに違いない。
最初の牽制相手が伯爵令嬢とは……
情けないが、後先構っていられないほど、二人は急接近している。
「え……私、ですか……?」
勿論カタリーナに俺の必死な恋情など伝わりはしない。想定内だ。
メリーポート伯爵令嬢がそっと心配するようにカタリーナを視界に収めた。心配しているのは俺だ。
「ああ、そうだよ」
「なぜ急に……」
言わないでくれカタリーナ。
分が悪くなるから。
「そろそろ、いいかなと」
「はい……?」
「嫌か?」
嫌なら他の愛称を考える。
「いえ……別に」
「よかった」
「慣れていますので」
何?
まさか、あのスから始まる名前の男から既に呼ばれ慣れているのか?
カタリーナがメリーポート伯爵令嬢を気遣うように目配せしてから短く真実を口にする。
「母が。幼い頃、そう呼んでいたので」
「そうなの?」
メリーポート伯爵令嬢!
俺が相槌を打ちたかった……!
だが安心した。
母君か。そうだろう。わかる。カタリーナという名の愛称の中でいちばん可愛いのがキティだ。
「可愛いわね」
メリーポート伯爵令嬢!
何故、それほどまでに表情を綻ばせる……!?
「私もそう呼んでいい?」
囁くな。
「だめ。恥ずかしいから」
カタリーナ。よく言った。
「そうなの?」
「ええ」
「どうして?似合うと思うけれど」
「だって、七才くらいまで……特別甘やかされていた頃までの呼び名だもの」
「思い出しちゃう?」
囁き合うな……
軌道修正するしかないか。
無念だ。
女性同士の間に割り込むのは存外、難しい。
「というのは」
二人が顔を突き合わせたまま目線だけこちらに向ける。
凄まじい疎外感に苛まれていると認めるのも歯痒い。
だが、実際、建前ではなく事実上の切迫した理由もあるというものだ。
「真正面から『チェルシーを出せ』とは言えないだろう?今回はふらりと立ち寄った体で不意を突く」
二人の表情が引き締まり、まともに話を聞いてくれる雰囲気が醸し出された。
「その場合、無関係のオースルンド伯爵令嬢がなぜ居るのかを相手に納得させる必要がある。ついにこの時が来たぞ、キティ」
「……不埒な関係であると印象付ける、と」
苦々しく呟くカタリーナの口から歯ぎしりでも聞こえてきそうだが、このままいく。頼むから、これ以上は嫌わないでくれ。
「そうだ」
「わかりました」
カタリーナが割り切った。
凛とした表情は魅力的だが、正直、切ない。
俺のキティ……
「……」
メリーポート伯爵令嬢が物申したそうな内心を沈黙の中で巧みに押し隠している。これまで装ってきた人物像がこうも不利になる日が訪れようとは思わなかった。
だが、今、間違いなく確実にカタリーナは俺の元にいる。徐々に懐いてもらうしかない。
「キティ」
「まあ、いいですけど……」
「着くまで呼び続けるから慣れてくれ。不機嫌になられると、相手を騙せなくなる」
「……善処します……」
「そういうわけで、メリーポート伯爵令嬢はキティの為に雇い入れた侍女ということにする」
メリーポート伯爵令嬢の相貌に闘志が宿る。
「わかりました」
ふむ。
こうして、かつては幼馴染チェルシーを付きっ切りで守っていたわけか。
「途中で服を買おう。髪も隠したほうがいい」
メリーポート伯爵令嬢の代わりにカタリーナが何度も何度も頷いた。嫌々受け入れる運命を自らに言い聞かせるように。
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