もう愛は冷めているのですが?

希猫 ゆうみ

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15(オーウェン)

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レイヴァンズクロフトの宿場町は夕陽を背に活気に満ちており、女領主の性格がそのまま浸透したように素直で優しい人間の集まりのように見えた。

「神父様、今夜の宿はお決まりですか?」

客引きの少年ですら上品で気の良さが溢れ出ている。

エスターとパーシヴァルの話を合わせても、ここから更に街道を下るとなると日没前に宿を取っておく必要があるのは明白で、我々が旅の一行だと思われているなら親切な誘いだ。

「ありがとう」

私が声を掛けられたので、私が答えた。
エスターはこの地を避けていた為、顔が知られていない。

「知人からこの辺りに山荘があると聞いたのですが、そこには泊まれますか?」
「えっ!?」

少年の顔色が変わる。
背後でエスターが身を強張らせる気配がしたが、パーシヴァルがいるから一先ず彼女は任せ少年に探りを入れる。

「失礼。宿屋ではなく、お化け屋敷だったかな?」

口調を変え微笑みかけてみる。
この顔の造形のおかげで、笑うだけで絶大な効果があるのは聖職者になる前から変わらない。

狙い通り少年は応えるように笑顔を浮かべたが、それは取り繕うための偽りの笑顔であった。

「違いますけど……あの、神父様たちは……あそこへ行きたいんですか?」
「ああ。話を聞いて興味を持ったんだよ。どんな場所か聞いてもいいかい?」
「俺はよく知りません。知りたくもないよ」

相手が少年なのが幸運だった。異性や同性愛者だと私に対して特別な反応を示してしまうことがある。少年はただ、顔のいい神父だとしか思っておらずこちらに気を許している。

「それはどうして?」
「神父様どこから来たの?」
「教皇庁」
「教皇庁って事はずっと北だから……こっちの事には疎いですよね」
「そうだね」
「あの……誤解してほしくないんだけど」

少年は気まずそうに言い淀み、しかし直後には決意し強い眼差しで私を見上げる。

「御領主様は良い人なんです。俺だけじゃなくてみんなそう言ってる。もう何代も、凄くいい暮らしをさせてもらってるって」
「うん」
「少し前に御領主様が病気で亡くなって、今はお嬢様のレディ・ウィンダムが継いでるんだけど……御領主様が亡くなる一年前くらいにあの山荘はクロスビーの貴族に買われたんです」

エスターはそんな事は言わなかった。知らなかったのか、隠していたのか。少年の言葉に狼狽えているはずだ。だがパーシヴァルがついている。

「ウィンダム伯領なのに?」
「はい。みんな変だなと思ったけど御領主様がそのままにしているから何か理由があるのだろうって……」

これ以上の情報は少年から引き出せないだろうと思ったが、少年は眉を顰めて首を振った。何か嫌な思い出を振り払うような仕草が気になり先を待つと、思いがけないことを口にする。

「でも、もしかすると、相手がクロスビーの人間だから関わりたくないのかも」

少年とはいえ、宿屋の客引きの情報網は侮れない。

「それはどうして?」
「何年か前、クロスビーの人間がお嬢様と結婚するばずだったのに裏切ったんですよ。それでこの辺りもクロスビーから来る人間に冷たくなって……俺、小さかったけど覚えてる。みんなピリピリしてたんです」
「今も?」
「ううん。今は、山荘をクロスビーの貴族が持ってるから活発ですよ。だから、レディ・ウィンダムも手を付けないのかな。悪いのは一人だけだから、仲良くやれたほうがいいし」

利発な少年だが、その読みは外れている。

「ありがとう。君の宿はどこ?」

頭を撫でると少年は年相応にぱっと顔を輝かせる。12才くらいか、もう少し小さい。これが初仕事かもしれない。

「そこ!あの、赤と白の縞々の旗のところ!」
「もう少し散策したら行くよ」
「ありがとうございます!お待ちしてます!!」

仕事熱心な未来の姿が目に浮かぶ威勢の良さに、私も素直に口角を上げる。

その時、背後からするりとエスターが出て来て少年の前で少し屈んだ。

「あなた、お名前は?」

優しいエスターの問いかけに少年は益々喜んだ。

「ジョニーです!」
「ありがとう、ジョニー。またあとでね」
「はい!!」

未来の宿屋の主が意気揚々と走り去り人混みに紛れるまで、エスターは優しい微笑みで小さな背中を見守り続けた。

やがてジョニーの姿が見えなくなると、ゆっくりと笑みを潜め、無垢としか表現できない表情で夕焼け空を仰ぐ。それから冬に寒さを確認する時のように息を吐いた。現実を受け止め、気持ちの整理をしているのだ。

「……」

危うい程、人が良すぎる。
だが決して弱くはないのだと認識を改めた。

但し、無尽蔵に抱え込めるものではない。本人も気づかないうちに限界を迎え、ある日突然、壊れてしまうかもしれない。人格が崩壊する場合もあれば、病となり肉体を蝕む場合もある。

誰かが傍で守らなければ。
例えば、夕焼け空を仰ぐ彼女をそっと抱きしめるような、誰かが。

「エスター」

声を掛けるとこちらを向いた。
それから小さく微笑むまでの僅かな時間、私は衝動を押し込めている自分に気づいた。

抱きしめたくなったのだ。
心優しいレディ・ウィンダム、その中に眠る無垢な少女を。
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