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四章
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成り行きで髪を拭いてもらっている。
私の予定した筋書きとは違う。
「……」
何故、こうなってしまったのか。
今の自分の状態が理解できないほど、子どもではない。確実に貞操の危機ではある。併し、事態は切迫していた。マルムフォーシュ伯爵が私よりフォーシュバリ侯爵家のペンダントを優先すると信じて疑わなかったし、結局のところ私など異性として相手にならないとある意味で高を括っていた。
「無礼なメイドたちに何をしてやるつもりだ?」
マルムフォーシュ伯爵の声は穏やかだった。
髪を掬い上げて拭いてくれる手つきも、丁寧で優しい。
これは……小動物の類として甘やかされているのだろうか。そうなると全て納得がいく。
助手として努力してはいるけれども、本来、私などいなくてもマルムフォーシュ伯爵は王家の密偵の任務を完璧に熟すはずなのだ。
これほどの地位と容姿に恵まれた超上級貴族が、相手に困らないわけがない。
もしかして、私が知らないだけで、決まった女性がいるのかもしれない。それこそ、他国の姫君と密かに婚約関係を結んでいる可能性もある。
そうだ、何故、今までその可能性に思いが至らなかったのだろう。
だとすると、いくら役目とはいえ恋人のふりなどで調子に乗るのはよくない。
──使い捨てのお人形カタリーナ様!!
「…………」
「なんだ?俺には内緒か?」
「え?何がですか?」
背後でマルムフォーシュ伯爵がくすりと笑う気配がした。
「何って。恐いなぁ。俺の存在も忘れるくらい夢中で考えた仕返しなんて、相手はショックで死ぬんじゃないか?」
「あ、あぁ……そうですね」
いけない。
これでは語弊がある。
「わからせる程度にします」
「優しいな。本来なら、即解雇でも甘いのに」
甘いと言えばマルムフォーシュ伯爵なのだけれど、その辺りの自認はどうなっているのだろうか。今現在、貴重品を紛失し真夜中に半裸で押し掛けた助手の髪などを恭しく拭いているのだけれど……
あ、女性の髪など拭き慣れている?
そういうこと?
「父の立場もありますので」
「オースルンド伯爵家の名誉の為に、此処でシュテルン伯爵を立てるのか。キティは偉い子だ」
「まあ、せっかくのお誕生会ですし。御高齢ですから……」
「確かに、何でぽっくり逝くかわからんからな」
耳の後ろ辺りにマルムフォーシュ伯爵の指が当たる。軽く頭皮に触れるくらいの力加減。
「それで、ちょっと仕返しするだけにしてやるのか」
「ちょっとと言うか……まあ、考えていますけど」
「やっぱり優しいよ」
性格の話をするならば、マルムフォーシュ伯爵の方が驚くほど優しい。
「それは、もし我が家で同じ事があれば、即解雇ですよ?」
「君の家のメイドはそんなことしないだろう」
「はい」
「だけど、当のメイドたちも、自分が仕える家より格下の令嬢が相手とはいえ思い切ったなぁ」
「……」
確かに。
アンジェリカが私に嫌がらせをしたいのは重々承知とはいえ、そうは言ってもメイドである。三人いた。アンジェリカの名前が出たから、三人ともアンジェリカの命令でやったのだと理解していた。
そうだとしても、あの気迫。
特に私を名指しした一人は格別だった。私に、使い捨ての人形と言ったあのメイドの怒気は凄まじかった気がする。
「君を虐めて得はしないのに」
「何か特別な報酬を提示されたかもしれません……よね?」
「或いは……」
「……」
マルムフォーシュ伯爵の手が止まる。
マルムフォーシュ伯爵は王家の密偵である。そして、私はその助手。
「もしかして……!」
私は閃きの快感に身を任せて勢いよく振り返り、マルムフォーシュ伯爵を見上げた。
声の様子からは想像もできないほど無表情なマルムフォーシュ伯爵が、じっと私を見下ろしていた。
えっ、恐……
「シュテルン伯爵の隠し子であれば、血筋は私より格上ですよね!?」
勢いで乗り切った。
私の予定した筋書きとは違う。
「……」
何故、こうなってしまったのか。
今の自分の状態が理解できないほど、子どもではない。確実に貞操の危機ではある。併し、事態は切迫していた。マルムフォーシュ伯爵が私よりフォーシュバリ侯爵家のペンダントを優先すると信じて疑わなかったし、結局のところ私など異性として相手にならないとある意味で高を括っていた。
「無礼なメイドたちに何をしてやるつもりだ?」
マルムフォーシュ伯爵の声は穏やかだった。
髪を掬い上げて拭いてくれる手つきも、丁寧で優しい。
これは……小動物の類として甘やかされているのだろうか。そうなると全て納得がいく。
助手として努力してはいるけれども、本来、私などいなくてもマルムフォーシュ伯爵は王家の密偵の任務を完璧に熟すはずなのだ。
これほどの地位と容姿に恵まれた超上級貴族が、相手に困らないわけがない。
もしかして、私が知らないだけで、決まった女性がいるのかもしれない。それこそ、他国の姫君と密かに婚約関係を結んでいる可能性もある。
そうだ、何故、今までその可能性に思いが至らなかったのだろう。
だとすると、いくら役目とはいえ恋人のふりなどで調子に乗るのはよくない。
──使い捨てのお人形カタリーナ様!!
「…………」
「なんだ?俺には内緒か?」
「え?何がですか?」
背後でマルムフォーシュ伯爵がくすりと笑う気配がした。
「何って。恐いなぁ。俺の存在も忘れるくらい夢中で考えた仕返しなんて、相手はショックで死ぬんじゃないか?」
「あ、あぁ……そうですね」
いけない。
これでは語弊がある。
「わからせる程度にします」
「優しいな。本来なら、即解雇でも甘いのに」
甘いと言えばマルムフォーシュ伯爵なのだけれど、その辺りの自認はどうなっているのだろうか。今現在、貴重品を紛失し真夜中に半裸で押し掛けた助手の髪などを恭しく拭いているのだけれど……
あ、女性の髪など拭き慣れている?
そういうこと?
「父の立場もありますので」
「オースルンド伯爵家の名誉の為に、此処でシュテルン伯爵を立てるのか。キティは偉い子だ」
「まあ、せっかくのお誕生会ですし。御高齢ですから……」
「確かに、何でぽっくり逝くかわからんからな」
耳の後ろ辺りにマルムフォーシュ伯爵の指が当たる。軽く頭皮に触れるくらいの力加減。
「それで、ちょっと仕返しするだけにしてやるのか」
「ちょっとと言うか……まあ、考えていますけど」
「やっぱり優しいよ」
性格の話をするならば、マルムフォーシュ伯爵の方が驚くほど優しい。
「それは、もし我が家で同じ事があれば、即解雇ですよ?」
「君の家のメイドはそんなことしないだろう」
「はい」
「だけど、当のメイドたちも、自分が仕える家より格下の令嬢が相手とはいえ思い切ったなぁ」
「……」
確かに。
アンジェリカが私に嫌がらせをしたいのは重々承知とはいえ、そうは言ってもメイドである。三人いた。アンジェリカの名前が出たから、三人ともアンジェリカの命令でやったのだと理解していた。
そうだとしても、あの気迫。
特に私を名指しした一人は格別だった。私に、使い捨ての人形と言ったあのメイドの怒気は凄まじかった気がする。
「君を虐めて得はしないのに」
「何か特別な報酬を提示されたかもしれません……よね?」
「或いは……」
「……」
マルムフォーシュ伯爵の手が止まる。
マルムフォーシュ伯爵は王家の密偵である。そして、私はその助手。
「もしかして……!」
私は閃きの快感に身を任せて勢いよく振り返り、マルムフォーシュ伯爵を見上げた。
声の様子からは想像もできないほど無表情なマルムフォーシュ伯爵が、じっと私を見下ろしていた。
えっ、恐……
「シュテルン伯爵の隠し子であれば、血筋は私より格上ですよね!?」
勢いで乗り切った。
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