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14 抱きまくら
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床に据えられた炉《ろ》には、昨夜の火がまだ赤く残っていた。
湿った樫とブナの薪が、灰の中でくすぶり、油じみたような煤が梁の端にまだらにこびりついている。
煙は屋根板の隙間から外へ逃げるが、冬のあいだはどうしても室内に滞留するため、朝の空気にはわずかな焦げた匂いと木の脂が混じっていた。
私たちが寝ている寝床は、ベッドじゃなく、藁床(わらどこ)だ。
これは藁や干し草を詰めた袋状のもので、上に粗い毛布などをかけて、床に置いて使う。
中世は木材と加工技術が高くはなく、木製フレームには製材・大工仕事・金具が必要なため、まずしい農村ではベッドは高級品だ。
だから、作る技術もなければ、買うこともできない。
村の家は1~2部屋しかないのがふつうだから、家族全員で同じ場所に寝ていた。
プライバシーという概念はほぼ存在しない。
――寝ていたそのとき。
腕に、なにか柔らかくてあたたかい感触がある。
「え……?」
目をあけてみると、私が抱きしめていたのはアオだった。
子犬だったころの名残で、彼は眠るときだけ人にぴったり寄る癖がある。
ゆっくりとまぶたが動き、アオの青い瞳がぱちりと開いた。
「……お、おはよう」
頬がほんのり赤く染まっている。
家屋は夜間に冷えこみやすく、互いの体温で暖を取るのはめずらしくなかったとはいえ――。
私は、すぐに苦笑しながら謝った。
「ごめんね、アオ。寝ぼけて抱きついてしまったみたいで……」
毛布をととのえながら慌てて離れると、アオは耳まで赤くしながら小さく首を横に振った。
「べ、べつに……いいよ。その……あったかかったし」
その瞬間――
「うらやましい!!」
「なんでアオだけ!」
「ぼくもとなりで寝たかったのに!」
他の三人が、藁床から半身を起こして一斉に文句を言いだす。
寝起きの髪がぼさぼさで、みんな口をとがらせている。
まずしい村では、枕という概念がほぼないから、ねぐせがつきやすいのだ。
私は、彼らの反応を見ながら心の中でつぶやく。
四人とも “反抗期” になったら、私が抱きついたり世話をやいたりするのを“うざい”とか言ったりするのかな……?
中世では12~14歳でほぼ大人あつかいされ、現代のような反抗期はあまり見られないけれど、表情がけわしくなったりすることはある。
アオは大丈夫だったけど、ほかの子はどうだろう。
ふと、試してみようという気持ちがわいた。
この時代の子どもたちは、大人びるのも早い。
さて、彼らは“うざい”と言うのか、それとも――?
◇
朝ごはんを食べおえたころ、家の前の雪はすでに薄く解け、陽の光が白く反射していた。
私は家の戸口にいて、使った食器を洗っていた。
冬の屋外は氷点下が当たり前で、井戸から汲んだ水は室内でもすぐ冷えるため、魔法の火で温めた水を使う。
鍋でぬるま湯を作り、その水で皿を洗う。
洗剤のかわりに使う灰はアルカリ性で、油を分解しやすいため、木皿にこびりついた脂は灰をつけてこすり、温水で流す。
暖炉で皿をかわかしていると、三人の姿は見えなかった。
「……あれ、みんなどこ?」
家に残っていたアカが、私の質問に素直に答えた。
「三人とも、見回りに行ったぞ。“ぼくらの縄張り”を、ちゃんと守らないとって」
農村では、畑や放牧地、薪拾いの境界線は非常に重要だった。
境界をこえて家畜が土地を踏み荒らせば、賠償や罰金が発生する。
とくに冬の終わりは雪解けで杭が傾きやすく、柵が壊れがちで、見回りは農民の必須の仕事だった。
子犬だったころの名残を残す三人にとっては、“縄張り”という言葉がごく自然に出てくるらしい。
アカは戸口の外を指さしながら続けた。
「アオは北の林ぎわまで、ギンは畑の柵のところ、コハクは井戸と牧草小屋のほうだ。
いつもあの三人は、行動範囲がひろいからな」
「じゃあ、アカは行かなかったの?」
「俺まで外出すると、アーデルさんがひとりになるだろ? それに“家を守る”のも大事だからな」
家屋は木材と泥壁でできていて、鍵はなく、戸口の閂(かんぬき)ひとつが防犯のすべてだった。
旅の行商人や、素性の知れない者が村を通るのもめずらしくなく、家に誰かが残るのは当たり前の習慣だ。
湿った樫とブナの薪が、灰の中でくすぶり、油じみたような煤が梁の端にまだらにこびりついている。
煙は屋根板の隙間から外へ逃げるが、冬のあいだはどうしても室内に滞留するため、朝の空気にはわずかな焦げた匂いと木の脂が混じっていた。
私たちが寝ている寝床は、ベッドじゃなく、藁床(わらどこ)だ。
これは藁や干し草を詰めた袋状のもので、上に粗い毛布などをかけて、床に置いて使う。
中世は木材と加工技術が高くはなく、木製フレームには製材・大工仕事・金具が必要なため、まずしい農村ではベッドは高級品だ。
だから、作る技術もなければ、買うこともできない。
村の家は1~2部屋しかないのがふつうだから、家族全員で同じ場所に寝ていた。
プライバシーという概念はほぼ存在しない。
――寝ていたそのとき。
腕に、なにか柔らかくてあたたかい感触がある。
「え……?」
目をあけてみると、私が抱きしめていたのはアオだった。
子犬だったころの名残で、彼は眠るときだけ人にぴったり寄る癖がある。
ゆっくりとまぶたが動き、アオの青い瞳がぱちりと開いた。
「……お、おはよう」
頬がほんのり赤く染まっている。
家屋は夜間に冷えこみやすく、互いの体温で暖を取るのはめずらしくなかったとはいえ――。
私は、すぐに苦笑しながら謝った。
「ごめんね、アオ。寝ぼけて抱きついてしまったみたいで……」
毛布をととのえながら慌てて離れると、アオは耳まで赤くしながら小さく首を横に振った。
「べ、べつに……いいよ。その……あったかかったし」
その瞬間――
「うらやましい!!」
「なんでアオだけ!」
「ぼくもとなりで寝たかったのに!」
他の三人が、藁床から半身を起こして一斉に文句を言いだす。
寝起きの髪がぼさぼさで、みんな口をとがらせている。
まずしい村では、枕という概念がほぼないから、ねぐせがつきやすいのだ。
私は、彼らの反応を見ながら心の中でつぶやく。
四人とも “反抗期” になったら、私が抱きついたり世話をやいたりするのを“うざい”とか言ったりするのかな……?
中世では12~14歳でほぼ大人あつかいされ、現代のような反抗期はあまり見られないけれど、表情がけわしくなったりすることはある。
アオは大丈夫だったけど、ほかの子はどうだろう。
ふと、試してみようという気持ちがわいた。
この時代の子どもたちは、大人びるのも早い。
さて、彼らは“うざい”と言うのか、それとも――?
◇
朝ごはんを食べおえたころ、家の前の雪はすでに薄く解け、陽の光が白く反射していた。
私は家の戸口にいて、使った食器を洗っていた。
冬の屋外は氷点下が当たり前で、井戸から汲んだ水は室内でもすぐ冷えるため、魔法の火で温めた水を使う。
鍋でぬるま湯を作り、その水で皿を洗う。
洗剤のかわりに使う灰はアルカリ性で、油を分解しやすいため、木皿にこびりついた脂は灰をつけてこすり、温水で流す。
暖炉で皿をかわかしていると、三人の姿は見えなかった。
「……あれ、みんなどこ?」
家に残っていたアカが、私の質問に素直に答えた。
「三人とも、見回りに行ったぞ。“ぼくらの縄張り”を、ちゃんと守らないとって」
農村では、畑や放牧地、薪拾いの境界線は非常に重要だった。
境界をこえて家畜が土地を踏み荒らせば、賠償や罰金が発生する。
とくに冬の終わりは雪解けで杭が傾きやすく、柵が壊れがちで、見回りは農民の必須の仕事だった。
子犬だったころの名残を残す三人にとっては、“縄張り”という言葉がごく自然に出てくるらしい。
アカは戸口の外を指さしながら続けた。
「アオは北の林ぎわまで、ギンは畑の柵のところ、コハクは井戸と牧草小屋のほうだ。
いつもあの三人は、行動範囲がひろいからな」
「じゃあ、アカは行かなかったの?」
「俺まで外出すると、アーデルさんがひとりになるだろ? それに“家を守る”のも大事だからな」
家屋は木材と泥壁でできていて、鍵はなく、戸口の閂(かんぬき)ひとつが防犯のすべてだった。
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